ビー玉みたいに綺麗な惑星へ
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点 / マーレイ
隊長の宇宙船が発射してから10分が経過した。
オイルまみれのベタつく床に膝を立てながら錆びた工具を取り扱う。
「まずいまずいまずい……なんで……こんな時にまでっ……私はドジをするのでありますかっ!」
焦りは怒りを触発し、作業がガサツになっていく。
ポンプへ投入した燃料が溢れ出した。
「……っ、まずいのでありますっ! 早く拭かないと……!」
もしこのままエンジンを稼働させたら、燃え上がって文字通り宇宙のゴミになってしまう。
どこまで私は間抜けなのだろう。発射する直前に燃料を入れ忘れていた事に気がつくなんて。
いや、サイド燃料と予備の燃料は確実に揃えていたんだ。それに満足して本体に燃料を詰め込むのを忘れていただけ。
ただ、それだけのミスがどれだけ大きな結果を生むか。そんなの私にだって分かる。
「……早く追いかけないと、一緒にこの星を出ようって……隊長と約束したんだ」
1秒1秒と時が過ぎる。
時間の経過とともに胃が痛み始める。
ジリジリと吹き出る汗がダマになって流れ落ちる。
もう少し、もう少しなのに……。
焦りで視野が狭くなる。こうなってしまうと余計にミスを起こしてしまう。
そうやっていつも迷惑をかけてきた。
「まったく、貴女は鈍臭いわね。私がいないとダメなんだから」
いないはずの隊長の声が聞こえた。
その声は私を諭すように続けて言って。
「ほら、ここのポンプ、酸化剤入れ忘れてる」
隊長はいつも1つ1つ的確に指示を出す。間違いなんて絶対にない。そんな隊長に私は憧れていた。
隊長の首元にかけられていたペンダントが揺れた(ような気がした)。それは私と対になっているペンダント。この星を出る前に一緒に買ったやつだ。
普段はオシャレなんてしないのに、結局この惑星を出発する前まで首にぶら下げていてくれた。
「どーせ、また自分を責めてたんでしょ」
くっ……隊長の幻影にすら見透かされている。
「そーですよ! そーであります! 私はダメダメな隊員のマーレイであります」
こんな会話してると心が落ち着いて、手元の動きが先程より格段と良くなる。
「ね、大丈夫大丈夫。貴女は私の1番弟子なんだから。そんな失敗なんてあの惑星に飛んでいけ〜」
私が何かミスする度に隊長はその台詞をよく口にしていた。
何だか子ども扱いされてるみたいで癪に障る。けれど、不思議と心が温かくなる。その言葉はまるで私のことを優しく包んでくれているみたいで。
「とは言いましても、私は今からその惑星に飛び立つんですけどね……!」
隊長の幻影に頼るのはこれで終わりだ。
エンジン、オールコレクト。
これでようやくこの船を発射できる。
「待っててください隊長……必ず追い付いて見せますからね……!」
私は機体に乗り込み、エンジンを点火した。
約束…………守らないと……。
――――間に合え。
爆発音を置き去りに、その船は宙へ駆け出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点 / アリサ 過去
お父さんは背が高い。肩車をしてくれたら空まで手が届きそうだ。
私は澄み渡る空を仰ぎ見ながら、手を上に伸ばしてぶらぶらしている。そしたら下からお父さんの声が聞こえた。
「おーい、あんまり揺れてると落っこちるよ」
私の足首を抑える手にぎゅっと力が込められる。
その感触に安心を覚えた。
「ねぇねぇお父さん! あの星はなんて言う名前なの?」
私の指さした先には、深い青色とそれを蝕むように緑色が広がる惑星があった。
お父さんは少し間を空けてから言った。
「……あれは地球と言うんだよ」
少し寂しげに聞こえたのは気のせいだろうか。
