三話、電撃、空へと走る
そろそろ6月になろうかというこの日、青葉はフィリピンの東沖にいた。僚艦の「朝霜」、「早波」、「夕雲」(いずれも駆逐艦)を連れている。空には入道雲がそびえたっている。
テロリストの警戒、というのが任務だが、東南アジアのテロリストといえば主に陸上行動であり、稀に世代遅れの戦闘機がふらついている程度である。大滝ですら、なぜ行かねばならないのかと不思議がっていた。
武はCICの扉を開けた。
「ご苦労さん。何かあったか?」
「お疲れ様です、真田一曹。特に異常はありません。」
「そうか。どうせ敵艦はいないだろうよ。」
一言二言の会話を交わし、ミサイル菅制員の席へと座る。
程なくして、あくびをしながら千早が入ってきた。
「お疲れ様です、西園寺一曹。」
「うん、後はやるから。」
そう言って隣に座る千早。
「写真、部屋に置いといたぞ。」
「うん。」
「あれで満足したか?」
「…うん。」
「なんか満足してないような言い方だな。」
「…。」
「…千早?」
見ると寝落ちしている。スースーといかにも心地よさそうな寝息が聞こえた。
「…はぁ。」
橋本がいないのを確認する。まあ敵がいないのに、武器菅制員にやることがあるはずもない。
“ジリリリリ…”
「!?」
けたたましいベルの音に武は飛び起きた。あわてて周りを見渡す。
「千早!起きて!」
「むにゃむにゃ…やっぱりけーきはいちごしょーとが…」
『方位1-9-0より艦艇3、接近。距離40キロ、速度15ノット前後にて進路0-0-0に航行中。』
「距離40キロ?やけに近いじゃないか、なぜ探知できなかったんだ?」
『対水上戦闘用ー意。』
状況がわからぬまま、事態はどんどん進んでゆく。
「ふぇぇ?」
ようやく千早が起きた。
「千早、戦闘だぞ。しっかり起きて。」
「ええ~!」
オーバーにびっくりする千早。つっこんでるヒマはないので放置する。
“バン!”
「状況は?」
CICのドアから、派手な音と共に橋本が出てきた。先の上陸のときの面影は微塵もない。
「本艦ほぼ正面に敵艦3。島影で探知が遅れ、40キロまで接近しています。相対速度30ノットで接近中です。」
「よし、警告が済み次第攻撃できる準備を。レールガンの発射に備え、キャパシタの充電を完了しておいて。…真田!」
「はっ。」
急に呼ばれる武。
「対空ミサイルの発射準備をしておいて。向こうから先手が飛んでくる。」
「わかりました。」
世界政府の方針で「テロリストへの無用な刺激を防ぐため、最初に警告を行うこと」が例外を除いて義務付けられている。まず「例外」には当てはまらない為、警告したのち即攻撃、というのが暗黙の了解となっていた。
「敵艦隊、進路を変えます。2-7-0に向かって転進中。」
「これは…。」
武が予想を口に出す前に、結果発表となってしまう。
「飛行物体…、ミサイル1接近!距離35キロ!」
「迎撃する!短SAM、発射始め!」
橋本の高い声に、武が“FIRE”の表示を押す。
後方のVLSから発射煙をあげつつ2発のESSMが打ち上げられていく。目標を捉えた2羽のスズメが、あざやかな動きで飛翔していく。
「短SAM発射!命中まで30秒!」
徐々にレーダーディスプレイ上で光点が近づいてゆく。
「今…弾着!」
2発のESSMは対艦ミサイルに突入する。だが、対艦ミサイルは回避機動でそれをすり抜けた。万事休す。
それでも2羽のスズメは目標を逃がさなかった。近接信管を作動させ、高温の炎と爆風で対艦ミサイルを襲う。
“ゴオオオ…”
爆風で体勢を崩した対艦ミサイル。その先には海面が待っていた。
“ザバァ!”
「反応消失!迎撃、成功です。」
「ふぅ。」
青葉の危機を救った武は一息ついた。
「ミサイル3、接近!」
「なっ!?」
武はあわてて諸元入力を始める。間に合うか…。
「レールガン、AA弾装填。発射用意。」
橋本が落ち着いた声で命令を下す。
「前部主砲、撃ち方用ー意。」
「方位1-9-5、仰角5度…発射準備よし。」
レーダーディスプレイ上の新たな光点がグングン近づいてくる。すでに20キロを切ったか。
「撃ち方始め。」
「主砲、撃ち方始め!」
砲身のない独特の形をした電磁投射砲から、“ヒュウン!”というこれまた独特の音を出して、57mmの砲弾が飛んでゆく。
砲弾は正確にミサイルを打ち抜いた。
『ミサイル1、撃墜!』
「そのまま残りを撃破。」
また“ヒュウン!”という音と共に、2発の砲弾が飛んでいく。電撃の衣を脱ぎながら、砲弾はミサイルに襲いかかる。
『ミサイル2、撃墜!迎撃成功!』
5km/sという圧倒的な初速を得た砲弾は、その正確さも恐ろしい。
「これがレールガン…か。」
「すごい…。」
精度に驚く武と千早。
「敵艦隊、反転します。進路2-0-0。」
「続いて対艦ミサイル用意。」
再び橋本が凛とした声を発したときだった。
『CIC、艦橋。戦闘を切り上げる。周囲を警戒せよ。』
追撃命令は出なかった。艦長大滝としての判断なのだろう。
「…了解。引き続き、周囲の警戒にあたります。」
橋本は声のトーンを下げ、返答した。
結局、敵艦隊は再び島影へと消え姿を現すことはなかった。もう夕方だ。
「また、僚艦を放り出してしまったな。」
艦長に定例の報告をしにいくと、こんなことを言われた。
「本艦が先頭でしたし、仕方がありません。それに僚艦が周囲の警戒をしていてくれたからこそ、本艦は眼前の艦との戦闘に集中できたわけでもありますし。」
「ふむ。そういう考え方もあるか。」
大滝は以前、「操艦の神様」とまで言われた海軍きっての精鋭である。自分のみが先行してしまう、そんな大滝ならではの悩みであろう。
「ともあれ、ご苦労だったね。」
一礼すると、武は艦橋から下りていった。
自分の部屋の前まで行ったところで、突然後ろから抱きつかれ目を塞がれた。
「だーれだっ♪」
どうせこんな行動をしてくるのは、青葉に270人もの乗員が乗っていようと一人しかいない。
「千早、なんだいきなり…。」
「もうっ、こんな美少女が声をかけてきたってのに無粋ねぇ…。」
あきれ返ったような千早。
「ただ会ったから声をかけただけなのに。スキンシップよスキンシップ。」
「どこに目を隠して「だーれだ♪」なんてスキンシップとるやつがいるんだ…。」
もう~と千早が武の背中をポコポコ叩いていると、
『総員、配置につけ。繰り返す、総員配置につけ。』
「な、なんだ?」
「なんなのよ…。」
愚痴をこぼしながらも、二人はCICへと走った。