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ユイの気持ち

 ちょうど和真が荷解きを終えた後。

「ねぇ、あんたは夕飯何食べたい?」

 ノックもせずに部屋へ入ってきた葵がそう訊ねてきた。

「……なんだ? わざわざ作ってくれるのか?」

 その言葉を聞いた和真が首を傾げる。

 いったいどういうつもりなのだろうか。

 この寮は自炊制で、和真もこの後自分で何か料理をしようと思っていたのだが……

「別に勘違いしないで。これはあたしが与えられた仕事だからよ」

「仕事……?」

「そうよ。あんたも知っていると思うけど、あたしはこの学園の理事長のお世話になっているの。だから本当なら学費などといったものも含め、全てお金で支払うべきなのだけど……払えない代わりに、こうしてこの寮の管理をする仕事をやっているのよ」

「へー、そうなのか……」

「だからあたしはこの寮に住まう人の分の料理も担当しているってわけ。要は自分が食べる分のついでよ。つ・い・で」

 後半部分をやけに強調する葵。

 どちらにせよ和真としては面倒事をしなくて済むため、大変ありがたい。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。飯は食えるものなら何でもいい」

「ちょっと何よそれ……その言い方だとあたしの料理がすごく不味いみたいじゃない!」

「いや、そんなことは言ってないけど……」

 どうやら言い方がまずかったらしい。

 和真としては好き嫌いがないため、何を作ってくれても良いと言ったつもりだったのだが……。

「まぁ、いいわ。あたしが料理している間にさっさとお風呂にでも入ってきたら?」

「風呂? そうか……この世界には風呂があるのか……」

「え、お風呂のない世界なんてあるの!?」

「あぁ、俺が任務で行ったところには風呂のない世界も存在したぞ……あっ、そういえばお前……この寮に住んでいるんだよな?」

「そうよ、それがどうかしたの?」

「いや……俺みたいな男子が住まうのに気にしないのかなと思って……」

「あー、別にあんたなら気にしないわ」

「どういうことだよそれ……」

「……ん、まぁとにかくこれだけは言っておくわ。あたしの部屋は一番左端にある部屋だけど、絶対に勝手に入っちゃダメだからね」

「いや、勝手に入らねえよ」

 命は惜しい。

 別に葵に戦闘で負けはしないだろうが、そういったことに関する面倒事は絶対に勘弁だ。

「そう、それならいいわ。……それじゃあ、あたしは台所へ行くから」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「……なに?」

「俺の分とは別にもう一人分作っておいてくれ。量は少なめでいいからさ」

「もう一人分? ……まぁいいけど」

 そう言いながら部屋から出て行く葵。

 そして―――

『カズマ、彼女の言う通りお風呂に入った方がいいかもしれませんね』

(あぁ、そうだな……)

 ちょうど荷解きで少々汗をかいていたところだ。

 和真は着替え一式を持って、部屋を後にする。



 そこまで広くないローカを少し歩いて、和真は一番右端にある風呂場に到着。

「よいしょっと……」

 脱衣所で服を脱ぎ、腰にぶら下げていた白銀の剣を床が傷つかないように注意しながら立てかける。

 と、ちょうどその時。

『カズマ……』

 唐突にユイが話しかけてきた。

(どうかしたのか、ユイ)

『…………』

 和真は訊き返すが……ユイは無言。

 何やら考え事をしているようだ。

(……何かあるのか?)

 まさか風呂場に敵でもいるのだろうかと思い……和真はドアをそっと開け、顔を覗かせるが―――

 クリエイターのような怪物はいないし、他の誰かが風呂に入っているわけでもない。

 どうやらユイが敵を察知した訳ではないようだ。

(ユイ、何か言いたいことがあるのなら言ってくれよ?)

