手がかり
聖エルシュリア学園には先生を含め、男性がほとんどいない。
その理由は以外にも単純で、一年前までお嬢様学園だったからだ。
今年から共学になったとはいえ、やはり世間一般ではお嬢様の通う学園。
なかなか進んで男性が入学してくることはなかったらしい。
よって、結果的に今年の男性入学者数はゼロ。
すなわち、この学園にいる男子生徒は和真だけである。
「さて……それじゃあ話を聞かせてもらおうかな」
そして昼休みとなった今、和真は葵に引き連れられて屋上にいる。
購買で適当に買った昼食を食べ終えてから、和真は葵に今朝の続きを話すよう促した。
「そうね……でもその前にきちんと自己紹介をしておくわ。あたしの名前は葵」
そう言いながら葵は、胸元にある制服のポケットから小さな手帳を取り出し、自分の名前を記入する。
「葵って……」
それを見た和真が小さな声で呟いた。
「ええ、そうよ。もう気付いたと思うけど、あたしもどうやら異世界人らしいの」
「らしいってどういうことだよ」
「それは……記憶がないからよ」
「記憶がない……?」
「そうなの。あたしは自分がどこで育ったのか……そういう記憶が一切ないの。気がついたらこの世界にいた。覚えているのは自分の名前だけ」
「…………」
和真は無言のまま、話を続けるよう促す。
「ちょうど今から一年前くらいよ。気が付いたらこの世界の森の中にいて……ボロボロだったあたしを、たまたま見つけたこの学園の理事長が拾ってくれたのよ」
「一年前か……」
和真はその単語を聞いて少々思案する。
『カズマ、一年前ということは―――』
(あぁ、ちょうどこの世界にクリエイターが出現し始めた時期だ)
和真は依頼を受けてこの世界にやってきた。
任務内容はクリエイターを創り出している犯人を見つけ出すこと。
すでにある程度予想が立っており、犯人は和真と同じ天国出身の者だと想定されている。
もちろん、その理由は星を渡り歩ける技術を有しているのが天国だけということと、クリエイターのような怪物を創り出す技術が七色境にはないからだ。
『どうやら彼女が犯人を見つけるための手がかりとなりそうですね』
(そうだな……)
予想以上に早く犯人を見つけるための手がかりを発見したことに、和真は胸中でガッツポーズをした。
名前に漢字を用いていること、そして一年前から記憶を失っていること。
犯人が天国出身者である可能性が非常に高いことと、ちょうどクリエイターが出現し始めたのが一年前からであることを考慮すると、彼女が何らかの関わりを持っているのは間違いないだろう。
葵が記憶喪失なのは―――おそらく犯人にとって見られたら都合の悪い場面を、たまたまこの世界へ観光しに来た葵に見られてしまったから、あるいは仲間だった葵が不要になったから犯人が記憶消去の魔法を扱い、葵の記憶を消去したからだろう。
そのどちらかである可能性が高いと和真は思う。
また、記憶を失っているということは、天使が絡んでいるのは間違いない。
記憶を消去させるような魔法は、天国では天使以外には扱えないのだ。
「それで……あたしがどうしてあんたをチームに入れたいかなんだけど―――」
「七色の大会か……」
葵が言いかけたところで、和真がその言葉を口にした。
「そう、それよ! ……でも、どうしてわかったのよ」
「大体の予想はつく。一応この世界の情報もある程度得てはいるからな。年に一度行われる七色の大会で優勝し、願い事――記憶を取り戻すという願いを叶えてもらうためだろ?」
「そうよ。あたしは何としてでも優勝して自分の記憶を取り戻したいの」
胸の前で手を握る葵。
七色の大会。
これは七色境で五年ごとに一度開催されるお祭りのこと。
その時によってルールは変わるらしいが、大抵はチーム戦による戦闘となっている。
そして何よりも魅力的なのが、その大会で優勝した者は願い事を一つだけ叶えてもらえるということだ。
「でも、どうしてその大会じゃないとダメなんだ? 記憶を取り戻す方法なら他にも……」
