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講堂の光——入学

「ようこそ、天空律環学園へ」


 その言葉が、

 胸の奥にすっと染み込んでくる。


 正門から続く桜並木では、

 春の風に乗って花びらが

 ひらひらと舞っていた。


 胸が、ゆっくりと高鳴っていく。


「入学おめでとうございます。ここからは、我々生徒会が皆さんを講堂までご案内します」


 はっきりとした声が、

 澄んだ空気の中に響いた。


 普段、家で見る利玖とはまるで違う。


 生徒会モードの利玖は、

 まるで別人みたいだった。


 ――少しだけ、遠い。


「莉愛ちゃんのお兄さん、かっこいいねっ」


 隣から、詩乃ちゃんが小声で囁いた。


「うんっ。えへへ……」


 思わず笑ってしまう。

 胸の奥が、ほんのり温かくなった。


「では、私を先頭に、列を作ってください」


 新入生たちは

 戸惑ったように立ち尽くしていた。


 誰も、最初の一歩を踏み出せない。


 私は詩乃ちゃんと顔を見合わせる。


 そして、二人で駆け足に利玖の方へ向かった。


 その動きにつられるように、

 後ろから新入生たちが次々と列を作っていく。


「莉愛、助かったよ。ありがとう」


 利玖が、ふっと柔らかく笑いながら私を見る。


 思いがけず褒められて、

 胸の奥がくすぐったくなった。


「えっと、詩乃ちゃん……かな?」


「あっ、はいっ! そうです!」


 詩乃ちゃんが、

 ぴんと背筋を伸ばして返事をする。


「よかった。いつも莉愛と仲良くしてくれてありがとうね」


「い、いえっ! こちらこそっ! ですっ!」


 詩乃ちゃんは詰まりそうになりながらも、

 一生懸命に言葉を繋いだ。


 私は思わず口元を押さえて笑ってしまう。


「わ、笑わないでよぉ……」


「ふふっ、ごめん」


 私たちは顔を見合わせて、

 小さく笑い合った。


 そのときだった。


 正門の奥から、

 ひときわ目を引く人影が、

 ゆっくりと歩いてきた。


 一目でわかる。


(綺麗な人……)


