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うつせみ血風録  作者: 三畳紀
序ノ段
3/21

第3回、世迷い言

 休日の早朝、御門みかど市の洛中らくちゅう区と洛南らくなん区の境界となっている東西に伸びる大通りを1台のリムジンが走行している。手入れが行き届いた革張りの後部シートには一組の男女が並んで腰を下ろしていた。


「しばらくお会いしない間に引越しをされていたとは存じませんでしたわ、来栖さん」


「夏休み明けから知り合いの家に居候させてもらうことになってな。うるせぇガキはいるけれど、三食まともな飯が食えるんだから御の字だよ」


「やっぱりまことさんとはそういう関係でしたのね、高校生のうちから同棲されているなんて少し妬けますわ」


 後部座席の左側に座っている少年、来栖託人くるすたくとは現在居候している家の詳細を意図的に伏せていたが、彼らを乗せて走るリムジンの所有者の家の人間である娘、安倍真理亜あべまりあはその情報を既に入手していた。真理亜に丹との関係を冷やかされて、来栖は決まりの悪い顔を浮かべる。


「あいつとはただの居候と家主の娘ってだけだ、それよりも早く仕事の話をしようぜ」


「私はお2人がどのように同棲されているか詳しくお聞きしたいのに、せっかちな方ですわね。まあいいでしょう、これをご覧下さい」


 来栖が霧島家での生活から話題を逸らして依頼の詳細を聞こうとすると、真理亜はつまらなそうな顔をした。だが膝の上においていたタブレット端末を数回タッチすると、酸鼻につく血まみれの死体を画面に表示する。画面に映し出された死体の四肢は不自然な方向に捩れ、顔や腕を強く殴打された後が残っていた。首筋から肩にかけて夥しい量の血が溢れており、白いシャツが真っ赤に染まっている。


「被害者は吸血鬼にやられたんだな?」


「ええ、食い千切られた首筋からかなりの量の血が抜かれていることを考えると、あの化け物どもの仕業に間違いありませんわ」


「化け物、ね……」


 来栖の推測に真理亜は首肯するが、彼女が下手人の吸血鬼のことを怪物呼ばわりしたことが癇に触ったようで、来栖は端末を眺めている仏頂面の眉間に皺を刻む。


「人間に仇なす悪鬼を化け物と呼んで何かいけないことでもあるのですか?」


「いいや、ただこのくらいのことは人間だってやるだろうなと思っただけさ」


 来栖が不機嫌そうな顔を浮かべたのを見て、真理亜は自分の発言に何か問題があるのかと訊ねると来栖は素っ気無い返事をして視線を端末から窓の外に逸らした。


「相手を過剰に痛めつけることはあっても生き血を啜るような真似はどんな狂人だってしませんわ。命を奪うだけでなくだけでなく、その死体を辱めるような輩を主は絶対にお許しになりません」


 来栖が車窓を眺めていてもお構いなく、真理亜は人を殺めた吸血鬼を断罪することに断固とした姿勢を示す。眦が大きく開いた真理亜のアーモンド形の瞳には、敬虔な信仰心とそれを遵守している自分の正当性への自負が湛えられていた。


「そうだな、この街の人の平和な暮らしを脅かすナレノハテは放っておけない。確かに依頼は引き受けたぜ、始末料はこないだと同じ額で頼むわ」


「来栖さん、今回始末して欲しい吸血鬼はナレノハテではありませんわ」


 乗っているリムジンが信号待ちで停車すると、来栖は真理亜の言葉に適当な相槌を打ちつつドアノブに手をかけて降車しようとする。しかしターゲットが自我と人であった時の姿を失い、無差別に人を襲う化け物に成り果てた吸血鬼ではないと真理亜に聞かされて、来栖の手がドアノブから離れる。


「事件を起こしたのはナレノハテじゃないだと、じゃあまさか……」


「ええ、今回駆除して欲しいのはあなたの一族ではウツセミと呼んでいる、人間だった時の姿を留めた忌々しい吸血鬼ですわ」


「そんな馬鹿な!」


 真理亜の方を向き直った来栖は今回の標的が理性を保ち、異空間にある居住区から外に出ない事を条件に存在を容認している方の吸血鬼ウツセミだと聞いて驚きの声をあげる。


「お見せできるような映像はございませんが、組織の者がその目で確認した事実ですわ。むしろ何故ナレノハテではなくウツセミが出没したことにそれほど来栖さんが驚かれるのことの方が不思議です」


 来栖がウツセミの出現に狼狽するのを怪訝な目つきで真理亜は見つめる。彼女の綺麗な大きな目に凝視される気恥ずかしさと、自身が真理亜に隠している裏の事情を見透かされる気がして来栖は彼女から顔を逸らした。


