はじめまして、かみさまです
半端。
その深い鬱蒼とした森を持つ山は、【大神の住処】と呼ばれていた。山には狼の姿をした神が住んでいると言い伝えられてきたのだ。
人と神の間にはいくつかの約束があった。七の付く日は出来うる限り立ち入らないなどで、女性の立ち入りは特に禁じられてはいなかったが不浄の者は避けるようという文言はあった。
山の主である神、緒永は人に近い体格を持った犬か狼に似た獣で、艶々とした濃灰色の毛並みも美しい偉丈夫である。榛の瞳は理知的な光を湛え、落ち着いた低い声は自信に満ちて聞こえた。
扨その緒永、丁度悩んでいるところであった。
(…声をかけたものか)
普段彼は人前に姿を現さない。人の生活に無暗に関わるべきでないと思っていたし、彼の姿はあまりに人から離れているからだ。
けれどその少女、放っておくには少し危なっかしい。どうも目の見えないようなのである。
けれど足を向けたその先が崖に近付くものだから、これは止めねばなるまいと緒永も腹を決めた。とはいえ姿は見せないように慎重に、樹の影に隠れて。
「…娘、死ぬ気か。その先は崖だが」
「!?」
かけた声に跳ねるように顔を上げた彼女の視界はやはり閉ざされていて、不謹慎ながら少し緒永はほっとする。万が一にも見られることはない。怖がらせてしまうことはない。
「がけ…なんですか?」