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03

 「いただきます」と声を合わせ、私たちは食事を始めた。


 湯気を立てるトマトスープにそっと息を吹きかけ、慎重に口へ運ぶ。野菜の優しい甘みと、トマトの爽やかな酸味が口の中に広がり、心まで温めてくれるようだった。


 ふわりと柔らかなオムレツにスプーンを差し入れると、中からとろりとした卵が顔を覗かせる。それを焼きたてのパンに乗せて、思いきりかぶりついた。

 

 外は香ばしく、中はもっちりとしたパン生地に、卵のまろやかさが蕩けるように絡み合い、思わず頬が緩む。


(美味しい……)


 小さく心の中で呟いた時、向かいの詩乃ちゃんも、同じように目を細めていた。


 私たちがしばらく朝食の味を楽しんでいると———。


「あっ! いたー! おはよー!」


 弾むような声が耳に届いた。昨日、一緒に笑い合ったあの声。顔を上げると、制服姿の芽依ちゃんたちが笑顔で手を振っていた。


「おはよう」

「おはよーっ!」


 芽依ちゃんは羽織の袖と裾を揺らしながら、私たちの席へ駆け寄って来るとすぐに切り出した。


「でっ! 二人共、何組だった!?」


 その真剣な眼差しに、思わず背筋が伸びる。


「えっと……宵一九組だったよ。」


「ふふんっ、私もーっ!」


 詩乃ちゃんが両手でピースをして答えると、芽依ちゃんたちは目を丸くした。


「えーっ! 二人共、クラスまで一緒なの!?」


「すごっ、相性良すぎでしょ……!」


「え〜、いいなぁ!」


 みんなが、口々に驚きと羨ましさを混ぜた声を上げる。詩乃ちゃんは照れたように笑いながら、でも本当に嬉しそうに頷いていた。


 そんな姿を見ているうちに、私の胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。


「みんなは、何組だった?」


 詩乃ちゃんが、期待に胸を膨らませるように問いかけた。


「私、暁一三組〜」


「黄昏の五組」


「有明一四組!」


 返ってくる答えはどれも違っていて、私は心の中で苦笑する。


(……見事にバラバラだ)


 そして、芽依ちゃんが少し悔しそうに言った。


「私……宵二〇組〜」


「あっ、隣のクラスだね!」


 思わず声が弾む。


「おしーいっ!!」


 詩乃ちゃんが肩を落として、残念そうに声を上げる。


 その仕草があまりに可愛らしくて、みんな思わず笑ってしまった。


 バラバラになっても、こうして顔を合わせれば、距離なんてすぐに埋まる。私たちの周りには自然と笑い声が広がっていった。


「じゃあ、ご飯持ってくるねぇ!」


 芽依ちゃんたちはそう言い残し、笑顔のまま厨房の方へ駆けていった。私たちは再び向かい合い、食事を進める。


「同じ寮の人が同じクラスになるのって、何人くらいなんだろうね」


 パンをちぎりながら、詩乃ちゃんが首を傾げる。


「えっと……」


 私は頭の中で、昨日聞いた数字を思い出す。


(確か、新入生は約一万人で……それを十二の寮に分けると……一寮あたり大体八百人くらいとして…。そこからクラスに振り分けると……)


「大体……四、五人くらいかな?」


「じゃあ、他にも同じクラスになる子がいるんだねっ! 誰だろ〜」


 詩乃ちゃんは目を輝かせ、食堂の中をぐるりと見渡した。


 周囲では、新入生らしき子たちがちらほらと集まってきている。


 笑い声や話し声が混ざり合い、プレートに乗った朝食の香りと共に、食堂全体が賑やかな空気に包まれていた。

 朝食を食べ終わったから、温かいミルクティーを飲むために取りに行くことにした。


「飲み物、取ってくるね」


「いってらっしゃいっ」


 軽い足取りでドリンクコーナーへ向かう。


 引き出しから温かいカップを取り出し、ポットからお湯を注ぐ。ダージリンのティーパックを丁寧に沈めて、横に置かれた砂時計をひっくり返した。


 細かな砂がサラサラと落ちていくのを眺めながら、胸の奥がほんのり高鳴る。


 そんな時、番号札を持った芽依ちゃんが、少し遠慮がちに近付いて来た。


「莉愛ちゃんは、紅茶を飲むの?」


「うんっ! 私、ミルクティー大好きなのっ」


「そうなんだっ」


 芽依ちゃんは、何か言いたそうにモジモジしている。


「……あの、莉愛ちゃん……」


「ん? なぁに?」


 私は、なるべく柔らかな声で返した。


「あの……クラスは違っちゃったけど、お隣だし……これからももっと、仲良くしてくれる……かな?」


 私は目を丸くする。


(何だ、そんなことかっ)