「…先代から役目を引き継いで以来、ウツセミを討つのはこれが初めてのことだからな、そりゃ驚くさ」


「そうですわね、いくら百戦錬磨の来栖さんでも初めて合間見える相手には緊張や動揺をされてもおかしくはないでしょうし。それにまさかウツセミが街に現れる場合は、即座に来栖さんの耳に届くなんて話はないでしょうしね」


「当たり前だろう、神出鬼没の奴らの出現情報なんて一体どこから仕入れればいいんだ?」


 真理亜は冗談半分といった調子で口にした発言を聞き、来栖はポーカーフェイスを保ったままウツセミやナレノハテの出現情報がタイムリーに伝われば、標的を探し回る苦労はないと肩を竦める。


「自分でも馬鹿げた話だと思いますわ。でも仮にそんな虫のいい話があるのなら、とっくに来栖さんや先代のウワバミの方々が御門とその周辺の吸血鬼どもを根絶やしにしているでしょうね。そうなれば吸血鬼の被害のない安全地帯が出来るというのに、現実がそうでないことが残念で叶いませんわ……」


 真理亜はさも嘆かわしそうに表情を曇らせて嘆息するが、来栖は仏頂面の口元をかすかに震わせて、彼女に知られたくない何かをなんとか隠し通そうとしているようだった。


* * *


 来栖がリムジンの中で街に出現したウツセミの始末を真理亜から依頼された日の夕方、霧島家の台所。テーブルの上に3人分の皿を並べた丹が自分の携帯電話でどこかに電話をかけていた。


「あ、もしもしクーくん? え、そうなんだ…わかった、それじゃ気をつけてね」


 電話をかけた相手と短いやりとりを交わした後、丹は少し残念そうな顔をして電話を切ると携帯電話をデニムパンツのポケットにしまった。


「姉さんどうだった、クーくんはいつ帰ってくるの?」


「バイトが遅くまでかかるみたいだから、クーくん晩御飯要らないって。もうご飯出来てるし、食べちゃおうか?」


 妹の葵が自分の椅子に座って夕飯になるのを待ちくたびれたように居候の帰宅時刻を訊ねてくると、丹は居候が残業が長引きそうなので彼を待たずに夕食にすることを告げる。


「ご飯にするのはいいけれど、クーくんって何のバイトしているの?」


「…さあ、詳しく聞いたことがないから分からないけれど忙しいことみたいよ」


「そうなの、毎晩遅くまでふらふら出歩いてて暇そうじゃない?」


「あ、あのさ、今日のコロッケは市販品じゃなくて一から作ってみたの。頑張って作ったからたくさん食べて」


 同居人の少年クーくんこと来栖がしているアルバイトの内容を葵に訊かれると、丹は無理矢理話題を逸らそうと妹の皿の上に次々と揚げたてのコロッケを盛っていく。


「ウチで食べるコロッケはいつも姉さんがジャガイモを潰して作っているじゃない…昨日は夜に姉さんが黙って母さんの家に行っちゃうし、今日は朝早くからクーくんが出かけて、父さんも夕方散歩に行ったきり帰ってこないし、なんかみんなこそこそしてて正直気味が悪いんだけど」


 葵はソースを振りかけた姉のお手製コロッケを頬張ったまま、挙動不審な家族の動向を怪しむ。葵に嫌疑の眼差しを向けられると、丹は椀を持って啜っていた味噌汁を危うく噎せかけた。


「たまたま急な用事が重なっただけだよ、わたしたちは葵に内緒で怪しいことをしている訳じゃないよ」


「そうかしら? クーくんが夜歩きするのはいつものこととして、週末になると姉さんや父さんも遅くまで出歩いたり場合によっては家に帰ってこなかったりするじゃない」


「き、気のせいだよ…そうだ、今日のデザートは葵が好きなプリンにしよう」


 丹は平静を取り繕っているつもりらしいが、明らかに取り乱していることは冷蔵庫を開いて中からプリンを取り出そうとする落ち着かない仕草で葵の目にも明白だった。


「…やっぱりみんなアタシに何か隠してる。それは多分母さんに関係していることに違いないわ」


 葵は白米と一緒にコロッケを咀嚼しながら、姉と父親が何かを自分に隠していることに勘付く。そしてその隠し事は恐らく自分にだけ居場所を教えてくれない母親に関連していることだろうと推測した。


 9年前の春、丹の幼稚園の卒園式を目前に控えた頃に彼女たちの母親紅子は突如姿を消した。警察に捜索願を出すだけでなく葵たち姉妹の父親のいつきも独自に紅子を血眼になって捜したが、行方は杳として分からなかった。


 だが母がいなくなった悲しみも時の経過と共に次第に薄れていき、父親と姉の3人での暮らしが自然なものになっていた今年の夏休みの終わり、カナダへのホームステイから帰国した葵の前に10年近く家を空けていた紅子がいきなり姿を現した。


 紅子が家に戻ってくる直前に姉の丹が原因不明のまま10日余り失踪していたという事件があったため、その時はあまり紅子の帰還について深く考えなかったものの、ほとぼりの冷めた今考えてみると不可解な点が多いことに葵は気付く。