「へぇ〜地球かぁ。何だかビー玉みたいで綺麗だね」
「綺麗……綺麗か。確かにそうだね。あの星は綺麗だね」
お父さんは自分に言い聞かせるように反芻した。
後にお父さんから聞かされた。
お母さんはあの星に行ってしまったんだって。
私は羨ましいと思った。
あんな綺麗な惑星で過ごせるなら、きっと毎日が楽しいんだろうなぁ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
「働かざる者食うべからず」
お母さんがよく口にしていた言葉だ。
それに習って私も幼い頃からお店の手伝いをしていた。
私の家族が営むお店は「喫茶店」と呼ばれ、お客様に飲食を提供する場所になっている。
その喫茶店は人々の生活圏から少し離れた場所に建てられてるのだが、それでも通ってくれるお客様は多く、繁盛とまでは言えなくても、私たちが生きていける程度は儲かっている。
ちなみに、お店のメニューは全てお母さんが考案した。
基本的に「パン」と「コーヒー」を提供するのだが。
「パン生地は空気を練り込むように」「コーヒーは飲み口がスッキリするように雑味を極限まで取り除く」
など、とにかくこだわりが多く覚えるのが大変だった。
それ故、自分で作ったパンは格別に美味しかった。
私が作ったパンを食べてグッドサインを出したお母さんの姿を今でも忘れられない。
厳しくても、ちゃんと出来たら褒めてくれる優しい母だった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ 過去
お母さんが居なくなってからしばらくが経った。
私は相変わらず喫茶店で働いている。パンの捏ね方もコーヒーの淹れ方も様になってきた。
そして仕込みを終わらせて一息着く。
部屋の中はコーヒーと小麦とバターの香りで満たされていた。
クリームと砂糖で甘く仕上げたカフェオレをコクコクと飲みながら窓の外を見る。
藍色の空に浮かぶ惑星を眺めた。
あそこにお母さんは居るんだ。いつも私を見守ってくれている。だから私は寂しくなんかない。
「そばに居たら、褒めてくれたかな……」
けれど、会いたいと思う気持ちはやはり抑えきれない。本当はあの声を聞きたい。あの声でもう一度褒めて欲しい。
そんな気持ちをカフェオレと共に飲み込む。
「……よし、今日も頑張ろう!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ 現在
幼い頃は腕を伸ばしただけで、あの空に届くと思っていた。けれど背が伸びるにつれて空は遠くへ行ってしまう。
「今日もいい天気だなぁ……」
私は看板を出すために店の外に出た。
鬱陶しい日差しを手で遮りながら空を睨む。
際限なく広がる青空にクリームのような雲がふかふかと浮かぶ。
そして、あの惑星。
「……あー、今日も浮いてるなぁ」
母は死んだ。
歳を重ねるごとにその疑惑は輪郭を帯び始めた。ただ認めたくなくて、父のあの台詞をずっと信じていた。
元来、私の住む地域には人が死んだらあの星「地球」に還るという言い伝えがあった。
それに習って父は私を悲しませないようにああ言ったのだ。
母が亡くなったという事実を受け入れた時、
どうしようもない虚しさと孤独に襲われた。
けれど私の日常は変わらない。母に教えてもらったパンとコーヒーを作り続けるんだ。
ただ1つ変わったことがあるとすれば。
私にとってあの惑星は特別なものなんかじゃなくて、何も意味のない惑星へと変わってしまった。
ただそれだけ。
「……よし、これでおっけー」
看板には
今日のオススメ
「北領土で取れた珈琲豆を100%使用したアイスコーヒー」と「職人の腕が光るふかふかバターロールパン」
という文字を書いた。
準備は整った。
「さて、開店だ!」
バゴオオオオォォォオオオオンンンン!!!!!!!!
