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 翌日、ケイスケとスグルが帰ってきた。

 ケイスケは言った。

 「なんてことなかったよ。思ったよりもずっと。ーー警察には見つからなかった。俺は男に顔を見られたかも知れないけど。あの日、工場の勤務が終わると、俺とスグルは駅前の繁華街を抜けて、歩いて行く男を後ろからつけた。前からその男には気づいていた。男は怪しげな風貌で、30歳ぐらい。手に小さなバッグを抱えていて、いつもあるラブホテルの前で立ち止まる。誰かと電話で話し、それから中に入る。しばらくして別の男がそこにやってくる。一時間か二時間すると、彼らは別々に外に出て、顔も合さずに去っていく。きっとあれはマフィアかヤクザが取引しているんだ、そう俺は考えた。俺の考えだと、男たちはラブホテルの一室を取引に利用しているんだと思った。彼らは別々に部屋に入り、中で落ち合う。それからバッグの中にしまってあったコカインや大麻ーーなにかはわからないけれど、何かをーーそこで金と交換する。だから、俺たちがつけていた男がラブホテルから出てくるとき、バッグの中には大金が詰まっていると思った。工場の勤務を終えた俺たちは、着替えを済ませ、いつもの時間に駅前に向かった。それまでスグルと二人で、何度も打ち合わせた。俺たちは男をつけ、ときどきは追い抜き、なんどもシュミレーションした。後ろから男に迫り、バッグを盗んで逃げる。いつもは影から男を眺め、頭の中で空想した。俺たちはノートに男のやってくる時間を記し、パターンを記録した。何時にやってきて、何時にラブホテルから出てくるか。ナンバープレートの外した原付を近くに用意して、男がラブホテルから出てきたところで、バッグをひったくる。俺の予想だと男はカタギの人間じゃなかったから、警察に通報される心配はしなかった。どう見ても男は一般人じゃない。短い髪をした筋肉質の男だったけど、男のスーツは上質でブランド物に見えた。口に整った髭を生やしていてーースーツを着て口ひげを生やしたサラリーマンはいないから、男はなにか危険な仕事をしているんだと思った。よく引き締まった身体をした男で、耳にはピアスをしていた。キラキラ青く輝く、小さなピアスだった。俺の顔が見られたとき、『もしも男が一般人だったらどうしよう』と俺は一瞬思った。これらの予想が全部妄想で、男は本当にただの一般人だったかも知れない。そしたら、俺の盗みはただの強盗で、男は警察に言うかも知れない、俺はそう思った。けれど、そうした想いが無駄だったとすぐにわかった。男はやっぱり、通報出来るはずがなかったんだ」

