六話、世界政府からの…使者?
「ほんっとに覚えてないのかよ?」
「だって嘘でしょ?なんで私があの人にキスなんかしなきゃいけないの?。」
「いやなんでって言われても…。」
武は声を詰まらす。なぜと訊かれても、聞きたいのはこちらだからだ。
日本へ帰る途中、青葉艦内のひとコマである。千早が起きた際、何をしていたと武に訊いたのが原因だ。
「とにかく、私はそんなこと絶対にしてないんだから。あの人にキスなんて…、もっとわかり難い嘘をついてよ。」
嘘だなんて…と、言い返そうとしてグッと堪えた。こうなったらもう、やったやってないの応酬になるだけだ。
「で、他には何をしたの?」
答えられるか!と、武は心の中でツッコミをいれた。
夜景が映える横須賀港に青葉は入っていった。3隻の駆逐艦を連れ、堂々たる帰還だ。
「機関両舷前進微速。」
「機関、両舷前進微ー速!」
青葉はゆっくりと、その艦体を桟橋へと近づけていく。
“ガラララ…”
アンカーが落とされた。横須賀への投錨である。ただし今回は、忙しい入港となっていた。
『艦長より幹部に通達する。作業終了後、速やかに士官室に集合せよ。これからの行動を伝える。』
青葉甲板上は、作業をする水兵でにぎわっている。
「…本艦は明朝0600までに給油、補給品の積み込み、簡易整備を終わらせる。その後受け入れ準備の後、0700に世界政府職員が乗艦する予定だ。同時に出港し、犬吠埼沖で実戦調査を受ける。」
和田が士官室に集まった幹部相手に説明をしている。明日は世界政府からの調査官が乗艦してくるのだ。
“世界政府”、テロリストを国境を越えて追いかけるために、世界の軍事力を統括しようという目的で設立された機関である。各国の軍事統帥権を持つ者が委員となっており、国連(国際連盟)の代わりに世界平和を達成するための機関としての役割も担う。
その世界平和の達成という目的の下、世界政府は常に世界各国の軍事力を調査している。今回青葉は、新造艦への調査ということで世界政府の職員による調査を受けることになったのだ。
「調査自体は時間のかかるものではない。皆、職員の指示を履行し、失礼のないように行動するように。」
「ハッ!」
大滝が締めくくった。
“ピュイー、ピュイー”
翌朝午前7時、サイドパイプの音と共に黒い服を身に纏った男女10名が次々と乗艦してきた。手には大きめの鞄、同時に頑丈そうな箱も搬入された。
「あれが世界政府か…。なんかぶっそうな連中だな。」
「ふぁ~…。」
ハープーンのキャニスターランチャーのすぐ下あたりから、舷梯を見下ろす武。横はあくびをしながらついてきた千早。
「ご苦労様です。副長の和田です。」
「世界政府艦艇調査部から来ました、リーダーのタージ・ヴェルナーです。全10名、よろしくお願いします。」
流暢な日本語で挨拶する調査官。和田に案内され、次々と艦内へと入ってゆく。
『出港準備。繰り返す、出港準備。』
「さて、行くか。」
またひとつ、大きなあくびをしている千早と共に武は艦内へと戻った。
“ガラガラガラ…”
アンカーが抜かれた。わずか8時間の入港だった。
青葉は少々うねりのある海を驀進していく。その間にも、艦内では調査が行われていた。
乗組員リストの確認から始まり、外観の調査、搭載兵装の調査、装備品の確認、果ては酒保に置いてある嗜好品まで調べられた。10人の調査官が、艦内を隅から隅まで歩き回る。
その行動の不審さ。それに最初に気づいたのは和田だった。
“コンコン”
「和田副長、入ります。」
艦長室に入る副長。官職氏名を言って入るなど、この艦では真面目な和田しかやっていなかった。
「どうした?調査官に何か小言でも言われたのか?」
大滝が冗談交じりに訊く。普段の大滝は、艦長とは呼べないほど抜けている。艦長室でボケっとしているか、艦橋の艦長椅子で居眠りしているかのどちらかだ。