 約10年ぶりに家族の元に帰ってきた紅子だったが、葵が帰国した翌日にはまた家からいなくなっていた。斎の話によると現在紅子は別の場所に住んでいるらしく、仕事の関係からその住居を離れづらいらしい。だが突然捜索願の出ている者が家を借りたり買ったりすることが可能なのかと、そういった事情に疎い葵でさえ怪訝に感じた。


 斎と紅子の婚姻関係はまだ継続しているらしいが、夫婦として役所に籍を登録しているものが長期間音信不通で現在は別居中のままでいるというのも不自然に思える。まして斎は紅子のことを死に物狂いで探しており、親戚や会社の同僚から再婚を勧められても頑なに誘いを拒み続けているような男だった。父親の一途な姿を見て育ってきた葵には、未だに紅子が家を離れていることを斎が容認していることが奇異に思えてならない。


 紅子自身にも不審な点がある。紅子は今年の12月で39歳になるが、夏の終わりに再会した時に目にした紅子の容姿は失踪した10年前から全く変わっていないように葵には思えた。化粧でごまかしたり美容整形で加齢を防いでいたりする可能性は充分考えられるが、まるで彼女の周りだけ時の流れが止まっていると錯覚するほど、紅子はあまりにも若々しい姿をしている。


 母親の若過ぎる見た目が、9年前の春に失踪し最近家族の前に姿を現したことや姉と父親の不可解な行動に関連しているように葵に思えてならなかった。


「みんななんなのよ、まるでアタシが除け者にされてるみたいじゃない……」


「葵、どうかした?」


「別に…ちょっと姉さんコロッケの中にグリンピース入れないでよ、アタシがアレを嫌いなことは知っているでしょう?!」


「あぅち…でも好き嫌いはよくないよ」


 自分に隠し事をしているくせに優しい顔をされると無性に腹が立って、葵は腹いせにそれまであまり気にしていなかった野菜コロッケの中にグリンピースが入っていたことに文句をつける。


 葵に言いがかりをつけられると丹は眉毛をハの字にして情けない顔をしながら、我慢して食べるように目で訴えてきた。葵が幼い頃から、食事に嫌いな具が入っていることに文句をいうたびに丹はその顔で葵に我慢して食べるように無言のメッセージを向けてきた。


 姉の不甲斐ない態度を見ていると食べてやらないと悪い気がしてきて、葵はピーマンやキュウリを不本意ながら片付け、結果的に食べ物の好き嫌いが減っていくことに繋がったのだった。


 正直に言うと今ではグリンピースに嫌悪感は抱いていなかったので、葵は丹に八つ当たりをしてストレスを発散すると再び野菜コロッケを食べ始める。


 子どもの頃から胃袋を握られてしまっているためか、押しが弱く他人からの頼みが断れない控えめな性格の姉に葵は本能的に頭が上がらなかった。おまけに丹の作る料理は年々美味しくなってきているため、成長期を迎えて食欲が旺盛になってきた葵はまずます姉の作る食事の虜になってしまっている。


 情けなくて弱々しいと侮蔑している姉にどうしても逆らえないという悔しさを、葵は空腹を満たすことで紛らわした。


* * *


 御門市の北東に位置する洛北区の高級住宅地の一角に建つ自宅の応接室で、真理亜は1人の男と向かい合っていた。真理亜の向かいに座っている人物は柔らかな椅子の感触や見るからに根の張りそうな調度品に囲まれている状況に戸惑っているようで、どこか緊張した面持ちだった。年齢も真理亜と同年代、恐らく高校生であり、この環境で過ごすことに慣れている真理亜の方が相手の少年よりもずっと落ち着いて見えた。


