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01

「じゃあ、また明日ねー! おやすみ〜」


 芽依ちゃんたちと部屋の前で手を振り合い、私たちはそれぞれの部屋へ戻った。


 入浴グッズを洗面台に持っていき、水気を切るものを取り出して、ステンレスのカゴは壁のフックに引っ掛ける。


「洗濯物、混ざっちゃってもいいかな?」


「私たちだけだし、私は大丈夫だよっ!」


 詩乃ちゃんの言葉に安心して、洗濯機へまとめて入れた。


 靴を脱いで部屋用のスリッパに履き替えると、ふたり同時にベッドへダイブ。


「はぁ〜……」


 思わず声が漏れる。自分では気付いてなかったけど、やっぱり今日はすごく疲れていたんだ。


 向かいのベッドを見ると、詩乃ちゃんがベッドの上でゆっくりストレッチを始めていた。足を横に真っ直ぐ開いて、ペタンと前に倒れている。


「うわぁー! 詩乃ちゃん、柔らかいねっ!」


 私はビックリして体を起こした。


「ふふっ、毎日やってるんだ〜。これやらないと気持ち悪くて」


 そう言いながら、足を開いたまま右手を義肢の左脚の先へスッと伸ばす。


 私も真似してみたけど、全然足は開かないし前にも倒れない。


「うぅ〜……」


 苦しげな声に、詩乃ちゃんがクスクス笑いながら教えてくれる。


「いきなりは痛めちゃうよっ。痛気持ちいいくらいで止めて、毎日ちょっとずつやれば柔らかくなるんだよっ」


 “継続は力なり”。そんな言葉が頭に浮かんだ。


「じゃあ、今日から詩乃ちゃんと一緒にストレッチするっ!」


 あんなふうに綺麗に体が動いたらいいなって、素直に思った。


「ほんとっ? やろやろっ!」


 笑顔で返してくれた詩乃ちゃんを見て、何だかすごく嬉しくなった。


 そのまま痛気持ちいいところで止めてストレッチしながら、詩乃ちゃんと明日の話をする。


「クラス、どうなるんだろうねぇ。すごい数のクラスがあるんだよね……」


 一学年、約一万人。一クラス大体五十人くらいって利玖が言ってた。


(ってことは、10000÷50=……200。200クラス!?)


「一年一六四組とか、そんな感じなのかな……?」


 私が半分冗談で言うと、詩乃ちゃんが「ひぇ〜」と声をあげた。


「空中大陸の同い年が集まると、そんな感じになっちゃうんだね……」


 空中大陸には、中央都市の天律学園とその初等部がそれぞれの街に幾つかあるだけ。


 “教育の均一化”、“資源の効率的運用”、“交流の促進”、“危機管理の強化”——利玖が繰り返し教えてくれた理由が頭をよぎる。


 同じカリキュラムで学ぶことで、習熟度に大きな差が出にくい。魔法石や魔法薬草といった貴重な資源も、一括で管理できる。


 寮生活は「第二の家族」を作り、将来に繋がる強い絆を育ててくれる。そして、賢者たちの管轄部門が連携しやすいお陰で、もしもの時もすぐに対処できるのだ、と。


(私も……よく覚えたなぁ)


 でも、知らなかったこともある。七賢者の授業があるなんて。もしかしたら、学園にいる時の方が、賢者たちに会える機会は多いのかもしれない。


「さすがにクラスは、莉愛ちゃんと離れちゃうかなぁ……」


 詩乃ちゃんがストレッチしながら、しょんぼりする。


 ———でも。


「んー……ここまで来たら、一緒な気がするなぁ……」


 自然と、そんな言葉が口から溢れた。


 寮も同じ。部屋も同じ。それに、初等部だって、住んでる町だって一緒だった。


 だからこの天律学園での生活も、詩乃ちゃんとはきっと一緒にいる気がする。


「えっ! 本当っ!? 今日の莉愛ちゃんを見たら、そんな気がしてくるよっ!」


 パッと顔を上げた詩乃ちゃんの笑顔に、胸が少し熱くなる。


「えっと、今日のは……ただの勘だから……」


 私は慌てて言葉を濁した。


 京香副寮長と京司先輩の時、あんな不思議な映像が見えたことを思い出した。


 でも、それはまだ——誰にも言う気にはなれない。

 私たちはその後も、ストレッチを続けながら取りとめのない話をして、気付けばもういい時間になっていた。


 「そろそろ寝よっか」と詩乃ちゃんが言って、私たちは並んで洗面台に立ち、歯を磨いた。


 部屋に戻ると、目覚まし時計を五時五十分にセットする。


(少しでもマシに、起きられますように)


 小さく願いながらベッドに潜り込む。


「じゃあ、明日六時までには起きようねっ! イビキかいちゃったらごめんね! おやすみなさいっ」


「大丈夫! 多分気付かないからっ! おやすみなさいっ」


 笑い合った後、私たちは部屋の明かりを消した。


 暗闇がふわりと包み込んで、今日の出来事が心地よい余韻となって胸に残る。


 静かな呼吸の音に耳を傾けながら、私はそっと目を閉じた。


 そして、この学園で迎える最初の夜に眠りについた。


 * * *


 ———チリリリッ、チリリリッ。


 耳に届く小さな音に、私はふっと目を覚ました。寝ぼけた手で目覚ましを探り、やっとのことで音を止める。


 ……でも、体はまだ起き上がってくれない。


 そんな時、布団の向こうからガサリと誰かが動く音がした。


(え?)


