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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者になれなかった君に祝福を。

パーティーから追放された剣士の青年と、追放して魔王を討伐した仲間のお話。BLです。

 その日、勇者一行が魔王を倒したとの吉報が町を駆け巡った。

 店の配達中にその話を聞いた僕は、思わず泣き崩れてしまった。


 

 ここは最果ての町エンド。地図の端にあるこの場所はただ『終わり』としか書かれていない。

 この先は地図さえ作られていない魔族の領域。人類の最終防衛地がこの町だった。


 町での暮らしは正直楽とは言えない。

 魔族の領域に近い為に魔物は強く、瘴気も濃くて普通の農作物は育ちにくい。

 国からの物資なんて数か月に一回届けば良い方だ。

 普段は硬くて苦い魔物の肉を瘴気抜きをして食べている。


 魔族の侵攻だって度々あって、いつも兵士や傭兵たちは疲弊しながら辛くも防衛している。

 けれども、ここが最後の砦なのだ。ここが破られれば人類の防衛ラインはぐっと下がる。

 だから唇を噛み締めながらも人々はこの町を守ってきた。



 僕がこの町にやってきたのは三年前。この町に入る時には他のパーティーメンバーと一緒だった。

 魔王を倒すべく集められた幾つもの冒険者パーティーの中で、僕たちのパーティーは優秀な人が多かった。

 不屈の盾、治癒の聖女、星読みの賢者、千里眼の射手、そして器用貧乏な剣士(ぼく)の五人。

 僕の二つ名だけ恰好悪いんだけど……剣技も魔法も中途半端な僕は、なんとかパーティーに貢献しようと情報収集や消耗品の買い出しなんかも率先して行ってきた。

 パーティーの仲は悪くなかった……はず。


 僕たち五人は旅立ちの街から各地の魔物討伐の依頼をこなして、着実に力を付けていったんだ。

 魔王を討伐すべく、他にも優秀な人材を集めたパーティーは幾つもあったのだけれど、この最果ての町にたどり着けるパーティーはほんの一握りで、その中でも魔王がいる魔族の領域まで入る事が許されたパーティーは一つか二つしかなかった。


 三年前、実力が認められた僕たちのパーティーは、固く閉ざされた魔族領との境目を越える事を許された。

 人類を救う為の希望として、この最果ての町から送り出されたんだ。

 ……僕を除いて。


 