頬を叩いて気合を入れた。
「……!?!?」
いやいや待て待て。今のは私が頬を叩いた音ではない。
私の後ろから「何か」が爆発するような音がした。
「な……なに……?」
飛び上がりそうなった心臓を押さえつけながら、恐る恐る振り返る。
地面に大きな穴が出来ていた。その中央には白く輝くツルツルの楕円形の「何か」が埋まっている。
「な……な……私の喫茶店の前に……なんちゅう穴を……」
いや、そんなことは一旦置いといて。
途端にその「何か」が煙を上げ始める。
爆発するのではと身構えたが、ガバッと音がしてから、表面の一部が剥がれ落ちた。
その中からヘンテコな格好をした人間(?)が出てきた。
頭を含め身体中を覆うように作られた服は白銀に輝いている。
なんだ……あれは……?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ (あらすじ後)
そして現在に至る。
マーレイと名乗った女性はのそのそと服を脱ぎ始め、肌に密着したインナーだけの姿になった。
「いやー、やはりここの惑星は空気が美味しいでありますな! 噂通りであります!」
「地球」という惑星から来たと言っていたので、いったいどんな顔をしてるのかと思ったが、私たちと同じ普通の人間の顔をしていた。
黒髪をうなじ辺りで雑に1つ結びしている。ぼさぼさの太眉に優しそうな垂れ目。いかにもドジしそうな見た目だった。
しかしスタイルは中々にいい。密着したインナーのおかげで体の凹凸がはっきりと分かる。締まるところは締まってて出るところは出てる。
んんっ、ここで咳払いを1つ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
マーレイと名乗る女性はうろうろしていた。雑草を引っこ抜いていたり、土の質感や石の形を確認したり。
時よりふむふむなるほどと口走っている。
探査員と言っていたし、研究のためにここに来たのだろうか。そもそも本当に地球から来たのだろうか。
「あの……それで、マーレイさん……ですっけ」
マーレイの動きがピタリと止まった。
「はい! 私はマーレイです!」
自分の名前を呼ばれて嬉しそうに振り向いた。
アホそうな返事に、本当に探査員なのかと疑問に思ってしまう。
「とりあえず聞きたいとこは沢山あるんだけど……まずは……」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
穴を埋めている。お店の営業が始まる前に平らにしておかないと。
「私の着陸テクニックがなかったらもっと大きなクレーターが出来ていたのです。これぐらいで済んだのなら大したものでありますよ!」
「口より手を動かしてください。そもそも貴女が空から降ってこなければこんなことにはならなかったんですから」
土でいっぱいになったシャベルを持ち上げるのは重労働だ。しかし毎日パン作りしている私からすれば大したことはない。
「まったく……私はこんなことをやってる暇なんてないのであります!」
元凶が何を言う。
キッと睨みを効かせたがマーレイは気付かずにシャベルで地面を叩く。
ザクッ、タンタンッ、ザクッ、タンタンッ。
リズムカルな音がしばらく続く。
そんな音にも飽き始めた私はマーレイに話しかけた。
「それでマーレイ……さんは何しにこの惑星に来たんですか?」
タンッ、とシャベルの音が止みマーレイは話し始めた。
「私のことはマーレイでいいです。敬称を付けられるほど偉くもないのです」
そしてまたタンッ、タンッ、と地面を叩き始める。
「それで……私がこの惑星に来た理由ですよね。話せば長くなりますよ」
そう前置きをして、マーレイは語り始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
太陽系に新しい惑星が誕生した結果。地球は軌道から外れた旋回を始める。太陽の重力で何とか太陽系内につなぎ止められていたが、あと数年もすれば軌道から逸脱した地球は宇宙の最大重力であるブラックホールに引き寄せられ消滅する。
そうなる前に人類は「他の惑星」に移住するという計画を打ち立てた。
幸いにも人間が住めそうな惑星は存在していた。
それが冥星。地球とは何光年と遠く離れた場所に存在するが、その惑星の性質上お互いを肉眼で観測できる。
地球では、太陽、月、冥星と3つの惑星が空を駆けていた。
「マーレイ、私とこの星を抜け出して、冥星で研究の続きをしましょう」
地球滅亡までカウントダウンが始まっていた。この星に最後まで残るという選択をする者もいた。
私も最初はそう考えていた。
けれど隊長からそう誘われた時。この人と一緒に死ねないのはすごく寂しく思ってしまった。それと、誘われたのがただ単純に嬉しかった。
「隊長は冥星に行くのでありますね! 私も着いて行くのであります!」
私は隊長のことが好きだった。何故なら隊長は私に出来た最初で最後の友達だったから。
二つ返事をした私を見て、隊長を珈琲を1口飲んだ。
「だって、こんな過疎地(地球)に残ってたって楽しくないもの」
隊長はつまらなそうにそう言った。
まぁ、人口は限りなく減って衰退の道を辿りましたけども。
こうして私たちも冥星を目指したのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
「地球が消える……?」
にわかに信じ難い話だった。けれど、地球から来たという人間が言っているのだ。本当なのかもしれない。
「そうでありますよ。今見えてる地球は恐らく消滅した後かもしれません。何せここからだいぶ距離がありますからね」
マーレイが言うには、夜空に咲いてる星ははるか昔に消滅した惑星の光が時間を経てこちら届いているのだと言う。それと同じように地球も消滅した後にこうして幻影だけはしばらく残り続けるらしい。
「あと1000年もすればこの空から地球は見えなくなるのであります」
ずっと遠い未来の話かもしれないが、私は少し寂しく思ってしまった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
マーレイは一際険しい顔をして語り出した。
「私は隊長を探しているのであります。隊長は私より先に地球を飛び出したのです。だから、絶対にこの冥星のどこかにいるはずなのであります」
マーレイにとって、その隊長さんが大切な存在だということは分かった。
「けれど、冥星のどこにいるのか探し出せるの?」
私も詳しくは分からないが、この惑星だって地球と同じぐらい大きかったはずだ。
「お互いの場所が分かるように……発信機を持っていたのでありますが。通信が途絶えたのであります。それもこの場所で……。だから私は冥星の中でもここを目指して着陸したのであります」
ということは私の喫茶店を利用したことがある人ってこと……?
