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「あっ、でも制服って自由なんですねっ! スカート履いてたみたいですしっ!」
詩乃ちゃんが目を輝かせてそう言うと、楓先輩は笑顔で頷いた。
「うん、制服は基本自由だよ。スカートでもスラックスでも、自分が着たい方を選んでいいの。ふたりも、気が向いたらスラックスにしてみてもいいんだよっ?」
「へぇ……。でも私はスカートが好きだから、スカートにしますっ」
「私も〜っ!」
詩乃ちゃんがニコッと笑って同調した後、そのままくるりと私の方へ向き直り、興味津々な様子で首を傾げながら言った。
「ねぇ、莉愛ちゃんっ。その子見たんでしょ? どんな感じだったのっ?」
「あ、うん。そうだね……髪は凄く短くて、制服はスカートだったよ。雰囲気は……そうだなぁ、綺麗でカッコいい女の子って感じだったかな」
「へぇ〜! 夜に会えるかなっ?」
詩乃ちゃんは胸を弾ませるように声を上げる。その様子に楓先輩がふふっと笑って、柔らかく言葉を添えた。
「夜は私服での集まりだから、もしかしたら気付けないかも。でももし会えたら、できたら性別とか気にしないで普通に接して欲しいな。そういう”当たり前”が一番嬉しかったりするから」
そう言って微笑む楓先輩の横顔は、とても優しくて、どこか頼もしかった。
「じゃあ二人共、質問はもう大丈夫そうだね?」
楓先輩がふんわり笑いながら、私たちの顔を交互に見た。詩乃ちゃんと顔を見合わせて、小さく頷く。
「はいっ、大丈夫です!」
「よしっ!」
先輩は腰に当てていた手を胸の前でパチンと叩いた後、胸元のペンダントを指先で持ち上げて私たちに見せてくれた。
「それじゃ、最後にこの菊理の使い方を説明しとくね。さっき配られたやつ。学園都市内限定だけど、音声で会話できる通信機になってるよ」
言いながら、先輩はペンダントの中心にあるオーロラ色の魔法石を軽く二回タップする。するとスゥッと薄く光り、ほんの一瞬だけ波紋のような光が広がった。
「こうしてから呼びたい人のことを思って、名前を呼ぶだけで相手に繋がるの。あ、名前は愛称でもいいよ。相手を思うことが大事だからっ!」
「へぇ……!」
「すごぉい……!」
私と詩乃ちゃんは思わず顔を見合わせて、小さく息を漏らした。
「呼び出された方はね、音と、この魔法石の光で知らせてくれるんだよ。でね、その光ってる魔法石を見ると、誰がかけてくれてるのかふっと頭に思い浮かぶの」
楓先輩の説明を聞きながら、私は菊理の真ん中で控えめに輝いている魔法石をそっと撫でた。
「あとで二人も試してみて。最初はちょっとドキドキするけど、すぐ慣れるからっ!」
私と詩乃ちゃんは、もう一度顔を見合わせた。
詩乃ちゃんはやってみたくて仕方ないみたいで、ワクワクが顔に出てる。目がキラキラしてて、言葉にしなくても伝わってくる。
何だか私までちょっとドキドキしてきた。
「夜の集まりの前には、菊理で全員に集合のお知らせが届くからちゃんと持っててねっ。あとこれ、この部屋の鍵。無くさないようにねっ。じゃ、それまでゆっくり過ごしててねっ!」
「「はいっ!」」
私たちに鍵を渡した後、楓先輩はくるりと振り返り、軽やかにポニーテールを揺らしながらドアへ向かった。
そして手をかけて、もう一度振り返ってウィンク。
「二人共、これからよろしくねっ!」
楓先輩は優しい声を残して、部屋に静けさが戻った。
ふわっと胸の奥が浮かぶような、不思議な気持ちになる。
これからこの部屋で、詩乃ちゃんと一緒に過ごすんだ。そう思いながら、私は軽く息をついて、部屋の中を見渡した。
ふかふかそうなベッド、広い出窓、並んだ机。そして部屋の真ん中には、猫足ソファテーブルとそれを挟む二人掛けソファ。おしゃれで、大人っぽくて、でも落ち着く空間だった。
「ねっ! ねっ! ちょっと練習してみようよっ!」
詩乃ちゃんが、ソファにポスンッと勢いよく腰かけて、私に向かって楽しそうに笑う。
「うんっ、やってみよ!」
私もすぐに頷いて、詩乃ちゃんと向き合うようにソファに座った。
「えーっと……じゃあ、先にやってみるね?」
詩乃ちゃんはそう言って、首から下げた菊理の魔法石を二回タップした後、そっと両手で包みこむように握ると目を閉じた。
何を考えてるんだろう。ちょっとドキドキする。
そして——
「……莉愛ちゃん」
その一言と同時に、私の菊理がキラキラと鈴の音みたいな優しい音を響かせて、魔法石がオーロラ色にふわりと輝いた。
「わぁ……!」
私は菊理をそっと手に持って見た。その綺麗さに、思わず見惚れてしまった。
目の前で光るペンダントを見ていると、不思議と頭の中に詩乃ちゃんの顔が浮かんでくる。あの太陽みたいな笑顔で、私の名前を呼んでくれた時の顔——
「わっ! すごいすごいっ! ちゃんと届いたよ! 詩乃ちゃんだって、すぐ分かる!」
「ほんとっ!? 音、鳴ってた?」
「うん! キラキラ音がしたよ!」
「え〜、私の方には聞こえないのに〜!」
詩乃ちゃんはちょっとだけ膨れっ面。でもその顔も何だか可愛くて、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、私あっち行くから、話してみよっ!」
そう言って詩乃ちゃんはソファから立ち上がると、お風呂場の方へ駆け足で行ってしまった。元気な足音と一緒に、ドアが閉まる音がパタンと響く。
私は首から菊理を外して、そっと手の平の上に乗せた。魔法石を、トン、トンと二回タップする。
でも、何も起きない。
(……あ、こっちから話しかけないとダメなのか)
少し照れながら、小さな声で呟いてみる。
「えっと……詩乃ちゃん、聞こえる?」
自分の声がちょっとだけ部屋に響いて、何だか独り言をしてるみたいで、くすぐったい。
でも、すぐに——
[わっ! 聞こえたっ! 莉愛ちゃーんっ!]
