一話、青葉と武とお馬鹿キャラ
2010年5月某日・太平洋茨城県沖
太陽が照りつける晴れ空の下、海をかき分けて航行する一隻の船。軍艦なのだろうか、ガトリング砲をミニサイズにしたようなものが載っているのがわかった。
司令所らしきところでは、椅子に座った船長らしき人物が話をしている。
「航海長、現在の天候を報告。」
「は、雲量2から3で晴れです。気圧は1016hPa、気温22度、湿度66%。」
「うむ。いい天気だな、先週の大嵐はなんだったんだろうな。」
船の後部では、いくらか高くなっているところにガトリング砲みたいなものが据えつけられていた。その前では、二人の男が何やら作業している。
「半田兵長、装填準備完了しました。」
「よし、入れるぞ。」
ガァァァ…と音をたて、箱の中身が凄い速さでガトリング砲下部に吸い込まれていく。
ここは船内の休憩所だろうか。軍服を着た女性二人が話している。若い二人は、話に夢中だ。
「それでね、急いで飛び起きたら時計落としちゃってー。」
「落としたの!?だって琴音ちゃん上の段でしょ?」
「そうだよぉ…、で、時計が西園寺一曹の頭に当たっちゃったの…。」
「ええっ!それどうなったの!?」
扉にはプレート。”CIC”と書かれている。中はディスプレイで一杯だ。薄暗い部屋で、多くの人物がディスプレイを覗き込んでいる。
「ソナー、潮95は捉えてる?」
凛とした女性の声だ。
「はい、今並走しています。方位0-8-0を12ノットで航行中です。相対距離4000。」
「そのままロストしないように。」
男の返答を受け取ると、女性は別の男のところへと向かう。
「真田一曹、ヒマしているようね。」
「いえそんなつもりでは…」
「昨日の訓練で有頂天にならない。わかったわね?」
「は、はい…。」
「あなたもよ、西園寺一曹。」
「ふぇ?」
いきなり話題に引っ張り出され、びっくりしているのは隣の女の子だ。ちゃんと軍服は着ているから、乗員には間違いないだろうが…。
「背が小さいのはいい訳にはならないわ。上陸したら補給を手伝いなさい、いいわね?」
「はぁ~い…。」
「ちゃんと返事しなさい。」
「はい…。」
女性が去っていったのを見届け、女の子は隣の男に愚痴をこぼす。
「何よ、自分が一番何もやってないくせに…。」
1942年のミッドウェー海戦でアメリカを下した日本は、勢いに乗りハワイを占領。ここでアメリカが講和を申し出、太平洋戦争が終結した。
その後日本は世界的な帝国主義からの脱却の波により、国名を「大日本帝国」から「日本国」へと改称。これをきっかけに様々な改革に乗り出していった。天皇主権から国民主権への移行、軍の再編成、貴族院の廃止…。
欧州でも1948年まで続いた第二次世界大戦がようやく終結。世界は落ち着きを取り戻し、つかの間の平和が訪れた。
…はずだった。あまりにも短い平和だった。
1958年に入ってすぐだった。ソ連で起こった海軍大将暗殺事件…、少し前から活動が活発化し始めていたテロリストによるものだった。
これを皮切りに、世界中で様々なテロリストによる事件が頻発。年を追うごとに大規模化していき、軍が介入することも少なくなかった。国家間の戦争とは違い、明確な意思を持たず攻めるべき領土も持たないテロリストとの戦いは困難を極めた。
業を煮やした世界は、国連(国際連盟)を解体し新たに「世界政府」を設立。国境を越えてテロリストを追い詰めるべく、世界の名だたる軍事大国がそこに集結した。
21世紀に入ると、どうやって手に入れたのか軍艦や航空機を操るテロリストが出現。もうそこで繰り広げられていたのは、単なるテロリストの行為を阻止するための活動ではなかった。
世界各国の軍 VS 大規模テロリスト。世界を巻き込んだテロリストとの「戦争」の幕が上がり始めていた。
そして2010年
茨城県沖を航海する、日本海軍の最新鋭巡洋艦「青葉」。世界初、「電磁投射砲」を持つなど最新の設備をもった本格的なミサイル巡洋艦である。
その指揮の中核たるCICで、ミサイル管制を担当する人物。真田 武一等海曹である。22歳にして最新鋭艦のミサイル管制を一手に引き受ける一等海曹だ。
すぐ横にいるのは、胸以外はそこらへんの中学生にも見間違えられそうな少女。彼女は短魚雷担当の西園寺 千早一等海曹である。
「対空レーダーに感っ!」
突然、ディスプレイを見ていたクルーが声を発する。
「敵味方の識別急げ。対空戦闘用意。」
凛とした女性の声。砲雷長の橋本 麻耶少佐だ。さすがは25歳の若きエリート、判断から指示までがすばやい。
「艦橋、CIC。艦長、対空レーダーに反応あり。部署発動します。」
艦橋―
「了解した。」
そう言って電話機を置くと、艦長の大滝 仁志大佐は艦長椅子を座りなおした。
「こんなところまで空軍にバレずにくるとは、なかなかやるじゃないか。」
「何を言ってるんですか。」
すかさず副長、和田 潤平がピシリと言う。彼は中佐だ。
「敵の評価をしただけじゃないか。頭が固いぞ副長。」
「そうではなく、私が言いたいのは…」
『接近中の航空機は敵と判断します。方位1-0-0、距離140キロ、高度は5000メートル付近です。』
和田が反論しようとしたところに、続報が入ってきた。
「了解。距離が100キロを切ったら知らせ。」
『CIC了解です。』
帽子を被りなおす大滝。
「副長、ここは頼んだぞ。CICへと下りる。」
椅子を立つと、ラッタルをゆっくりと下りていった。
「艦長!下りられます!」
再びCIC―
「引き返した?そうか、ご苦労。」
「いえ。ですが、不思議と言えば不思議ですね。」
引き返した敵機を、大滝と橋本が不思議がっている。
それを横目に、小声でこぼす武。
「俺としては仕事がなくなってちょうどいいんだがな。」
「そんなこと言っちゃっていいの?」
「仕事がない千早に言われたくはない。」
ゴンッ
「イテッ、…いつもお前のおバカキャラに付き合わされるこっちの身にもなれよ。」
「うるさい~。先日の上陸許可だって、誰が取ってあげたと思ってるの?」
「あれはだって、…って取ったの俺じゃないか。」
「あら、事前工作ってのもあるのよ?」
「…なんだそりゃ。」
靴の音が後ろで止まった。両者同時にビクッとなる。
「そこ、無駄なおしゃべりは厳禁よ。」
「は、はい。」
「はいっ。」
予想通り橋本だ。CICの内と外で、こうも態度が違うのかと嘆きたくなる。
「艦橋、CIC。面舵20度、進路1-9-0。速度まま。」
電話で大滝が令を発する。
『面ー舵!進路1-9-0!』
「さーて、横須賀に帰るか。」
大滝はCICの扉を開けた。