そんなことを考えていると、
ぐぅ〜〜と、マーレイのお腹が鳴った。
「へへ……力仕事をするとお腹が空くでありますね」
そう言いながらマーレイは細いお腹をさすった。
「とりあえず穴は埋め終わったし。……食事にしましょうか」
マーレイの目がキランと輝き、涎が溢れ出した。
「……まぁ、一緒に穴を埋めたわけだし、今回は特別に」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
喫茶店の2階は自室になっている。私とお父さんはここで生活をしている。
「それにしても新鮮……私とお父さん意外の人がこの部屋にいるなんて」
シャワーを浴びたマーレイがタオルで髪を拭いている。
服の替えがないと言い出し、私のTシャツを着せたがやはりサイズが合っていない……。まぁ、着れなくは無さそうだし別にいいか。
「アリサ殿のご両親はいないのでありますか?」
「お父さんは小麦とか珈琲豆を買うためにしばらく外に出てる。お母さんは……」
言葉に詰まってしまった。こういう時ってなんて言えばいいんだろう。
いや、隠すことではない。
「お母さんは、亡くなった。ずっと前にね」
それを聞いたマーレイは目を大きく見開いた後にすぐにバツの悪そうな顔をした。
「それは……ごめんであります。答えたくないことを聞いてしまったであります」
「うんん。大丈夫。もう慣れたから。……それに、これ」
私はテーブルにふかふかのバターロールと香り高いコーヒーを用意した。
「お母さんが私に教えてくれたレシピで作った軽食。これを食べるとね、思い出すんだ、お母さんとの思い出。だから寂しくなんかない」
小麦の香ばしい香りが鼻腔を抜ける。
「すごく美味しそうであります!!」
マーレイの顔が一瞬綻んだ。
「隊長もよく、パンとコーヒーを食べていました」
そこで私はさっき思い付いた話をする。
「隊長さんの発信機、ここで通信が途絶えたんですよね。……だからもしかしたら、この喫茶店に通ってる人かもって思ったんです」
マーレイは確かにといった様子で大きく頷いた。
「確かに ……その可能性は高いのであります! 隊長いるところにコーヒーあり。隊長いるところにパンありであります!」
大丈夫なのかな。その隊長って人。
その後、私たちは一緒にパンを食べた。
マーレイが美味しそうに食べてくれて嬉しかった。
そんな中、一人言のように「早く会いたいのであります」と言っていて、胸が少しだけ痛んだ。
早く会えると良いなと願いながら食事を終えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ 過去
宇宙船の設計図を作成しながら、私は隊長に思っていたことを聞いた。
「隊長はいつもコーヒーを飲んでいるのあります。よくそんな苦いもの飲めるのであります」
黒々とした液体からは、渋みの強い匂いが漂う。
そんなコーヒーを啜りながら隊長は言った。
「嗜好品を飲んでいるという経験を楽しんでるのよ。味が好きで飲んでいるわけではないわ」
私には分からない。味が好きではないのなら何で飲んでいるのだろう。
うーんと首を傾げる。
そんな私を見て隊長は小さく笑った。
「マーレイにもいつか分かるわよ。味意外の楽しみ方ってやつが」
視点/マーレイ 現在
そんなことを思い出しながらアリサが淹れてくれたコーヒーを飲む。
舌に滑った苦味が脳に危険信号を送る。ビリビリと脳が痺れる。
私にはまだこの飲み物の楽しみ方が分からないらしい。
顔をしかめた私を見てアリサは笑っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
ポンコツ探査員ことマーレイは寝食する場所がないと言う。
無計画にこの星に来たのかと言いたくなったが、自分の住んでる惑星が消滅の危機に瀕しているのなら仕方がないのかもしれない。
「とりあえず、お父さんが帰ってくるまでの間だけならここに泊まってもいいけど……」
「ありがとうなのであります!!」
床に頭つける勢いでマーレイはお辞儀をした。
まぁ、変な人ではあるけど悪い人では無さそうだし。
こうしてマーレイと隊長さんを探す日々が始まった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
「そういえば隊長さんとはぐれてからどれぐらい経ったの?」
開店直後はまだお客様の入りが少ないので、今日使用する分のコーヒー豆をミルしながらマーレイと雑談する。