詩乃ちゃんの声が菊理とお風呂場の方から同時に聞こえてきた。その元気いっぱいの声に思わず口元が緩む。
「ふふっ」
二つの方向から同時に詩乃ちゃんの声が聞こえるのが何だか可笑しくて、可愛い。
[えっ、なぁに〜?]
「ううん、何でもないよっ。じゃあ次は、私からかけてみるね」
[はーいっ! お願ぁいっ!]
すると、さっきまで虹色に輝いていた魔法石がふっと光を落として、元の静かな色合いに戻った。
「すごぉいっ!」と詩乃ちゃんの声が、まだお風呂場から聞こえていて、思わず笑ってしまう。
(ほんと、詩乃ちゃんって、こういうのすぐに夢中になっちゃうタイプだ)
顔を思い浮かべたら、また自然と笑みが溢れた。
さて、次は私の番。詩乃ちゃん、ちゃんとびっくりしてくれるかな——何て、ちょっとワクワクしながら、私はもう一度菊理の魔法石を二回タップした。
薄らと光る魔法石を確認して、まずは目を閉じて詩乃ちゃんのことを思い出す。明るくて元気で、いつもニコニコしてて、一緒にいると楽しくなっちゃう。私の大切な、大好きな友達。
(……よし、大丈夫かな。それじゃあ……)
ちょっとだけドキドキしながら、小さな声で呼んでみた。
「……詩乃ちゃん」
相手を思いながらその人の名前を口にするのって、こんなに照れ臭いんだな。何か変にそわそわする。
少し待つと、菊理の魔法石がふわっと強く光り出した。
ちゃんと繋がったんだって分かって、胸が温かくなった。
[……莉愛ちゃん……? 聞こえる?]
少し、恐る恐るな感じの声が返ってきた。さっきまでの元気いっぱいの声じゃない。
「聞こえるよっ。詩乃ちゃん、どうしたの?」
私が返すと、ちょっと間があってから、詩乃ちゃんの声がまた聞こえた。
[ううん……なんかね……。凄いね、これ。届いた人にしか音が聞こえないんだ……。誰かが、こんな凄い物を作ってくれたんだなぁって……]
その声はちょっと感動してるみたいで、詩乃ちゃんの心が震えているのが伝わってきた。
[……なんかね、うまく言えないんだけど……]
詩乃ちゃんの声が、菊理からそっと響いてくる。
[こうやって名前を呼んだだけで、繋がれるって凄いし……それに、ちゃんと私のこと思い浮かべてくれたんだって思うと、嬉しくて……変かな?]
「変じゃないよ。私もさっき、嬉しかったもん」
返事をしながら、私は菊理を握りしめる。相手がここに居なくても、一緒に居るような…繋がっているような…
[……ねぇ莉愛ちゃん、こういうの作った人って、どんな気持ちだったんだろうね。こういう“あったら嬉しい”物を作るって、ちょっといいなぁって思っちゃった]
「詩乃ちゃん……」
[えへへ、私でも何か作れたりするのかなぁ? まだ全然分かんないけど……ちょっとだけ、そういうの……やってみたいなって、思ったの]
その言葉に、誰かの夢が生まれた瞬間に立ち会えたことに、胸がじんわり温かくなった。
「うん…。詩乃ちゃんなら、きっとできるよ」
そう返すと、菊理の向こうで詩乃ちゃんが「ふふっ」と笑った。
[じゃあ、頑張ってみようかなっ!]
ちょっとだけ沈黙が流れる。
でもそれは気まずいとかじゃなくて、気持ちがふわっと通じ合った後の温かい静けさだった。
詩乃ちゃんが少し照れたような声で言った。
[……莉愛ちゃんと同じ部屋になれてよかった]
「私もだよ」
自然と笑みが溢れる。
[じゃあ、そろそろ戻るねーっ!]
「はぁいっ」
明るい声に戻った詩乃ちゃんの声が菊理から響いて、私は笑って答えた。
通信を切るにはどうしたらいいんだろう。私はさっきと同じように、もう一度魔法石をトントンとタップしてみた。
すると、菊理の魔法石がゆっくりと光を落として、元の姿に戻っていった。
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