16
「……あの、京司先輩。ちょっと、聞いてもいいですか?」
先輩は微笑みをそのままに、柔らかな声で返してくれる。
「ん? どうぞ。」
その穏やかな雰囲気に背中を押されて、私は勇気を出して言った。
「ありがとうございます。えっと……さっきの演劇の少女って、京香副寮長……ですよね?」
その瞬間、京司先輩の目が、少しだけ見開かれた。だけど驚きと同時に、どこか楽しげな色が浮かぶ。
「おっ、よく気付いたね。正解。結構距離あったのに、よく見抜いたねぇ」
(やっぱり、そうだったか)
お化粧や雰囲気で分かりにくかったけど、当たったみたい。私はクイズに正解した時のような達成感でいると、隣からは大きく驚いた反応が返ってきた。
「えぇっ!? そうだったんだっ!?」
芽依ちゃんと詩乃ちゃんが、驚きと興奮で目を丸くする。
京司先輩は、ふっといたずらっぽい笑みを浮かべて、今度は私に視線を向けた。
「じゃあさ……透明人間の方は、誰だと思う?」
その問いかけを聞いて、私は持っていたスプーンを口元に当てながら、先輩の目をじっと見つめてから、静かに答えた。
「……えっと…………京司先輩……ですよね」
答えた瞬間、今度は先輩の目がぱちりと大きく開いた。その反応に、周囲の子たちも「えぇっ!?」と一斉に声を上げる。
「うっそ! よく分かったね。あれ、顔見えないように結構頑張ったんだけどなぁ……」
京司先輩は驚いたように言いながらも、どこか楽しそうだった。
「えっ、えっ!? 莉愛ちゃん、何で分かったの!? 顔、全然見えなかったよっ!」
芽依ちゃんが、ぱちくりと瞬きをしながら私に身を乗り出してきた。驚きと尊敬が入り混じった瞳でじっと見つめられて、私は思わず目を逸らす。
本当は、私にも顔なんて見えてなかった。ただ、さっき京司先輩の顔を見た時、ふいに、京香副寮長と一緒に稽古しているような……そんな映像が頭の中にふわりと浮かんだのだ。
でも、それを言ってもきっと不思議がられるだけだろう。だから私は、少しだけ肩をすくめて、誤魔化すように言った。
「えっと……うーん……な、何となく? そんな感じ……」
内心ドキドキしながらそう答えると、京司先輩はおかしそうにふっと笑い、周囲を見渡した。そして、何かを見つけたのか、手を挙げて大きな声で呼ぶ。
「おーいっ、京香ーっ!」
その声の先を追ってみると、二つ隣のテーブルに京香副寮長がいた。柔らかな光の下、京香副寮長は少し首を傾げるようにしてこっちを見てから、テーブルにいた新入生たちに軽く会釈をしてから、京司先輩の手招きに応えるように歩き出した。
「こんばんは。 ……どうしたの?」
穏やかな笑顔のまま、京香副寮長は私たちに視線を巡らせ、そして京司先輩に視線を向けた。
「この子がさ、……えっと、莉愛さん、で合ってるよね? 彼女、俺たちが演者だって当てたんだよ」
私の方をチラリと確認しながら、京司先輩がどこか得意げに話す。
その言葉に、京香副寮長の目がふわっと見開かれ、私を見つめながら優しく微笑んでいた。
「本当に? 私はともかく、京司を当てたのは凄いね」
その声音には、舞台に立つ者としての誇りと、何かをやり遂げた人の確かな温度が滲んでいた。
だけど、決して気取ったところはない。寧ろ、私たちと同じ目線に立ってくれているような、そんな優しい空気があった。
その時、芽依ちゃんが身を乗り出すようにして声をあげた。
「あっ、あのっ! 透明人間と踊ってたシーンは、ひとりで踊ってたんですか!? それとも、京司先輩が透明になって支えてたんですか!?」
興奮を隠しきれない様子で放たれたその質問に、京香副寮長は小さく吹き出し、いたずらっぽく唇に指を当てた。
「ふふっ、内緒……って言いたいところだけど、同じ弥生寮の仲間だし、特別に教えちゃうね。あれは、私ひとりよ。」
「「えぇぇーっ!?!?」」
ここにいたみんなが同時に驚きの声を上げた。胸の中にもう一度、さっきのシーンが蘇る。
「えっ、えっ、えっ!? だって、すんごい体勢になってませんでしたっ!? ジャンプとか、足とか、なんかもう……!」
芽依ちゃんが慌てたように言葉を繋げる。その気持ちはよく分かる。私だって、あの動きは絶対に、誰かに支えられていると思っていたのに、それを全てひとりで…。
京香副寮長は、そんな私たちの反応に嬉しそうに微笑んでいた。まるでそれが何よりの褒め言葉であるかのように。
「だってさぁ、聞いてよっ」
急に少し芝居がかった口調で、京司先輩がこちらを振り向いた。何か始まるぞ、という雰囲気に、私たちは思わず姿勢を正す。
「最初は、俺が透明人間になって支えるって流れだったんだよ? そしたらさぁ『邪魔すんな』って、脅してくるんだよ!? 演出に命かけすぎだろ、マジで」
と、怖がるような仕草をしながら、あの時の恐怖(?)を私たちに伝えてくる京司先輩。
