はじまりの門
「莉愛ちゃーんっ!」
聞き慣れた声に、ぱっと振り向く。
「詩乃ちゃんっ!」
そこには、私と同じ制服を着た詩乃ちゃんがいた。
そして——
その隣には、拓斗の姿もあった。
(本当に意外な組み合わせ……)
「……と、拓斗も一緒にいるんだ?」
「悪りぃかよ」
少し鋭い目つきで返される。
「そういう目、しなければ良いよ」
「うっ……」
図星を突かれたように、
拓斗が少しだけ顔をしかめた。
その様子を見て、詩乃ちゃんがくすっと笑う。
そのとき、発着場に低く唸るような音が響いた。
姿を現したのは、
古い蒸気機関車を思わせる
魔械軌車だった。
私たちはその軌車に乗り込む。
私は詩乃ちゃんと並んで座り、
拓斗は向かいの席へ腰を下ろした。
座るなり、拓斗は無言で窓際に頬杖をつく。
右の義手の金属が、かすかに重なる音を立てた。
「まもなく、発車いたします。扉にご注意ください——」
車掌の落ち着いた声が車内に響く。
その声と同時に扉が閉まり、
足元から小さな振動が伝わってきた。
軌車がゆっくりと動き出す。
ホームの景色が少しずつ後ろへ流れていった。
私は詩乃ちゃんと、
中等部での楽しみについて話していた。
やってみたいこと。
頑張りたいこと。
新しい生活への期待。
そんな話をしていると、
詩乃ちゃんがふと首を傾げる。
「今日もカナタくんは、リョク様たちと来るのかなぁ?」
その瞬間、胸がどきっとした。
思わず、私は拓斗の方を横目で見る。
拓斗は窓の外を眺めていた。
(……聞こえなかった?)
そう思った次の瞬間。
「……ん?」
拓斗の視線が、こちらへ向いた。
やっぱり、聞こえていたらしい。
「えっと……そうみたいだよ。車で直接行くって」
「へぇ〜、いいなぁ!」
詩乃ちゃんは気にする様子もなく、
無邪気にそう言った。
私はまた、拓斗の方を見る。
でも、拓斗はすぐに視線を窓の外へ戻してしまった。
卒業式の日のことが、ふいに頭をよぎる。
あの日、校門のところで、
拓斗とカナタは少しだけ話していた。
たぶん、カナタの“用事”だったんだと思う。
何を話していたのか、
ずっと少しだけ気になっていた。
「……拓斗」
「ん?」
呼ぶと、拓斗は意外なほど素直にこちらを向いた。
私は少しだけ迷ってから、思い切って口を開く。
「あの……卒業式の後、カナタと何を話してたの?」
拓斗はすぐには答えなかった。
一瞬だけ、視線が宙を泳ぐ。
「あー……『中等部でもよろしく』って」
「……えっ、それだけ?」
「んー……まあ、そんな感じ」
それ以上は、こちらを見ようとしなかった。
でも——本当に、それだけだったんだろうか。
あのときの拓斗の表情を、私は覚えている。
たった一言で、あんなふうに揺れるだろうか。
「……そっかぁ」
結局、それ以上は聞けなかった。
私は気持ちを切り替えるように、
詩乃ちゃんの方へ顔を向ける。
「ねぇねぇ、詩乃ちゃんは中等部でどんな部活入りたい?」
「うーん、まだ迷っててね〜!」
詩乃ちゃんは頬に指を当てて、楽しそうに笑った。
そうしているうちに、
軌車は中央都市へと辿り着いた。
◇ ◇ ◇
中央都市の駅は、
常盤町とは比べものにならないくらい人が多かった。
構内には熱気が満ちていて、
入学式へ向かう新入生たちでごった返している。
「……学園への案内看板だらけだ」
私が呟くと、拓斗が小さく反応した。
「入学式だからな」
「なるほど……」
「こっちこっち、ホーム三番線!」
詩乃ちゃんが私の手を引き、
拓斗がその後ろをついてくる。
次に乗るのは、“環の花軌車”。
「わぁっ、可愛い〜!」
ホームには色とりどりの軌車が並んでいて、
