08
新入生の銀のペンダント《菊理》。
弥生寮のデザインのアクセサリーをX(旧Twitter)にアップしましたので、是非見に来てください。
私と詩乃ちゃんが、同じ寮に入れた喜びを分かち合っていると——
「それじゃあ、寮の大広間に案内するね! 先に来てる子たちも、もう待ってるから」
弥生寮の先輩が、にこやかに声をかけてくれた。軽やかに身を翻して、私たちを案内する。柔らかく揺れる羽織の裾が、春風のように私たちを誘っているようだった。
その背中を目で追うと、少し後方から「ようこそ、弥生寮へ!」という賑やかな歓声が響いてくる。振り返ると、また新たな新入生たちが鏡の中から現れていた。
そうだ、これから続々と新しい仲間がやってくる。いつまでもここで立ち止まってはいられない。
詩乃ちゃんも同じことを思ったのか、私と目が合うと小さく頷いた。そして弾むような足取りで先輩の後に続いていく。
私もその姿を追いかけるようにして、歩き出した。
「わぁ……」
案内されたのは、弥生寮の二階にある大広間だった。扉を開けた瞬間、思わず声が漏れる。
二階を丸ごと使っているのかと思うくらい、そこは驚くほど広々とした空間だった。高く伸びた天井には、ロビーにあったものと同じ梅の花を模した魔械灯がふわりと浮かび、春の光のように柔らかく部屋全体を優しく照らしている。
建物の造りは、和と洋が見事に調和していた。天井の梁や柱には和の趣が感じられる繊細な装飾が施されているのに、部屋の中央には洋風の大きなロングテーブルが複数据えられていて、テーブルに沿ってロングベンチが並べられていた。
一面がガラス張りになっている壁からは、陽の光が惜しみなく降り注ぎ、空間に清々しい明るさを添えていた。
どこを見ても洗練されていて、だけどどこか温かい。そんな心が落ち着くような大広間だった。
「すごーいっ! ここ、寮の大広間なんだ……!」
詩乃ちゃんが目を輝かせて、私の手を握る。その手の温かさに、胸膨らんだ。
「何か……お屋敷? お城? みたい」
「ねっ、和洋折衷でおしゃれだねっ!」
大広間には、すでに半分ほどの新入生が席に着いていて、それぞれ自由に過ごしていた。談笑している子もいれば、ジッと周囲を見渡している子もいる。その空間には不安と期待がほどよく混ざり合った、少し浮ついたような空気が流れていた。
私たちは空いている席を見つけて、並んでロングベンチに腰を下ろし、カナタがいないか周りを見回した。
どれだけ目を凝らしても、どこにも黒い鋼鉄マスクの姿はなかった。
(やっぱり、違う寮だったかぁ……)
ほんの少し、胸の奥がキュッと締めつけられる。
「見て見て、莉愛ちゃんっ! 莉愛ちゃんのお兄さんみたいに、ペンダントに色が付いたよっ!」
詩乃ちゃんが嬉しそうに、自分のペンダントを私の方に差し出す。
オーロラのような魔法石のまわりには、紅梅色の六枚の花弁。その周囲を囲むように乳白色と青藤色が繊細に散りばめられ、まるで小さなステンドグラスのように光を受けて輝いていた。
私も、自分の胸元のペンダントをそっと手に取り、ジッと見つめる。
「わぁ……」
自然と言葉が漏れる。
詩乃ちゃんが言うように、それはきっと、あの鏡の中で出会った色たち。紅梅の花、白猫の毛並み、あと——あの子の瞳の色。
「さっきの鏡の空間にあった色だよね。梅の花と白猫ちゃんと、あとは……猫ちゃんの目が、こんな色だったっけ?」
「うん、こんな感じの綺麗な目だったと思う」
「そうだよねぇ、これどうやって使うんだろう?」
そのペンダントは写真を入れるロケットのような形で、詩乃ちゃんがパカっと開けて、徐にそれを目線より高く持ち上げた。
「わっ! 見て莉愛ちゃんっ! こうやって光にかざすともっと綺麗だよっ!」
詩乃ちゃんが蓋のステンドグラス部分を、外からの光で透かして見ている。
私も同じように蓋をそっと開いて、窓から差し込む光にかざしてみる。
「本当だぁ……。綺麗……」
私の目に映る光は柔らかく、優しい色の光が心の奥の緊張までも包み込んでくれる気がした。
私たちは、ペンダント越しにキラキラ揺れる光を見ながら「部屋ってどんな感じかな?」「先輩って優しいのかな?」と色んな話をした。
ちょっとドキドキもするけど、それより楽しみの方が大きくて、まだ見ぬ毎日が、キラキラして見える気がした。
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続々と新入生が案内されてきて、部屋の中はどんどん賑やかになっていった。
すると大広間の扉が静かに開いて、そこから同じ羽織を着て同じペンダントを胸元に下げた、落ち着いた雰囲気の新入生じゃない生徒たちがぞろぞろと入ってきた。
その中の何人かは見覚えのある顔もいて、さっき出迎えてくれた先輩たちだとすぐに分かった。
先輩たちはそのまま、部屋の奥の少し小上がりになったステージみたいな場所に整然と並んで立った。
その姿を見た瞬間、空気がふっと引き締まった気がして私も思わず背筋を伸ばした。
すると、中央付近に立っていた男女二人の先輩が一歩前に出て来た。一人が義足をコツンと鳴らして話し出した。