「できなかったのよ。記憶を取り戻すことができる魔法を何度もかけてもらったんだけど……全部ダメだったわ。理由はよくわからないけど……」
「そうか……」
だから七色の大会で優勝して、その願いを叶えてもらおうとしているのか。
『問題は……その大会がいつ行われるかですね』
(あぁ、そうだな……)
和真がこの世界へやってきたのは任務を遂行するため。
決して葵の記憶を取り戻すために来たわけではない。
しかし和真の予想通りなら、与えられた任務を達成するためには、七色の大会で優勝して葵の記憶を取り戻すのが一番手っ取り早いだろう。
もちろん、確実に優勝できるわけではないが……やはり問題となるのはその七色の大会がいつ開催されるかである。
どんな任務であっても基本的に一ヶ月以内に終わらせることができているため、その大会の開催時期によっては、葵の記憶を取り戻さないことを選択する方が早くなる。
「それで……その大会はいつ開催されるんだ?」
できれば一か月以内に開催されてほしい。
和真はそう願うが……
「半年後よ」
葵の返答に和真は沈黙した。
『カズマ、彼女の記憶を取り戻すのを諦める方で行きましょう』
葵の返答を聞いたユイが、すかさず和真を促すが……
(…………)
和真は返事をせず、何やら考え込んでいるようだ。
『カズマ……?』
ユイが不満そうな声で和真の胸中へと呼びかける。
ユイにとってこの選択は当然のこと。
第一が和真で、第二が与えられた任務。
それ以降は何もない。
だからユイの中では第一を除いて……任務の妨げ、あるいは時間を浪費させるような選択肢は全て省かれる。
『カズマ、何か気になることでもあるのですか?』
(ん……)
『もう面倒事には関わりたくないのでしょう?』
(それは……そうなんだが……)
ユイの言葉に返答はするが、どうにも歯切れの悪い和真。
『それだったらもう彼女には関わらない方がいいです。さっさと任務を終わらせて天国へ戻りましょう』
ユイが和真を説得するが……和真はなかなか良い返事をしない。
確かにユイの言う通りだろう。
任務を終わらせることだけを最優先に考え、できるだけ面倒事に巻き込まれないようにするには……ユイの選んだ選択肢を和真も選ぶべきだ。
でも、何かが和真の中で引っかかっていた。
もしかしたら―――葵のそばで行動するという選択肢を選んだ方が、一番良い結果を生むのではなかろうかと。
もちろん何の根拠もない。
ただの直感だ。
(ユイ。……悪いが少し付き合ってもらってもいいか?)
『別に……カズマがそうしたいのなら文句は言いませんけど……』
そう言うユイだが、声音は明らかに不機嫌。
(別に七色の大会に出るってわけじゃない。あくまでも俺の勘だが、もしかしたらこっちを選択する方が従来よりも早く終わるかもしれないんだ)
『……勘ですか。カズマの勘は当てになりません』
(ぐっ……ま、まぁいいじゃないか。……頼むよ、ユイ)
『……むー、わかりました』
不承不承返事をするユイ。
『でもきちんと断っておいた方がいいですよ。七色の大会に出ないことだけは』
(あぁ、わかってる)
それだけはきちんと断っておかねばならない。
下手に勘違いされて、期待されても後々困るのは自分自身である。
「なぁ、一ついいか?」
「……なによ」
「お前の目的は七色の大会に出て……優勝し、記憶を取り戻すこと。本当にそれだけなんだな?」
「そうよ、それが何?」
「いや……先に断っておくが、俺は七色の大会には出ない」
「な!? どうして―――」
か吾妻の言葉に葵が目を見開いた。
「七色の大会が開催される頃には、すでに俺はこの世界にいない。おそらく一か月後には天国へ帰っている」
「でも……あんた今日この学園に中途入学して―――」
「あぁ、それはちょっとした事情があっただけだ。……とにかく俺は一か月後には元の世界へ帰っているから七色の大会には出ることができない」
「その日だけこの世界にくるっているのは―――」
「断る。俺は忙しいんだ」
「…………そう」