きよしさん、使徒のあなたに東京から遠路遥々お越しいただき光栄ですわ」


「いえ、こちらこそお招きにいただき恐縮です。それよりも真理亜さん、例の者にあの件はお話されたんですか?」


「ええ、来栖さんには今朝直接お伝えしましたわ。今頃躍起になって街中を捜し回っていることでしょう」


「その来栖という男、先祖代々聖火を用いて吸血鬼を始末している一族の末裔だそうですが、組織のバックアップもないまま吸血鬼に挑むなんて無謀な奴ですね」


「そうね、でもあの時代錯誤な考え方の人らしい振る舞いですわ」


 礼儀正しく自分に接してきた聖という少年の言葉に対し、真理亜は来栖のことを揶揄するような笑みを口元に浮かべた。


「その男に処理を一任していいんですか、吸血鬼の1匹や2匹、僕1人でも充分対処できますよ?」


「構わないわ。今までは雑魚相手に常に優位に立ち回っていたあの人が、容易には打ち崩せない相手にどう挑んでいくかを確かめておく必要があるもの」


「そのうち異端審問にかけてこの街に巣食っている化け物と一緒に粛清するんでしょう、わざわざ報酬まで与えてその実力を確認する必要ありますか?」


「聖さん、ことを仕損じないためには用心するに越したことはないわよ。来栖さんの実力を把握できるのならば、あれしきのはした金どうってことないわ」


「真理亜さんも物好きですね。それじゃ今回はウワバミさんのお手並みを拝見させてもらいますか」


「ええ、長旅の疲れがあるでしょうしゆっくりされるといいわ」


 真理亜の用心深さに聖は脱帽すると、肩の力を抜いて椅子に背中を寄り掛からせた。その向かいで真理亜は屋敷を訪ねてきた組織の同胞を労わりの言葉をかけつつ、自分たちの掌の上で踊らされていることを知らずに争うことになる吸血鬼と来栖を滑稽に感じてほくそ笑んだ。


「真理亜さん、もし吸血鬼との戦いで来栖という男が死んだらどうします?」


「その時は私たちがあの人の始末する手間が省けますわ。来栖さんがこの戦いで勝とうが負けようが私たちの計画への影響は微々たるものでしょう?」


「できれば僕は来栖って男に今街にいる吸血鬼の始末はしてもらいたいですね、土地勘のない御門じゃ仕事しにくそうですから」


「あら、神の教えに背く異端のものを聖火で打ち払う使徒らしくない台詞ですわね?」


 椅子から立ち上が用意してもらった客間に引き上げようとする聖に、真理亜はいたずらっぽい笑みを浮かべて彼が口にした発言の揚げ足を取ろうとする。


「冗談ですよ。吸血鬼1匹を処分するのなんて、主から授かったこの力を使えば造作もないことです」


 応接室の扉の前で立ち止まり、真理亜に横顔を向けて聖は不敵に微笑み返す。誠実そうな印象を受ける聖の顔には自分の能力への絶対的な自信があり、彼の全身は淡く発光する青白い光に覆われていた。


「聖さん、あなたも使徒なのだから畏まっているよりも、そのくらい強気でいた方が頼り甲斐があってよろしいんではなくて?」


「ご忠告ありがとうございます。では僕はこれで失礼させてもらいます、お休みなさい」


 終始慇懃無礼な態度を保ったまま聖は真理亜に会釈すると、応接室から出て行った。


「剣気と聖火、呼び名は違っても性質は同じ能力を持つ者同士が戦うのはさぞ見物でしょうね。でも神の恩寵を受けているハライソの使徒を相手に、信仰と共に神のご加護も棄てた来栖さんに勝ち目はありませんわ」


 真理亜は吸血鬼に対して絶対的な効果を持つ能力の使い手同士が刃を交える場面を想像すると、愉快で堪らなそうな様子だった。そして真理亜は自身も所属するハライソの使徒と呼ばれる戦士たちが、同じ能力を持つ来栖に対してもその優位性が揺るがないものと確信しているようだった。


* * *


 夕飯の片づけを終えると丹は予め沸かしておいた風呂に入り、家の掃除や溜まった洗濯物の片付けに追われた1日の疲れを癒す。温かい湯船に使ってリフレッシュをし、明日からの学校生活への鋭気を養った丹は妹にも風呂を勧めようとして彼女の部屋の戸を叩く。


「葵、お風呂入っちゃえば?」


 だが何度丹が妹の部屋をノックしても返事はない。話し声は聞こえないので友人と電話をしている訳ではなさそうだったので、ヘッドフォンでステレオを聞いているのかも知れないと思った丹は、そっと部屋の扉を開いて中にいる妹に声をかけようとする。


「えっ、葵がいない?!」


 だが普段なら自室に籠っている時間だというのに葵の姿は部屋の中になかった。丹は1階に駆け下りていき、リビングや浴室の中を覗くがやはり葵の姿は見当たらなかった。


「も、もしかしたらコンビニに行っただけかもね…よくジュースや漫画を買いに行くことあるし……」


 丹は妹が夜半に衝動的にコンビニに出かけることが多いことを思い出して、恐らく自分が風呂に入ってる間に買い物に出かけたのだろうと思うことにした。だがそれから30分経っても葵は家に帰ってこない。


「き、きっとコンビニに行く途中で友だちに会って話をしているんだよ。葵はわたしと違って顔広いから、うん、きっとそうに違いない……」


 自分の杞憂だと丹は言い聞かせようとするが、それも10分程度しか続かなかった。不安を和らげるために葵の部屋の中を確認してみると、葵は財布と携帯電話を持って外出しているようだった。