「皆さん、ようこそ弥生寮へ」
最初に喋ったのは、落ち着いた雰囲気の黒の短髪に眼鏡をかけた男子生徒だった。
男子生徒は切れ長の目に薄い笑みを浮かべていて、どこか風通しのいい空気を纏っている。整った肩幅と姿勢のよさが落ち着いた物腰と相まって、穏やかで理知的な印象を与える。眼鏡の奥の瞳は涼やかで、誰かを見下すでも見逃すでもなく真っ直ぐに世界を見ているようだった。
その隣に立つ女子生徒は、栗色の髪をすっきりと後ろで束ねた女子生徒だった。
整った顔立ちに静かな微笑みを湛え、物言わぬうちから凛とした品格が伝わってくる。栗色の髪は光を受けて柔らかく輝き、しなやかな所作には芯の強さと優しさが共存しているように見えた。
「私はここ、弥生寮の寮長、翔です」
「私は、弥生寮の副寮長をしています。京香と申します。今日は移動や儀式で、きっと疲れたことでしょう。全員が揃って顔合わせをするのは夜になりますが、今集まった皆さんに、先にこの寮のことをお話ししますね」
私たちは自然と背筋を伸ばし、言葉のひとつひとつを逃さぬように、ジッと耳を傾けた。
大広間に広がる空気が、少しずつ静けさに包まれていく。翔寮長はゆっくりと口を開き、落ち着いた声で語り始めた。
「弥生寮は、自由で対話を大切にする寮です。ひとりひとりの好奇心や表現が、自然と周囲と調和して広がっていける場所を目指しています」
翔寮長は、今いる新入生に優しく微笑んだ。
次に、京香副寮長が口を開く。
「羽織やペンダントの色には、皆さんがここに来る時に見たものが反映されています。紅梅色はこの寮を象徴する花の色、乳白色は迎えに来た白猫の毛並み。そして、青藤色はその猫の瞳の色……皆さんをこの寮に導いた色です」
京香副寮長は自分のペンダントを撫でて、羽織の袖口を掴みながら説明してくれる。私は胸元で静かに光るペンダントをそっと見つめる。
翔寮長と京香副寮長はその後も、談話室、食堂、大浴場の使い方、生活の時間割などを教えてくれた後、翔先輩が部屋の説明を始めた。
「さて、それでは次に皆さんのお部屋についてお知らせします。弥生寮では、二人から六人のグループに分かれて部屋を使ってもらいます。選んだ訳ではなく、皆さんの相性や魔力の響き方などを基に、こちらで調整させてもらっています」
部屋割りも、魔力や相性で決まるんだ。
じゃあ、詩乃ちゃんと同じ寮になれたのって、偶然なんかじゃなくて最初から決まってたことなのかもしれない。
だからかな。隣にいると胸の奥がふわっと温かくなる。何だか落ち着いて、安心して、気付けば笑ってる。
詩乃ちゃんは、初等部で初めて仲良くなった友達。まるで、最初からずっと隣にいるのが当たり前だったみたいに、いつの間にか仲良くなっていた。
私は隣にいる詩乃ちゃんを見つめてると、私の視線に気付いた詩乃ちゃんが微笑み返してくれた。
「お名前を呼ばれた方は、そのまま案内の人に着いて行ってください。お部屋の鍵と、必要な書類をお渡しします」
京香副寮長の説明が終わると、鍵と書類を持った先輩方が、次々と部屋割りの子たちの名前を言っていく。
「部屋も一緒だといいねっ!」
自分たちの名前が呼ばれるのを待つ間、詩乃ちゃんと顔を見合わせてまた囁き合う。
次々と呼ばれる新入生の名前に、私は耳を澄ませながら順番を待っていた。
胸の奥がじわりじわりと緊張で温まっていく。呼ばれるのはまだ先なのに、自分の名前が呼ばれるような気がして、つい背筋を伸ばしてしまう。
そして——
「では次は、莉愛さんと詩乃さん。ご案内します」
名前を呼ばれた瞬間、私たちは少し驚いて目を見開いた。隣を見ると詩乃ちゃんも一瞬ポカンとした顔をして、次の瞬間にはパァッと笑顔になる。
嬉しさが堪えきれなかったみたいで、両手を胸の前でギュッと握り私の方を向いてニコッと笑う。
その仕草に釣られて、私も自然と笑顔になった。
「やったっ! やっぱり一緒だー!」
一緒に席を立ち、手を繋いで案内の先輩の元へと歩き出した。自然と繋いだ手が温かくて、心までポカポカしてくる。
足取りまで軽くなるような、不思議な安心感が胸に広がっていた。
「あれ、さっきのお友達同士の子じゃん!」
顔を上げると、先輩は私たちが同じ寮になれたことを一緒に喜んでくれた、あの明るい先輩だった。
「部屋まで一緒なんて、凄いねっ! 楽しくなるよ~。私、楓って言います。よろしくね。女子寮の責任者してますっ」
楓先輩は太陽みたいに明るくて、話すだけで心がパッと晴れるような、高い位置で結んでるポニーテールがよく似合う人だった。
「それじゃあ、案内するね〜。荷物も、もう部屋にあるから安心してね」
そう言って、楓先輩は軽やかにくるりと振り返った。ふわりと舞うポニーテールが、柔らかな光を受けてキラリと揺れる。
その背中を追いかけるように、私たちは足を揃えて歩き出した。どんな部屋なんだろう。どんな日々が、ここで始まるんだろう。
胸の中で、期待とワクワクがまたひとつ、大きく膨らんでいった。
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