一七話、見えない自信
「橋本、ただ今戻りました。」
艦橋に上がった橋本。敬礼した顔には笑みが見てとれる。
「うむ、元気になって何よりだ。」
ウィングに出ていた大滝が、艦橋へと帰ってくる。
「ああそうだ、和田に会ったら言っといてくれ。来週の夜間哨戒ローテを変えとけってな。」
「わかりました。あの石あ…じゃなかった副長にお伝えしておきます。」
いつもの青葉が、戻ってきたみたいだ。
「艦長、長官よりお電話です。」
艦橋。通信長が緊張した顔つきで大滝を呼ぶ。
「長官?サボリがバレたのか?」
「さあ…。緊急らしいです。」
首をかしげながら、受話器を受け取る大滝。
「かわりました大滝です。長官、何の御用ですか?」
『久しぶりに声を聞いたな、大滝大佐。今、どこにいるんだ?』
「今ですか?あまり大きな声では言えませんがねぇ…、マニラで休暇中ですが。」
『マニラだと!?では昨日はどこにいた?』
声を荒げる司令長官、長谷川 藤次。思わず大滝がたじろく。
「さ、昨日もマニラにおりましたが…。一体何なんですか、そんなに…。」
『ああ、すまない。つい声が大きくなってしまった。実は昨日から、パラオ近海で第28戦隊と連絡が途絶しているのだ。どうも、米艦隊も同海域で駆逐艦数隻を探しているらしい。』
「第28戦隊が行方不明…ですか。」
『不思議なことに、第28戦隊は青葉がいたと言ってきた。ところが貴艦はマニラだし、衣笠は横須賀に投錨中だ。連絡が取れなくなったから、確認もできていない。』
「何かの間違いですかね?ああ、我々が確認に行きましょうか?」
『急いで頼む。第28戦隊の乗員の安否も心配だ。』
「では第1戦隊で急行します。」
ガチャッと受話器を置く大滝。
「伝令!緊急出港だ。士官と先任伍長に伝言を頼む。」
「はっ!」
“ザアア…”
「航海長、天候が悪いようだな。」
「ええ。気圧は994hPa、外気温32度、湿度98%。雨量は3から5ミリですね。」
パラオへと出かけた青葉を、どんよりとした雲が覆う。
「こう暑くちゃ、寝るに寝られねぇ…。」
艦長とは思えないような台詞に続き、ふぁ~とあくびをする大滝。抜け具合も戻ってきているようだ。
「艦長、勤務中ですよ。」
和田がピシリと言い放つ。ブツブツ文句を言う大滝。
『艦橋、CIC。本艦針路上に艦艇1。距離、約80キロ。』
「敵味方の識別せよ。…通信長、他艦に発見を打電。」
「アイサー。」
小倉が指示を出す。大滝がゆっくりと立ち上がった。
「単艦てのが気になるな…。」
『艦橋、CIC。接近中の艦艇は青葉型の反応。針路2-8-0、21ノット…』
「ヤツか。」
大滝は、短くそう言った。
「一体何者ですかね?」
「訊いてみるか。通信長、回線あけてくれ。」
間違いなく、艦橋員は心の中で突っ込んだことであろう。
(敵に訊くのかよ!!!)
「あー艦長…、先方があけてくれなければ繋がらないのでは…?」
「そうしたら、今度は拳で語り合うまでよ。」
楽しそうな大滝。橋本の問題が上手く解決した分、精神的に余裕ができたのだろうか?
