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白銀の風使いと呪詛の爪痕  作者: 灯乃


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『共食い』の呪詛(後編)

誤字報告ありがとうございます!

 無意味な会話を交わしている間にも、レオナルドが操る風はふたりを目的地まで運んでいたらしい。

 ――ルドミラ王国王都アレンカは、とてもきれいな街だった。

 白亜の王宮を中心に石造りの壮麗な建物が放射状に配置され、三重の高い城壁が強固な守りを主張している。

 しかし今、その二の郭の北西に、呪詛の発動に伴い毒のように溢れ出る瘴気が、どす黒い靄となって渦巻いていた。

 レオナルドが、くっと眉根を寄せる。イヤーカフ型の通信魔導具に触れ、口を開く。


「司令本部。風使い(ウィンドマスター)及び水使い(アクアマスター)、現着した」

『了解。現在、ルドミラ王国の魔導兵士が、呪詛の影響下にある市民を制圧中。すでに死傷者が多数出ているとのこと。核の所在は、いまだ不明。移動の痕跡あり、おそらくは小型から中型の生物タイプ。呪詛の発動以来、一切目撃情報がないため、短時間での捜索は困難と思われる』


 キャロラインからの報告に、ギルはわずかに目を瞠った。

 自国の兵士が、市民に対し制圧行動に入っているということは――。


『確認された被害状況より、本件は大災害級、感染拡大型の『共食い(カニバル)』の呪詛と断定。――ルドミラ国王より、被呪者殲滅の許可が出た。これより先は、おまえたちの判断に任せる』

「……了解」


 被呪者の殲滅許可。

 それは、この美しい街で暮らしていた人々を皆殺しにしてでも、これ以上の呪詛の伝播を食い止めろ、という意味だ。

 呪詛の本体ならともかく、被呪者――人間を殺すというのは、さすがに少々気が重い。

 それでも、自分たちが躊躇えば、それだけ人死にが増えていく。

 きつく両手を握りしめたレオナルドが判断に迷っているのを見て、ギルは軽く右手を持ち上げた。

 その意思に応じ、大気中の水分がぶわりと集まる。


(少し範囲が広いが……。これくらいなら、どうにかなるか)


 直後、呪詛の気配が渦巻いている街を、半球状の水の薄膜が覆う。

 え、と小さく声を零すレオナルドに、ギルは淡々と告げた。


「これ以上の呪詛の感染拡大は防いだ。被呪者の殲滅行動に移行するか?」


 軽く目を見開いたあと、レオナルドが大きく息を吐く。


「なあ、水使い(アクアマスター)。ちょっと、聞きてェんだけど。――おまえの水って、被呪者にぶっかけたらどうなるんだ?」

「絶叫する」

「うん?」


 首を傾げたレオナルドに、ギルは重ねて説明する。


「絶叫して、悶絶して、のたうちまわる。どうやらおれの魔力を通した水は、呪詛や被呪者にとっては猛毒のようなものらしい」

「……それはまた、とんだ地獄絵図だなあ」


 レオナルドが一度空を仰ぎ、それからまっすぐにギルを見つめて言った。


水使い(アクアマスター)。責任は、オレが取る。やって、くれるか?」

「了解」


 たしかに、被呪者を殲滅するには、相手を弱体化させたほうがやりやすいに違いない。

 ギルは両手の指先を触れ合わせて集中すると、先ほどよりも大量の水を呼んだ。

 視界がうっすらと青く染まり、密度の上がった魔力に煽られた髪がふわりと浮く。

 すでに構築してある水のドームを、そのまま標的として固定する。


(さすがに……少し、キツいな)


 指先から両腕が痛いほどに痺れ、呼吸が乱れて汗が滲む。

 なのに、なぜだろう。

 これから自分が引き起こす事態が、人々におぞましい苦痛を与えるとわかっている。それでもなお、全力で己の力を振るうことに、ひどく気分が高揚した。


 ――限界ギリギリまで集めた水を、両腕を叩きつける動きでドームにぶつける。

 弾けた。

 大量の水が、豪雨となって街全体を覆い尽くす。

 肩で息をしていると、レオナルドが軽く背中を叩いてきた。


「お疲れさん。ありがとうな。ここから先は、オレがやる」


 そう言うなり、ギルを空中に残したまま地上へ降りていったレオナルドが、勢いよく剣を振り下ろす。

 風が、捲いた。

 呪詛の気配が細かく分断され、たったそれだけで街中を覆っていた瘴気の靄が、一気に薄くなっていく。


(……すごい)


 上空から俯瞰していると、レオナルドの操る風が呪詛に対して強烈なダメージを与えていることが、一目でわかる。

 ずぶ濡れの地面に倒れ伏し、どす黒く変色した血で汚れたまま蠢いていた人々が、彼の風に煽られると明らかに動きが鈍くなった。


(呪詛の影響を、風の刃で断ち切れるのか。それなら、なぜ最初から――いや、核を破壊しない限り、すぐにまた呪詛に絡め取られるから、一時的な措置にしかならないんだな)


 それでも、街中を席巻した彼の風により、ほんの少しの猶予は得られる。

 束の間の静寂の中、彼は白銀の刃を地面に突き立てた。

 新たな風が竜巻のようにいくつもの渦を為し、それらに吸い込まれた水が、再び街中へ散っていく。

 人々の苦悶の声が上がる中、彼は鋭く地面を蹴った。

 風を操り、建物の壁を走るようにして移動した先に蠢く、漆黒の太縄のようなもの。

 血塗れの人々と同じように、苦しげにのたうちながら激しく痙攣しているそれは、赤黒く輝く瞳を持つ巨大な蛇だった。


(あれが、呪詛の核か。……え。まさか風使い(ウィンドマスター)のやつ、おれの水を散らすことで呪詛の波動の変化を読んで、核の居場所を突き止めたのか?)