 重たい瞼を少しだけ持ち上げると、視界に広がったのは見慣れた自分の部屋じゃなかった。


 白い天井。壁に映えるおしゃれな装飾。カーテンの色も、ベッドの柔らかさも、全部いつもと違う。


(あ、そうだった)


 ここは私の部屋じゃない。昨日から始まった新しい生活の場所。そう思い出した途端、胸の奥がキュッとして、目が覚めていく。


「莉愛ちゃんっ、おはよっ!」


 顔を近付けてきたのは詩乃ちゃんだった。ヘアバンドで髪をまとめ、タオルで顔を拭きながら笑っている。


「…………おはよぅ」


(もう顔、洗ったんだ)


 まだウトウトして、まだ半分夢の中にいる頭で、私はそんなことしか考えられなかった。


 そんな私を見て、クスクス笑う詩乃ちゃん。


「……?」


 まだ眠気で頭がふわふわする。右手で目を擦って、眠気を少しでも飛ばす。


「あー! ダメだよ擦っちゃっ! それだったら、顔洗おっ!」


 そう言うやいなや、私の両手を掴んでグイッと引っ張る。


「……うぅ……」


 寝ぼけた声が漏れる私に、詩乃ちゃんは明るい声で畳みかけた。


「ほら、顔洗ってスッキリしよっ! ()()()()()()()()、来るよっ!」


「……それ、何て言う名前だったっけ?」


「忘れたっ!」


「……ふふっ」


 詩乃ちゃんのあっけらかんとした態度に、思わず笑ってしまった。


 「えへへ」と笑う詩乃ちゃんが、私を引っ張って立たせてくれる。


「ほらっ! 顔洗って着替えちゃおっ!」


 私は詩乃ちゃんに手を引かれて、洗面所までやって来た。


 さすがにここまで来れば、後は大丈夫。家でやっていたように、洗面器に水を溜めて洗顔用の薬草を一枚と柔らかいタオルを入れる。


 私は自分のヘアバンドを頭に付けて髪をある程度まとめて、いつものように顔を洗っていく——

 洗顔を終えると、左手の義肢を専用乾燥機に差し込む。温かな風が吹き込み、細やかな水滴を飛ばしていく。その間に保湿クリームを肌に馴染ませると、ようやく体も心も朝の準備が整ってきた。


 長い髪をブラシで梳かしさらりと整えたら、洗面所を出る。


 部屋に戻るとカーテンが開け放たれていて、朝の優しい日差しが床の上に淡い模様を描いていた。


 窓のそばでは、詩乃ちゃんがすでに着替えを済ませて、窓を少しだけ開けている。爽やかな風がひと筋、頬を撫でた。


「これくらい開けてれば、入ってこられるかなぁ?」


 詩乃ちゃんが、外を覗きながら呟く。


「もっと開けてもいいんじゃない?」


 私は返事をしながら、クローゼットに掛けていたワイシャツとタイトスカートを取り出し、箪笥から下着とニーハイソックスも用意した。


 Tシャツを脱いで下着を身につけ、パリッとしたワイシャツの袖を通す。ハーフパンツを脱いでタイトスカートに足を通してファスナーを上げたら、ベッドに腰かけて丁寧にニーハイソックスを履き上げた。


(詩乃ちゃんも羽織はまだ着てないし、羽織は後でもいいかな)


 スリッパを脱いで編み上げのブーツを履き終えると、ようやく“学園生活の朝”という実感が湧いてきた。


 その時———


「わっ! 莉愛ちゃん! 来たよっ!!」


 詩乃ちゃんの弾んだ声に振り返る。窓から、ひらりひらりと折り紙の蝶が二頭舞い込んできた。


光をまとったその羽ばたきは、まるで生きているかのようで、私と詩乃ちゃん、それぞれの手元へと辿り着く。


 私の手のひらに止まった蝶は、ふっと淡い光を落としたかと思うと、ただの折り紙に姿を変えた。


「わっ、わっ! これに書いてあるんだよねっ! 一緒に開けよっ!」


 詩乃ちゃんは目を輝かせながら、待ちきれない様子で私に身を乗り出す。


「うんっ、そうしよっか!」


 私たちはソファに向かい合って腰を下ろした。詩乃ちゃんは両手で折り紙を丁寧に開きながら、心の声が口からそのまま漏れていく。


「うわー、怖いよー……緊張するよー!」


 その姿に、思わず私も笑いそうになりながら、胸の奥で同じような高鳴りを感じていた。


「じゃあ……いくよっ! いくよっ! せーのっ!」


 詩乃ちゃんの合図に合わせて、私はそっと折り紙を広げる。


《莉愛  一年 (よい)一九組 出席番号四十八番》


「えぇっと……一年、よい? 一九組。出席ば——」

「ええええええええええ!!!!!!!」


 詩乃ちゃんが叫び声と共に、ソファテーブルを超えて勢いよく飛びついてきた。


「ぅおっとっとっ!」


 思わず体を支えながら、私は驚きで目を瞬かせる。


「ほんとにっ!? 本当にっ!? 宵一九組!? 莉愛ちゃんっ、同じだよ!!」


 詩乃ちゃんの腕がギュッと私を締めつける。


「えぇっ!!」


 心臓がドクンと跳ねて、信じられないような高揚感が胸いっぱいに広がっていく。


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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