関わり
……やってしまった。
怒りに任せて宣戦布告してしまった。
しかもよりにも寄ってクリエイターを一人で屠ってしまうほどの強敵に……
葵はいとも簡単に切裂かれ、消滅した炎の壁を見て後悔していた。
あの魔法は葵の扱える魔法の中で最も強い攻撃魔法。
ランクは中級だが、この学園の一年生の中ではほとんど扱うことのできない難易度の高い魔法だ。
「……っ」
宣戦布告してしまったからにはやるしかない。
葵は覚悟を決め、最も得意な魔法を連発する。
「穿て! 灼熱の業火【ファイア・ボール】」
右手から直径五〇センチほどの炎の玉を作り出し、階段をものすごいスピードで駆け上がってくる和真へ向けて放つ。
一つ、二つ、三つ。
詠唱時のセリフを省き、続けざまに火属性の初級魔法を放つ。
(……手数で勝負よ)
たとえ一つ切裂かれたとしても、間もなく襲ってくる炎の玉は避けることができまい。
そう判断した葵だが……
「……な!?」
予想に反して、全て紙一重で避けられてしまった。
和真が動いたのはほんの数センチ。
数センチ頭を横へズラしたり、身体を捻るだけで全ての攻撃を避けたのだ。
剣を振るう動作など一切していない。
最小の動きだけで葵の攻撃を躱した和真が、葵へと急接近する。
「……っ」
振り下ろされた白銀の剣を紙一重で躱し、葵は地面に手を着け、
「囲え! 地獄の業火【インフェルノ・ウォール】」
和真が着地したところへ向けて、すぐさま炎の壁を作り上げる。
しかし、
「邪魔だっ!」
「くっ……」
やはり和真には効かず、白銀の剣によって切裂かれてしまった。
今扱える炎の魔法はこの二つだけ。
(もう一度【ファイア・ボール】で攻めてもいいけれど……)
攻撃力の高い火属性魔法だが、当たらなければ意味がない。
先ほど全て容易に躱されたということは、おそらくスピードが足らないだけ。
(それなら……)
そう判断した葵がすぐさま雷属性魔法を詠唱する。
「迸れ! 神速の紫電【スパーク・ボルト】」
地面につけた右手から電流が迸り、床を伝いながら和真を襲う。
雷属性は金属に有効だ。
ひとたび白銀の剣に触れれば、そこから電流が体内へ伝わり、和真を感電させるのは間違いないはず。
上手くいけば和真は気絶。
少なくとも痺れさせることはできるはず。
そういった期待を抱きながら、和真の元へと向かう電流を眺めていると……
「……ユイ!」
和真が叫び、白銀の剣を床に突き刺した。
そして―――
パァンッ
和真の元へと向かっていた電撃が突如弾け飛び、消滅してしまった。
「な……」
予想外な出来事に葵は目を見開く。
(いったい何を……いや、そんな場合じゃないわ!)
