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08

 バスロータリーに着くと、拓斗と瑛梨香先輩、涙先輩は隣のロータリーへ向かって行った。


「ばいば〜いっ」


 別れ際、拓斗はほんの僅かに笑みを浮かべて振り返りると、手を振る詩乃ちゃんに「じゃあな」と言った。


 その表情は、普段の無愛想な態度の奥に隠れていた、素直さや優しさがチラリと覗くようで、どこか温かい。私は小さく手を振りながら詩乃ちゃんを見ると、嬉しそうに目を細めていた。


 私、詩乃ちゃん、優ちゃん、カナタ、玲央くん、利玖は次に来るバス停へ行き、自然と列を作る。


 バス停で並びながら、玲央くんは夢中で利玖に話しかけていて、声のトーンも高く弾む。利玖は少し肩を揺らして笑いながらも、玲央くんの話を丁寧に受け止めている。


 その様子を見て、私は心のどこかが温かくなるのを感じた。


 隣のカナタは、いつもの無表情に近い顔だけど、時折チラリとこちらを見てくれる。その視線に、言葉にしない安心感が込み上げてきて、胸がふんわりと柔らかくなる。


 しばらく待つとバスが到着して、私たちは順番に乗り込む。玲央くんは、優ちゃんと双輪試走の話をしたいみたいで、私たちと少し離れた席に並んで座った。


 すると自然に、私と詩乃ちゃん、その後ろにカナタと利玖とで、二人用の席に並んで座る形になる。


 バスがゆっくりと走り出すと、揺れに合わせて窓の外の夕景が流れていった。私は何となく振り返り、利玖に声をかけた。


「利玖、随分玲央くんに懐かれてるね」


「そうなんだよ〜、可愛い奴だろ」


 利玖は肩をすくめて笑いながら答える。その笑い方が柔らかくて、揶揄ってるようで実は嬉しそうなのが伝わってくる。


「第一印象の雰囲気が違いすぎて、周りは少し困惑してるけどな」


 確かに、玲央くんは最初はちょっと怖い印象を持たれやすい。大人びて見えるのもあるけど、それだけじゃなくて、どこか鋭い目の奥に、何か強さが宿っているから。


「玲央くんって、ライオンみたいですよねっ! 映像でしかみたことないけどっ!」


 詩乃ちゃんもくるりと振り返って、嬉しそうに話に入ってきた。その言葉に、私は思わず大きく頷いた。


「分かる、獅子っぽいよな」


 私が頷くと、利玖は得意げに口角を上げた。


「でも、俺は最初から分かってたよ。……あいつは獅子の(たてがみ)をつけた大型犬だって」


「大型犬……」


 その言葉に、カナタと詩乃ちゃんは揃って視線を少し上へ泳がせる。まるで頭の中に共通のスクリーンがあって、そこに同じ映像を投影しているみたいだった。


 犬はまだ映像でしか見たことがないけど、私も釣られて想像してみる。


 立派な鬣を風になびかせながら、ブンブンと尻尾を振って寄ってくる巨大な犬。堂々とした姿なのに、その目はどこか無邪気で、気付けば甘えん坊の気配すら漂っている。


(あぁ、確かに……ちょっと怖そうに見えて、実はただの人懐っこい存在)


 そう思った瞬間、胸の奥の緊張がふっと逸れて、思わず吹き出してしまった。笑い声が自分でも驚くほど軽やかに響いた。


「本当だっ、おっきいわんちゃんっ!」


 詩乃ちゃんも手を叩いて笑う。そのタイミングでバスがガタンと揺れ、笑い声まで釣られて弾み、車内に小さな波紋みたいに広がっていった。


 夕陽に照らされた車内は、少しだけ橙色に染まっていて、その笑い声までも温かく溶け込んでいくように感じた。

 バスが寮のロータリーへゆっくりと流れ込んでいった。停車の衝撃と同時に、乗客たちがぞろぞろと降りていく。その流れに自然と混じり、私たちも足を踏み出す。


 私たちは手を振って別れる。すると利玖が当然のようにカナタの肩へ腕を回し、玲央くんも遅れてそれに続く。三人の背中が並んで遠ざかっていく姿に、思わず微笑ましさを感じる。


「……玲央くんに、尻尾が見える気がする」


 詩乃ちゃんがボソッと呟いた声が耳に届き、私は反射的に玲央くんへ視線を向けた。


 玲央くんはカナタと利玖の周りを「俺も混ぜろー!」と言わんばかりに駆け回っている。はしゃぐ声まで尻尾を振る音に聞こえてきた。


「……確かにっ」


 私の目にも、玲央くんの腰の辺りに、ふわふわとした尻尾が見えた気がした。風に揺れる毛並みを思い浮かべたら、笑いが堪えきれなくて、声が弾んでしまう。


(玲央くんって、こんなに分かりやすい人なんだ)


 そんなことに気付けたのが、何だか嬉しかった。


「尻尾? ……そう言えば、バスでは何か盛り上がってたみたいだけど、何の話をしていたの?」


 寮へ向かって歩き出しながらと、優ちゃんが興味ありげに問いかけてきた。


「えっとねっ、玲央くんってライオンみたいだけど、実は鬣をつけた犬だよねって話っ!」


「……?」


 詩乃ちゃんが張り切って説明するけど、優ちゃんは首を小さく傾げるだけで、完全には伝わらなかったようだった。その仕草が可笑しくて、私は肩を揺らして小さく笑った。


 笑い声や足音が、夕方の空気に溶け合う。特別なことをしているわけじゃない。ただみんなで歩いて帰っているだけ。それなのに、胸の奥でじんわりと温かさが広がっていく。


 今日のこの、何てことのない小さな時間。きっといつか振り返った時、胸の奥で柔らかく光る宝物になるんだろう。そんな予感が、自然と心に芽生えていた。



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