「どうも調査団の連中が気にくいません。」
対照的に、和田が真剣な顔つきで言った。
「納得いかないことでもされたのか?調査官だからな。我々の嫌がるところを見るのが仕事だろーよ。」
「だって武器庫の小銃の弾は抜いとけと言われたんですよ。テロリストに対峙したら、むしろ常備して備えておくのが普通でしょう。」
「規定にそう書いてあるんじゃないのか?世界政府は平和団体でもあるからな。ハハハ。」
「それだけではありません!士官の携帯拳銃も下ろしておけ、と言われたんですよ!艦艇調査なのに、我々の護身にも踏み入るなんて…」
「わかったわかった。落ち着け副長。」
いつの間にか力のこもり始めた和田を沈める。
「まあ拳銃はちとおかしいな…。俺が訊いておいてやるから、今はおとなしくしていろ。」
「しかし…」
「大丈夫だ。最近世界政府もうるさくなったんだろう。下っ端はそれに従うしかないってことだ。我々同様、どこの世界でも下っ端は下っ端さ。」
納得のいかない和田。不服そうな顔で、クルリと背を向けた。
「…失礼しました。」
“バタン!”
艦長室のドアを閉める音が、いやに大きく聞こえた。
「…拳銃、か。」
午後1時・犬吠埼沖
「取舵一杯。」
「取ー舵!」
艦が右へと傾く。艦橋に立っていた和田は、あやうく転びそうになった。
「しっかりせんか副長。ただの急回頭ではないか。」
「も、申し訳ありません…。」
笑顔で指摘する大滝と、それを真に受けてしょげる和田。沈んだ艦橋がわずかだが和んだ。
黒服姿の調査官たちが見守る中、青葉はその能力を見せ付けている。午前は艦内外の調査にあてられ、午後はスペックテストだ。急回頭によろけながらも、調査官の一人がバインダー上でボールペンを滑らせる。
「舵戻せ。」
「戻ーせ!」
ふたたび艦は直進に戻った。大滝は和田が踏ん張るのを見届けてから声を出す。
「面舵一杯。」
「面ー舵!」
今度は左に傾く青葉。和田は必死の形相でコンソールにしがみ付いている。
「舵…、戻せ…、クックク…。」
それを見た大滝が、笑いをこらえられないとばかりにうつむきながら指示を出す。
「も、戻ーせ!」
「結構です。大滝艦長、30分後に参謀公室へ来てください。」
そう言って調査団は、ラッタルを下りていった。
「副長、残念だが君の考えは正しかったようだ。」
調査団が見えなくなったのを見計らって、大滝がこう言った。
「考え…ですか?」
「ああ、調査団の連中が気にくわないってヤツさ。俺の考えが正しければ、あいつら世界政府の職員じゃねえな。」
「と、言われますと?」
「どこの輩かはわからない。だが艦の能力を知るのに、全員艦橋にへばりくっついてるってのはいかにもおかしい。」
「たしかに、他艦の調査をやったときは二・三人のグループであちこち歩き回っていましたね。」
「調査方法が変わった、のかもしれないが…。ふむ。」
腕組みをする大滝。
「どうも嫌な予感がするな。…大木少尉。」
「は、はい。」
少し緊張した面持ちで出てきたのは、武・千早と同じくらいの年齢の少尉。
「杞憂であればいいが…、少し危険な任務を受けてくれないか?」
「どのような任務です?」
「俺の代わりに参謀公室へ行ってくれないか?理由はなんでもいい、ヒューマンエラーがあってその処理をしているとか…。」
「了解しました。でもなぜです?」
「今までは向こうからこちらへとやってきたからな。今度はこちらが呼びつけられる番になった。つまり向こうの方が有利だってことだ。」
「有利?」
大木少尉だけではない。艦橋員のほとんどが、大滝の言っている意味が理解できなかった。
「まあ帰ってきたらちゃんと教えてやる。ただ、参謀公室のドアはゆっくりと開けたほうがいいかもしれん。」