プロローグ
隆志はとある会社で働いている。仕事をたくさん抱えていて、昼は外で、夜は遅くまで働きづめの毎日だった。仕事ざんまいの日々なんて楽しいと思った事は一度も無い。仕事以外、考え付く余裕も無く、同僚たちの話についていける事も多くは無く、社交辞令止まりの会話がせいぜいだった。ただ目下の業務をこなすだけ、そうして漫然と日々を過ごしていた。唯一の楽しみは週末土日、連休だけだった。只の無計画であることが隆志にとっての唯一の気晴らしであった。何でも最後まで計画通りであることが苦痛でたまらない、反面、イレギュラーな出来事を楽しみにしているところもあった、勿論、それは業務外の事でお願いしたい。そう、彼は心より願っていた。
休日は特に何もせず、酒とつまみを傍らに、映画視聴、ゲームを延々と続け、怠惰の神の忠実な信徒のような有様であった。
いつもの仕事を終え、その日も夜遅く、家路についた。
通い慣れた道を歩く。明るい照明の光を周囲に投げかける居酒屋、食事処に目をやりつつ、通り過ぎた。隆志と似たような会社員から、学生、観光客だろうか外国人の集団と、結構な人数とすれ違った。
「この人たちは何を思い、生きているのだろう。」
質問しない限りは当然、知る由もない。そんな問いを胸に抱きつつもやがては忘れて、そんな事、何度あったろうか。意味の無い事は自覚しているのだが気にはなっていた。
やがて駅に着く、いつもと変わらない光景が続く。馴染みの喫茶店の前を通る。そこにある看板に目を向ける、この喫茶店はチェーン店だけど良心的な金額設定のところが気に入っていた。時間に限らず、たまに寄っていた。
「おっ、近いうちに新作メニューがでるようだ。また時間があれば行こう。」
喫茶店を過ぎ、改札を抜け、通勤電車に乗った。車内は既に乗客は少なく、いつも通り静かであった。いつもの見慣れた、よく晴れた夜の景色を見やりつつ、明日のスケジュールをどうするのか、半ばふけりつつもぼんやりと考えていた。
電車は定刻通りにいつもの駅に着いた。改札を出て、夜道を歩き始めた。既に人は無く、時折、車が隆志の脇を通り過ぎていく。信号を抜け、左に折れ、路地へと入った。水門のそばを通り、畑や家々の前を過ぎていく。所々街灯があり、弱々しい光を周囲に投げかけている。水路脇の青い反射板から時折、青い光が目に入って来る。
ふと、見上げると、星が輝いている。何というか、夜空がいつもよりも綺麗に見えた。
「こんなところで、たくさん星が見えたかな?」
視線を元に戻すと、何だか不思議な気持ちになった。目の前の光景がゆらゆらと揺らいでいる。
「酒も飲んでも無いのに・・・、働きづめで疲れたのか。」
ふっと、意識が遠ざかっていく。と、今度は強烈な光に全身包まれた。
「なっ、何だ?・・・一体。」
意識が戻った時、光に満ちた世界の中に隆志はあった。意識だけがその中にあるような、感覚は何もない。光の中から麗しい声がする。