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うつせみ血風録  作者: 三畳紀
急ノ段
20/21

終章、大洪水の後

 今度こそ最終回です。死闘を終えた人間とウツセミたちがどのような未来を築いていくのかという触りについて記させてもらいます。

 来栖と丹を中心とした活劇の幕引きを、どうぞお読みください。

 ウツセミたちが外敵に脅かされることなく安穏と暮らしている紫水小路の空は、今日もいつもと同じようにオレンジからピンクを経て紫へと変わるグラデーションの黄昏模様をしている。


 富士見氏族のウツセミの中で最高齢のわたるは窓越しに自分たちをを優しく包み込む空を見つめると、嬉しそうに目を細めた。空を見て気分をよくした恒は、街へ飲みに繰り出そうとお目付け役に見つからぬようにそっと執務室を抜け出そうとする。


「先生、どちらへお出かけですか?」


「天気がいいからちょっと散歩に行こうかと……」


「ここの空模様が変わったら一大事ですよ。どうせ居眠り半分に代永のひとたちが決めてきたことに賛成するだけなんですから、体裁だけでも族長らしくしてください」


「相変わらず悠久は手厳しいねえ、私の代わりに族長をやってみる気はないかい?」


「あと百年くらい経ったらあなたを蹴落としてでもやりたいと思いますが、まだ族長を務められるほど僕の蝕に風格はありませんからお断りさせてもらいます」


「族長の役目がこんなに面倒だと分かっていたら、千歳ちとせに族長を変わってほしいと頼まれても引き受けようとは思わなかったよ」


 自分が煩雑な職務を放棄して遊びに出ようとするたびに、目敏く自分の遁走を阻止するし悠久の慧眼に恐れ入りながら、恒は前任者が辞職を申し出たために急遽族長を引き受ける破目になってしまったことに苦笑する。


「お嬢様も文句を言いながらでも新しいお勤めを頑張っていらっしゃるんですし、先生も少しは見習ったらどうです?」


「チンタを舐めながら染色に勤しんでいたことが懐かしいねえ、今の私は翼を捥がれた鳥と同じだよ」


「冗談ばかり言ってないで、早く会議に出席する支度をしてください」


「分かったからそう急かさないでくれ。可愛い顔をしているのに、ウツセミの社会を抜本的に変革しようとした志士の1人だったせいか頑固な堅物だよ……」


 中性的で天使のように美しい顔の右頬に小さな火傷が残る秘書に凄まれると、恒は観念して退屈で全く興が乗らない有力者の会合へ出席する準備を整えに執務室に戻った。


* * *


「おいあきら、樽の撹拌に人手がいるんだから今日は時間通りに配達を終わらせろよ」


「分かってますよ親方、樽の中身を掻き混ぜて全体を馴染ませる作業はチンタ造りの肝ですからね」


 チンタの大瓶1ダースを詰め込んだ籠を荷台に固定して、配達に出かけようとする晨に無駄な時間をかけないで戻ってくるよう酒蔵の親方を務める豪傑、うしおが声をかけると、晨はそのことは充分に承知していると返事をする。


「いいか、今度政所であの小娘と駄弁って油を売っていたらおめえには二度と配達に行かせねえからな」


「この間親方に怒られた後、お互い仕事中は無駄話しないように千歳に言い聞かせておきましたから多分、大丈夫ですよ」


「多分ってなんだ、絶対大丈夫じゃなきゃ困るんだよ!」


「お客さん待たせると悪いんで、行ってきます!」


 潮の説教が長引きそうだったので、晨は適当な言い訳をしながら自転車に跨るとペダルを踏み込んで愛車を走り出させる。潮は度々配達に出ては恋人と逢引をしている晨にまだ説教したりなそうな顔だったが、晨が酒蔵の門から出て行って姿が見えなくなると諦めて蔵の中へと戻っていった。


「いいかてめえら、樽を掻き回す時は腹に力を入れて櫓を動かすんだぞ!」


「はい!」


 政所の襲撃を企てた酒蔵のウツセミたちへ下された処罰は軽く、彼らは反逆者として後ろ指さされることもなくこれまで通りの生活を送っている。違っている点を挙げるのならば、断罪されずに生かされた以上、精魂込めて仕事に打ち込み精一杯生きていこうとする仕事への積極性を身につけた点だろう。