 自分から話しかけてきたのにその続きを躊躇っているなんて珍しい。

 そう思った和真がユイに胸中で訴えておくが……

『…………』

 やはりユイは無言。

 気になりはするが、何も言ってこないのなら仕様がない。

 諦めて和真はタオルを持ち―――ガラガラガラ。

 風呂場へ突入する。

「まぁ、こんなもんだろうな」

 風呂場の広さを見て、和真はひとこと。

 大体予想していた通りの広さだった。

 浴槽が二つあり、一つは一人用の大きさ。

 もう一つは、三人ほどが一緒に入れるくらいの大きさである。

「……ん、こっちを使えってことだな」

 そしてお湯が張ってあるのは一人用。

 どうやら節約しているらしい。

(まぁ、それもそうか……)

 実際、この寮に住んでいるのは葵と和真―――そして、葵はまだ知らないがユイを含めた三人だけである。

 人数が少ないことを含め、一人で入るのならわざわざ三人以上用の浴槽にお湯を張る必要がない。

(とりあえず身体を……)

 ペタペタとシャワーのある場所へ歩いていき、和真は椅子に座り……

 シャワーを出して身体を洗おうとした時。


 ガラガラガラ


 何者かが風呂場へ侵入してきた。

「……っ」

 和真は肩をビクリと震わし、勢いよくドアの方へ振り返る。

 するとそこには―――

「背中を流しに来ました、カズマ」

「ユイ!?」

 タオルを手に持ったユイが佇んでいた。

 その恰好はなんとも破廉恥極まりない。

 白銀の長髪を腰辺りまで長く伸ばし、背中から四本の純白の羽を生やしている少女は、衣服を一切身に着けていない。

 いや、風呂に入るのだから裸なのは当然なのかもしれないが―――どういうわけか、ユイはネックレスだけ外していなかった。

 それが控えめな胸の真ん中辺りでキラキラと光っているものだから、和真の視線は自然とそこへ持っていかれる。

「カズマ、そんなに見つめないでください。……なんだか恥ずかしいです」

「……っ。ゆ、ユイ。だからどうして隠さないんだ!」

 和真はユイが手に持っているタオルを指摘し、声を上げる。

 恥ずかしいと感じるのならば、胸を隠せばいい。

 それなのにユイは、タオルで胸を隠さない。

「あといつも言っているが……ネックレスをしたまま風呂に入っていたら、そのうち錆びちまうぞ」

「カズマは……ネックレスを取れというのですか?」

 和真の言葉に不安そうな声を上げるユイ。

「そりゃあ、取った方がいいだろ」

「…………」

 和真が素直な意見を述べると、ユイは沈黙してしまう。

「どうしたユイ……取らないのか?」

「…………」

「……ユイ?」

「カズマはえっちぃです。ネックレスを取った私の姿を見たいだなんて……」

「なっ!?」

 唐突な破廉恥宣言に驚く和真。

 どうしてネックレスを外すことがそんなに恥ずかしいのだろうか。

 明らかに胸を晒している方が恥ずかしいはずなのに……全くもって恥ずかしい基準が理解できない。

 長年付き合ってきた和真だが、それついてはさっぱりだ。

 たまにこうして風呂に入ってくるユイにそのことを指摘しているが、理由は教えてくれない。

 ただただ和真が困るのは……やはり毎度のごとく胸を隠さずに目の前に現れることだろうか。

「それではカズマ、背中を流します」

「ユイ、背中を流してくれるのはうれしいが……と、とにかく前を隠してくれ!」

 ペタペタとゆっくり歩いてくるユイを―――主に控えめな胸を再び見てしまったことに和真が焦って立ち上がると―――カコンッ。

 足元にあったもう一つの椅子を蹴ってしまった。

 スルスルスル―――と、それが思いのほかよく滑っていく。

 そして滑っていった椅子が、積み上げていた使わない椅子に当たり―――


 ドンガラガッシャンッ


 なんと悲惨な状況だろうか。

 ピラミッド型に積み上げていた七つの椅子が見事に引っくり返り、風呂場に飛散してしまったではないか。

 それを見たユイが小さなため息を吐く。

「何をやっているんですか……仕方ありません。手伝いましょう」

「わ、悪い……」

 和真の元へと向かっていたユイが回れ右。

