おまけ 作中年表
執筆を進めるにあたり、作品で起こった出来事を整理するために時系列順に並べてみました。読み飛ばしても、今後この作品を読み進めていくのには何の支障もございません。
前作『うつせみ たゆたう』未読の方には多少ネタバレになってしまう内容が含まれていますが、『血風録』の世界観を成立させるのに不可欠な要素なのであしからず。
16世紀半ば:南蛮貿易の始まりと同時期に、当時ヨーロッパで猛威を振るっていた吸血鬼が教会の弾圧を逃れるため日本に流入。教会に吸血鬼討伐の命を受けたエクソシストたちも、吸血鬼の流入に続いて来日。
16世紀後半:外国との貿易を奨励した信長の時代はエクソシストの吸血鬼の追討も捗った。しかし秀吉に天下が移り国内統一の妨げになる恐れのあるキリスト教を取り締まり出すと、吸血鬼の始末に滞りが現れ始めた。
17世紀前半:豊臣家の天下が終焉を迎え、代わって江戸幕府が成立。代を重ねる毎に権限を強めていく幕府の隆盛と反比例して、キリスト教への風当たりは強まる一方となり、鎖国体制の完成とキリスト教の禁教令によってエクソシストたちも吸血鬼を退治するどころか自分の身を守るだけで精一杯になってしまった。
同僚たちが吸血鬼を駆逐する任務を断念して本国に引き上げていく中、来栖の祖先は愚直にも教会の命令を厳守して日本に留まり孤独な暗闘を続けた。
17世紀半ば:来栖の先祖たちは御門を拠点に吸血鬼の駆除を続けていたが、彼らが始末する数よりも吸血鬼が増殖する速度のほうが上回っており劣勢を強いられていた。
消耗戦を中断して、来栖の先祖たちは吸血鬼と相互不可侵の和議を結ぶように持ち掛ける。交渉の結果、異空間にある紫水小路に留まる限り吸血鬼に手出しをせず人間を狩ることを認めることを条件に締約が成立した。
以降紫水小路に隠遁した御門の吸血鬼たちはウツセミを自称するようになり、来栖の一族はウツセミのことを監視すると共に、人間が彼らの世界に干渉しないことを保障するウワバミとしての任に就き、代々人間とウツセミの均衡維持に尽力するようになった。
既にこの時代には朱美はウツセミ転化しており、彼女は紫水小路に入植した先駆けの一員であった。
19世紀前半:江戸幕府の衰退が顕著になり始める。源司や富士見氏族の古参のウツセミ恒、そして後に反乱を起こし紫水小路を放逐された平輔がこの時期に人間として世に生を受け、若いうちにウツセミへと転化する。
19世紀後半:二百年に及んだ鎖国が終わり、幕末の動乱を経て明治維新が始まると、名実共に日本の中心となった東京を起点にして吸血鬼の殲滅を目的とする教会を母体とする組織ハライソが発足。
代永氏族の中堅のウツセミである忠将や茜はこの時期に誕生し、世の中だけでなく自分自身の肉体にも大きな変革を経験した。
1930年代:来栖の祖父である先代のウワバミ、護通が誕生。戦争への機運が高まっていき、現世だけでなく紫水小路にも不穏な空気が漂い始める。
1940年代:太平洋戦争の勃発と日本の敗戦、進駐軍による旧体制の解体。戦後の混乱の中、家族とはぐれ街を彷徨っていた千歳が紫水小路に迷い込み、富士見の先代族長に拾われる。
1950年代:戦後の復興期、この頃から護通がウワバミの仕事に就任する。歴代のウワバミの中でも指折りの使い手としての頭角を現して、ウツセミたちからの信頼を得ていく。
1960年代:高度経済成長期、護通のウワバミとしての能力の最盛期。成人を迎えた千歳は富士見の先代族長の召人として寵愛を受ける。この時代の前半に霧島姉妹の父親斎、後半に紅子や来栖の母親である都が誕生する。
1980年代前半:代永氏族の族長の座から朱美が降りる。彼女の後任にはその能力の高さから族長の就任が有望視されていた平輔ではなく、源司が収まって一族の間に少なからぬ動揺が走る。