マーレイは机を拭きながら答えた。
「地球にいる間は隊長が出航してから10分後に私も追いかけましたが、そこから宇宙を経由して冥星にたどり着いたのは98日後でした。体感としては70570分なのですが、実際はどれぐらいの時間が過ぎたのか明確には分からないのであります」
粗挽きになったコーヒー豆をケースに分けながら考えた。
冥星と地球では流れる時間の速さは違うらしい。さらに高速で宇宙を移動してきたというのなら、時間の進み方はまた変わってくる。相対性理論というやつだったか。
「きっと隊長は私が来るのを待っているのであります。……だからこれ以上待たせるわけにはいかないのであります」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
アリサ殿が働く中、私は出入りする人を観察していた。残念ながら隊長らしき人はいない。
しかしアリサ殿はよく働く。
コーヒーを注文されてから、カップを温め、細かく砕かれた豆たちを手際良くブレンドしてドリップする。
洗練された動きはもはや芸術的だ。
お客さんの出入りが多くなる度にコーヒーの香りがお店に広がる。
そして軽食で出されるパンは常に焼きたてで、種類も様々だ。亡き母に変わって一つ一つレシピを覚えてきたのだろう。
接客も料理も完璧。
アリサ殿はまだ幼いはずだ。それなのにしっかりしている。
「まったく……それに比べて私ときたら……」
私はお店の隅に置かれた椅子に腰掛け、苦いコーヒーを1口煽った。
そう、何も仕事をしていないのである。
アリサ殿に余計な手間をかけるわけにはいかないのであります。
なので私は下手に手を出したりせず、自分のやるべきことに集中するのです。
お客さんの顔を確認しながら隊長らしき人を探し続ける。
しかしそれっぽい人は見当たらず、ただ時間だけが過ぎていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
夕刻も半ばになり喫茶店の外に置かれた看板を回収する。今日も無事に店仕舞いできた。
ふと空を仰いだ。藍色の空が続く。
この時間に「ブルーモーメント」と名前をつけた人がいる。
青い時間。私がようやく落ち着ける時間。そして、あの惑星が見えなくなるお別れの時間。
「アリサ殿、掃除終わったであります!」
出入口からマーレイが顔を出した。何も手伝わないのは意心地が悪いからと掃除と片付けはすると言ってきた。
私としては1人でも出来るので余計な気を使って欲しくないのだが、マーレイの心境も汲み取ったら無下にはできなかった。
「そういえば、隊長さんはいた?」
「いなかったのであります。それらしい人すらいなかったので……しょんぼりであります」
俯くようにマーレイは言った。
心底残念だったのだろう。
「まだ1日だけだし。もしかしたら明日ふらっと現れるかもしれないし……」
何とか慰めようと思ったが、確約のない言葉はマーレイの支えにもならない。
そういえば隊長さんの名前を聞いていなかった。
「ねぇ、マーレイ。そういえば隊長さんの名前って――――」
聞こうとした途端、マーレイは胸元を抑えながら乾咳を何回もした。そして崩れるように地面に膝を着けた。
「だ……大丈夫?」
喉の調子を整えてからマーレイは言った。
「大丈夫であります。まだこの惑星の空気に体が適応できてないだけでありますから……」
ふと、あの日の光景を思い出した。
母が無くなる直前も、こうやって何度も咳払いをしていた。
夕焼けのせいか、その姿がやけに弱々しく見えてしまった。
「マーレイ、とりあえず中に入りましょう」
私は諭すように彼女の背中をさすった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
私の尊敬した母は日に日に衰弱していった。
そんな姿を見るのが辛かった。
そんな母に少しでも元気になってもらいたくて、私ができることはなにかって考えた時に母の作った喫茶店を継いで母と同じぐらい働いて、そして毎日喫茶店で起こった出来事を母に話そう、そう思った。
医療の知識なんかない私が母を元気付けるにはそれしか出来なかった。
私の話を聞いてる時の母は優しく笑ってくれた。そして私の頭を撫でて「よく頑張ったね」って言ってくれた。
その温かみは私の原動力となり、もっと母に笑ってほしくて私は仕事を沢山覚えた。
ある日、父は言った。
「お母さんを治せるお医者さんが見つかったんだ。だから、しばらくお母さんには会えなくなるかもしれない」
