ご機嫌斜めな契約天使
本日の授業が無事終了し、放課後となった今。
和真は面倒事に巻き込まれていた。
「ねえ、あたしたちのチームに入らない?」
「ダメダメ、うちらのチームに入ってよ」
「何言ってんよ、あんたのチームは人数足りてるじゃない」
「そっちのチームだって足りてるくせに」
「前衛が足りてないのは事実よ」
「それだったらこっちも……」
などと、和真の目の前で口論する少女二人。
現在、和真は二つのチームから勧誘を受けているのだ。
理由はどちらとも前衛不足だからというもの。
なぜ前衛なのか。
それはおそらく和真が男性だからだろう。
この世界では男性が前衛を担うことが多いのだ。
どこから情報が漏れたのかは知らないが―――どうやら和真が葵のチームに入らないことをこの二人に知られていたようだ。
和真はどちらにせよチームに所属するつもりはない。
学校の行事でチーム戦が行われるらしいのだが……その行事が開催されるのは約二か月後。それまでにチームのメンバー同士で何かするという授業もないため、一か月後にはこの世界からいなくなる予定の和真にとってはチームに所属する必要がない。
チームに所属したら練習やら何やらで、任務に遅れが生じてしまうことは明白である。
だからチームに所属するのは何としても避けたいところなのだ。
「あのさ……何度も言うけど、俺はチームに所属するつもりはないぞ」
「えー、でもチーム所属は絶対だよ?」
「そうは言っても……実際にチームで何やらする必要があるのは約二か月後だろ?」
「んー、一応はそうなってるけどさー」
「二か月後なんてあっという間だよ。それまでに連携の練習とかしておいた方がいいのは間違いないんだし……」
「…………」
和真は何度も断っているが、結局はこういう風になって諦めてくれない。
最終的には絶対にチームを組んでやるのだから、練習するなら早ければ早い方が良い。
先ほどからそういってなかなか引いてくれないのだ。
二人の顔を見て、和真は小さなため息を吐いた。
(どうやれば納得してくれるんだろうな……なぁ、ユイ)
『そんなこと言われても私は知りません』
(……ユイ?)
なんだかちょっぴり不機嫌なユイに和真は首を傾げる。
何か悪いことでもしたのだろうか。
本日の行動を顧みるが……これといってユイの機嫌を損ねるようなことはしていないと和真は思う。
もちろん、和真が任務云々で葵と関わりを持つことを選択したのは不承不承であったが、それだけで不機嫌になるようなことは絶対にない。
だからそれ以外に何か要因があるのだろうが……
(……わからないなぁ)
和真は胸中で呟いた。
もちろん、この呟きもユイには聞こえているが―――
『…………』
ユイは無言。
やっぱり少し機嫌が悪い。
(とにかく、無理やりにでもこの状況を何とかしよう)
ユイが不機嫌な理由は考えてもわからなかったため、和真は思考を切り替える。
どちらにせよ、この状況を何とかしなければならないのは事実だ。
曖昧な返事をして下手に期待させるのは良くない。
それは理解しているのだが……
「まぁ……考えておくよ。とりあえず今日はもう帰っていいか? 荷解きやら何やらすることがいっぱいあるんだ」
「あ、そういえば今日ここへ来たばかりだったね……荷解きとか大変だ」
「うちもそのこと忘れてた。忙しいのに引き止めてゴメン」
「いや、別にいいよ。それじゃあ」
指定の鞄を持って立ち上がる和真。
それを見た二人は、
「ちゃんと考えておいてねー」
「良い返事を期待しているからっ」
期待に満ちたまなざしを和真に向ける。
変な期待を抱かせてしまったことに和真は少しだけ後悔する。
どうせすべて断るのだ。
無駄に期待させて、がっかりさせるようなことはできれば避けたい。
どうすれば最も納得してもらい、且つ、より残念感を出さないことができるのか……和真はそんなことを考えながら教室を後にした。
その後もローカなどであれやこれやと話しかけられたが適当にあしらい―――漸く和真は今日からお世話になる寮へと辿り着いた。
(意外と綺麗なんだな……)
女子寮と男子寮、双方の外観を見て和真はそう思った。
大抵学生寮はそれほど清掃が行き届いていなかったり、創立してかなり年数が経過していたりすることが多いため、外観すらもよろしくない感じになっているものなのだが、どうやらこの寮は比較的新しいものらしい。
少しの間とはいえ、小汚い場所で暮らすよりはありがたい。
(えっと……確かこっちの方だよな)
事前に部屋番号などを記入していたメモ帳を取り出し、男子寮がどちらなのか、再確認する。
目の前には一階建ての寮があり、数メートル離れたところに三階建ての寮がある。
前者が今日から和真が住まう男子寮だ。
今年から共学となったため、急遽造られた男子寮は女子寮と比べるとかなり小さい。
どうして一階建てなのか……おそらくこの学園自体が完全寮制度ではないため、あまり大きなものを建てる必要がなかったからだろう。