まるで街の周りに花が咲いているみたいだった。
私たちが乗るのは、深藍色に彩られた軌車。
発車の合図とともに、
車窓から差し込む光が、
羽織の胸元で揺れる翡翠を静かに照らしていた。
「……いよいよだね」
詩乃ちゃんがぽつりと呟く。
私は小さく頷いた。
拓斗は何も言わなかったけど、
握りしめられた両手が少しだけ強張って見えた。
車内の魔力掲示板に文字が浮かび上がる。
「まもなく、天空律環学園前駅に到着いたします」
その機械音声に、胸の奥がふっと高鳴った。
◇ ◇ ◇
ホームへ降り立つと、空気が変わる。
高く澄んだ空。
整然と並ぶ魔械街灯。
そして、遠くに見える天律学園の塔。
——まるで、別世界の入り口みたいだった。
「莉愛ちゃん、知ってる?」
歩きながら、詩乃ちゃんが楽しそうに声を弾ませる。
「ん?」
「天律学園って、ただの学園じゃないんだよっ」
「ただの学園じゃない?」
「校舎とか寮だけじゃなくて、商店街とか繁華街とか、働いてる人たちのお家まであるんだって!」
「へぇ……」
「だから“学園都市”って呼ばれてるの!」
(学園都市……!)
その響きだけで、胸がまた少し高鳴る。
すると、後ろから拓斗がぼそっと言った。
「都市の中に都市って、どういうことだ」
「あっ……」
詩乃ちゃんが一瞬だけ目を丸くして、
それからぱっと笑った。
「でもさ! 空中大陸の十三歳から十八歳までがみんな集まってるんでしょ?」
「……ああ」
「だったらもう、街っていうより学園みたいなものじゃないっ?」
「……なるほど」
「だから“学園都市”なんだよ、きっとっ!」
詩乃ちゃんは満足そうに胸を張る。
拓斗は少しだけ首を傾げていたけど、
それ以上は何も言わなかった。
私は、そんな二人のやり取りを見ながら小さく笑う。
(学園都市か……)
本当に、別の世界へ来てしまったみたいだった。
私たちは案内に従って、
学園行きのバスへ乗り込んだ。
やがてバスが学園都市の門をくぐると、
窓の外の景色が一気に変わる。
中央広場。七色の旗。笑顔で手を振る人たち。
歓声の上がる車内。
こんなふうに迎えられるなんて、
思ってもみなかった。
繁華街を抜けた先で、視界が一気に開ける。
その先にあったのは——
駅からも見えていた、学園の塔だった。
「うわぁ……!」
詩乃ちゃんが、小さく息を呑む。
私も、何も言えずにその景色を見つめていた。
胸元の翡翠に、そっと指を触れる。
鼓動が、少しずつ速くなっていく。
バスがゆるやかに減速し、
やがて正門前の停留所へと静かに停まった。
私たちは他の新入生たちと一緒にバスを降りる。
石畳の通路を進んだ先に、
ひときわ大きなアーチ型の門が現れた。
その前には、
制服をきっちり着こなした上級生たちが
整列していた。
優しく、でも誇らしげな表情で、
私たちを迎えている。
そして、その中に——
利玖の姿があった。
家にいたときとは少し違う。
背筋を伸ばし、制服をきっちり着こなして、
まっすぐにこちらを見ている。
ほんの少しだけ照れくさそうなのに、
それでも誰よりも堂々としていた。
利玖が、一歩前へ出る。
「ようこそ、天空律環学園へ」
その声が、胸の奥深くまでまっすぐ届く。
ああ、本当に来たんだ。
私たちの新しい日々が、
いま、ここから始まろうとしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに学園編が始まりました。
新しい環境、新しい出会い、
そしてこれからの日々。
どんな物語になっていくのか、
一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。