念のため丹は葵の携帯電話に電話してみることにする。数回の呼び出し音を聞いた後、葵の番号に電話は繋がった。


「もしもし葵、今どこにいるの?」


『これで姉さんにも分かったでしょ、突然誰かがいなくなるってコトがどんなに不安な気持ちになるのか?』


 携帯電話から妹の声が聞こえてきて丹は安堵の吐息をしようとするが、電話の向こうで葵は低く押し殺したトーンで話しかけてくる。


「そんなのお母さんがいなくなった時から知ってるよ」


『ウソよ、ホントに分かっているなら何度もアタシに黙って家を抜け出したりしないはずじゃない』


「ごめん、思っていた以上に葵を心配させてたんだね」


『言い訳なんか聞きたくないわ、姉さんが行き先も教えないで夜歩きするんならアタシだってそうさせてもらうわ』


「ダメだよ葵、こんな時間に女の子が独りで外をふらふらしてちゃ危ないよ!」


『子ども扱いしないでよ、そうやって母さんの居場所とか姉さんや父さんが夜中に出歩く理由とか隠されるのはもううんざりなのよ!』


「葵、ねえ葵?!」


 葵は最近募らせていた家族への不満を一息に丹に浴びせると、一方的に電話を切る。丹は妹を説得し直そうと電話をかけ直すが葵はもう電話に出ようとせず、3回目に電話をかけた時には電源を切ってしまっていた。


「クーくんが依頼を受けたってことはナレノハテが街に現れたってことだよね、そんな時に街を歩いているなんて危ないわ」


 丹は居候の来栖が仕事をしているということは、この近くに吸血鬼が出没した証拠だと理解する。文字通り血に飢えた化け物が跳梁している夜の街を彷徨っている妹の身を案じて、丹は葵の捜索をすることを決断した。パジャマのズボンを風呂に入るまで履いていたデニムパンツに履き替えパジャマの上着の上にパーカーを羽織ると、丹は妹の姿を求めて夜の街へと駆け出していった。


 自分も妹が襲われていることを危惧する怪物の同類であるにも関わらず、葵が血を吸われることに強い拒否感を持つことを皮肉に感じながら、丹はあてもないまま暗い通りを駆け抜けていった。


* * *


 御門市の中心に位置する洛中区にあるビルの屋上に大勢の買い物客で賑わう目抜き通りを見下ろしている影がある。20代の青年と思しきレザージャケットを羽織ったその人影は、忙しなく通りを行き交う人や車のことをまるで店頭に並べられた商品を物色するように眺めていた。


「人間がこんなにうようよしているのに、自分たちのねぐらに迷い込むまで手を出さねぇなんてこの街の奴らはよっぽど甲斐性なしなんだな。流行の草食系って奴か?」


 レザージャケットの青年はこの街の闇に潜んでいる同胞たちの消極的な態度をせせら笑いながら、今宵の渇きを満たさせる獲物の吟味を続けた。


「昨日は人間の分際で俺様に喧嘩を吹っかけてきた阿呆を返り討ちにしたついでだったからな、野郎の血なんざ飲んでも後味が悪いだけだぜ。今日は口直しにいい女を食わねぇとな……」


 レザージャケットの青年は昨晩摂取した血の不味さを思い出して顔を顰めると、暗がりの中でも望遠レンズのように見通しが利く目で今夜の獲物に相応しい人間を探していく。最近朝晩は冷え込むようになり、通りを歩く人の多くが着膨れし始めていたため、真夏のように扇情的な装いをした女性がいなくなってしまったことを彼は惜しみつつ、階下の人間たちの観察を続けた。


「どうもいま一つ気が乗らねぇのばっかりだな…それもそうか、こんな時間に遊び回っているような奴が規則正しい生活をしている訳ねぇもんな。ニコチンやアルコール、それにクスリの毒素がない清らかな処女の血を飲みたかったんだが仕方がねぇ、適当な奴で我慢するか」


 熱心に人間観察を続けたものの、彼の食指が動く対象は見つからなかった。だが次第に内側から込み上げてくる生き血への欲求が強まってくるのを感じて、贅沢は言っていられないと彼は妥協できそうな人間を襲うことに決めた。


「お、捨てる神があれば拾う神もありとはよく言ったもんじゃねぇか。あんなガキなら余計な混じりっ気のない綺麗な血をしてるだろ」


 レザージャケットの青年がビルの屋上を離れて通りに降りようとした寸前、彼の目が1人の少女に留まる。緑のベロアジャケットを羽織っていてもその下にある体型は未成熟な子どものものだと分かり、不機嫌そうに眦を吊り上げた顔も化粧はしていても、彼女の年齢がまだ中学生くらいであることが覗えた。


「決めた、今日の獲物はアレにしよう」


 レザージャケットの青年は今晩口にしたい血の条件に適合してそうな獲物を見つけた喜びに口元を緩めると、足場を蹴ってビルの谷間に身を躍らせていく。ビルの狭間に広がる暗い闇の中に青年の姿は消えていった。


* * *


 街中で遅くまで遊んだ経験がない訳ではなかったが、その時はいずれも数人の友人たちと一緒に行動していたので葵は夜の繁華街を独りで歩くことに心細さを覚えていた。いつもなら身長の低さを気にして胸を反り返らせている彼女だったが、今は緑のベロアジャケットを着た背中が縮こまっている。


