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ちょっと魔法は……

 キーンコーンカーンコーン。

 一限目開始の予鈴が校内に鳴り響く。

 和真はすでに席についてユーリス先生が教室へ来るのを待っていた。

『よかったですね、辛いサンドイッチを食べずに済んで』

 白銀の剣となったユイが暇を持て余しているためか、和真に話しかけてきた。

(あぁ、そうだな……)

 和真は胸中で呟き、ユイに返答をする。

 結局、葵が朝食で変なものを出してくることはなかった。

 少々警戒しながらも和真が口にしたのは全て普通のサンドイッチだった。

 どうやら葵自身もさすがにそのような仕返しはどうかと思い直したらしい。

 そんな葵は今、自分の席に座って一生懸命教科書を読んでいる。

(まぁ、話すことも特にはないし……なぁ、ユイ。そういえば昨日―――)

 和真は葵の邪魔をしちゃ悪いと思い、そのままユイと胸中で会話することにした。

 そして数分後―――ガラガラガラ。

 漸くユーリス先生が教室へ入ってきた。

 ざわついていた教室内が一気に静かになる。

「はーい、皆さん席についていますねー。それでは告知していた通り、本日は簡単な戦闘訓練を行います。一応この戦闘訓練では小テストも含めていますので、皆さん気を抜かないようにお願いしますねー」

 ユーリス先生が間延びした声で告知した後、

「では、移動しましょうかー。皆さん起立してくださいー」

 そう言って、全員が立ち上がったのを見計らって―――パチンッ。

 ユーリス先生が指を鳴らし、一瞬にして教室内にいる生徒全員を体育館へ転移させた。

 和真は慣れない感覚に一瞬立ち眩みをしかけたが、どうにか耐える。

(おい……今の魔法は相当なものじゃないのか……)

 むしろ和真は立ち眩み云々よりも、ユーリス先生が簡単に扱った魔法に驚いていた。

 和真の所属しているクラスは生徒数が約三〇人。

 それなのにユーリス先生は、苦労することなく一瞬にして全員を体育館へ転移させたのだ。

 和真の知る限りでは、これほどの大魔法を扱える人間はそうそういない。

 しかし驚いているのは和真だけらしく、他の生徒は誰としてそんな表情を見せていなかった。どうやらこれからの戦闘訓練に身を引き締めているようだ。

 そして、そんな様子を見渡したユーリス先生が、

「それでは今回の戦闘訓練内容は―――物理攻撃は一切なし、魔法のみとしますー」

 とんでもないことを言い出したではないか。

 七色境は魔法が主体。

 よって、魔法のみの戦闘なんてざらにあることなのだが―――

「ちょ、ちょっと待ってください。ユーリス先生」

 魔法を扱ったことのない和真は慌ててユーリス先生に呼びかける。

「何でしょう、藤堂君」

「ちょっと、いいですか?」

 和真はユーリス先生の元へ近づき―――ごにょごにょごにょ。

 葵を含める他の生徒たちが和真の行動を謎に思いつつも、無言のまま見つめている。

「ユーリス先生。俺……魔法を使ったことがないことを知ってますよね?」

「あれ、そうでしたっけー……まぁ、がんばってくださいー」

 ユーリス先生にとってはどうでもいいことらしく、適当に和真をあしらおうとする。

 しかし、そんなユーリス先生に対して和真は食い下がる。

「いや、がんばってと言われましても……俺だけ物理攻撃可能にしてくれませんか?」

「んー、それはちょっと無理ですねー。それに藤堂君、あなたは異世界人であることを極力知られたくないと言ってましたよね?」

「ええ、そうですが……」

 葵に知られてしまったとはいえ、まだ他の生徒には和真が天国からやってきた人間であるということを知られてはいない。

 すでに葵と関わっているが、やはり和真は極力面倒事を避けたいと思っている。

 だからできる限りこの世界の住民だと他人には思わせておきたいのだ。

「藤堂君もご存じだとは思いますが……この世界で魔法を扱えない人間は存在しません。もちろん、あまり得意じゃない人もいますが……初級魔法を扱えない人間なんて聞いたことがありません。藤堂君、もちろん初級魔法くらい使えますよね?」