 配下のものたちがきびきびとした動作でチンタを醸造している作業に取り組んでいることを、潮は厳つい顔に満足そうな笑みを浮かべて見守った。


* * *


「小娘、あんたと話してても埒が空かないわ。前にこの件を扱っていた紅子を呼んできなさい!」


「今日あのひとは休みだから事務所に来てないし、そもそもあのひとからこの件を引き継いだのだから今の担当は私よ」


「帳簿もまともに作れないような小娘が舐めた口を利くんじゃないよ、誰でもいいからもっと話の分かる奴を連れてきな!」


 紫水小路に住むウツセミの庶務全般を担う政所の応接室、書類が広げられたテーブルを挟んで2人の美女が睨み合っていた。先日富士見氏族の族長の座を退いて政所に入所した千歳の手際の悪い対応に、商取引を司る部署置屋の女主人茜は苛立ちを抑えきれずに罵声を飛ばす。


 しかし千歳は口角を泡立てて仕事の不手際を責めてくる茜の言葉を、自分に咎められる非などないと涼しげな顔で聞き流していた。


「落ち着け茜、頭ごなしに怒鳴りつけたところで何かが変わるものでもあるまい?」


 一触即発の険悪な空気が千歳と茜の間に立ち込めていると、振袖姿の少女が彼女たちの仲裁に入ろうとする。紫水小路で最高齢のウツセミで政所の長官を務めている朱美だ。


「姐さん、悪いこと言いませんから早いトコこの箱入り娘をクビにした方がいいですよ」


「あなたこそ置屋の主人をお辞めになった方がいいんじゃないかしら? 上司がこんなにギスギスしていたら部下のひとたちも働きにくいでしょうし」


「茜ががめつい性格をしておるのは事実じゃが、千歳、お主ももっと真面目に仕事をせんとのう。やっつけ仕事をしても周りのものに迷惑がかかるだけじゃぞ?」


「何かにつけて仕事をサボっている姐さんが言わないでください」


「そうですよ、人のことを言う前に政所様も働いてください」


 朱美が茜と千歳の両者に相手の非を責めるばかりでなく自省して粛々と職務に取り組むよう年長者としての助言をするが、仕事を怠けてばかりいる朱美にそんなことを言う資格はないと息を揃えて茜と千歳は反論する。


「ううっ、揃って年寄りをいたぶりおって。近頃の若いモンには人情味が感じられんのう……」


 朱美は自分の怠慢を棚に上げて、老境の粋にある自分への労りが欲しいと嘆かわしげに溜息をついた。


* * *


 一夜の快楽を求めて紫水小路に迷い込んだ人間をもてなし、その見返りとして多額の金銭と少量の血液を回収する花街に軒を連ねる酒場、林檎の樹。この店でなく花街全体の運営をしているマネージャーの忠将が店の様子を覗いに嬌声が響き、紫煙とアルコールの甘い香りが漂うフロアに立っていると一組の男女が入店してきた。


「いらっしゃい、相変わらず仲睦まじいことだな」


「二度と会えないと思っていた妻と奇跡的な再会を果たしたんだ、そう簡単に愛情が冷める訳ないだろう?」


 自分よりも一回り年齢が若く見える妻を連れた壮年の男に忠将が挨拶すると、忠将と顔馴染みであるその客、いつきは妻を一瞥して彼に微笑み返した。


「あら斎、愛が冷めたら私から離れていくの?」


「そんなことある訳ないだろう、この命尽きるまでお前から離れるつもりはないよ紅子」


「こんなところで立ち話もなんだ、席に案内しよう」


 店の入り口で惚気話をされると営業に支障が出るので、忠将は斎と彼の妻でウツセミの紅子を奥のテーブルに案内する。


「霧島さん、蘇芳すおうは元気でやっているか?」


「もちろんだ。丹や葵にはすぐ懐いたし、最初はどうなることかと心配したが毎日楽しく学校で過ごしているみたいだよ」


「それはよかった…生まれてからこの閉ざされた街で育ってきたせいで、現世の生活に戸惑うんじゃないかと不安だったがそれを聞いて安心した。やっぱりあんたの家に預けて正解だったよ、霧島さん」


 霧島夫妻をテーブルに案内してからしばらく間を置いた後、忠将は斎の下に預けた子どもの近況を訊ねてくる。斎が健やかにその子どもが生活していると答えると、忠将は安堵の吐息をついて斎たちに感謝を述べた。