「目標、回線を開放しました。通信状態良好。」
「出たのか?艦も乗員も不思議だな…。」
小倉が腕組みして考える。大滝は受話器を受けとった。
「本艦は日本海軍巡洋艦 青葉だ。これより貴艦を臨検させていただく。返答願う。」
「…日本語通じますかね?」
「知らん。だがこれで、とりあえずの言い訳は通る。」
海域の担当が日本だから、日本語での警告なら規定通りだ。無論、艦橋員に別の憂慮があったのは言うまでもない。
「臨検…する気ですか?」
「いや。素直に応じるならしてもよいが、どうせ受けまい。」
“ガガッ”
スピーカーにわずかな雑音が入った。先方が送信器のスイッチを入れたのだろう。
『臨検を拒否する。大滝、久々だな。』
「!?」
“カン、カン…”
「さっきから一体何をやってるんだ…?」
反応がない艦橋に、気になった橋本がラッタルを上がってきた。だがそこは、空よりもどんよりとした重い空気がたちこめていた。
「一体何が…」
「柴原…。」
言いかけた橋本の声を、大滝の重苦しい声が遮った。先ほどまでの陽気な大滝は、もうどこにもいなかった。
『復帰していたのだな。旧友が艦長やってるとは誇らしい。』
「お前、テロ組織にでも寝返ったのか?そんな人間ではなかったはずだが…。」
『軍人に理由はない。どこにいようと、俺の勝手だろう。』
「第28戦隊をどうした?まさか…。」
『先の四隻か。日本海軍もだいぶ弱くなったな。』
声を詰まらす大滝。その顔には、怯えさえ見えていた。
『さて、雑談はおしまいだ。敵となって対峙した以上、お互い全力で戦うまでだな。』
“ブツッ…”
回線が閉じた。
艦橋を満たす沈黙。
「…知人ですね?」
橋本が訊いた。コクリと首を縦に振る大滝。
「柴原 達也、俺の同期だ。何年も前に失踪したヤツだったが…。」
「テロリスト側に寝返るとは、海軍軍人の片隅にも置けん!」
和田が顔を真っ赤にして叫んだ。
「艦長、どうしますか?」
橋本が試すように訊く。ついこの間、親しき友人といえども私情を挟むべきではないと語った大滝に対して…。
「撃沈する。…だが沈むのはこちらかもしれん。」
「え…?」
初めて聞いた、大滝の弱音。不思議がる橋本に向き合う大滝。
「図上演習12連勝、実戦演習10連勝。…残念だが、自信が持てんな。」
「じゅ…!?」
みんな顔を引きつらせる。超のつくエリートと言われた橋本ですら、図上演習3連勝がやっとだ。
「たかが演習、と思うかもしれん。だがヤツは本物だ。操艦技術、攻撃判断、部下からの信頼…。どれをとっても、俺は勝てる確信が持てない。」
真剣な顔を見せる大滝。やはり見間違いではない、恐怖すら感じている顔だった。
「通信長!他艦に打電!その場を動くなと言え!」
「は、はっ!」
落ち着きをなくした大滝。誰も見たことのない、大滝が焦りを見せるときだ。
「それからな、もう一回だけ回線を繋げ。」
橋本はラッタルをゆっくりと下りていった。戦闘が始まることを悟ったのであろう。顔に笑みはなかった。
「…繋がりました。どうぞ。」
笑顔の消えた顔で頷き、受話器をとる大滝。
「柴原、決着をつけよう。だが他艦には手をださんでくれ。お前とサシで勝負したい。青葉を沈めたら好きにすればいい。」
返答は時間がかかった。誰も、声を発しない。
『…よかろう。50キロ開始な。』
「ああ、わかった。」
演習のような取り決め。いつもなら大滝は、艦長椅子に座り「副長、50キロになったら起こしてくれ。」と言うはずなのだ。
それが、受話器を置いた大滝はラッタルを下りていく。常に艦橋にいて、CICにはほとんど顔を出さない大滝。相次ぐ大滝の異常行動に、緊張の顔を見せない者はいなかった。
開始距離を決めた戦闘。それにもかかわらず、演習のときのような生易しい感覚は感じられなかった。
CIC―
「この緊張感…、重苦しいな。」
「艦長が怖いよぉ…。」
明らかに違う大滝を感じ取る、武と千早。レーダースクリーンを見つめる大滝の目は、いつになく本気の目だった。
隣には、こちらも厳しい顔立ちで立つ橋本。レーダースクリーンに映る、“CA Aoba-b”の光点。
「おっと。」
艦が揺れた。荒れた海面が青葉を前後左右へと揺らす。まるで人間の意志を読み取ったかのように、雨は強さを増していく。
「青葉…いえ敵巡洋艦、距離50キロに接近!」
CICにレーダー員の声が響いた。
「対水上戦闘、用ー意!」
大滝の怒鳴り声。力のこもった、まさに怒号だった。