和真が今何をしたかなんて気にしている場合じゃない。
今重要なのは攻撃が防がれてしまったこと……それだけだ。
「はぁっ」
「くっ……」
すぐさま我に返った葵は、和真の振り下ろした白銀の剣をバックステップで躱す。
(雷属性はダメ。何かわからないもので防がれてしまう……それなら)
葵は和真が体勢を崩している瞬間を見逃さず、すかさず水属性の魔法を詠唱する。
「貫け! 水流の弾丸【レイシス・ストーム】」
両手を前に突き出し、和真の胴体へ向けて棒状になった水の塊を放つ。
葵の狙いはこれを和真に当てることではない。
和真が自分自身を庇うために、白銀の剣を盾として扱うことを狙ったものだ。
この【レイシス・ストーム】はダイヤモンドすらも貫く。
だからあの白銀の剣を破壊することもできるはずだ。
(これが上手くいけば……)
和真の攻撃はあの剣による斬撃のみ。
体術がどれほどのものかは知らないが、武器を破壊することができればこちらが有利になるのは間違いないだろう。
武器を破壊することを想定して、葵が土属性の魔法を詠唱しようと構えると、
「………嘘、でしょ」
またも紙一重で躱されてしまった。
間違いなく和真は体勢を崩していた。
咄嗟に横へ跳んだりするような大きな回避行動は取れないはずだった。
それなのに……
それなのに和真は……身体を少し捻っただけで躱してみせたのだ。
(武器破壊を目的にした攻撃だと知っていた……? ううん、そんなことはないはず)
戦闘を開始する前の話を聞く限りでは、和真はこの世界に来たばかりであるはず。
つまり、この世界の魔法についてはほとんど詳しくないはずだ。
水属性の【レイシス・ストーム】がそのような強さを伴っているなど知っているわけがない。
間違いなく白銀の剣を盾にしていたはずだった。
「いくぜ……!」
「……っ」
そして葵は考え込んでしまったことに少し後悔する。
一瞬にして距離を詰めてきた和真に対して、反応が遅れてしまった。
しかし不幸中の幸い。
ちょうど土属性の魔法を詠唱しかけていたところだ。
「護れ! 鉄壁の盾【アース・ウォール】」
瞬時に分厚い土の盾を目の前に展開し、和真の斬撃を防ぐが……
「なっ!?」
和真の斬撃の方が少し威力を上回っていたためか、ほんの少しだけ作り出した盾を貫いていた。
(危なかった……)
本来ならこの盾は自分の手のひらに作り出すものだが、咄嗟に地面に作り出して正解だった。
もし従来通りに作り出していたら、手のひらが酷いことになっていたのは間違いあるまい。
ズズズ……と白銀の剣が引き抜かれ、
「へー、こういう魔法もあるのか……」
和真が感心したように呟いた。
(……ムカつく!)
その声を聞いて、葵はカッとなった。
なんて余裕のある声だろうか。
全くもって焦っている様子がない。
葵が必死になって攻撃しているのに、和真にはかなりの余裕がある。
(ムカつく、ムカつく、ムカつく!!)
今までの努力が全くの無意味だと言われているかのような錯覚に陥った葵は、多少自棄になった。
(これで……決める!)
葵は和真がすぐにでも攻撃できる間合いにいることに気付かず、風属性の魔法を詠唱し始める。
「狂え! 強靭の――――」
「もうそろそろいいか……」
そして、和真のあまりやる気のなさそうな声が聞こえ……
「え……?」
葵が気付いた時には和真の姿が後ろにあった。
* * *
「っ、ああああ……」
左太ももを抑え、地面に横たわる葵。
葵の左太ももからは血が噴き出ている。
「…………」
和真は左太ももを押さえている葵を無言で見つめる。
先ほど扱ったのは和真の十八番【神速剣舞】。
葵が火属性の初級魔法【ファイア・ボール】を扱ってくる前にも使えたが、その時はあえて使わなかった。
どうせやるなら相手に絶望を与えなければ意味がない。
もし初撃で決めていたら、油断していたなどと吐いて何か言ってくるのは間違いないだろう。
(これくらいでいいか……)
葵が立ち上がらないため、和真は白銀の剣を鞘に戻す。
葵が和真に挑んでくることはもうないだろう。
和真には敵わないということを頭ではなく体で覚えたはずだ。
(さてと……どうしようかな)
そして和真は二つの選択肢に迷っていた。
このまま「もう関わるな」と、ひとこと言って立ち去るか、和真が異世界人であるということを知っているため、その記憶だけを消去してから立ち去るか……。
葵自身が何か言いふらすような性格をしているとは思えないから、前者を選択してもいいだろう。
だがしかし、もしもという可能性がある。
この世界ではこれ以上面倒事に巻き込まれないようにしよう、先ほどそう決めた和真は後者を選択して、面倒事に巻き込まれる可能性を少しでも潰しておくのは悪くない。
(ユイはどう思う……?)
