#12.楽しかったよ
せめて、楽しく。
「……羽遊君、ごめんね?」
急に喋り出したのは、また絵眠だった。
「なに、言ってんだよ…」
「ホントはさ、分かってたんだ。復讐しちゃいけないのも、復讐したら地獄に連れてかれるのも。」
「え?」
「でも、私…心が弱いみたいでさ。どうしてもあいつに一泡…吹かせたくて。それで羽遊君にも迷惑かけちゃって…」
絵眠の体が、天に向かって徐々に徐々に浮いていく。
10センチ。
20センチ。
「ホント、地獄送られてトーゼンだよ…だからさ。」
30センチ。
40センチ。
「羽遊君は、今のうちに逃げ―――」
50センチで、上昇は止まった。「なに言ってんだよ…あいつを挑発したのは俺だし、利婚炉を倒したのも俺…全部俺のせいだろ!?なんで絵眠が犠牲にならなくちゃいけねぇんだよ!」
羽遊が、
絵眠の手を掴んだからだ。
「間違ってるよこんなの…絶対おかしいはずだろ。ホントは今頃、ゆっくりしゃべりながら歩いてるはずなんだよ…なぁ!?」
もしかしたら自分はだだをこねてるんじゃないか、と思った。
……それでも良かった。
このまま会えなくなるよりは、いい気がした。
「最強だかなんだか知らないけど…あんなやつの言うこと聞く必要ないだろ?もしかしたらその羽だって取れるかもしれないし……」
「私…さ、楽しかったんだ。」
「……?」
「復讐したい…って、ただそれだけで9年、地縛霊になってたんだけどさ。
そんな9年なんて、どこかに吹っ飛んじゃうくらいに、羽遊君と会ってからは楽しかった。」
「……」
「路地でぶつかって、そこから朝まで話し込んだときも。
利婚炉を裏道で驚かしてたときも、なんだかやけに楽しかった。」
絵眠は目をつぶって、今までのことを思い出しながら話してるみたいだ。
そういえば最初にぶつかった後、夜通し話しこんでたんだっけ。
「利婚炉が急に怒りだして、殴り飛ばされちゃってさ私。しかも気絶しちゃって…自分からさそっといて先にやられるなよ!って感じだよね。」
「いや、そんな…」
「いいって遠慮しなくて。で…気がついたら、利婚炉はいなくなってた。しかも横で羽遊君が寝てる。」
「あれは偶然で…」
「でも、倒してくれた。そのつもりじゃなくても、それだけで私は嬉しかったんだ。」
「そう、さっきだって羽遊君は、私を守ってくれた。」
「だから今度は私が…羽遊君を守る番だと思うんだ。」
羽遊が掴んでいた手が、無理矢理離された。
「あ……絵眠!」
また、上昇していく絵眠。
60センチ…
70センチ。
だんだん2人の距離が離れていく。
「早く逃げて!早くしないと天使がまた来ちゃうよ!」
これで…いいのか?
「でも俺は…!」
「あたしはもう、死んでるの!羽遊君はまだ、生き返ることができるじゃない」
「あたしは、生きてもっと楽しみたかったことがたくさんある!羽遊君にだってきっとあるはずだよ!羽遊君には…あたしの分まで“人生”を楽しんで欲しい!もっと多くの人と触れ合って、学んで、それからあたしのとこに来て!」
「だから……生きて?」
いつのまにか、羽遊が届かない位置まで絵眠は浮いてしまっていた。
「絵眠………」
あのまま手を放さなかったら、俺も天使に殺られてただろう。
絵眠の言ったとおり、俺は…絵眠に守られたことになる。
もうその手を握ることは出来ない。
でも……
でもまだ、声くらいは届くよな?
羽遊は大きく息を吸うと叫ぶ……
「そこまで言われたら……生きるしかないだろ!」
「羽遊…君?」
「………絶対、待っててくれよ。何年たっても…何十年だろうと!」
「…もちろん。……分かってんじゃん!」
さよなら、とかは言わないほうがいい気がした。
だから、
最後に言うのはこの言葉なんだ。
「またなー!!」
「………またねーー!!」
そして…
羽の勢いが加速し、絵眠は天高くへ昇っていった。
もう、何も言わない。
ただ、羽遊にできるのは、
涙をこらえることだけだった。
「ここで泣いたら負けだよな…なぁ?」
「俺、絶対生き返るから。だから…うっ!!」
駄目だ。
やっぱ溢れて止まらねぇ。
「人生は不平等だ。」なんて…なに言ってんだよ俺。
俺は…何もしようとしてなかった。
自分を変えようとしてなかったんだ。
だから、不平等に見えてただけだ。本当に、自己中だ。
どうしようもないバカだった。
本当、地獄に落ちて当然…
だけど…それでも
「で…お前はどうするんだ、植物人間。」
そこに 佇んで いたのは
「―――――天使…。」
ここまで読んでいただきありがとうございました。