「ノア・ハルシュテッド。お前をパーティーから追放する!」

 そう言われたのは、町にたどり着いたお祝いに酒場で飲んで泥酔した次の日の事だった。

 酒場で出されたお酒は混ざり物が酷くて、ほんの少し飲んだだけで悪酔いしてしまうような代物だった。

 僕は数口飲んで酔いつぶれてしまったけれど、その後の話で僕の追放が決まったみたいだった。

 酔いつぶれて何か迷惑をかけただろうか、とうとう愛想を尽かされてしまったのだろうか。


 青ざめて謝って、もっと努力するからと縋っても、他のメンバーは誰一人僕を擁護する者はいなかった。


「貴方との旅はここまでです」

 攻撃魔法も付与魔法も一流な賢者が片眼鏡(モノクル)を直す。


「これ以上は庇えません」

 悲しそうに類稀なる癒しの力を持つ聖女が首を振る。


「せいぜいこの町で俺たちが魔王を討伐するのを待っているがいい」

 千里を見通し、魔王の配下ですら射貫く魔弓の射手が帽子を目深に被る。


「これは、このパーティーの総意である」

 岩山ほどの大龍の攻撃すら受け止める重盾騎士が厳しい表情で頷く。


 奇しくも、前日は僕の誕生日だった。

 お祝いを言ってもらって、これからどれだけ苦しい戦いがあっても、皆で乗り越えていこうと笑いながら盃を交わした夜だった。


 いきなりの追放に頭が真っ白になったけれど、彼らの考えを変える事はできなかった。


 確かに、僕は浮いていた。

 他の四人に比べたら、特出するような能力を何も持っていなかった。

 これから先の旅路で……足手まといになると判断されたのだ。

 だからこそ、まだ人が住めるこの町に置いていかれたのは彼らの慈悲だったのだろう。


 僕は不甲斐なさに心が重くなったけれど、静かにそれを受け入れた。


 その日から僕は毎日この町にある小さな神殿で彼らの無事を願い、祈りを捧げた。

 せめて彼らが帰ってくるこの町が守られるように。雑貨屋で仕事を手伝いながら、微力ながらも町の防衛に加わったのだ。



 あの日から丁度三年。

 魔王を討伐した彼らが帰ってくる。

 僕は配達の荷物を届けると、普段は固く閉ざされている大門に向かう。

 城壁に囲われたこの町の大門は、魔族の領域に向かう勇者パーティーを送り出す時にしか開かれない。

 その扉が、彼らの為に開けられようとしていた。


 扉の外から帰ってきた彼らは満身創痍だった。

 重盾騎士は盾を構える為の片腕を失い、射手はどこまでも見通す目を負傷していた。

 賢者も聖女も顔は青ざめ、どこか怪我をしている様子だった。

 涙がぼろぼろと零れる。

 生きていた。誰一人欠ける事無く、生きて帰ってきてくれた。

 ただそれだけで嬉しくて、大義を成し遂げた彼らが誇らしくて、怪我をした彼らに申し訳なくて、ただ祈る事しかできない自分が不甲斐なくて。


 色んな感情が渦を巻くけれど、ただただ彼らが生きて帰ってきてくれたことが嬉しくて、嬉しくて。

 賢者が僕の方を見ると、珍しく破顔した。重盾騎士は残った片腕を空に突きあげる。

 射手は目元を隠すために帽子を深く被った。聖女は駆けだした。

 僕も彼らを出迎える為に走り出した。


 世界を救った彼らを称え、生きて帰ってきてくれた喜びを伝えるために。


 ◇◆◇


「お前さん達は魔王を倒すだろう」


 最果ての町にたどり着いた青年たちは、酒場で飲みながら予言の魔女と呼ばれる老婆に未来を占ってもらっていた。


 誰よりも優しく、皆の事を気遣っていた剣士は一人酔いつぶれてテーブルに突っ伏している。

 混ざり物の酒でも意識を保っていた他の四人は、誰が彼を上の部屋に送っていくかで牽制し合っていた。

 そんな折、最果ての町に稀に現われるという魔女が酒場を訪れて、彼らに予言を残した。


「丁度三年だね。三年後、お前さんたちは魔王を倒すよ」

「俺たちが魔王を倒すのか?」

「やったぜ、オレたちが勇者になるのか!」

 重盾騎士の瞳が輝き、射手が嬉しそうに酒を飲み干す。


「ああ、そこで寝こけている勇者の坊やが、命を賭して魔王を殺すだろう」

 老婆が指さしたのはあどけない表情で眠っている剣士の青年。

 いつも冷静な賢者でさえ緩んでいた表情が、その言葉に険しく固まる。


「剣士の坊やは目立った能力も才能もないけれど、運命には愛されているからね。その身を犠牲にして魔王を討つだろう。その雄姿は数百年語り継がれるだろうね。世界を救った勇者として」


「ふざけないでください……何が予言の魔女ですか。私たちは彼を死なせません。絶対に……っ」

 賢者が片眼鏡(モノクル)を押し上げると老婆を睨みつける。


「彼を……犠牲にしないで魔王を倒す方法は無いのですか?」

 聖女は泣きそうな声で老婆に縋った。


「大義を成す為には大いなる犠牲が必要だよ」

 予言の魔女は異なる可能性を紡ぎ出した。


「三年後に魔王を討伐する未来の分岐はもう一つあるね。そこの大男は魔王に腕を喰いちぎられて、二度とその大盾を持てなくなるだろう」

 重盾騎士はその大盾によって全ての攻撃を防ぐ。大盾はあまりにも重く、片手では支えることは出来ない。


「そこの射手は魔王の呪いによって両目の視力を失うだろう」

 千里を見通す射手の眼は、精霊に愛された目を持つため。その目が見えなくなる事は想像がつかなかった。


「そこの五月蠅い賢者は、言葉を失うだろう。二度と魔法は唱えられなくなるねぇ」

 複雑な呪文(スペル)を組み合わせて唱える賢者は、自身の喉元をなぞる。


「お嬢さんにはとっておきの魔王の災いだ。腹に受けた傷によって魔素に汚染され子が産めなくなるだろう」

 子ども好きな聖女は青ざめた。彼女の夢は好いた人と温かな家庭を作る事。


「魔王を倒すにはそこの勇者が死ぬか、あんたたち四人がそれぞれ大切な物を失うか。そのどちらかだ」

 予言の魔女の告げた犠牲は、彼らにとって一番大切な機能を失う事であった。


「犠牲を払えば、魔王は討ち取れるのですね?」

 パーティーの中では非情とも言われる賢者は、冷静に吐き捨てる。


「ならば答えはわかりきっています。例え言葉を失ったとしても魔法の解析はできます。望むところですよ」

 他の者達も頷く。

「ああ、盾が無くても皆を守って見せよう」

「目が見えなくなったぐらいでなんだ。そのぐらいのハンデがなきゃ世界一の射手にはなれないだろ」

「子が産めなくなったとしても、子は育てられます。戦禍では多くの孤児たちが困っているでしょう」


「私たちは……能力はあれど皆他者に馴染めず爪弾きになっていた者ばかりです。彼によって救われた。彼が居たからこそ、今こうしてこの町にいる。……彼の命が私たちの喪失で救えるのなら、安いものです」