『そうですね……』
和真の問いに少々思案するユイ。
記憶を消去するとなれば、ユイが元の姿に戻って天使特有の魔法を扱う必要がある。
幸いこの場に第三者はいない。
しかし、激しい戦闘を数分間繰り広げていたから、誰かが様子を覗きに来てもおかしくはない。
そこでまた他人に見られて面倒事を引き起こすのも厄介だ。
ユイがそこまで考えたところで……
「まだ、負けてないわよ……」
いつの間にか治癒魔法を唱えて、止血した葵がゆっくりと立ち上がった。
止血したとはいえ、十分にダメージは残っている。
痛みで上手く動けないはずだ。
「もう勝負はついているだろ」
「あたしはまだ……」
諦める気配のない葵を見て和真は小さなため息を吐く。
「安心しろ。宣戦布告で俺が勝ったからといって別にお前を殺す気もない。それに絶対服従だと言ってお前を奴隷にする気もない」
「……そういう問題じゃないわ。あたしは……やっと見つけた希望を捨てたくない」
「希望……?」
「だからあんたに勝って……絶対にあんたをチームに入れる……」
和真は質問に答えない葵を無言で見つめる。
正直、戦闘している間に葵のことは大体わかった。
ろくでもない連中の一人かと思っていたが、実際は和真の勘違いだった。
戦い方や思考をユイが全て読み取っていたため、すでに和真は自分が勘違いしていたことを理解している。
もし和真を利用しようと考えている輩だったら、あのような正攻法を取った攻撃をしてくることはなかっただろう。
もっと小汚い手段を用いてきたに違いない。
(どうしようかな……)
基本的に面倒事には巻き込まれたくない。
他人と深い仲を作るようなこともできるだけ避けたい。
そう思ってはいるが、和真は葵のことを勝手に勘違いしていたことに少々罪悪感を抱いていた。
(まぁ……聞くだけなら……)
和真は右手に持っている白銀の剣を見る。
……ユイは無言だ。
つまり、和真にすべて委ねることを示している。
「……まぁいい。とりあえず話だけは聞こう」
「チームに入ってくれるの……?」
「入るとは言っていない。入るかどうかそういうことはちゃんとした話を聞いてから自分で決める。だからどうして俺がチームに必要なのか、何をしたいのかきちんと話してくれ」
「……わかったわ」
葵が頷いた後、一限目開始のチャイムが鳴った。
* * *
森に囲まれ、誰にも存在を認識されないような場所に小さな研究施設があった。
そして、そこでは―――今朝、あっけなく倒されてしまったクリエイターの情報を得た少女が必死に何かメモを取っていた。
「ここがこう……ううん、でもそれだとダメ。……それなら」
ノートに何かを記入しては横線を引き、記入しては横線を引き……それを何度も何度も繰り返している。
「おい、エイレイス! いつまでかかってんだよ!」
バンッ、と強く叩かれた机の音に、エイレイスと呼ばれた少女がびくりと肩を震わした。
その際に栗色のポニーテールが揺れ、漆黒に染まってしまった羽が一枚、床へと零れ落ちる。
「ご、ごめんなさい……もう少しでデータの分析が終わりますから……」
「ふんっ、どうだか」
そんな受け答えをするエイレンスに文句を言った後、ドサッとソファーに横たわる短髪の男。
その二人以外、この研究施設で動いている者はいない。
「これがこう……そしてこっちが……」
男に叱咤されたためか、先ほどよりもノートに記入する速度がわずかに上がっている。
「あーあ、早く面白くならねえかなあ……」
ソファーでゴロゴロしている男がそんなことを呟きながら、部屋の隅にあるものを見た。
それは黄緑色のカプセル。
この研究施設には今、ボコボコボコと常に泡立っているカプセルが三つある。
まだ命を灯していない何かが、数体ほどその黄緑色のカプセルの中で横たわっている。
「おーい、エイレンス。早くしろ」
「はい、わかっています」
メモを取り終えたエイレンスが、ついにカプセルの前へと移動した。