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「あ、何。カナタも、芽依ちゃん知ってんの?」
玲央くんは口に含んだ麻婆豆腐を飲み込んで、カナタに問いかけた。
『まぁ、今日初めましてだったけど』
中身が減って小さくなったパックを、綺麗に潰れるようにギュッギュッと器用に潰しながらカナタは答える。
「……協力者は、多い方がいいよな。カナタ、俺は芽依ちゃんと仲良くなりたい。協力してくれ」
カナタは目を見開いて、玲央くんを凝視した。
『……はぁ。…………なるほど』
カナタは玲央くんをジッと見て、すごい間を置いて反応した。何か深く考え込んでたみたい。
するとカナタはパックを飲み干したようで、チョーカーから空になったパックを取り外した。ぺたんこになったパックに蓋をして小さく丸める。
そして今度は金属製のストローをチョーカーに差し込み、また肘をつきながらアイスコーヒーをスッと飲み始めた。
私はもう見慣れた光景だけど、その手際の良さに玲央くんはまた目を輝かせる。
『……協力って言っても、何をすればいいの? 今日会ったばかりだから、玲央のことも芽依ちゃんのことも何も知らないけど……』
カナタは足を組んで、アイスコーヒーのグラスを軽く揺らしながら首を傾げる。
「まぁ、俺らはこれから仲良くなるとしてさ。芽依ちゃんのことは莉愛ちゃんから聞けばいい。で、芽依ちゃんと関われそうなタイミングが来たら……うまーく繋いで欲しいっ」
玲央くんはお皿の麻婆豆腐をかき集めながら、自信満々というよりも楽しそうに笑いながら言った。
『……なるほど。何となく分かったよ』
玲央くんの言葉にカナタは「そんなもんでいいのか」とでも言いたげに、アイスコーヒーを持つ手と反対の手で頬杖をついた。その温度差が少し可笑しくて、私は小さく吹き出してしまった。
『……そんな瞬間が僕に来るかは分からないけど、もし来たら玲央を呼べばいいんだね?』
「自然になっ!」
勢いよく言い切る玲央くんに、カナタはほんの僅かに肩をすくめて答えた。
『努力します』
その落差がまた面白くて、私はオムライスを口に含みながら笑いを堪えるのに必死だった。
……そう言えば、玲央くんはいつの間にかカナタを呼び捨てにしていた。それを咎めることもなく、寧ろ当たり前のようにカナタも玲央くんを呼び捨てにしている。
この短時間でもうこの距離感になったのかと感心する。だけどそれが違和感にならないのは、きっと玲央くんの持つ空気のせいだ。
利玖みたいに、人と人との間を軽やかに縮めてしまう。気付けば近くにいて、気付けば心を開かされている。
(あっ、そう言えば)
私はオムライスを綺麗に食べ終わって、紙ナプキンで口を拭いてからカナタに声をかけた。
「ねぇねぇ、カナタっ」
アイスコーヒーを飲み終えたカナタに声をかけると、カナタはストローを外してチョーカーを整えながら、優しい声で返してくれた。
『ん、何?』
「玲央くんね、睦月寮なんだけど、利玖のこと知ってるんだってっ」
そう言った瞬間、カナタは僅かに目を見開き玲央くんへ視線を向けた。
『へぇ。睦月寮なんだ』
「あれ、カナタも利玖先輩知ってるんだ? ……って当たり前か。莉愛ちゃんのお兄さんだもんな」
玲央くんは「そりゃそっか」と、勝手に質問して勝手に納得している。
「カナタは、私と利玖はどこが似てると思う?」
問いかけにカナタは首を傾げ、頬杖をついて少しの間考え込む。
『……そうだなぁ。二人共、人をよく見てるところかな』
「人を……見る?」
『うん。利玖は観察って感じだけど、莉愛は寄り添う感じ。似てるけど、ちょっと違う』
カナタの言葉に胸の奥がふわっと温かくなる。
すると麻婆豆腐を食べ終わった玲央くんが、カナタのように頬杖をつきながら、思い出すように話し出した。
「あ〜、利玖先輩の『観察』って分かるわぁ。昨日初めて会ったけど、この人すげー見てくれんじゃんって思ったもん」
「へぇ〜」
私はポツリと相槌を打った。知らなかった寮での利玖の姿。兄がどんなふうに周囲から見られているのか、初めて聞かされる話に少し胸がくすぐったくなる。
さすがは生徒会副会長で、緋統府を目指して努力しているだけあるな、と。
『……あと、二人共お人好し』
カナタが伏せ目がちになりながら、言葉を挟む。
『困ってる人がいると放っておけないし……利玖は賢く立ち回れるけど、莉愛は何でもすぐ信じちゃう』
その言い方は責めるでもなく、ただ優しく事実を告げるようで、胸の奥がほんのりと温かくなる。
「へぇ、莉愛ちゃんすぐ信じちゃうんだ?」
「あのぉ、取り敢えず一旦信じてみようかなって……」
すると玲央くんは頬杖を外し、少し声を落としてこちらを見つめた。その真剣さに、私も思わず息を呑む。
「莉愛ちゃん」
「ん?」
「俺、実は留年してて、莉愛ちゃんより年上なんだ」
真剣な顔でそう告げる玲央くんに、思わず私は目を見開く。
(あっ、だから)
思わず口元に手を添え、心から納得したように言葉が溢れる。
「……だから、そんなに大人っぽいんだね」
言った瞬間、玲央くんの表情が一変。盛大に吹き出して私にツッコむ。
「莉愛ちゃんっ!? 違うよ! 信じないで!!」
「えっ! あれっ?!」
目の前には、涙目で笑いながら「ひぃー」と引き笑いする玲央くん。そして私の隣では、俯きながら顔を覆って肩を揺らして笑うカナタ。
(カナタが、笑ってる!?)