 友人に連絡をして一緒に遊んでくれるよう呼び出そうと葵は考えたが、既に深夜と言える時間帯に子どもの外出を許可する親はそう多くはないためそれは難しいと判断する。また携帯の電源を入れてしまえば、姉からしつこく着信が入ってくることは間違いなかったので今晩は独りきりで過ごす覚悟を葵はする。


「ヒトカラは空しいし、今の時間中学生を入れてくれるお店もなさそうだしなぁ。どうやって時間を潰そう……」


 カラオケやネットカフェ、クラブなど様々な遊び場は軒を連ねているというのに、中学生の自分1人では門前払いされてしまいそうな店ばかりであることに葵は嘆息する。家を抜け出す際にしっかり化粧をしてなるべく大人っぽく見えるような服を選んできたが、ショーウィンドウに写った自分の姿が背伸びをして大人ぶった中学生でしかないことを葵自身も認めている。誰か周りに大人がいればごまかせるかもしれないが、自分だけでは年齢確認を求められた場合にごまかしきれないと葵は諦めて通りを彷徨った。


「姉さんだったらイケてない大学生に見てもらえるんだろうけどなぁ……」


 丹は高校生になっても化粧を一切せず、お洒落にもあまり関心を持っていない。しかし自分よりも頭1つ分は背が高く、メリハリのあるスタイルをした姉ならば垢抜けない学生と見てもらえるだろうと思うと葵は理不尽な気持ちになる。


 それと同時に言うことを聞いてやらなければ悪い気がする姉の困惑した顔が脳裏に浮かび、葵は急に家が恋しい気持ちになってきた。


「…アタシはもう大人なんだから、あんな鈍臭い姉さんに心配される必要なんてないわ」


「そうだな、あんたは魅力的でいい女だ」


 姉の面影を振り払うように葵は首を数回横に振って、自分は姉に子ども扱いされない大人なのだと言い聞かせる。すると傍らから彼女の言葉に相槌を打つ声が聞こえてきた。


 反射的に葵が声のした方を振り返ると、レザージャケットを着た精悍な顔立ちの青年が微笑みを浮かべて立っていた。


「アンタ誰、ナンパならお断りよ?」


「独りで寂しそうにしているから声をかけたけど、随分身持ちが固いんだなぁ」


「…別に寂しくなんかないわよ」


 葵はレザージャケットを着た青年を邪険にあしらおうとしたが、初対面の相手にも内面の寂しさを見抜かれてしまったことに狼狽する。ぞんざいな口調は変わらなかったが、最初の威勢のよさはなりを潜めてしまい葵は恥らうように青年から顔を逸らす。


「あんたみたいな美人を慰められればいい思い出になると思ったんだけど、そりゃ残念。ま、夜は長いし別の女を当たってみるわ」


「ちょっと待って!」


 レザージャケットの青年は葵の背中を軽く叩くと彼女の前から立ち去ろうとする。しかし青年が葵の脇から数歩前に進むと、葵は青年のことを呼び止めた。


「どうした、俺に何か用?」


「…アンタさ、アタシのこといい女だって言ってくれたよね。それってアタシが一人前の女に見えるってことだよね?」


「ああ、この辺にいる男の多くがきっとそう思っているぜ」


 自分のことを自立した大人の女性に見えるかと葵に訊ねられると、レザージャケットの青年は当然というように頷き返した。青年の言葉を聞いて、葵は家族に子ども扱いされていたせいで自分でもまだ子どもだと思い込まされていたが、他人の目には大人だと認めてもらえているのだと知り気をよくして表情を綻ばせる。


「お、やっと笑ってくれたな。やっぱ美人には笑顔がよく似合うなぁ」


「そ、そう……?」


「むすっとした顔でも充分綺麗だったけどさ、笑うとますます綺麗に見えるよ」


 レザージャケットの青年に煽てられてますます上機嫌になった葵は、知らず知らずのうちに自分から青年に歩み寄っていた。


「…ねぇ、暇つぶしに付き合わせてやってもいいわよ」


「マジで?! いやぁ嬉しいなぁ」


「か、勘違いしないでよね、たまたま今日は友だちと予定が合わなくて独りでいただけなんだから」


「理由なんかどうでもいいさ、今晩付き合ってくれればそれで充分なんだからな」


 自分を大人と言ってくれたことで青年の印象をよくした葵は、今晩過ごす店に入る方便として彼に一緒に遊ばないかと誘いをかけてみる。レザージャケットの青年は葵から付き合ってくれることを申し出てくるのを聞き、大仰なリアクションで喜びを表現する。


 彼に気があるのではないから誤解するなと葵が釘を刺してくると、青年は一夜を共に出来る以上のことは望んでいないと答えた。青年が葵に返事をした時、それまでおどけていた顔に一瞬意味深な笑みが浮かんだのに葵は気付かなかった。