「初級魔法くらいと言われましても……そもそもどうやって魔法を繰り出せばいいのかすら俺には理解不能なんですが……」

 天国にも魔法はある。

 しかし、それらの魔法は基本的に天使が扱う。

 もちろん、天国に住んでいる人間にも魔法を扱える人は多数存在するのだが……そもそも和真は魔法の適性値が低かったため、魔法の訓練を幼少期に一度行って以降、一切やっていない。

 その代わりに訓練における時間はすべてそれ以外に費やしてきたため、剣技に於いては天国に住む人の中ではある程度優秀である。

「んー、仕方ありませんねー。では、今から初級魔法の繰り出し方を簡単に説明しますのでよーく聴いていてくださいねー」

「わ、わかりました」

 そして和真がユーリス先生の説明を一言も聞き漏らさないように集中するのだが……

「初級魔法【ファイア・ボール】に関しては……グググッと体内で溜め込んで、ドッカーンという感じです。はい以上ですー。もう大丈夫ですねー」

「全然大丈夫ゃないです!」

 教師であるくせに明らかに説明下手だったため、和真が声を荒げた。

 いや、もしかしたら単に説明するのが面倒なだけかもしれない。

 そんな和真の荒げた声を聞いた葵が会話に割り込んできた。

「ねえ、あんたさっきから何話してるの? 時間も限られているし、さっさと始めてほしいんだけど……」

「いや、ちょっとな……」

 和真はお茶を濁す。

 さすがに魔法を扱えないなんて弱点を知られたくはない。

 そう思う和真だが―――

「あっ、葵さん。ちょうどよかったですー。どうやら藤堂君は魔法を扱ったことがないみたいなので少し教えてあげてくれませんかー?」

 ユーリス先生が余計なことを言ってしまった。

 その言葉を聞いた葵は案の定―――

「え、もしかしてあんた魔法を使ったことがないの?」

「えっと……まぁ、うん……そうだ」

 和真は正直に頷くことにした。

 ここで下手に嘘をついて、みんなの前で醜態を晒すりはマシだと瞬時に判断したからである。

「ふーん、まぁ……いいか。どうせあんたのことだから必要なかったんでしょ?」

「おぉ、よくわかったな。そうだ、そうなんだよ」

 実のところ、暇な時間にでもユイに魔法を習う機会はいくらでもあった。

 しかし、実際戦闘中に和真自身が魔法を扱う必要性が今までに皆無だったことと、もともと適性値が低いことも含め、ユイに一度も頼まなかったのだ。

 それに和真にとって、魔法という単語自体が幼少期のトラウマを脳裏に呼び起こすのだ。

「それでは葵さん、頼まれてくれますかー?」

「……構いませんけれど、あたしの戦闘訓練の方はどうするんですか? 小テストも含んでいるって先ほどおっしゃっていましたよね?」

「はい、小テストも含んでいますよー。一〇分もあれば初級魔法の一つくらい扱えるようになると思うので、一〇分後に二人とも参加ということにしましょうかー」

「わかりました。それじゃあ―――」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 そこでまたも和真は食い下がる。

「もう、何ですか藤堂君……そろそろ戦闘訓練を開始したいのですが―――」

 小さなため息を吐いた後、ユーリス先生が他の生徒見ながら言う。

 和真もつられて他の生徒の表情を見ると―――誰もが待ち遠しい、あるいは和真が話し込んでいることを訝しんでいる様子だ。

 これ以上話を引き延ばすのは良くないだろう。

 今は葵だけが話に加わっているが、もう少し長引かせてしまったら他の生徒も話に割り込んでくるかもしれない。

「……わかりました。一〇分後ですね。ユーリス先生……他の人に何か訊かれたら、久しぶりにやるから練習していると適当に伝えておいてください」

「はい、構いませんよー」

 ユーリス先生の了承を得た和真は、一〇分という短い時間で初級魔法の一つを習得する覚悟を決めた。


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