私は安心してしまった。
これでお母さんは元気になるんだって。
私はお母さんが帰ってきた時のためにこの喫茶店を続けようって胸に誓った。
「アリサ殿、私は大丈夫でありますよ」
マーレイの声でふと現実に引き返された。
店仕舞いした後、マーレイには2階で休んでもらっていた。
「それに、ただ喉に違和感を覚えただけでありますから」
マーレイはそういうと元気であるアピールをするためか力こぶを見せる仕草をした。
「貴女は、私にとってお客様なんです。だから無理はさせられない。……はい、パン粥。ゆっくり食べて」
私はマーレイへパン粥を差し出した。お店の余り物で作ったので申し訳ないと思いつつ、私が作ったのだ。味は間違いないはずという自信もあった。
マーレイは猫舌らしい。少量を少しづつすくって口に運ぶ。
「……美味しいのであります……すごく優しい味がするのであります」
マーレイの綻ぶ顔が見れて少し嬉しくなった。
「アリサ殿はすごいのであります。私ずっと見ていたのであります。たくさん働いて、たくさんお客さんを幸せにして……そして私まで温かい気持ちにしてくれた」
そう言ってマーレイは私の頭を撫でた。
「アリサ殿は本当にえらいえらいでありますね」
あの日の続きが、突然現実になった。
頭の上をすべる温かみが、私の深いところにまで干渉する。
「わ……わたし、まだ仕事が残ってるので……」
思わず涙が流れそうになったので急いで部屋を出る。
「マーレイも、早く元気になってくださいね!!!」
すっかり大人になった気になっていた自分のイメージが崩れそうになって慌てて部屋を出た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
その後も喫茶店にて隊長を探し続けた。しかしそんな人は現れなかった。
似た人がいたと言えばいた。
しかしそれはあまりにも年が離れている……
というかアリサ殿だった。
アリサ殿は完璧に仕事をこなす。ミスなんか絶対に起こさない。そして表情に感情が出ないミステリアスなところや……なりより、私への話し方がどことなく隊長に似ているのだ。
諭すような言い方であったり、言葉ではなく態度で優しさを示すところや。
アリサ殿といると不思議と隊長と一緒にいるような感覚になる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
アリサ/視点
マーレイと一緒に暮らし始めて数日が経った。
マーレイも何か手伝いと言い出したので私の仕事を少しづつ覚えてもらっていた。
こんな事言ってしまうのは失礼かもしれないが、マーレイはかなりドジをする。
パンは丸焦げにするし、お皿は割るし。
コーヒーだって私とマーレイでこんなにも味の違うのかと驚いた。
マーレイはドジをする度にしょんぼりしているが、私は誰かと働けるというのが楽しかったのでマーレイのミスは特段気にはしていない。
マーレイはオーブンとにらめっこしていた。
「マーレイ、何してるの?」
「パンが膨らむところを見ているのです。地球ではパサパサで平べったくて硬い、それがパンの常識だったのです。なのにこの惑星ではふかふかで柔らかくて……すごく不思議です」
そういえばお母さんが言っていた。美味しいものを作るのは相手への最大のおもてなしだと。
地球からやってきた人にも喜んでもらえたって言えたら、きっと喜んでくれたかな。
そんなことを考えていたらマーレイの悲鳴が上がった。
炭のようなパンが出来上がった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
アリサ殿のお仕事を手伝うとは言ったものの、私はミスしてばかりだった。
私はいつもそうだった。
隊長が築いた道を後から歩むだけ。自分から何かをやろうとしたら失敗ばっかり。
私が自主的に何かを始めて成功したことなんてない。
そしてついに私は隊長に置いていかれた。
私のミスが招いた結果に隊長は、とうとう呆れて先に地球から出てしまった。
きっとそういうことなんだ。
「私は……何をやってもダメダメでありますな」
アリサ殿の部屋から夜空を見上げてそう呟いた。
首にぶら下げたペンダントをぎゅっと握る。それは地球から出る前に隊長とペアで買ったものだ。
私と隊長の繋がりなんて……大したものではなかったのかもしれない。私がただ一方的に隊長を慕ってただけで本当は面倒くさいと思っていたのかもしれない。
きっと今頃は私と離れて清々しているんだ。
