表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

一五話、ベンガル湾、橋本…

 『艦影12、方位2-6-0!距離60キロ!』

「艦影?60キロだと?どうして今まで気づかなかったんだ!?」

「どうやら、次の手を出してきたようだな。」

大滝が苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「通信長、まずは蒼龍と早波、朝霜に打電してくれ。蒼龍を護衛せよと。」

「はっ、承知しました。」

「艦長、何をするおつもりですか?」

赤灯で薄暗い艦橋。和田が訊く。

「艦載機の出せない空母など、格好の標的だ。夕雲と本艦だけで救援に行く。」

「相手は12隻ですぞ!?後ろに敵はおりません。蒼龍単艦で待機させても問題ないでしょう。」

「いや、マラッカ海峡は海賊の巣だ。ああいった連中は、テロリストとどこでどう接点があるか見当がつかん。万が一のことを考えてだ。」

口を閉ざす和田。明らかに不満があるようだ。

「通信長、続いて阿賀野に打電。ただちに臨検を中止、その場から退避せよと伝えろ。」

「わかりました。」

 制帽を被りなおす大滝。視線は真っ直ぐ水平線を見つめていた。

「さて、と。」


 「蒼龍、早波、速度を落とします。朝霜も歩調を合わせるようです。」

「武!ミサイルの準備!目標は先頭艦だ!」

戦闘に移るという大滝の意思を読み取った橋本。すばやく指示を出す。

「はっ!方位2-6-0、距離58000、針路0-7-0…」

先頭の駆逐艦のデータを順番に入れていく。ハープーンが徐々に活性化していく瞬間だ。

「目標、敵駆逐艦!諸元入力完了!」

「艦橋、CIC!ハープーン、攻撃準備よし!」

敵艦隊と貨物船との距離はおおよそ10キロ。正直言えば絶望的だ。だがそんな理由で救援をやめるわけにはいかない。

『ハープーン、攻撃開始せよ。』

「アイサー!ハープーン、攻撃はじめ!」

指をおく武。銛はロケットブースターに点火し、獲物へと狙いをさだめに入った。

「ハープーン、発射を確認!弾着まで3分40秒!」

「せめて牽制くらいにはなれば…。」

 ハープーンを示す光点が、敵艦隊へと向かっていく。音速に近い速度で飛んでいるはずだが、今日はいつになく遅く感じる。

「夕雲よりハープーンミサイルの発射を確認!」

『阿賀野が砲撃を受けた模様。被害状況は不明。』

「阿賀野は動かないの!?ただの的になる!」

千早が叫んだ。たしかに、阿賀野はおろか睦月も貨物船のそばから全く動いていない。

「おかしい…、なぜ動かない!?…艦長、阿賀野と睦月に移動命令を!」

橋本も声を荒げた。

『両艦乗員が貨物船に乗船している。現在、その撤収を進めているようだ。』

「…では相手の注意を引きます!…武!次の用意!4発同時にぶち込め!」

「よ、4発ってどこにですか!?」

「どこだって構わん!とにかく相手をこちらに向けさせるんだ!」

尋常ではない橋本。すぐに準備を始める武。

「針路…、距離…、速度…」

「敵艦隊よりミサイル!数は…20発!」

「20!?」

CICがどよめく。だが橋本は眉ひとつ動かさない。

「ハープーンの発射準備を一時中断!ESSMによる迎撃に切り替え!」

「アイサー!ESSM、12目標にロック!」

「レールガン、発射用意!ESSMの対処能力を超えたものを撃ち落とせ!」

「ハッ!」

砲身のない砲塔が、向きを変えて空を仰ぐ。はるか向こうから、20ものミサイルが襲い掛かってきた。

「ESSM、準備よし!」

「迎撃はじめ!」

後部のVLSから、次々と姿を現すESSM。12の火が夜空へと飛び去っていく。

「ESSM、発射を確認!目標到達まで40秒!」

 ESSMはミサイルを捉えると、次々と襲い掛かった。いくつもの火球がベンガル湾を明るく照らす。

「ESSM、全弾命中!迎撃成功!しかし、8発のミサイルがなおも接近中!距離30キロ!」

「ESSM、第二波を発射!残りはレールガンで片付けろ!」

「アイサー!ESSM、第二波用意!」

いそいで指を動かす武。ESSMの表示が、次々と“FIRE”に変わってゆく。

「ESSM、準備完了!発射します!」

復唱の時間はないだろうと判断し、そのまま発射に移った。後部甲板が、ESSMの発射炎に照らされた。

「ESSM、発射よし!」

「レールガン備え!」

レールガンがクイッとわずかに方向を変えた。何も見えない空をじっと凝視するかのように。

「ESSM、弾着!…2発が外れました!距離、10キロ!」

「レールガン、照準合わせ!…撃ち方はじめ!」

57ミリの砲弾が、砲撃とは似ても似つかない音とともに放たれる。秒速2キロの砲弾は、ミサイルを中央部から木っ端微塵に吹き飛ばした。

「ミサイル3、上空で炸裂!迎撃成功!」

『艦長より全艦へ。…』

阿賀野からの通信。それは、最悪とも言えるものだった。


 艦橋―

「…繰り返す、本艦ならびに睦月は救援の必要なし。…以上です。」

通信長が伝えた、阿賀野からの電文。

「続いて睦月からの電文です。“本艦は敵艦からの砲撃により、戦闘継続困難。余計な被害を出さぬため、第1戦隊は反転せよ。貴艦たちが無事であることを祈る。”…以上です。」