 スグルが笑った。

 「俺たちは時間になると駅前へ向かい、明かりの隙間を急ぎ足で駆けていった。行く前にスグルは飯を食べてから行こうと言ったけれど、腹は減っていなかった。スグルはコンビニでおにぎりを二つ買ったけど、実際に食べたのは一つだった。食べてみると、ご飯が喉を通らないことがわかった。それから意味もなくロータリーを何週かし、停車してあるタクシーの運転手の顔を眺めた。三週ぐらい回ったところで、自分たちが緊張でおかしな行動をしていると気づいた。それで、コンビニに戻って、俺たちは立ち読みしているフリをした。実際にはどのページを開いても頭に入ってこなかった。時間になると、コンビニの窓ガラスの前を男が過ぎた。俺たちは雑誌をしまい、男の後をついていく。そのときにスグルとガムを交換したのを覚えている。男はいつも通りだった。機械のように正確な動きで前に進んでいく。男はいつもバッグを持っていない方の手をポケットにしまっていた。足は威嚇するように開いていた。俺とスグルはバッグを見ると、目を合わせてうなづいた。そのときに、緊張の汗と可笑しさがこみ上げてきた。なんでだか二人でこっそりと笑った。あまりに怖かったからかもしれない。ラブホテルの前に着くと、男は自動販売機で小さな水のペットボトルを一つ買った。唇を湿らすみたいに、ほんの少しだけ飲むと、誰かに電話をかけた。俺たちは電信柱の影に探偵みたいに隠れて、男を見守った。電話をしまった男は一人でラブホテルに入った。入るときにネクタイや襟の位置を確かめていた。身なりに気を使ったのかも知れない。入口のガラスの前で顔を左右に振って、ほんの少し髪に触れた。男が中に消えてから、10分ぐらいすると、別の男が入ってきた。その男に俺は見覚えがあって、もしかしたら、取引の相手はいつもその男だったかも知れない。きちんと見ていなかったら覚えていないだけで、相手はいつもあんな風に身長が高く、浅黒く、筋肉質な男だったように思う。スグルは小便がしたいから、一度コンビニに戻りたいと言ったけど、その場を離れるのは不安だった。近くの駐車場の影に隠れて、スグルは用を足した。一時間か、二時間が過ぎた。俺たちは時間に合わせて原付を物陰に隠し、エンジンをかけておいた。男は一人で出てきた。一度駅の方を向いたけど、結局反対方向に歩いていった。これもいつもの通りだ。俺とスグルは用意しておいたスクーターに二人乗りでまたがった。このときに、俺は後ろから肩越しにスグルの顔を見た。覚悟は出来ているかと聞こうと思ったけど、そうしたら決心が揺らいでしまう気がした。スグルも聞かれることを恐れているように見えた。なにも確認しないでくれ、そうすれば実行出来る、そう思っているように見た。それは俺の気持ちだったかも知れないが、なにも聞かなかったのは正しかったんだと思う。あのときは二人とも、ほかに選択肢がないと信じきっていた。もし確認していたら、別の選択肢があることを思い出してしまったんじゃないかと思う。スグルはアクセルを回してすごい勢いで男に近づいていった。後ろに乗った俺は男が左手に持ったバッグを奪った。スクーターに乗ってから、男のバッグを奪う瞬間まで、俺は自分が本当に実行すると思っていなかった。一瞬で近づく男のバッグを見つめながら、『まさかコイツ本当にやる気なのか?』と俺は思っていた。バッグを奪った瞬間、俺はラインを越えたと思った。これまでずっと俺の前にあって、決して越えることの出来なかった一本のラインを。バッグを手に掴んで、俺はもうことが終わったんだと気づいた。男はどんどん後ろに遠ざかっていった。あっという出来事は終わり、俺は一生懸命バッグを胸で抱えた。曲がり角を曲がるとき、俺は男になにかひとこと言ってやりたくなった。俺は被っていた目出し帽を脱ぎ、振り返って『ザマーミロ』と叫んだ。男はただ立ち止って何も反応しなかった。だから俺は悔しくて、もう一度『ザマーミロ』と叫んだ。スクーターはすぐそばの公園に乗り捨てた。ナンバーがついていなかったから、警察に見つかったら捕まる可能性があった。公園に乗り捨てると、俺たちは茂みに隠しておいたバッグから衣服を取り出し、そこのトイレで着替えた。目出し帽や着ていた服は丸めてバッグにしまい、帰り途中、川に捨てた。アパートに着くと、俺たちはテーブルの上のいろんなものを乱暴にどかし、バッグを置いた。小さなバッグだった。喉が乾いていたけど、そのことに気づいたのは、全部が終わってからだった。寒かったのに、汗をたくさんかいていたのを覚えている。開けようと俺は言ったが、開ける勇気が湧かなかった。それでバッグを回転させて、スグルに開けるよう頼んだ。そしたらスグルが真面目な顔で、『これはケイスケの役割だから』と言った。それで、俺はもう一度バッグを回して、留め金が自分の前に来るようにした。開けるのは怖かったから、なにも考えないようにした。中を開けると、バッグにぎっしりバイブレーターが詰まっていた。女の股間に当てる、振動するセックスのおもちゃだ。僕とスグルはしばらく顔を見あわして、きっとカモフラージュなんだろうという結論に至った。バッグの底は二重になっていて、そこに金や怪しい粉が入っているんだろうと思った。けど、いくらバッグの中を漁っても、ひっくり返しても、おもちゃ以外にはなにも出て来なかった。俺には意味がさっぱりわからなかった。すると、スグルは突然笑い出した。涙を流すまで笑った。なにがおかしいのか俺にはわからなかったから、説明してくれと頼んで、ようやく意味がわかった。男たちはマフィアなんかじゃなくて、毎週こっそり逢引する、ただのゲイのカップルだったんだ。そう気づいたたら、俺はおかしくてしかたなくなった。まさかぎっしり大人のおもちゃの詰まったバッグをひったくる奴なんていないだろ?なんて間抜けな事件なんだろうと俺は思った。なにが『ザマーミロ』だ。男もきっと困惑しただろう。俺たちはさんざん笑って、バッグからバイブやディルドを取り出すと匂いを嗅いだり、壁に投げつけたり、スイッチを入れたりした。男たちがこれを使っていろんなことをしたんだと思うと、おかしくてしかたなかった。もしかしたら、こんなバッグをひったくられて、今ごろあの男も笑っているのかも知れないと思うと余計に可笑しかった。金は手に入らなかったけど、俺は自分が計画したことを、ビビらずに最後までやれたことが嬉しかった。もしかしたらそんなことは人生で初めてだったかも知れない。思い返すといつもビビっていたから。俺たちはさんざん笑って、コンビニで酒を買って眠るまで飲んだ。起きたらやっぱりバイブが中にぎっしり詰まっていて、俺たちはそれを震わせてまた笑った。手に入ったのは、おもちゃのたくさん入ったバッグだけ、それだけだよ、それで全部だ」



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