 ほんの少し不安そうに眉を下げながらそんなことを言う芽依ちゃんが可愛らしくて、思わずふふっと笑ってしまった。


 私は、芽依ちゃんの両手をそっと握りしめる。


「…もちろんだよっ、こちらこそ、仲良くしてくれたら、嬉しいな。」


 その言葉に、芽依ちゃんの顔がパッと明るくなる。そのまま二人で見合ったまま、私たちは笑い合った。


「五十二番さーん!」


「あっ、呼ばれたっ!それじゃあ、また後でねっ!」


 そう言って芽依ちゃんは、料理を受け取りに駆けていった。


 私は手を振ってその背中を見送り、紅茶へ目を戻すと、ちょうど砂時計の砂が落ち切っていた。ティーパックを静かにカップから引き上げ、小さなゴミ箱へ落とす。


 シュガーポットを開け、銀のトングで角砂糖を一つ、また一つと摘み、そっと紅茶に沈めた。最後の三つ目がカップに触れると、小さな音を立てて溶けていく。


(ミルクは、もうあるから大丈夫)


 そう心の中で確認しながら、ティースプーンを持って詩乃ちゃんが待つ席へと足を向けた。


 席に着くと、詩乃ちゃんも食べ終わったみたいで、リンゴジュースを飲んでいた。


「お待たせっ」


 出来上がった紅茶をテーブルに置き、席へ腰を下ろす。ティースプーンをそっと差し入れ混ぜると、琥珀色の液体に小さな渦が広がり、やがて静かに落ち着いた。


 残しておいたミルクをスプーンに添わせて注ぐと、白い筋がふんわりと紅茶へ溶け込んでいく。


 淡い色の変化を見守るうちに、湯気と共に立ちのぼる香りが、胸いっぱいに広がっていった。


 その柔らかな甘さに包まれて、自然と頬が緩む。


「本当に好きなんだねっ、ミルクティー」


 私の様子を見ていた詩乃ちゃんが、ニコニコしながら声をかけてきた。


「うんっ!」


 私は思わず笑顔で答える。


 でも一番好きなのは、お父さんが淹れてくれたミルクティー。もうしばらくは飲めないのが、本当に残念。


 そう思っていると——


「あ〜よかったっ、席空いてたっ!」


 芽依ちゃんたちが、それぞれトレーを手に楽しそうにやって来た。隣の二人掛けの席をくっつけ、四人掛けの席にして腰を下ろす。


 賑やかな声と笑顔が一気に広がり、テーブルはあっという間に華やいだ。


 私たちはミルクティーとリンゴジュースを飲み終えるまで、途切れることなく楽しくお喋りを続けた。

 しばらく賑やかに喋っているうちに、気付けば時計の針は七時を少し過ぎていた。


 食堂も次第に人でいっぱいになってきて、私と詩乃ちゃんは先に部屋へ戻ることにする。


 トレーを手に取り、芽依ちゃんたちに笑顔で手を振った。


「また後でねっ!」


 そう言って別れて、食器類を片付けるところへ向かう。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様でしたっ」


 声を揃えて頭を下げると、洗い場の人がにこやかに返してくれた。


「いってらっしゃい」


 その言葉に、背筋がすっと伸びる。まるで「新しい一日が始まるよ」と告げられたようで、胸の奥が少しだけ誇らしく、温かくなった。


 食堂を後にし、部屋へ戻るためにエレベーターへ乗り込む。


「ご飯、美味しかったねっ! これからあんなのが毎日食べられるんだねぇ」


 詩乃ちゃんが嬉しそうに目を輝かせる。


「そうだね、楽しみっ」


 自然と笑みが溢れて、私たちは顔を見合わせて笑った。


 部屋に戻ると、昨日のうちに用意しておいた持ち物を改めて確認する。といっても、まだ授業は始まらないから、筆記用具くらいしか必要なものはない。


 その横で、詩乃ちゃんはベッド横の壁に掛かっているコルクボードに貼られたバスの時刻表をジッと眺めていた。


「んーっと……八時二十分までに教室に行かなきゃなんだよね……」


 時計を見ると、今はまだ七時十五分。時間にはたっぷり余裕がある。


「寮から学園までは、バスで大体十五分くらいだから……八時ちょうどのバスに乗れば……あっ、それが最終バスなのかっ」


 少し慌てたように言う詩乃ちゃんが可愛くて、私は小さく笑った。


「じゃあ、乗り遅れたら大変だね」


「うん、絶対に寝坊できないねっ!」


 ふたりで顔を見合わせて笑い合った後、ふと窓の外に目を向ける。朝の光に包まれた空は、雲一つなく澄み渡っていた。


(いい天気……)


 窓の外を見ると、遠くに学園の大きな塔が見えた。朝日に照らされ、キラキラ輝くその姿に、思わず見とれてしまう。


 寮の前には広々とした学園行きのバスロータリーがあって、そこから学園方面の大通りと六本の道が放射状に伸びて、それぞれの寮へと続いていた。


 その中の、弥生寮の隣へ向かう道に、私は自然と視線を向けていた。それを辿って、そっと背伸びをして窓辺に額を近付ける。


 少しでも遠くを見ようと目をこらすと、窓の端っこに如月寮がチラリと顔を出した。


(……見えた)


 昨日、カナタが「部屋から弥生寮が見える」って言っていたのを思い出す。


 ほんの少しだけど、カナタのいる如月寮を見つけられた。胸の奥がじんわり温かくなり、気付けば小さく笑っていた。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

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