それにこの学園の男子生徒は和真だけ。
したがって、今この男子寮には誰も住んでいないはずだ。
(まぁ、気兼ねなく過ごせるのはありがたいかな……)
そんなことを思いながら、和真が建物の中へ入った瞬間―――
パァン、パパァンッ
クラッカーの音が鳴り響いた。
「……っ」
和真は急な出来事に肩をビクッと震わせる。
「ようこそ―――って、やっぱりあんただったのね」
和真の姿を見て、落胆の表情を見せる少女は―――葵。
使用済みクラッカーを二つ、右手に握っていた。
「あーあ、女子寮に住んでいた子がこっちへ引っ越してくるのかと期待していたのに……」
「お前、放課後になった瞬間教室をすぐに出て行ったのは―――いやそれよりも、どうしてお前がここにいるんだ。……ここは男子寮だぞ」
「そうよ、ここは男子寮よ。それがどうかしたの?」
「だから、俺はどうして女であるお前がここにいるんだと訊いているんだ。答えになっていないぞ」
「うるさいわね。そんなことくらい自分で考えないさいよ。戦闘に於いて試行錯誤することは必須だ、そう言ったのはあんた自身よ」
どうやら葵は昼間の仕返しをしているつもりらしい。
小さなため息を吐いた後、和真は少々思案する。
どうして葵が男子寮にいるのか。
それに先ほどの言葉から察するに、どうやら葵はこの男子寮に住んでいるようだ。
ということは、つまり―――
「お前……もしかして、実は男だったのか!?」
「そんなわけないじゃない! どうしてあたしが男になるのよ!」
「だよなぁ、こんなかわいい顔して男なわけないよなぁ……」
ふむふむと頷きながらも、無意識にそんなことを呟く和真に、
「か、可愛い……?」
葵は少し頬を赤らめ、小さな声で呟いた。
「……ん、何か言ったか?」
「な、なんでもないわよ! ……うるさい、バカ!」
自覚のない和真に、プイッと顔を背ける葵。
(な、なんなんだいったい……)
そんな葵を見て、和真はさらに首を傾げる。
完全に無意識だったため……和真の中では、葵を怒らすようなことは一切言っていないのだ。
実際、葵は怒っていないのだろうが……和真からしたら怒っているようにしか見えないのも事実である。
(……なぁ、ユイ。俺は何か変なことでも言ったのか?)
胸中でそのことをユイに訊ねるが……
『知りません』
ユイはやはり不機嫌で、尚且つ何も教えてくれない。
葵が怒った理由もわからないし、ユイが不機嫌な理由もわからないため、和真は困ってしまう。
(なぁ……どうして機嫌が悪いんだ?)
和真はそのことをユイに訊ねるが……
ユイは無言。
どうして何も言ってくれないのだろうか。
いつもならすぐに答えてくれるはずなのに……
(ユイ、教えてくれてもいいじゃないか……)
『…………』
(なぁ、ユイ……)
『それくらい自分で考えてください』
(う……)
ユイにまで葵と同じことを言われたため、和真は少々唸る。
その後も必死に考えるが、結局不可解なままであった。
* * *
雰囲気があまりよろしくなかったため、その場に居難くなった和真はすぐさま自室へと移動し、荷解きを始めていた。
その様子をユイは剣の状態のまま眺めながら、自分の心に悩んでいた。
(何なんでしょうか、この感情は……)
いつもと違い、和真がこの学園の女子と話している姿を見ると―――どうしてもイライラしてしまう。
和真が女性と話をするのは今までに何度も見てきた。
だからそのような光景を見ても何とも思わないはずだった。
それなのに……
それなのに、どうして今回は違うのだろうか。
(おそらく、あの後からなのでしょうが……)
屋上で楽しそうな和真の表情を見た後、女性と話をする和真を見てしまうと……よくわからない感情に陥ってしまう。
全くもって不可解だ。
そしてまた、それがユイを不愉快にさせている。
先ほどからずっと考えているのだが、ユイは自分自身がそのような感情を抱いてしまう理由を全く見出せないでいる。
(とにかく、和真がすべて悪いのです)
考えても一向に解けない謎。
考えることを一旦放棄したユイは、和真に八つ当たりをすることにした。
(カズマ……)
『なんだ?』
和真の胸中へ話しかけると、すぐさま返答が来る。
そしてユイは―――
(……カズマのばか)
『な、なんだよいきなり!?』
ユイの唐突な暴言に和真は驚いた。
その声を聞いて、少しだけイライラが収まる。
(いえ、なんでもありません。それよりもカズマ、早く荷解きを終わらせてください)
「いや、だから今やってるってば」
和真が忙しなく身体を動かし、荷物を整理していることをユイは知っていながらも……少しイライラが収まったとはいえ、やはり文句を言わずにはいられなかった。
もっと困らせてやりたい。
もっと自分を求めてほしい。
そんな感情がユイの中で渦巻いていた。
『カズマ、早くしてください』
「だからやってるって……」
どうにもユイの言うことに納得できない和真は、溜め息を吐きながら荷解きを続けるのであった。