「あの子がウチの娘として現世で生活するようになってからまだ半年くらいだ、礼を言われるには早いよ。それに子どもは成長するにつれて色々と厄介な問題を抱えるようになるからな、本当の正念場はこれからだ」


「すまない、あんたの苦労も知らずぬか喜びをして悪かった」


「いいさ、引き受けた以上はちゃんとあの子もウチの娘として育ててみせる」


「ごめんね、斎にばかり負担をかけてしまって……」


「気に病むな紅子、少なくとも丹と葵にとってお前は立派に母親の役目を務めている」


 難しい年頃の娘を2人抱えている身として、斎は子どもの養育は成長と共に問題が複雑化していくと気を引き締める。ウツセミに転化してしまったせいで現世での生活が困難になり、子育ての負担を斎独りに負担させてしまっていることに紅子は後ろめたさを覚えるが、斎は妻を優しく宥めて気落ちさせないようにした。


「親の役目、か……」


 新生児の時から半年ほど前まで斎の下に預けた子どもを育ててきた忠将は、自分は親の役割を斎に押し付けてその義務から逃れたいだけだったのではないかと感じた。


「そんなにあの子のことが気になるなら様子を見に行けばいいじゃないか?」


「掟を遵守させる立場のお前が簡単に言うなよ源司……」


「好き勝手に現世とここを行き来されては困るけど、正当な理由があれば現世へ行くことを俺は許可するよ。斎たちに蘇芳のことを任せっぱなしにするのが嫌なら、時折彼女の面倒を観にいけばいい」


 斎たちのテーブルにひょっこりと顔を現した代永氏族の族長源司は、掟をそれほど堅苦しく捉える必要はないと忠将を唆す。


「現世で霧島さんの娘として生活するのに慣れてきた所に、今更俺が出てきても蘇芳を混乱させるだけだ。あいつが人間として幸せになることを願って、大人しく身を引くよ」


「そうだ忠将、あんたに渡すものがある」


 斎は傍らにおいていた鞄の中から八つ切りの画用紙を半分に折り畳んだ紙を取り出すと、忠将に差し出す。斎から差し出された画用紙を受け取ると、忠将はそれを広げて中身を確認した。


「これは……」


「図工の授業で家族の顔を描いたものだ。あの子は自分の同居人だけじゃなくてあんたの事も家族として描いている。あの子に寂しい思いをさせないように俺たちも気を使っているが、やっぱりあんたじゃなければ埋められない所もあるんだよ。たまには蘇芳に顔を見せてやってくれ、忠将」


「…ああ」


 家族の顔と名前が拙いタッチで描かれた画用紙を見つめながら、忠将は斎の言葉に頷き返す。血の繋がりがなくても蘇芳は自分にとってかけがえのない家族だと忠将は認識した。


* * *


 平日の朝はどこの家庭も慌しい。当然霧島家も例外ではなく、この家の住人たちは広くはない家の中を忙しく走り回っていた。


「蘇芳、歯は磨き終わった?」


「まこねえがキュウリを食べるまでテーブルから離してくれなかったから、まだ~」


「姉さんのせいにしないで、あんたが好き嫌いするから悪いんでしょ!」


 いつも遅刻ギリギリまで登校しようとしない三女の様子を次女が覗うと、案の定妹はテレビの芸能ニュースを眺めたまま適当に歯を磨いていた。朝食のサラダに入っていた嫌いなキュウリを食べきるまで席を離れさせてくれなかったせいで歯を磨くのが遅れたと言い訳をすると、次女は姉に責任転嫁しようとする妹のことを叱りつけながら磨き残しの多い妹の歯磨きの仕上げをしてやる。


「ちょっと蘇芳、寝癖くらい直して登校しなさいよ!」


「え~いいじゃん別に…ちょっとあおいねえ、痛いよ。髪を乱暴に引っ張らないで!」


 歯磨きを終えて口を濯ぐと三女は出かけようとするが、家事は手伝わない代わりにお洒落には熱心な次女は妹の髪が寝癖で跳ねていることを気にかける。身嗜みに無頓着な三女はアンテナのように頭頂部の髪が逆立っていても特に気にしないようだったが、次女は強引に妹の髪をブラッシングし始める。