「俺は義仲よしなかって言うんだ、君は?」


「葵」


「そっか葵ちゃんかぁ、いい名前だね」


 互いに名前を教えあうと、レザージャケットの青年義仲は馴れ馴れしく葵の肩に腕を伸ばして自分の脇に抱き寄せてきた。


「ちょっとアンタ、いきなり何するのよ?!」


「あれ、葵ちゃん意外とウブなんだね?」


「そ、そんなことないわよ…ナンパ男にいきなり肩を組まれてイラついただけよ」


「まぁまぁ、大人だったらこのくらいのことで目くじら立てないで受け流してやるくらいの方がいいよ?」


「…ふん、でも変なことしようとしたら容赦しないからね」


 知り合ったばかりの異性から肩を抱かれたことに葵は抗議するが、義仲に上手いことを言い含められるとそのままの状態でいることを容認してしまう。


 葵の肩を義仲の手は優しく包んではいたが、その腕には万力のような力が籠もっていて中学生の少女では到底その拘束から逃れることはできないほどだった。葵は常軌を逸した膂力の持ち主に自分が捕らえられている事実に気付かず、初めて自分のことを大人と扱ってくれたことの余韻に酔っていた。


* * *


 葵が義仲と夜の繁華街を歩いているのと同じ頃、真理亜から受けた依頼を遂行するため来栖は標的のウツセミを求めて繁華街を探索していた。ビルの谷間で一息ついている彼の指には吸血鬼を惹き付ける香料を紙で包んだ煙草に酷似した形状の赤霧せきむが挟まれており、赤黒い煙をたなびかせながら周囲に鉄錆臭い香りを散布している。


朱印符しゅいんふがないんじゃこっちから紫水小路に行って、ウツセミが脱走したかどうかの確認のしようがねぇからな。赤霧の臭いを餌に闇雲に探し回るしか方法がないってのは正直かなり非効率だぜ……」


 来栖は遠い先祖と和議を結び数百年間停戦状態にあるウツセミに、彼らの居住区である紫水小路から人間の暮らす現世へと逃亡してきた同胞がいないかどうか、いたとすればどのような風体をしているのかという情報が得られないまま捜査を続けることの難しさを愚痴って、フィルター近くまで燃え尽きた赤霧を地面に投げ捨てる。


「またこんな面倒なことをするのは嫌だし、次に源司さんか朱美さんに会った時に朱印符を1つもらえないか頼んでみよう。手懸かりもないまま捜すのは不可能に近いし、今日はこの辺で切り上げるとするかな」


 地面に投棄した赤霧の火を靴の裏で揉み消して、今晩は標的の探索を打ち切って来栖は下宿している家に戻ろうとする。ビルの谷間から表に出ようとした来栖の前を一組の男女が通り過ぎていった。レザージャケットを着た二十代に見える青年と緑のベロアジャケットを着た小柄な女性の組み合わせだった。


青春の真っ只中にいるにも関わらず、幼少期から異形の存在との戦いに明け暮れてきたため色恋沙汰への関心が薄い来栖は、普段ならば自分の前を横切ったカップルに対して特別な感慨を持つことはなかったが、今回は視界の端に消え去ろうとしたその男女の背中を目で追う。


「霧島妹じゃねぇか。それにあの連れの男は……」


 緑のベロアジャケットを着ていた女性が居候をしている家の次女だったことも驚きだったが、それ以上に彼女の連れの青年に来栖は大きな反応を示す。来栖は世話になっている家の次女葵と彼女に同伴しているレザージャケットの青年義仲の後をつけようと表に出て行くと、来栖と対照的に彼女たちはビルの合間の角を曲がって裏通りに入ろうとしていた。


「まずい、このままだと霧島妹が……」


 来栖は葵の身に危険が迫っていることを察して、彼女たちが足を踏み入れた裏路地に駆け込んでいく。来栖が目を凝らして薄闇の中に2人の姿を求めて走っていくと、路地の奥から甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「霧島妹!」


 はっきりとした位置を掴んではいなかったが、葵の叫び声を聞いて彼女を捕らえた吸血鬼が彼女の身にその毒牙にかけようとしたのだと察すると、来栖は吸血鬼を威嚇するために声を張り上げる。


 来栖が腹腔の底から絞り出した大音声と共に、彼の体内から吸血鬼への攻撃用に性質を転換した生体エネルギーである剣気が湧き上がって、葵を襲っている吸血鬼に向かって発散された。


「ぐっ?!」


 来栖の放った剣気の一撃を喰らって彼女を襲った吸血鬼のくぐもった声が聞こえると、来栖は壁際に追いやられている葵とその前に覆い被さるようにして立っている義仲の姿を視認した。


 引き裂かれたベロアジャケットの襟を抑えて葵が窮地に陥った自分の前に居候の来栖が現れたことに驚きを示すと、来栖は有無を言わさぬ強い口調で彼女に避難を呼びかけながら剣気をもう一発義仲に向かって放つ。