 悲惨な状況になっている場所へと向かう。

 その際にまた、和真がユイの小ぶりなお尻を目の当たりにし、ドキッとする。

 ユイは和真の契約天使。

 天使は天国の王によって創造され……何年経っても見た目は変わらないし、寿命というものがない。

 そのため、和真より長生きしているのだが……ユイの見た目はかなり幼い方だ。

 だからこの状況をユイが和真の契約天使だと知らない誰かが見てしまったら、あらぬ誤解をされてしまうのは間違いあるまい。

 和真はなるべくユイの身体を見ないようにし、ユイの元へと近づく。

「カズマも早くしてください。そこの椅子をお願いします」

「お、おう。わかった」

 ユイに命令されて、足元に転がっている椅子を拾う。

 そして、その近くに転がっていたもう一つの椅子を拾い……

 元の場所へ戻そうと歩いていると―――


 ツルンッ


「……なっ!?」

 ユイが持ってきていた石鹸を不覚にも踏みつけてしまった和真が、前のめりになり転倒してしまった。

「イッテててて……」

「…………」

 膝を床にぶつけた和真が痛みに顔を歪める。

 そして、立ち上がろうと両手に力を入れた瞬間―――ふよんっ。

「わ、悪い、ユイ!」

 ユイを押し倒し、不本意ながらもユイの左胸を鷲掴みにしていたことに気が付いた和真は取り乱した。

「別に……和真なら構いませんが……」

 特に表情には出さず、そっと和真の左手を掴み、自分の胸から遠ざけるユイ。

「…………」

「…………」

 何とも言えない雰囲気に、和真は固まってしまう。

 しかもユイは和真が何らかのアクションを起こさない限り、動くつもりはないようだ。

 そして沈黙を続けること数秒後。

 やはりアクシデントというものは続くもので――――


 ガラガラガラ


「なんかすごい音が鳴ったけど大丈夫……って、何やってんのよあんた!」

 先ほどの大きな音を聞いて様子を見に来た葵が、二人の如何わしい様子を見て大声を上げる。

「こ、これは……」

 咄嗟に上手いことを言えない和真。

 それに対してユイは、

「勝手に入ってこないでください」

 葵を一目見て、文句を言った。

「なっ!? あたしはこの寮の管理者でもあるのよ―――って、あんたいったい何者!?」

 ユイの背中に生えている四本の羽を見た葵がさらに驚く。

「私はカズマの契約者。プライベートに割り込まないでください」

「契約者って―――そ、そんなことよりも早く離れなさい!」

「……嫌です」

「離れなさい!」

「断固拒否します」

 そう言って和真にギュッと抱きつくユイ。

「だから離れろって言ってるでしょ!」

「却下します」

 そう言って、さらにユイが腕に力を込める。

 ……ユイがここまで感情を表すのは珍しい。

 基本的にユイは和真以外の他人に対して無関心であるため、無視することが多い。

 それなのに今回は葵に明らかな敵意を向けている。

「お、おい、ユイ……」

 ユイの珍しい行動を目の当たりにした和真は戸惑ってしまう。

 そしてユイが再び葵の方へ視線を向け、

「それよりもあなた……いつまで私たちの裸体を眺めているつもりですか」

「な……」

 ユイの指摘に固まる葵。

 幸い和真は腰にタオルを巻いているため、大事な部分は見えていないからそれほど問題はないのだが……

「お、おおお、お邪魔しました!」

 指摘されたことにより、ようやくそのことに気付いた葵が―――


 ガラガラガラ、バンッ


 勢いよくドアを閉め、脱衣所へと姿を消した。

「ユイ……そろそろ離れてくれないか?」

 葵が出て行ったことに一息ついた和真は未だに離れる気配のないユイを見て、戸惑いながらもお願いする。

 これ以上抱きつかれたままは耐えられない。

 先ほどは唐突な出来事であったため、ゆっくりとユイの柔らかい身体を堪能している余裕はなかったのだが……今は違う。

 葵が出て行ったことで和真は冷静さを取り戻してしまったのだ。

 だから充分に感じ取れる余地がある。

「なぁ、ユイ……?」

「…………」

 しかし、ユイは無言のまま和真の身体に絡めた腕を解こうとしない。

(……困ったな)