「よくない、妹があんまりみっともない格好をしているのは姉のアタシがイヤなのよ!」


 次女は瞬く間に乱れ放題だった三女の髪を綺麗に梳かすと、後頭部で2つに束ねた髪を飾りのついたゴムバンドで留める。


「これでちょっとはカッコがつくでしょ」


「うん、こっちの方がだんぜんかわいい! あおいねえ、ありがとう!」


「フン、アタシにかかればこのくらいどうってことないわよ」


 どうにか妹の体裁を整えることが出来ると、次女は自信に満ちた表情を浮かべて妹のことを解放する。妹の世話を終えると次女は念入りに自分の髪型や化粧の乗り具合を確認して、洗面所を出て行った。


「いってきまーす!」


「…いってきます」


 元気のいい挨拶をして三女が玄関を飛び出していった直後、次女が素っ気無い調子で家のものに出発を告げる。三女と次女が出かけていくのを、少し離れた場所に留められているリムジンの中から覗いている人物がいた。


「あの真理亜さん…何のために今もあの家を監視しているんですか?」


「あそこは家族ぐるみで吸血鬼を匿っているのよ。吸血鬼を駆逐する使命を帯びている私たちがそんな家をみすみす放置する訳にはいきませんわ」


「だったら一気に踏み込んで始末すればいいじゃないですか?」


「あなたがあそこの居候に勝てるのならばそうしますけど、自信のほどはいかがかしらきよしさん?」


「…命令があれば刺し違える覚悟でやってみます」


 後部座席で反り返っている縦ロールの髪をした高校の制服姿の少女の質問に対して、運転席でハンドルを握っている青年の返事は心許ないものだった。


「そんなことで天連さんが一目置いている男を倒せますか、もっとしっかりしてほしいものですわ聖さん」


「…すみません、そのうち必ずウワバミを倒してみせます」


 年下の真理亜にいびられても、彼女にどうしても頭が上がらないことや自分の実力不足を痛感している聖は口答えできない。


 バックミラーに映る真理亜の刺すような視線から目を背けようと聖が視線をフロントガラスの向こうに馳せると、監視している家の中から近所の高校の制服を着た少年と少女が出てきた。


 制服の裾をズボンから出して襟のボタンを三つ目まで外している悪ぶった少年は180cmを越える長身であり肩幅も広く肉付きもいい。その顔は彫りが精悍であったが、その陰影を刻んだ顔は同時に近寄りがたい凄みを醸し出している。


 少年とは対照的に模範的な優等生という感じできっちりと制服を着用している少女は小柄に見えたが、少年の実寸を考えると彼女も170cm近くあることになり、中背の聖とそれほど変わらない身長をしている。中学生であるにも関わらずばっちりと化粧をしている次女と違って、彼女の姉であるその少女の顔はノーメイクであったが目鼻立ちがすっきりして造作は整っていた。


「生き血を啜る化け物の分際で殿方と親しげに話しながら登校をするなんて羨ましい…いえ、吸血鬼も吸血鬼と同棲しているあの男もどちらも恥を知るべきですわ!」


「真理亜さん、ひょっとしてあの2人に嫉妬しているんですか?」


「馬鹿なことをおっしゃらないで、どうして私があんな庶民に嫉妬する必要がございますの?」


 発言や自分の推測に対する反応だけで真理亜が吸血鬼の少女と人間の少年のカップルに嫉妬していることは明らかだったが、これ以上事を荒立てたくなかったので聖は口を噤むことにする。


「天連さんに修行してこいって言われて御門に赴任したけど、真理亜さんに振り回されるだけでヘトヘトになるんだから修行どころじゃないよ……」


 上司の命令に従って御門にやってきたものの、傍若無人な真理亜の相手をするだけで気力も体力も使い果たしてしまい、エクソシストとしての研鑽を積む余力はないと聖は項垂れながら己の不遇を嘆いた。


「クーくんどうかした?」


「何でもねえよ、それよりも急がないと遅刻しちまうぜ」


 道の先に停車しているリムジンから視線が注がれていることも、それが誰の視線なのかも来栖は知っていたが、目下鬱陶しいという以上に害はないと判断して黙殺することにする。