「…。」

艦橋が重苦しい空気につつまれる。

「両艦は決断したようだ。我々は現時刻を持って作戦を中止。反転する。」

低い声で言う大滝。

「艦長、両艦を助けに行きましょう。第四艦隊が来れば、10隻などなんとかなります。」

和田が必死に反論する。

「ですが副長、第四艦隊が到着するまで両艦が浮いている保障がありません。」

「ならば単艦でも突っ込むまでだ。目の前に友軍がいるのだぞ?見過ごせるわけがない!」

艦橋は真っ二つにわかれていた。

「艦長より全艦に達する。本作戦を中止する。針路1-0-0に転舵、蒼龍の元へ戻る。」

「艦長、撤退する気ですか!?」

「あの二隻はもう助からない。それは彼らが一番よくわかっているはずだ。現に彼らは、命を捨て我々を守る決断をした。」

「艦長!」

突然、橋本の声が響いた。ラッタルを駆け上がってきたらしく、息が上がっている。

「なぜここで帰るんですか!?目の前には助けを求める味方艦艇がいるわけですよ!」

「彼らは我々のために決断を下したのだ。ここはその意思を汲み取り、涙を呑んで報告するしかあるまい。」

「では味方を見捨て、とっとと尻尾を巻いて逃げようってわけですか!?私なら、残り10隻を全て沈める自信があります!」

「それまでに阿賀野と睦月は浮いているのか?我々にも夕雲という僚艦がある。艦長の責任として、部下の命を粗末に扱うわけには…」

“バシッ”

橋本が、大滝をビンタした音だった。手加減をしたような音ではない。本気の音だ。大滝の制帽が音もなく落ちる。

「責任責任!そんなに自分に責任がくるのが怖いのですか!?そうやって、目の前で助けを乞う人間を見捨てるのですか!?そうやって…、人を簡単に殺すんですか!?」

橋本の声が、だんだん震えてきていた。

 大滝が制帽を拾い上げる。

「ことを成し遂げるために、時として犠牲は必要不可欠だ。特に軍隊は、人の命の奪い合いなのだ。大量の犠牲を防ぐ為に、本当に必要なものを失わぬ為に、少数の犠牲はやむをえない。そんな世界だよ、ここはな。」

制帽を被ると、大滝は橋本を見つめた。

「私は、責任をかぶるのが嫌で逃げようなんて思ったことなどない。もし思ったのなら、はじめからここへは来たりはしない。」

「しかし!艦長は…」

「この艦、青葉270名の命を一人たりとも無駄にしたくはないからだ。彼らだって同じことを思ったはずだろう。だが、残念ながらそれを守ることはできなかった。最低限、これ以上の犠牲を出さぬようにと我々を制したのだ。…全てを言葉で語るのは難しいがね。」

 大滝の静かな声の後、艦橋は静寂に包まれた。

「…。」

突然、橋本が目を見開いて腰の拳銃を引き抜いた。そのままこめかみへと銃口を向ける。

「何をする気だっ!」

「やめろっ!」

「砲雷長っ!」

「もういいっ!私なんてっ!」

“パァーン!!”

橋本の泣き声とほぼ同時に、銃声が気持ち悪いほど綺麗に響き渡った。

 艦橋が戦慄に包まれた。橋本は…






「うっ…ううう…。」

小倉の上に倒れていた。

「ケガを確認しろっ!」

大滝の怒号が響いた。小倉がこめかみあたりをまさぐる。

「…いえ、出血らしきものはないようです。」

「衛生士に連絡!砲雷長を救護室へ!」

「ハッ!」

 衛生士が担架を持ってきた。橋本を乗せ、ラッタルを下りていく。

「艦長…、なぜ砲雷長はあんなに…。」

小倉がおそるおそる訊く。

「ここに来る前に橋本少佐と話したのだが…、阿賀野には少佐の友人が乗っているそうだ。親しい友人らしく、彼女は久々に会えるかもと楽しみにしていた。」

「…。」

「そういうことを持ち込んではいけないことなど、彼女は百も承知しているだろう。だが経験が浅い分どうしても捨てきることができないのだろうな。仕方のないことだ。」


 空には天の川が輝いていた。青葉の露天甲板に、橋本。

「うっ…うわーん!うわぁーん!うわあああん!…」

人目もはばからず、涙を流す橋本。

「橋も…」

それを見て飛び出そうとした武。腕をつかみ、止めたのは千早だった。

 千早は静かに、首を横に振った。そっと見守るしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