その姿がちょっと面白くて、芽依ちゃんが吹き出し、詩乃ちゃんは「えぇ〜っ」と驚いた声をあげた。
その横で、京香副寮長は涼しい顔で肩をすくめて言う。
「まぁ、脅しなんて失礼ね。ちょっと驚かせただけじゃない」
さらりとしたその一言に、京司先輩は目を細めて肩を落とす。
「京香はもう一回、協調性を学び直すべきだと思います……本気で」
ふたりのやりとりに、私たちの周りでは笑い声が広がる。ちょっとした漫才みたいなやり取りに、会場の空気が和やかになっていくのが分かった。
そんな中、私は1つだけ聞いてみたいことが残っていた。だから、みんなの笑いが落ち着いた隙を見つけて、そっと声を上げる。
「……あの、もうひとつ気になってたことがあるんですけど……」
私がそう言うと、京司先輩がパッとこっちを向いて、ニコッと笑った。
「おっ、いいよいいよ。何が気になるの?」
ちょっとワクワクしてるみたいな声に、私もちょっとドキドキしながら聞いてみる。
「あの……間違ってたらごめんなさい。……先輩たちって、もしかして双子ですか?」
その瞬間、ふたりとも「えっ?」って顔でこっちを見て、次の瞬間には思わず笑い出してた。
「うっそ〜! そこまで当てる!? わざと学年も言わなかったのになぁ〜!」
京司先輩が笑いながら言うと、京香副寮長も頷きながらにっこり。
「名前見れば、気付く人は気付いちゃうかもね。」
そう言ったふたりは、ちょっと驚いてるけど、何だか嬉しそうだった。
でも、私の周りはもっとビックリしてた。
「えっ! えっ! えっ! ほんとにっ!? 何で分かるの莉愛ちゃん!?」
詩乃ちゃんが、私の腕を掴んで興奮気味に聞いて来た。
「えぇーっと……か、勘だよ……」
私はまたちょっと誤魔化す。本当はふたりの顔を見た時、なぜか子どもの頃の姿が頭にふわって浮かんだだけ。
(……もしかして、私って視覚魔法が得意だったりするのかな?)
そんなことを考えてたら、ちょっとだけ胸がドキドキしてきた。
ふたりが双子だと知った途端、周囲はまるでお祭り騒ぎのように賑わい始めた。
「私、双子に会うの初めてですっ!」
「やっぱり、京香先輩がお姉さんっぽいよね!」
「うんうん、京司先輩は弟っぽいっていうか〜!」
見た目の印象も、話し方も、そう言われれば確かにそうかもしれない。私だって何も知らなければ、同じように頷いていたと思う。
でも、何だろう…。胸の奥で、どこか引っかかる。
みんなが笑い合う声の中、私はまた持っていたスプーンを口元に当てながら、黙ってふたりの顔を見つめていた。
京香先輩の柔らかな仕草や、京司先輩のどこか頼りなさげな笑み。それでも、ふとした瞬間に見せる視線の動きや、言葉の選び方。ほんの些細なところに、目に見えない「立ち位置」のようなものを感じてしまう。
双子に上下なんて、本当はないはずなのに——
だけど私は、“妹」だから分かるのかもしれない。誰にも言われなくても、空気の中にある小さな序列のようなもの。生まれた順でも、性格の差でもなく、もっと曖昧で、でも確かにある何か。
だから私は、そっと口を開いた。
「……京司先輩が、お兄さんですね」
ふたりが同時に、息を呑んだような顔をして私を見た。そして、驚いた表情のまま京司先輩が私に聞いて来た。
「……どうして、分かったの?」
その反応で、周囲のみんなも驚いていた。
「えーっ!? 兄妹なのっ!?」
「絶対逆だと思ってた!!」
京司先輩は苦笑しながら、頭をかく。
「うーん、ちょっとスゴすぎない?」
「本当にねっ。莉愛さん『天文時相学』が得意科目になるんじゃない?」
(——てんもんじそうがく?)
「……それって、何ですか?」
思わず聞き返してしまった。多分、分からないのは私だけじゃない。周りの子たちも、きょとんとした顔で顔を見合わせている。
その様子が可笑しかったのか、京香副寮長はクスクス笑いながら教えてくれた。
「天文時相学っていうのはね、七賢者の藍の賢者、ラン様が教えてくださる授業のことで、星の動きと“時”の関係を学ぶ学問だよ。未来を読むための知識というか……占星術みたいなものって言えば分かるかな?」
「へぇ……」
——占星術。未来を読む学問。
その言葉に、胸の奥が少しだけざわめいた。
七賢者は、それぞれ異なる分野の魔法を司っている。
私の町の緑の賢者のリョク様は、薬草や医療に詳しくて、人々の命を支えてくれる優しい方だ。
そして藍の賢者は、“予知”とか“危機管理”が専門らしい。未来を読む力を持っていて、この空中大陸を守るために、常にその“時”を見つめている人。
そんなすごい人の授業なんて、想像もつかない。
それに———
「ラン様って、どんな方ですか?私はまだ会ったことがなくって…。」
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