「う、うん…時間までに校門を抜けないと盛田先生に怒られちゃう」


「ゴリ田センセーをそんなに怖がることはねえよ、むしろあの人の説教を聞くだけでつまんない授業に公然と遅れていける」


「駄目だよ、ちゃんと授業に出なきゃ卒業できないよ。わたしやカンナちゃんがいなくなって、クーくんだけ学校に残るのは寂しいでしょう?」


「丹はとにかく天満てんまがいようといまいとどっちでもいいが、留年するのは格好がつかねえな。心を入れ替えて真面目に授業を受けるか」


「そうだよ、クーくんはやればできるんだし」


 来栖と丹は並んで学校に向かって自転車を漕ぎ始める。安全運転を心掛けている丹のペースは来栖にとってじれったい遅さであり、自分の後ろに彼女を乗せて二人乗りをした方が早く学校に到着するのだが、警邏中の警官に注意されて以降自重している。


 丹のペースに合わせてペダルを踏んでいた来栖だったが、しっかりと余裕を持って出発したおかげで遅刻せずに学校に着くことができた。駐輪場に自転車を停めると、来栖と丹は揃って昇降口に入っていく。


「おはよう、丹に来栖くん。今日も朝からお熱いね~」


「カンナちゃんおはよう」


「…おはよ」


 去年に引き続いてクラスメイトの女子、天満カンナが挨拶がてらに2人の仲を冷やかしてくると、丹は平然と応えたのに対し来栖は照れくさそうにぼそぼそと小声で挨拶を返した。


「やっぱり具合が悪いんじゃない、クーくん?」


「いいねえ来栖くんは細かい所まで心配してくれる彼女がいて。ま、わたしもいつもわたしを気にかけてくれる彼氏がいるんだけど~」


「なんでもねえから心配するな、丹。それと天満、あんたはいっぺん彼氏とちゃんと話し合ったほうがいい。あんたが一方的に押し付けてくる好意にあいつは結構引いてるぞ?」


「この間のテスト前もね~雪人ゆきとが付きっ切りで勉強教えてくれたの。そのおかげで苦手な物理も克服できたわ、やっぱり愛の力って大きいわよね~」


 来栖はカンナに彼女が熱愛を吹聴している彼氏のことを考えて、交際を検討し直すことを提案するが、カンナは来栖を無視して丹に惚気話を始める。


「あれ、カンナちゃん前に物理は得意科目だって言ってなかったっけ……?」


「そんなこと言ってないよ~ほら、早く教室行こ」


 カンナの発言に食い違いがあることに首を傾げる丹の手を引いて、カンナは昇降口の前から延びる階段を登っていく。


「学校で眠くなるような授業を聞いたり、ウザいクラスメイトに絡まれたり、ちょっとしたことでセンセーに怒られたり…でも慌しい分退屈はしないからいいか。この適当な居心地のよさを、きっと平和な日常って言うんだろうな」


 その平和な日常を維持するためにこれからも自分は戦い続けることを胸に刻んで、下足から上履きに履き替えた来栖はそれなりに快適な教室へと向かっていった。



うつせみ血風録 完




 来栖と丹を中心に展開された活劇はこれで終幕です。前日譚である『たゆたう』から通して本編30回、個人的にはある程度のまとまりを持たせたままどうにか書き切ることができました。


 かねてより書いてみたかった吸血鬼物に挑戦した『うつせみシリーズ』の執筆を経て、世界観を作ることの難しさを痛感しました。話が膨らむほど詳細な設定を詰めなければならず、前後の話で述べた情報の整合性を整えることが非常に手間であることと感じました。


 そして斬新な設定や展開を生み出すのにはセンスが必要であり、自分は全編を通してどこかで見たものの二番煎じをしているのだなと思い知りました……もちろん盗作をしたつもりはありませんが、厳密な意味でオリジナルとは言い難い内容だなぁと感じております。


 吸血鬼物を扱ったのに全登場人物が和名であるのは私が横文字の名前を考えるのが不得手だからということと、魔性の存在が実は傍に潜んでいるかもしれないというミスリードを狙ったということがあります。しかし近年和風テイストを取り入れた作品がいくつも注目されているように、これもさして珍しいことではありません(泣) 1.5次創作というような代物で収まったことが現在の自分の力量を明確に反映していると受け容れております。


 ですがこの話に興味を持っていただき、この後書きに目を通していただいた方には、ここまでお付き合いいただけたことに感謝申し上げます。



 

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