 ギルの水の特性を知ったばかりで、すぐさまその効率的な利用方法を構築してくるとは、頭の回転が速すぎではなかろうか。

 これがさまざまな実戦経験を積んだマスターの実力というものか、と感心していると、レオナルドの接近に気付いたらしい大蛇が、するりと壊れた建物の隙間に逃げ込んだ。


 ――風の通らない場所では、風の魔術の威力は著しく減衰する。

 暴風で建物を吹っ飛ばしながら追うことは可能かもしれない。だが、それだと対象を補足するまでに、あまりにも被害が大きくなりすぎてしまう。

 魔導武器を使えるのであれば、邪魔な瓦礫をピンポイントで破壊することもできるのだろうけれど、マスターである自分たちにそれは決して叶わない。

 ギルは、通信魔導具に触れて口を開いた。


風使い(ウィンドマスター)。おれが核を追う」

『悪い、頼む』


 短い答えと同時に、周囲で風が揺らいだ。

 あっという間に地面が近くなり、最後にふわりと体が浮き上がったかと思うと、靴底が軽く地面を捉える。

 幸い、地面にはまだまだ水が残っていた。

 ギルは両手を地面に付けると、直接それを操作して大蛇の姿をした核を追う。

 気持ちの悪い反応は、すぐに見つかった。


「核を確認。捕獲した」

「よし。そのまま引きずり出せるか?」


 レオナルドの問いかけに、ギルは眉根を寄せて答える。


「やってみる、が……。ものすごく、うごうごしている」

「う、うごうご?」


 復唱したレオナルドに、ああ、と頷く。


「おれの水で絡め取っているから、よほど苦しいんだろう。激しく暴れて、なかなか隙間から引き戻せない」

「……そうか。えぇと、その……。スマン、がんばれ」


 申し訳なさそうな顔をしたレオナルドが見守る中、暴れる大蛇を水で締め上げながら少しずつ引き戻していく。


(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い)


 ギルは元々、大きな爬虫類が苦手なのだ。

 手のひらサイズ程度のものなら、蜥蜴や蛇も可愛らしいと思うのだが、自分に危害を加えられるほど大きなものとなると、本能的な恐怖を覚える。生理的嫌悪感、といってもいいかもしれない。

 信じられない力で暴れ狂うそんなものを、操る水を介してとはいえ、鷲づかみにしているようなものなのだ。

 ぞわぞわと全身に鳥肌が立って、冷や汗まで滲んできた。

 レオナルドが、そんなギルの様子に気がついたのか、恐る恐る問うてくる。


「えっと……。おまえ、ひょっとして蛇が苦手なのか?」

「やかましい、黙っていろ」

「ハイ、スミマセン」


 人が必死に集中しているときに、よけいなことを言って苛立たせないでいただきたい。

 それからしばらく暴れる大蛇と格闘し、どうにか呪詛の核であるそれを引きずり出すと、すかさずレオナルドが魔導剣で切り捨てる。

 さらさらと核が崩れて消えると、呪詛の影響から脱したらしい人々が、力尽きたのか次々に地面に倒れ伏していく。

 その様子を見ても、安堵などできなかった。

 ただひたすら息苦しく、胃の底が焼けつくような心地になる。

 これまでどれだけ多くの人々が、呪詛のせいで死んだのだろう。

 これからどれほど多くの人々が、死んだほうがマシだったと嘆くのだろう。

 地面にぼんやりと座りこんでいたギルの前に、剣を腰の鞘に戻したレオナルドが片膝をついた。


「大丈夫か?」

「……ああ」


 そうか、と頷いたレオナルドが、ひどく複雑そうな笑みを浮かべる。


「おまえのお陰で、ここの被呪者を殲滅せずに済んだ。ありがとうな」

「おれは、任務を遂行しただけだ」


 レオナルドから、礼を言われる筋合いはない。

 しかし彼は、ゆっくりと首を横に振る。


「オレやユージィンだけだったら、被呪者を殲滅する以外なかったと思う。おまえの力があったから、そんなことをしなくて済んだ」

「おまえは、ばかなのか?」

「アァ!?」


 反射的に睨みつけてきた相手に、ギルは小さく息を吐く。


「おれの力は、ここの人々に生き地獄を与えただけだ。それでもおまえは、礼を言うのか」


 今まで何度も、何度も見てきた。経験してきた。

 どれほど必死に戦ったところで、救えないものがあるのだと。

 今回の呪詛も、間違いなくその類いだ。

 身近な人間同士で喰らい合う、『共食い(カニバル)』の呪詛。

 家族同士、友人同士、あるいは恋人同士でそんなことになったなら、たとえその影響から逃れられたとしても、とても正気ではいられないだろう。

 生き残ることが救いにならない悪夢のような現実など、この世界にはいくらでも転がっている。

 そんなことは、数多の呪詛と戦ってきたレオナルドだって、わかっているはずなのに。

 少しの間、沈黙が落ちた。

 それでも、とレオナルドが低く掠れた声で言う。


「生きていりゃあ、いつかは希望を持つことができる。……死んじまったら、死んだほうがマシだったと泣くことすらできねェだろ」

「……そうか」


 彼の言葉に、すっと心臓が冷えた。


(本当に、心底、コイツが嫌いだ)


 こんな感情は、ただの八つ当たりだとわかっている。

 それでも、なぜこの男はギルが言われたくないことばかりを言うのだろう、と思ってしまう。

 希望に満ちたきれいごとばかりを口にする、幸せな人生を生きているお坊ちゃま。


 ――自分には、自ら死を選ぶ自由すら許されていないのに。


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