 ゆるやかに波打つ長い髪。


 まっすぐ伸びた背筋。


 左の義足すらどこか特別に見せてしまう、

 不思議な気品。


 ブーツが石畳を打つたび、

 その人だけ空気の流れが違って見えた。


「あら、次は利玖なのね」


 その人は、ふわりと笑う。


「ということは……こちらが、妹さんかしら?」


 その人は私に目を向けて、微笑んだ。


 その目はどこまでも澄んでいて、

 まるで私の奥まで見透かすような

 輝きを宿していた。


「わぁ……」


 隣から小さな呟きが聞こえる。


 詩乃ちゃんを見ると、

 私と同じように見惚れていた。


 それどころか、

 周りの新入生たちまで、

 みんな目を奪われている。


「あぁ瑛梨香(えりか)、お疲れ。こっちが俺の妹の莉愛で、お友達の詩乃ちゃん」


「初めまして、生徒会役員“副会長”の瑛梨香(えりか)です」


 静かに微笑む瑛梨香(えりか)先輩。


 信じられないくらい綺麗だった。


「まったく、利玖が妹さんを案内したいからって、私たちを顎で使うとはね」


 瑛梨香(えりか)先輩は

 小さく笑いながら腕を組む。


「いやいや、そんなことしてませんよ〜」


 利玖が苦笑いしながら言い訳をする。


「あら、そうだったかしら?」


「あなたの番、二回くらい飛ばしていたと思うけれど?」


「さぁて、並べたっぽいから、行こうかなぁ」


 利玖は、わざとらしく列の方へ視線を向けた。


 そのやり取りが面白くて、

 私と詩乃ちゃんは

 思わずくすっと笑ってしまう。


「莉愛さん、詩乃さん」


「っ、はいっ!」


 私たちは反射みたいに背筋を伸ばした。


「これから学園都市で過ごす仲間同士、よろしくお願いします」


 瑛梨香(えりか)先輩は、柔らかく微笑む。


「よかったら、生徒会のことも気に入ってくれたら嬉しいです」


「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」


 詩乃ちゃんが元気よく答える。


 私はふと、小さく口を開いた。


「……でも、生徒会って、やっぱりすごい人たちしか入れないじゃないですか。私なんかが……」


 瑛梨香(えりか)先輩は、

 一瞬だけ目を丸くした。


 だけどすぐに、くすっと笑う。


「大丈夫よ。ちゃんとする時に、ちゃんとしていれば。それに――」


 瑛梨香(えりか)先輩は、

 ひょいと利玖を指差した。


「普段はこんな感じですし」


「……えっ、俺?」


 利玖が間の抜けた声を上げる。


「身内贔屓をする人と、それを寛大に容赦する人たちの集まりです。だから、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