 和真はユイの少し膨れた面を見て、胸中でそう呟く。

 いったいユイはどうしてしまったのだろうか。

 こんな行動を取られたことは今までに一度もない。

 そのため、和真はどうしていいのかさっぱりわからないのだ。

 そしてユイに抱きつかれるまま数秒が過ぎた時―――

「これが……嫉妬という感情なのですか……」

 自分自身の中で何かを見出したユイがそう呟いた。

「嫉妬……?」

「いえ、なんでもありません。それよりもカズマ……背中を流すので私の上から退いてもらってもいいですか?」

 そう言いながら、ユイが漸く和真の身体に絡めていた腕を解いた。

「あ、あぁ……」

 和真は漸く自由になった身体をゆっくりと動かし、ユイの上から退き―――

(天使とはいえ、やっぱりユイも女の子なんだよな……)

 しっかりと堪能してしまったユイの身体の感触が未だに残っているため、少々ぼーっとしてしまう。

「カズマ。身体を洗わないのですか?」

「あ……あぁ、洗うよ」

 ユイの一言にハッと我に返った和真はシャワーの前までゆっくりと歩いていく―――


     * * *


(な、なんだったのあの子……)

 結局、ユイに指摘されて自分がとんでもない行動を取ってしまったことに気付かされた葵は恥ずかしくなり、台所へ戻って調理の続きをしていた。

 本日の夕食はパスタ。

 先ほど三人分のパスタを茹で終えた葵は、現在盛り付けの作業へと移っている。

 棚から引っ張り出してきた大皿は三つある。

 どうしてもう一人分作らなければならないのか―――葵は先ほどの光景を見て何となく理解していた。

(契約者って言ってたわよね、あの子……)

 契約者という単語を聞いたことはあった。

 葵の記憶が正しければ……理事長の部屋に置いてあった分厚い本の中に、その単語が載っていたはずだ。

(それに、あの羽は……)

 和真に抱きついていた少女は純白の羽を四本背中から生やしていた。

 羽を生やしている人間なんてこの世界では見たことがない。

 ということはつまり―――彼女も異世界人であるのだろう。

(でも、どこかで見たことがあるような……まぁいいか)

 葵は思い出すことを諦め、目の前の作業に集中する。

 そして数分後―――

「よし、できた」

 葵特製のパスタが完成。

 見た目はシンプルだが、そこら辺のお店の出すパスタには負けない自信がある。

「あとは……」

 食卓へこの三つの大皿を持って行けくだけ。

 葵はお盆にすべてを載せ、台所を後にする。

 そして台所から食卓へやってくると……

 和真と先ほどの少女が椅子に座り、和真が彼女の頭をタオルで拭いていた。

「……んっ」

 少女が気持ちよさそうに目を細め、小さな声を上げる。

 少女の格好は先ほどのような裸ではなく、清楚な感じの服を身に着けている。

 お盆に乗せているパスタの香りに気が付いた和真が葵の方を向いた。

「お……飯出来たのか。良い匂いだな」

「当然よ。……それよりもあんた、この子が誰なのかちゃんと教えてくれるわよね」

「あぁ、ユイは俺の――――」

 その後和真がユイを葵に紹介し、三人で夕飯を食べ始める―――


     * * *


 黄緑色のカプセルの前で作業をしていたエイレンスは後悔していた。

 ついに完成してしまった。

 今まで一切取れなかったデータのおかげで、ほぼ完全に近いものを創れるようになってしまった。

「ほう、やっとできたのか……」

「はい……」

 それを見ていた男がエイレンスに近づく。

 赤色のボタンを押し、黄緑色のカプセルの中で眠る怪物―――クリエイターを一体外へ出した。

「どれどれ……どれほどの回復力を伴っているのか試してみようか」

 男が机の上に置いてあったナイフを手に取り、眠っているクリエイターの身体に突き刺した。

 グシュッと音が鳴り、緑色の液体がそこから噴き出るが……

 怪物は何も反応を示さない。

 エイレンスが最後の魔法を扱わない限り、この怪物は目を覚まさないのだ。

 そして、傷のついた部分が数十秒後に跡形もなく消え去ってしまう。

「ふむ、悪くはない。だが……少し軟らかすぎないか?」

「そちらの方に関してはまだデータ不足なので……もう少し時間がかかります」

「そうか……ならこいつらでデータ集めをしようか」

 男はそう言って、残り二つのカプセルからクリエイターを取り出した。

 エイレンスは男の行為を無言のまま見つめる。

「おい、エイレンス早くしろ」

「……わかりました」

 男の命令に従い、エイレンスが最後の魔法を唱える―――


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