↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/193

消えた席と、終わらない昨日——やわらぐ境界

「……こ、これでよかったのか……」


 足元に視線を落としながら、

 私は小さく呟いた。


 頬がじんわり熱くなっていくのがわかる。


 耳の先まで火照っていて、

 きっと今、顔は真っ赤だ。


 隣では、

 晶くんが片手で口元を覆いながら、

 まだ笑いを堪えていた。


 でも肩が小刻みに揺れていて、

 どう見ても我慢できていない。


「……ていうか晶くん、あの二人のことも知ってるの?」


 私が拗ねたように問いかけると、

 晶くんは手を下ろし、

 笑いを引きずったまま答えた。


「まぁね……観てるから」


 さらりとした一言。


 そのまま、軽く肩をすくめる。


「君たちの周り、面白いからさ。ある程度は知ってるつもり」


「えっ……な、何で……?」


 胸の奥がひゅっと掴まれる。


 悪いことをしたわけじゃないのに、

 “知ってる”という言葉に少しだけ怖さを覚えた。


 だけど晶くんは、

 ふっと息をついて目を細めた。


「だって、二人といると超面白いんだもん。本当、同じクラスになりたかった〜」


 その笑顔は、

 出会った頃の

 どこか作り物めいたものではなかった。


 ちゃんと心の底から笑っていて、

 見ているだけでこちらまで

 嬉しくなるような笑顔だった。


 カナタを見ると、

 やれやれと言わんばかりに

 肩をすくめる。


 それがおかしくて、

 思わず笑ってしまう。


「まぁ、カナタと同室だし、学園生活中はカナタで遊んどこ。手始めに、武装演習部に入部しようかな?」


『うざ』


「ひどっ」


 間髪入れず返される声。


 そのやり取りに、思わず笑いが漏れた。


「ふふっ……」


 事件のことも、痛みも、

 まだ全部が終わったわけじゃない。


 だけど今、

 この穏やかな空気の中で笑えることが、

 何より嬉しかった。



◇ ◇ ◇



 教室の扉を開けると、

 すでに拓斗が席に着いていた。


 中にいたクラスメイトたちが

 私たちに気づいて、

 それぞれの表情で声をかけてくる。


「おはよう、昨日……大丈夫だった?」

「カナタくん、おはよー」


 心配と、少しの遠慮が混じった声。


 カナタは戸惑ったように視線を彷徨わせて、

 小さく頭を下げた。


(そっか……こういうの、慣れてないよね)


 少しおかしくて、

 でもどこか温かい。


 そのまま席へ向かおうとした、

 そのときだった。


 ――違和感。


 玲央くんの“後ろの席”が――


 ぽっかりと空いていた。


 机も、椅子も、何もない。


(っ……!)


 思わず息を呑む。


 昨日の、あの男子の席。


 まるで――


 最初から“存在しなかった”みたいに。


 玲央くんと目が合う。


 言葉にしなくても、わかった。


 そこへカナタたちも気づき、

 こちらにくる。


「……無くなってる、ね」


 詩乃ちゃんの声が静かに落ちた。


「まぁ……戻るのは無理だろうとは思っていたけど……」


 優ちゃんが呟く。


 怒りでも、同情でもない。


 ただ現実を受け入れる声だった。


 ざわざわと、教室が揺れる。


「やっぱり戻ってこれなかったね……」

「退学……なのかな」

「そりゃあ……ねぇ」


 誰も正確なことは知らない。


 それでも、誰もがわかっていた。


 ――戻れない。


 カナタを見る。


 無言で、その空席を見つめていた。


 何も言わないのに、

 何かを“飲み込んでいる”ような目だった。


 胸が、少しだけ痛む。


 ガラッ――


 教室のドアが開いた。


 一瞬、空気が強張る。


 日向先生だった。


 まだチャイムも鳴っていないのに。


「みんな、もう教室にいてくれたんですね」


 柔らかい声。


 でも、その奥にほんの少しだけ躊躇いがある。


「えっと……少し早いですが、座ってください」


 椅子を引く音が、静かに響く。


 誰もがわかっている。


 昨日のことだと。


「……」


 先生は一度、言葉を切った。


「宵19組は、本日から――生徒数四十九名になります」


 ざわり、と空気が揺れる。


 その一言で、“現実”が確定した。


 胸の奥がひやりと冷える。


「……昨日、このクラスで事件がありました」


 淡々とした説明。


 でも、その一言一言が刺さる。


 あの光景が、蘇る。


 叫び声。


 震える手。


 そして――消えた席。


「これからも変わらず学び、そして――」


 先生は少しだけ間を置いた。


「人との繋がりを、大切にしてください」


 静かな声。


 誰も返事をしない。


 でも、誰もが受け取っていた。


 ホームルームが終わると同時に、

 先生が私とカナタを呼んだ。


「昼休み、職員室へ」



◇ ◇ ◇



 食事の味はほとんど覚えていない。


 ただ、胸の奥がずっとざわついていた。


 カナタと並んで歩く。


 少しだけ、歩く速度が速い。


(……落ち着かないのは、同じなんだ)


「失礼します」


 職員室に入ると、

 ざわざわとした空気が広がっていた。


 先生たちの慌ただしい声。


 日向先生がこちらに気づく。


「あっ、二人とも。来ましたね」


 いつもの笑顔。


 でも、少しだけ疲れている。


「……先に案内しますね」


 通されたのは、

 隣の会議室だった。


 ひんやりとした空気。


 整然と並ぶ机と椅子。


 妙に広く感じる。


「座って、少し待っていてください」


 先生が出ていく。


 静寂。


 私はそっとカナタの隣に座る。


 何も言わない。


 でも、その沈黙は不思議と怖くなかった。


(……一体、何を言われるんだろう)


 ――昨日のことが、“終わっていない”気がした。


 ほんの少しだけ、

 カナタの方に椅子を寄せる。


 それだけで、少し落ち着く。


 ほんの数分後――


 会議室のドアが、勢いよく開いた。


お読みくださり、ありがとうございます。


消えた席。

変わってしまった教室。

そして、言葉にできないまま残る感情。


誰かがいなくなるということは、

ただ人数が減るだけじゃない。


その空気ごと、

日常の一部が欠けてしまうんだと思います。


だからこそ、

隣にいてくれる人の存在が、

少しだけ救いになる回でもありました。


次回も、見守っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。