私が笑われていることよりも、普段ほとんど表情を変えないカナタがこんなふうに笑っている姿に、胸が強く揺さぶられた。
驚きで固まったまま、私はカナタをジッと見つめていた。
その視線に気付いたのか、カナタはまだ笑いを止められない様子で目元を右手で覆う。だけど、耳まで真っ赤になっているのは隠しきれない。
『ごめんっ……ほんとにごめん、ちょっと待ってて……』
チョーカーから響く声は、呼吸に混じる震えがそのまま笑いを乗せていて、機械越しなのに「笑っている」とはっきり分かるものだった。
——カナタが笑ってる。
胸の奥に小さな衝撃が走った。
いつもは静かで落ち着いていて、どこか人とは距離のある存在だと思っていたカナタが、こんなふうに笑うなんて。
初めて見るその姿は、驚くほど可愛らしくて。思わず心を掴まれたように、見惚れてしまった。
「ひぃ〜っ、腹いてぇ……!」
笑い過ぎて脇腹を押さえながら、玲央くんは慌てて首をブンブン振った。
「ご、ごめん莉愛ちゃんっ、決してバカにしてるんじゃないんだって!」
(——そうだったっ)
私、今まさに笑われてたんだった。カナタの衝撃が強過ぎて、すっかり忘れるところだった。
「だ、だって玲央くん、妙に大人びてるんだもん……」
そう口にしながらも、心の中では別の思いが過る。
話してみれば、その大人びた雰囲気はすぐに溶けて玲央くんの人懐っこさが顔を覗かせる。気付くと距離が近付いていて、不思議と親しみやすさを覚えてしまう。
(でも、それは秘密。さっきのお返しっ)
私はわざと鼻をフンッと鳴らし、玲央くんを軽く睨んでみせた。
「いや〜、でもさ。信じるってすげぇよ。なかなかできないだろ」
玲央くんは肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。
「俺、できねーもん」
「えー、そんなことないよっ。詩乃ちゃんとか、絶対信じると思うよ!」
『確かに……』
落ち着きを取り戻したカナタが、私の言葉に小さく同意した。
「詩乃ちゃん?」
玲央くんが首を傾げ、興味深そうに聞き返す。
「同じクラスの友達だよっ。その子も初等部から一緒なの! ……あっ、もしかしたら、私より芽依ちゃんと仲がいいかもしれない」
「マジっ!?」
「それよりも、優ちゃんの方が芽依ちゃんのこと詳しいかも。元々知り合いだったみたいだし」
「すげー! やっぱり莉愛ちゃんのそばにいると、いいことあるわぁ!」
玲央くんは身を乗り出しながら、嬉しそうに笑った。
『……そろそろ混んできたし、教室に戻ろうか』
カナタが周囲を見回しながらそう提案した。釣られて私も視線を巡らせると、いつの間にか食堂は同級生だけでなく上級生らしき人たちまで集まり、ざわざわとした熱気に包まれていた。
「そーだな。戻るかっ!」
玲央くんは元気よくパチンと手を合わせ、ご馳走様のポーズをした。そして軽やかにトレーを持ち上げて立ち上がる。私もその後に続いて小さく手を合わせ、カナタの空になったパックと、氷だけが残ったアイスコーヒーのグラスをトレーに乗せた。
『ありがとう、待つよ』
カナタが背後から手を伸ばし、私のトレーを持とうとする。だけど私は笑って首を横に振り、その手を遠ざけるように自分のトレーを抱え込んだ。
「大丈夫っ」
ほんの些細なやり取りなのに、胸の奥がほんのり温かくなる。
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