「……なんて、そんな薄情な人でもないんですよね」
だからきっとこの星のどこかで私のことを待っている。
「シャワー上がったよマーレイ」
パジャマ姿のアリサ殿が部屋に入ってきた。
「ていうか、電気も付けずに何してたの」
「いやぁ、ちょっと感傷に浸ってたと言いますかね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
マーレイは恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
「……へぇ、マーレイでもそういう気分になる時があるんだね」
それなら電気はつけない方がいいか。
誰だって頬を伝う涙なんて見られたくないだろう。
「私はドジでポンコツでダメダメなマーレイなのです……。だから隊長にも呆れられて置いていかれたのです」
「私は……その隊長さんじゃないから分からない。けれど私はマーレイと過した時間はすごく楽しかった。仕事ができないとかドジとかポンコツとかそういう話じゃないの。マーレイが居てくれるから、そう思えたの」
言葉にするのは苦手なんだ。この気持ちが上手く伝ってるとは思えない。
「マーレイのこと、嫌いだったらさ。その隊長さんもマーレイを誘って地球から出ようなんて言わなかったんじゃないかな」
マーレイは俯いて答える。
「隊長が私のことをどう思ってるかなんて……分からないであります……。思えば、隊長は表情に出ないし言葉にもしない。けれど……ずっと一緒にいてくれました」
ふと、昔の私とマーレイの姿が重なって見えた。
何をやっても失敗する私を見て、母はどう思ってたんだろう。
迷惑に思っていたのか――いいや、そんなことはなかった。
母はずっと私の味方だった。
ある日、深く落ち込んでいる私に母は言った。
何となくその言葉を言いたくなった。
「ねぇ、マーレイ。貴女はすごく偉いの。始めようと思ったこと。続けたこと。そこには必ず失敗は着いてくる。そんな失敗なんかに気を取られて歩みを止めてたら本当に辿り着きたいところへ向かうことすら出来なくなっちゃうの」
だから私はこうして、自分で喫茶店を継ぐことを決めたんだ。
そして、マーレイは地球から飛び出してこの惑星にやってきた。
「ね、失敗なんてあの惑星に飛んでいけ〜〜」
それは私の母の口癖だった。
「いや、だからですね……私のことを子ども扱い…………へ。今……なんて……」
マーレイが目を大きく見開いて私を見た。
「こ……これはね、私のお母さんの口癖でね。私が落ち込んでる時によく言ってくれたの」
何故だろうか。マーレイから恐怖の感情が見えた。
それはまるで信じ難いものを目にした時のような。
そしてその瞳は相変わらず私を射抜いてる。
「そっか…………やっぱり………何となくそんな気はしてましたよ……」
そういった途端にマーレイは私に抱きついて大粒の涙を流し始めた。
それは子どものようにただ泣き続けた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
「落ち着いた?」
アリサ殿が温かいコーヒーを差し出す。もちろん砂糖とミルク入り。
「ごめんなさいであります。気が動転してしまって……」
受け取ったカップにそっと口を付ける。
そして1口飲み、私は決心した。
「言うのをすっかり忘れていましたね。私の隊長の名前はアリシアと言います。もう……分かってますよね」
「うん……私のお母さんの名前もアリシアだった」
「すごく……不思議な感じです。あの隊長が結婚して子どもを授かっていたなんて……そしてその子がアリサ殿だったなんて……」
そっか。私の目の前にいる人は、私の知らない隊長を知っているんだ。
少し嫉妬してしまう。
「たったの10分……そして宇宙を駆け抜けた98日。私なりに急いだつもりだったんですけどね……この星と地球では進む時間の速度が違うのです……私は間に合わなかったのですね」
本当に……もう……会えないんだ。
その事実がさらに胸を締め付ける。
どこまでも愚かでドジな私を、それでも隊長は呆れてくれるだろうか。
今はもうそれすらも知ることができないんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
にわかには信じ難い。私の母とマーレイの言っていた隊長が同じ人だということに。
けれど、私も何となくそんな気がしていたんだ。
マーレイからは母と同じ温かみを感じることがあった。そして何より、首につけているペンダント。それは母が大切にしていたペンダントとそっくりだった。