 彼らは決意する。彼を犠牲にしないためにも、この町に彼を置いていくことを。


「そちらの道は茨の道だけどねぇ。坊やがいる未来とは違って随分と過酷だよ?」

「三年後、生きて彼の誕生日を祝える事の方が重要です」

 そう言いながら笑って覚悟を決めた四人は、後世に語り継がれるはずだった勇者を一人町に残して出立した。


 たとえどれだけ過酷な旅路だったとしても、掛け替えのない人を失うよりは良いと彼らは覚悟を決めたのだった。



 それから三年後、それぞれに大切なものを失いながらも魔王を討伐した四人は最果ての町に帰る。


 彼らの表情は明るかった。痛みを伴う凱旋だったとしても、彼らは使命を成し遂げたのだ。

「やっとノアに会える……なぁ、忘れるなよ。不可侵条約は解消だからな」

「あぁ、わかっている。旅の途中では惨劇が生まれそうだったからな。全てが終わったのだ。正々堂々口説き落とそう」

「幼馴染のノアを何年狙ってたと思ってやがる。ぜってークソ重盾騎士にはやらねぇ」

「ノア殿の処女が欲しい……」

「やめろ馬鹿てめーのデカイのが最初だとノアのがガバガバになるだろうが! 最初は俺のでそっと拓いて……」

 射手と重盾騎士が下世話な話をし始める。


(あぁ、健気で可愛い私のノア……何度あの無垢な姿に一人熱を治めた事か……。帰ったら媚薬を盛ってとろとろにしたところでピーしてピーの上にピーを腹がパンパンになるほど注いで……はぁはぁはぁ)

「やめろ賢者! 妄想垂れ流すな! このむっつりドスケベめ!」

「そうですわよ、貴方のノアではありませんわ。わたくしたちのノアですもの」


 凛々しい表情で脳内妄想を垂れ流す賢者は、言葉を失う代わりに心に直接話しかける魔術を生み出したが、言葉を取り繕う事が難しく、度々酷い妄想を垂れ流しては仲間に嫌がられていた。


「わたくし、この前気づいたのです。わたくしはもう子どもは産めませんが、ノアに産んでもらえばいいのだって。ふふっ男性でも妊娠できる疑似子宮の秘術を生み出したのです。あぁ、疑似ペニスで可愛がって差し上げたら、あの子はどんな声で喘ぐのでしょうね。うふふっ楽しみです」

 うっとりと頬を染めながら肉体改造をさらりと告げる聖女に、周りの男たちはドン引く。

 賢者だけはノアと自分の子を妄想して口元を覆っていた。


「あぁ、楽しみだな。ノアに会えるの」

「ええ、もしノアがわたくしたちの誰か一人を選べなかったら……その時は皆でノアを愛しましょうね」

「処女が欲しい……」

(はぁはぁはぁ……ピーが枯れるまで彼の中で……)

「おい煩悩の塊ども、ちゃんと口説いてからにしろよマジで。あと賢者は脳内黙れ」

 などと話をしていると、長い間閉じられていた門が開かれる。

 最果ての町で彼らを出迎えた青年に、彼らは晴れ晴れとした顔で帰還を告げた。


「ノア! わたくしたち、帰ってきましたわ!」

「ただいま、ノア。ちゃんと俺たちやりきったぜ」

「あぁ、丁度三年掛ったが……成し遂げた」

(私たちなら当たり前の事です)

 聖女に抱き付かれ、射手に肩を叩かれ、重盾騎士の無骨な片腕で頭を撫でられる。賢者は片眼鏡(モノクル)のブリッジを上げた。


 勇者になれなかった青年は、泣きながら使命を成し遂げた英雄たちを出迎えた。


「本当に、すごい……皆、魔王を倒したなんて!」

「ふふ、わたくしたちが頑張れたのは貴方がいたからですよ」

「勇者パーティー帰還のお祝いだね!」

「それだけじゃないって」


 射手はにやりと笑った。

「丁度三年ってことはお前の誕生日も近いだろ。とっておきの土産話を贈り物にしてやるぜ」

 ノアはきょとりとした。自分の誕生日などすっかりと忘れていたのだ。

「あぁ、重要な事だな」

 あの日の選択によっては、ノアは三年後の誕生日を迎える事が出来なかったかもしれない。


 彼が今生きてここにいる事に祝福を。

 それは彼ら全員の願いであった。


「ノア、俺たちお前にずっと言いたかったことがあるんだ」


 身構えた彼に溢れるほどの愛情が注がれるのは、間もなくの事だった。





貴方が生まれた事に祝福を。そんな気持ちで書いたお話です。


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短編なのに【にこにこ】【いいね】【泣】【笑】【驚】がぎゅぎゅっと全部入ってました!? これからノア君には、降って湧いたような溺愛生活が待ってるんでしょうね。 パーティーメンバーの想い、どろどろに煮詰ま…
この後ノアくんは単独で魔王討伐に行かなかった事を死ぬほど後悔するだろうなぁ。
相変わらずツボ押さえてます最高です大好きです!!!
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