明らかに葵の表情が曇った。
これ以上何も文句を言わないのは―――おそらく自分にはどう仕様もないことだと理解しているからだろう。
「でも、これだけは言っておく。……協力はすると」
「協力するって……どうやってよ? だってあんた七色の大会には出ないんでしょ?」
「あぁ、出ない。大会には出ないが……それまでにお前を今より強くしてやることくらいはできる」
「なっ……なんで上から目線なのよ!」
「嫌か? 嫌なら別にかまわない。優勝できる可能性を少しでも上げようとする気がないのなら、俺は今後一切お前には何も言わないし、関わらない」
「……う~、わかった、わかったわよ。……それで、あんたはあたしに何を要求するの? 何の見返りもなく協力するつもりはないんでしょ?」
「理解が早くて助かる。……お前には俺の与えられた任務に協力してほしい」
「任務……?」
「そうだ」
本来なら任務に関する情報は一切他人に漏らしてはならない。
しかし、他人に協力を求める場合だけは許可されている。
その特別事項をしっかりと頭に入れているため、ユイは和真が任務の話をし始めたことに一つの文句も言わない。
「俺が与えられた任務は、クリエイターを作り出している犯人を見つけ出すこと」
「え……じゃあ、あの怪物って自然に現れたわけじゃなかったのね……」
「そうだ、何者かが作り出しているんだ。犯人の目的は定かではないが、出現し始めた当初よりも強くなっていることから最終的に軍事目的で扱うのかもしれない……」
「あの怪物を使って戦争を起こすってこと……?」
「これはあくまでも俺の予想だけどな。……どっちにしろ、この世界の住民が手に負えない状況になっているのは間違いない」
最近出現し始めているクリエイターは、戦闘訓練の施された一流の魔法使いでも集団で戦わなければ屠れないほどの強さだ。
もちろんそれは、クリエイター自身の魔法耐性が徐々に向上しているからである。
それを和真はユイと二人で屠ったため、ものすごく強いと思われるのだろうが……実際のところ、ユイと力を合わせた和真の強さはものすごく強いわけではない。
注目すべき点は、和真の攻撃が斬撃のみであるということ。
この世界では魔法がメインであるため、クリエイターは物理攻撃による耐性がさほど高くないのだ。
クリエイターは進化し続けている。
この点を考慮するならば、なるべく早めに犯人を見つけるべきだろう。
物理攻撃による耐性までも向上されてしまったら、戦闘に於いて辛い思いをするのは間違いあるまい。
「それで……あたしは何をすればいいのよ」
「適当に俺と行動してくれ」
「……は?」
「俺がこの世界で犯人が隠れていそうな部分を探るから、その時共に行動してほしいと言っているんだ」
「……どうして共に行動する必要があるのよ」
「そんなの考えたらすぐにわかることだろ。もうちょっと頭を使えよ」
「なっ!? この世界に来たばっかりなのに……なんか生意気!」
「文句を言うくらいなら頭を使って答えてみろ。戦闘に於いて試行錯誤することは必須だぞ」
「う、ううう、うるさい! 絶対あんたをぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「それは楽しみだな。……あと協力してもらう代わりに暇があったら戦闘訓練をしてやる」
「だからなんで上から目線なのよ!」
ヒートアップした葵が和真を睨みつけた時―――キーンコーンカーンコーン。
「さて、予鈴もなったことだし教室に戻るか……」
葵から視線を外し、踵を返す和真。
「む、無視すんな!」
「…………」
しかし和真は振り返ることなく、屋上に一つしかないドアへと向かっている。
「絶対にぎゃふんと言わす……ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
完全に無視された葵は、和真の背中を睨みつけながら小さな声で呟いた。
そんな葵に対して、教室へと戻る和真の足取りは明らかに軽かった。