「ちょっと、それは聞き捨てならないぞ。そのために尽力したはずだけど」


「そういうことにしておきましょうか」


 利玖の抗議をさらりと流して、

 瑛梨香(えりか)先輩はもう一度、

 私たちに優しく微笑んでくれた。


 利玖がひとつ咳払いをする。


 そして私たちの方へ向き直ると、

 義手を素早く握った。


 ――澄んだ音が、二度響く。


「では、出発します。前の人に続いて進んでください」


 次の瞬間、

 列の後ろの方からざわめきが起こる。


「えっ?」

「今の、どうして……」

「めっちゃ近くで聞こえたんだけど!?」


「「……?」」


 私と詩乃ちゃんは揃って後ろを振り返った。


「俺の声が聞こえて驚いてるんだよ」


「そうなのっ!?」


「そっ。聴覚魔法のひとつ」


 私は思わず息を呑んだ。


 あんなに自然に、さりげなく、

 それでいて正確に魔法を使うなんて。


 改めて、胸がときめく。


 利玖は振り返ると、

 桜並木の道を先へ進み始めた。


 淡い花びらがふわりと舞い上がり、

 学園都市の空気を優しく染めていた。


「ねぇねぇ、利玖。あれって何の建物なの?」


 右手に見えた大きな建物を指差す。


「あれは“時計塔”。中には生徒会室とか、生徒会長室があるんだ」


「生徒会しか中に入れないの?」


「まぁ、そんな感じ」


「へぇ……!」


 その後も、利玖は色々教えてくれた。


 図書棟。


 訓練場。


 遠くに見える寮棟。


 どの建物も、

 綺麗なのにどこか力強い。


「あれは?」


「あの塔は、連環(れんかん)の塔。ここからそれぞれの教室へ行けるんだ」


「えっ、ここからどうやって行くんですか?」


 詩乃ちゃんが、目をまん丸にして尋ねる。


「それは行ってからのお楽しみ」


 利玖は顔だけ振り返って、

 いたずらっぽく笑った。


「え〜」


 不満そうな声を上げながら歩いていると、

 やがて視界の先に大きな建物が現れた。


「あそこが講堂?」


「うん。入学式はここでやる。学園の大きな式典も、大抵あそこで開かれるよ」


 利玖の後に続いて、

 講堂の大きな扉をくぐる。


 その瞬間、

 空気がふっと変わった。


 外の陽射しの眩しさが嘘みたいに、

 中は少しひんやりとしている。


 床を踏む足音さえ、

 どこか遠くへ吸い込まれていくようだった。


 そして顔を上げた瞬間――


「……すごい」


 小さく、息が漏れた。


 中央には円形のステージ。


 それを囲むように並ぶ座席。


 左右対称に広がる美しい造り。


 天井には立派なシャンデリア。


 壁には、

 青や緑、金や紅を重ねたステンドグラス。


 柔らかな魔械灯(マギアとう)の光が、

 講堂全体を静かに包み込んでいた。


 ここで、入学式をするんだ。


 そう思っただけで、

 胸の奥がふわりと熱くなる。


 私たちが入ってきたことに気づいた途端、

 あちこちから視線が集まった。


 興味深そうにこちらを見る子。


 目が合った瞬間、

 慌てて視線を逸らす子。


「うわぁ……見られてるね……!」


 詩乃ちゃんが耳元で囁いた。


 その声は、どこか楽しそうだった。


 私は小さく頷いて、

 背筋を伸ばす。


 少し怖い。


 でも、それ以上に誇らしかった。


 私は詩乃ちゃんと並んで席に腰を下ろした。


 ふかふかのクッションが心地いい。


 目の前のステージに意識を奪われる。


 まだ何も始まっていないのに、

 ここから何かが始まる気がした。


 その後も、

 生徒会の人たちが

 次々と新入生を案内してきた。


 蘇芳街。

 東雲町。

 山吹街。

 常盤町。

 浅葱街。

 瑠璃町。

 紫苑町。

 そして、中央都市。


 この空中大陸のあちこちから、

 今ここに同級生たちが集まってきている。


 講堂の席はもうほとんど埋まっていた。


(……これが、私の同級生)


 想像していたより、ずっと多い。


「……カナタはどこにいるのかな?」


 ぽつりと呟くと、

 詩乃ちゃんもきょろきょろと辺りを見渡した。


「そうだねぇ……」


 この広い講堂の中から

 カナタを見つけるのは難しい。


 そのときだった。


 私たちが入ってきた扉とは反対側の扉が開く。


 三角帽子に

 大きなつばのついた帽子を被った大人たちが、

 静かに講堂へ入ってきた。


 私たちとは違う、亜麻色の羽織。


(先生……かな?)


 ざわ……と、

 講堂の空気が一瞬だけ揺れる。


 さっきまで小さく話していた人たちも、

 少しずつ口を閉じていった。


 自然と背筋が伸びる。


 そして中央へ進み出たのは、

 深い色の羽織をまとった女性だった。


 長い髪をきちんとまとめ、

 その場に立っているだけで

 空気が静まるような人。


 穏やかな微笑みを浮かべているのに、

 どこか近寄りがたいほどの気品があった。


 その人が義足を二回鳴らす。


 それだけで、

 講堂全体の空気がぴんと張り詰めた。


「天空律環学園へ、ようこそ」


 低く澄んだ声が、

 まるで耳元で囁かれているように響く。


(さっき利玖が使っていた魔法と同じだ)


「私はこの学園の校長を務めております、神奈(かんな)と申します」


 校長先生は、ゆっくりと両手を広げた。


 学園の説明をするその声は静かなのに、

 一言一言が不思議なくらい胸に残る。


「この学園では、皆さんは十二の“寮”に分かれて生活することになります」


 その言葉に、

 講堂の空気が少しだけ変わった気がした。


「似た魔力、似た心を持つ者たちが自然と集い、互いに影響し合いながら成長していく――」


「それが、この学園の寮です」


 ただ住む場所じゃない。


 これから先の毎日を過ごす“居場所”が、

 ここで決まる。


 詩乃ちゃんは

 目を輝かせながら前を見つめていた。


「そしてこの後行われる『寮決めの儀式』によって、皆さんが最も響き合う寮が選ばれます」


 その言葉に、胸の奥がどくんと鳴る。


 寮決めの儀式。


 それが、私たちの居場所を決める。


 ステンドグラスから差し込んだ光が、

 ふわりと校長先生の肩を照らした。


「どうか自分自身を信じて、儀式へ臨んでください」


 静かな声だった。

 その言葉には不思議な力があった。


「それでは皆さんを導く、十二の寮の教師たちを紹介しましょう」


 その言葉に合わせて、

 後ろに並んでいた教師たちが

 一歩前へ進み出た。


 講堂の空気が、さらに引き締まる。


 十二の寮。


 十二の教師。


 そして――


 これから決まる、私たちの居場所。


 期待と、不安と、

 名前のつけられない高鳴りを胸に。


 私は、そっと指先を握りしめた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


入学式、そして“寮決め”が見えてきました。


これからの居場所が決まる大切な場面。

どんな選択がされるのか、ぜひ見守っていただけると嬉しいです。


引き続きよろしくお願いします。

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