 捕らえた獲物の血肉を味わおうとしていた所を邪魔された怒りを露にして来栖の方を向き直った義仲は、銃弾を撃ち込まれても瞬時に回復できる頑健な肉体を誇る吸血鬼にも有効打を与える剣気を叩きつけられた衝撃に歯を食い縛って堪えた。「今のうちに早く逃げろ!」


「クーくん、なんでアンタがここに?!」


「無駄話をしている暇はねぇ、いいからさっさと行け!」


 義仲が剣気のダメージで動きが止まっている隙に、葵は脱兎の如く彼の前から逃げ出して来栖の方へとやってくる。


「こんなトコに連れ込んだと思ったらアイツいきなりアタシの服を破いてきたのよ! きっとあのままアタシを……」


「愚痴なら家でいくらでも聞いてやるから、俺がこいつの相手をしているうちに出来るだけ遠くまで離れろ!」


 義仲の拘束から解放された葵は来栖の背に隠れて自分の受けた仕打ちを来栖に聞かせようとしてくるが、来栖は義仲への警戒を怠らないまま横目で葵を一瞥して戦いに巻き込まれないよう遠くに行くように命じる。


「…分かった。でも気をつけて、アイツ見かけよりもずっと力あるわ。このジャケットを新聞紙みたいに簡単に引き裂いたのよ?」


「お喋りに付き合うはここまでだ、行け」


 葵は来栖の剣幕に押されて後退りをしながら、優男風の外見から想像されるものよりも義仲の腕力は遥かに上回っていることを来栖に忠告する。来栖の左手にこの場から離脱するように促されると、葵は身を翻して人通りの多い表に向かって走っていった。


「ひとの楽しみを邪魔したばかりか、聖火で不意打ちしてくるなんてさすがに教会の殺し屋は汚ぇな」


「教会の殺し屋…お前俺のことを知らないのか?」


 葵が安全な場所まで逃げていく間、来栖は義仲の一挙一動に細心の注意を払ってその前に立ち塞がる。来栖の剣気を二発も喰らったことで義仲も来栖の動きに警戒しているらしく、無理に葵のことを追いかけようとはしなかった。


 葵がビルの角を曲がって表通りの雑踏に姿を消していくと、義仲は来栖の介入のせいで捕獲した獲物を逃してしまったことを問責してくる。来栖は義仲が自分の素性を知らないばかりか、剣気のことを真理亜たちが所属しているハライソでの呼び名で称したことに疑問を抱いた。


「はぁ? この街でてめえがどんだけ有名なのか知らねぇが、昨日この街に来たばかりの俺が知る訳ねぇだろ」


「それじゃあお前は紫水小路のウツセミじゃないのか?」


「シスイコージ、なんだそりゃ? ああ、そういやこの街の連中は遠い昔に人間と異空間にある居住区から出ない代わりにその中では好きにしていいって約束をしたんだったな。シスイコージってのはその空間のことだろ?」


「なるほど、お前が紫水小路から逃げ出したウツセミじゃないんなら、源司さんから俺に連絡がこないのも当然か」


 来栖と義仲の会話は互いに思い違いをしているせいで始め噛み合わなかったものの、義仲が来栖の先祖と和約を交わした吸血鬼の一族の出身者ではなく、他の街から流れてきた吸血鬼だと知って来栖は気にかかっていた疑問を解消することが出来た。


「そうか、お前が人間のくせにお仲間といたちごっこをしているウワバミって奴か」


「ああ。他所から御門に来たばっかりで悪いが、この街で暮らす人間とウツセミの平穏な日々のためにあんたには消えてもらうぜ」


 来栖は自分の一族が先祖代々勤めている役職の名称を知っていることを若干意外に思うが、その役目に従って人間とウツセミの均衡を乱す義仲の断罪を宣告する。膝を軽く曲げて腰を落とし、義仲の動きに敏速な対処が出来るように身構えた。


「変わった手品が使えるくらいでいい気になるんじゃねぇ。せっかくの獲物を逃しちまったんだ、楽には殺してやらねぇぞ?」


 義仲も目の前で葵を逃されてしまった怒りの腹いせに来栖をいたぶることを告げる。全身の筋肉を強張らせて、来栖が隙を見せた途端に人間離れした瞬発力を駆使し彼に襲いかかろうとする。


 雲がかかっていた夜空が晴れて月光が来栖と義仲が対峙しているビルの谷間にも差し込んでくる。月の光で急に明るくなった視界に来栖が目を細めると、それを好機と看做して義仲が地面を強く蹴り来栖に突進してきた。


「喝!」


 義仲が動いた気配を感じると来栖は裂帛の気合と共に剣気を速射できる撥の状態で発散する。来栖の体を中心に青白い光のさざなみが空間に広がり、来栖に向かって疾駆してきた義仲の体に襲い掛かっていった。



第3回、世迷い言 了


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