「お母さんは…………きっと…………」
こんな時にかける言葉なんて私には分からない。
すると部屋の外から声が聞こえた。それは男性の声。
「アリサ、誰か来ているのかい」
父が帰ってきたのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
父はマーレイを見た途端、「あぁ、ようやく来てくれたんだね」と言った。
そして私とマーレイを母の部屋へ案内した。
「とても長い旅だったと思います。まずはおくつろぎください」
そういうと父は床にクッションを敷いた。
そこにマーレイは姿勢よく座った。
どうやらマーレイも緊張しているようだ。
「そんな固くならないで下さい。……えーっと、そうですね。これはアリサも聞いて欲しい話なんだけどね」
そういうと父は静かに語り出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この惑星に住み着いた最初の生物、それは「地球人」だった。
地球が消滅する前に次の移住先を見つける。その標準になったのがこの惑星「冥星」だった。
つまり、私たちの祖先は「地球人」ということになる。
姿形が地球人と一緒なのもマーレイの言語が理解できるのも、地球人が使用していた言語をそのまま流用しているからである。
そして子孫を増やしながらこの惑星では何百年と時は過ぎた。
人類は2種類に別れる。この星で産まれた冥星人。そして地球からやってきた地球人。
「アリサのお母さん、アリシアは地球人だったんだよ」
やっぱりそうだったんだ……。
「そしてね……お母さんが亡くなった理由も、当時は原因が追求出来ない病でね。地球のウイルスが体内で繁殖したのが原因だったんだ。今はもう医学も進み治せない病ではなくなったけど」
そして父は悲しそうな顔で言った。
「この惑星にやってくるのが、もう少し遅かったら、きっと生きていたのかもしれない」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/マーレイ
「あ、そうだ。マーレイさんに渡さないといけない物があるんだった」
お父さん殿は立ち上がり、高級そうな木箱を私に差し出した。
「……これは?」
「開けてみてください」
言われた通り、蓋を持ち上げた。
中に入っていたものを見て、思わず涙が溢れ出た。
「…………これ」
「アリシアが生前大切にしていた物です」
私とペアになっているペンダント。一緒に地球を出ようって約束した日に買ったペンダントだ。
「アリシアは……ずっと待ってましたよ。貴女が来ることを。いつも空を見て、貴女の話をしていた」
隊長は……なんで私なんかを……。
「あの子は大丈夫だって。私の一番弟子なんだから、どんな問題だって解決してここに来るって」
そうなのであります。私はたくさん頑張ったのであります。隊長に会いたくて…………。
なのに……なのに……。
「来るのが遅くなってしまったのであります……」
一緒に研究を続けようって、約束したのになぁ。
「ほんとうに…………ほんとうに……ごめんなさいなのであります……隊長」
私は隊長のペンダントをぎゅっと握りしめた。
私の手を包むように誰かが私の手を握ってくれた。それは隊長の手のように温かくて優しかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
「マーレイ、本当に行っちゃうの?」
「ええ、ここにずっとお世話になってしまうのは申し訳ないですし……それに……この惑星をもっと知りたいのです。隊長が目指した惑星ですから」
それにしたって昨日の今日で急な話だ。
「とりあえず、これ持って行って」
私は今朝作ったパンをいくつか袋詰めにしてマーレイに渡した。
それを嬉しそうに受け取る。
「ありがとうなのであります。……そういえば隊長が喫茶店を始めた理由って知ってますか?」
私は首を横に振る。
「あの人、子どもの頃の夢がパン作りだったんですよ。だから、すごく幸せだったと思います。そしてその夢を継いでくれる娘にも恵まれた」
マーレイは私の頭を優しく撫でた。
「大切にしてくださいね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
視点/アリサ
遠くなるマーレイを見送ってから、ふと空を見上げた。
そして、届かないと思っていた空に手を伸ばした。
ビー玉みたいに綺麗な惑星へ。