代永の族長交代と前後して、20年あまり召人として富士見の先代族長に仕えた千歳がウツセミに転化する。その直後に先代の族長が急逝し、紆余曲折を経てウツセミに転化したばかりの千歳が新しい族長に就任する。
1980年代後半:族長を引退後、娘が独立し妻に先立たれた護通と余生を現世で過ごそうと考えて朱美はその背中に烙印を刻むが、銀の刃によってついた傷口からの妖気の漏出が著しく紫水小路へと帰還して療養生活を余儀なくされる。
またこの時期に千歳は晨と出会い、彼を自分の召人にする。晨は千歳に仕えるようになってからそう経たないうちにウツセミへと転化し、彼女の下を離れて酒蔵に奉公するようになる。
斎が新入社員の紅子と出会い、彼らが互いに惹かれていったのもこの時期だった。
1990年:この年の前半、都が来栖を懐胎していることが発覚し、恋人と入籍することになる。しかし正式に籍を入れる直前、都の恋人で来栖の生物学上の父親はナレノハテと遭遇し惨殺されてしまう。
都は愛する者を失った悲しみを乗り越えて9月に来栖を出産し、女手1つで彼の養育を始める。
1991年:この年の2月に斎と紅子夫妻の間に長女丹誕生。翌92年の8月には次女の葵が誕生して、霧島一家は幸せの絶頂期を迎える。
1997年:丹の幼稚園卒園を目前に控えた3月。紫水小路にて平輔がクーデターを企てるが失敗、反逆者として同胞から追われる立場になる。源司に銀の刃で左腕を切り飛ばされて重傷を負うが、紫水小路を抜け出し現世へと逃走。平輔は逃亡中に紅子を襲って血を吸い、彼女に瀕死の重傷を負わせる。源司は平輔の行方を追う手懸かりを掴むため、紅子を蘇生させる目的で彼女を紫水小路へと連れていきウツセミへと転化させる。紅子が巻き込まれたウツセミの騒動の一部始終を丹は目撃していた。
4月、小学校に入学した来栖と丹は同じクラスとなり、苗字の頭文字が近いこともあって隣同士で学校生活を送るようになる。共に片親ということで親近感を覚える。
5月、同棲していた男に捨てられて路頭に迷っていた真実を忠将が介抱する。その縁で2人はなし崩し的に恋仲になるが、真実の胎内には別れた男との間に出来た蘇芳が宿っていた。
8月、母親である都が急逝し、来栖は唯一の肉親である鞍田山にいる護通に引き取られる。両親の幸せをぶち壊し、先祖代々討伐しているナレノハテの存在を祖父から教えられた来栖は非業の死を遂げた両親の復讐を果たすためにウワバミの後継者になる修行を開始する。
2000年:忠将に母子共に精気を吸われていた影響で発育が遅れたものの、蘇芳が生まれてくる。しかし妊娠と出産で精気を使い果たした真実は娘の産声を聞き届けて間もなく息を引き取った。忠将は母親の真実に代わって蘇芳の養育に取り組むことを誓う。
2005年:来栖が祖父よりウワバミの役目を継承し、活動を開始する。
2006年:4月、進学したくいな橋高校の教室で来栖と丹は9年ぶりに再会を果たす。昔からやんちゃなところはあったが、喧嘩や夜歩きと荒んだ生活を送っている来栖の変貌に丹は内心心を痛めた。
7月後半から8月下旬までの期間に『うつせみ たゆたう』の物語が展開される。丹は一連の事件で来栖が務めているウワバミの職務や、御門の住民を密かに脅かしているウツセミやナレノハテの存在を知る。更に失踪した母親の紅子との再会や丹自身もウツセミに転化してしまう出来事を経験した。
ウツセミとしての能力を失う代わりに陽光からの影響を緩和させる烙印を丹はその背に刻み、傷口を来栖の剣気で焼くことで過度な妖気の流出を食い止めて容態を安定させ現世で待つ家族や学友の下へと帰還する。
そして10月下旬、2学期が始まり来栖が霧島家に居候するようになってから2ヶ月ほど経った頃から『うつせみ血風録』の物語が始まる──