ピンチ到来
体育館の隅を借りて練習すること一〇分後。
「ねぇ、なんでこんな簡単なことすらできないの!?」
「いや、頑張ってはいるんだが……」
どうにも初級魔法を一つも習得できない和真である。
葵の教え方は非常にわかりやすく、和真自身も頭では理解したのだが……
何かが足らない。
魔法を繰り出すのに重要なものが一つ欠けているのだ。
そのせいで和真は思うように魔法を繰り出せないでいた。
「んー、何でかなあ。こう―――グッと勢いよく押し出すイメージなんだけど……」
敢えて抽象的な教え方をしてみるが―――和真の手のひらから【ファイア・ボール】が出ることはない。
体内で練られている魔力の塊は感じられるのだが、どうしてもそれを上手く体外へ放出できないのだ。
そこまで出来ていて、何故最後の工程で上手くいかないのか。
そればかりは葵にも謎だった。
「そろそろ時間ですよー。葵さん、お疲れ様でした。こちらに加わってください」
どうやら時間切れのようで、ユーリス先生が和真たちを呼びにやってきた。
他の生徒はペアを組んで、ユーリス先生の指示により、そのうちの何組かがすでに模擬戦を行なっている。
「あの……俺、まだ上手くできないんですが……」
「とりあえず藤堂君もこちらに加わってくださいー。小テストも兼ねていますので、参加してくれないと困るんですよー」
「いや、そうは言われましても……」
できないのにどうしろというのだ。
今回の戦闘方法は魔法攻撃のみ。
すなわち和真は魔法を扱えないのだから、対戦相手に勝利することはない。
授業にて初対戦である和真は、自分の戦闘能力を他人に初めて披露するのだから……できれば恥ずかしい思いはしたくない。
逆に強すぎて、チームへの勧誘が酷くなるのも困りものだが……されど底辺というのもいかがなものか。
また和真がこの学園の初男子生徒ということもあり、注目されているのは間違いあるまい。
「藤堂君、これ以上私を困らせないでくださいー」
「……わかりました」
有無を言わせないユーリス先生の視線に和真は諦め、
「ペアを組むんですよね……相手は誰ですか?」
少しでも情報を得るために、前向きな姿勢を見せる。
「そうですねー……あぶれている人はいないようなので、葵さんと組んで模擬戦を行なってください」
「げっ、あんたと戦うの!?」
ユーリス先生の指示を聞いて、露骨に嫌そうな顔をする葵。
それはそうだろう。魔法を扱えない和真が相手だということもあり、負けることはない。
しかし、実際に和真の回避能力を葵はすでに知っているから、それはそれで戦いたくないのだ。
「いや、そんな嫌そうな顔をするなよ……」
逆に和真はホッと安堵する。
葵が相手ならどのような攻撃をしてくるのかほとんど知っている。
それに葵は和真の事情も知っているから、適度に攻撃して引き分けにでもしてくれるだろう。
そう思っていたのだが―――
「あー、あと……藤堂君」
「なんですか……?」
「彼女は預からせてもらいますねー」
和真の腰にある白銀の剣を指さしながらユーリス先生がとんでもないことを言ってきた。
和真はその言葉に冷や汗をかく。
「え、えーっと……できればそれだけは勘弁してほしいのですが……」
「ダメですよー。彼女の特殊能力は卑怯ですー」
「う……」
どうやらユーリス先生はすべてお見通しらしい。
そのことに和真は唸った。
ユイの特殊能力。
それは他人の胸中を読み取るだけではない。
『カズマ……私からも直接何か言いましょうか?』
こんな時でさえもしっかりとフォローしてくれるユイ。
和真にとっては非常にうれしいことなのだが……
(いや……俺なりに頑張ってみるよ。ユイ、見守っていてくれ)
和真はユイの助けを断り、覚悟を決めた。
今から間違いなく自分は醜態を晒す。しかし、ユイの力を借りずに自分自身がどこまで成長しているのか……それも気になっていたからだ。
『わかりました、和真がそういうのなら……健闘を祈ります』
(あぁ、ありがとう)
和真は胸中で感謝の言葉を述べた後、腰から白銀の剣を鞘ごと外し、ユーリス先生に手渡す。
これでユイと胸中で会話をすることも、アドバイスが聞こえてくることもなくなった。
「はーい、素直な子は好きですよー。それでは準備運動もできているでしょうし……さっそく模擬戦を行なってもらうことにしましょうかー」
ユーリス先生が二人を促し、広いフィールドへと案内する。
和真たち以外には合計で二組のペアが模擬戦を行なっている。
そのため数十メートル先では、さまざまな魔法が飛び交い、激しい戦闘が行われている。
「一応わかっているとは思いますが、大けがを負わない程度の威力にしてくださいねー。まぁ、この制服は魔法耐性が備わっていますからそのような事態は招かないと思いますけどー」
「ええ、わかっています。……でもどうせこいつは全部避けてくるだろうから、本気を出す予定ですけど……」
ユーリス先生の言葉に葵が苦笑いで返す。
しかし和真は―――
「なぁ……一つお願いしてもいいか?」
「なによ、魔法のレクチャーはもうできないわよ?」
「いや、そうじゃなくて……繰り出す魔法はユーリス先生の言う通り、大けがを負わない程度で頼む」
「何言ってんよ、本気で唱えた魔法すらあんたは避けるのに……どういうつもりよ?」
葵の訝しげな視線に和真は少々思案する。
「……ううん、やっぱりなんでもない。むしろ本気で来てくれ」
手加減されても自分の力は量れないと考え直した和真が言い直した。
後悔はない。
これも自分自身がどれほど成長したのかを確認するためだ。
もし仮にこの戦闘で大けがを負うようであれば、自分の力はその程度であったということだ。
和真はそう思い、ユーリス先生に視線を送り、戦闘開始の合図を出すよう促す。
「それでは、開始してください」
そして、それを汲み取ったユーリス先生が戦闘開始の合図を言い放った。