#8.ゆっくり
目的は達された。後は帰るだけ…なんだけど。
同時刻。
崎原センターの中にある、羽遊の病室では。
「ここは・・僕は、何をしていたんだぁ?」
「息子よーーー!心配したぞーーー!」
「羽遊・・おかえり・・。」
「んん?あぁ、なるほどぉ!・・父さん、母さん・・。ただいまぁ・・!」
「羽遊ーーー!!」
本人、ここでのびてるんですけど。こいつは・・誰だあ?
「羽遊君!!羽遊君!!」
誰だよ・・まだ登校ギリギリで間に合うっての・・。
「起きて、羽遊君!!」
朝はアレ、水飴でいいから!!頼むから寝かして・・。
「2度死ぬなーー!!」
「うわっ!!なんだよ大声なんか出して!!」
羽遊は飛び上がる様にして起きて初めて、自分は霊だということを思い出した。
『おばくぇーにゃがっっこーおもぉーー』
の歌で知られる様に、学校は気にしなくていいのだった!!
「羽遊君・・よかった・・。」
「へ?」
なぜか絵眠が涙目だ。
「私のせいで死んだかとおもったから、心配したんだよ・・・。」これで片目グロテスクじゃなかったら、恋愛小説なんだけどな・・。イヤ、ホント。(残念。)
なにはともあれ、利婚鈩への復讐をはたしたわけだが・・・?
「臨時ニュースです!臨時ニュースです!ていうか、臨時ニュースです!」
微妙に世間をナメているアナウンサーの声に2人は反応した。
空を見上げると、なにかのビルの大型モニターに、『臨時ニュース』の文字と、アナウンサーが映っている。
「なんだろう。」
「羽遊君、そういえば利婚鈩は?いなくなってたけど・・。」
言われてみれば利婚鈩が居ない。
「とにかくなんとなくニュースが気になるな・・。」
「えぇ?あの女子中学生連続殺人事件の犯人が・・・自首!?」
アナウンサーが驚いてどうする、とも思ったが、こちらはもっと驚いている。
あいつ、いつ自首なんて・・
「え・・失礼しました!チッ・・あ、えーっと自首して来たのは利婚鈩廡類容疑者35歳。かなり精神が不安定で、霊にやられた、など言動におかしな所はあるものの・・プププ・・あれ、これなんて読むんだろ。・・網粗さーん!」このアナウンサー、すぐクビになるぜきっと。
「あ・・かたくそうさくね・・・家宅捜索の結果、当時の被害者の写真などが見付かったことから、警察はこいつを犯人にしたらしいです、以上!」
ニュースは嵐の様に過ぎていった・・。
分かったのは、利婚鈩が自首した、ということだけだった。
「自首・・・。」
羽遊がつぶやく。自首とは罪を認める事。世間は分からないけど、それを認めさせたのは俺達2人なのだ。
「羽遊君・・」
「絵眠・・。」
「やったーーーー!!」
喜びに踊り始めた二人。時間や場所は気にならない、幽霊だもの。
「やった!やった!」
「よっしゃーーー、じゃあ」
あ!
「そうだ・・俺の体!」
羽遊の言葉で絵眠も思い出したようだ。すっかり忘れていたのだろう、口をポカンと開けている。
「そうだそうだ忘れてたぜ!!!崎原センター・・・、だっけ?そこにさっさと行って体を取り戻さないと!」
「そ、そっか・・・そうだったね。羽遊君には、体があったんだよね。」
あ・・・
「もっと一緒にいたかったんだけどな。はは・・バカみたい。」
そうだった。
俺はまだ、ギリギリ
「生きている者」。
でも絵眠はもう、9年も前に死んでいるのだ。
もう、現実には戻れない体。
俺だけがそこに戻ることが出来る・・だけど、そしたら・・
絵眠はひとりぼっちになってしまうんだ。
「羽遊君、どうしたの?崎原センターに早く行かないと・・」
「なあ・・ゆっくりいかね?」
「へ?」
「いや、なんかこのまま現実・・というか、元の世界というか・・あっちに戻るのも、つまんないような気がしてさ。」
「俺・・名前が転落畤だからか、よく転ぶんだよな。その度にクラスの奴らに笑われてよ・・」
「・・羽遊君・・」
「いや、もちろん体は取り戻したい訳だけど・・そんなに急ぐこともねぇかな、と思って。」
街の雑踏が、耳から消えた。
俺ら2人だけの世界。
実際にはそうじゃないんだけど・・・その時の羽遊にはそう感じられた。
そのあと少しばかり、沈黙。
打ち破ったのは・・絵眠だった。
「・・何、その遠回しのセリフ。要はもうちょっとあたしと一緒にいたい、ってことじゃない。」
「な・・違・・ 」
「いいよ。」
「・・・は?」
「あたしのため、を思って言ってくれてるんでしょ?だったら断れるわけないじゃない。それに・・」
「それに?」
「まだ、羽遊君と一緒にいたいんだ。あたし。」
「・・・じゃ、決定じゃん!ゆっくりペース確定!」
「うん!行こっか!」
「だな!」
お互い、笑い合う。さっきまでと何も変わってない。
ただ決まったのは
「ゆっくりいこう」ということだけ。
だけど、2人の距離、
・・ちょっと、縮まった。
路線がこのへんからずれていきます。