表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/133

21

「……なるほどな、それだと義肢を鳴らさなくてよくなるのか」


 剛先生の目が見開かれた。

 

 先生の中で何かの歯車が動いたのが、素人の私でも分かる。


 カナタは落ち着いた声で、すぐに返す。


『そうですね。一秒を取るか、動作を取るか、です』


 短い言葉なのに、その中にどこか挑むような響きがあった。


 剛先生は腕を組み、机の上に置かれた魔械板の光を眺めながら、ゆっくりと頷く。


「一秒を取るか、動作を取るか……か。上手いこと言いやがるな。まさにそれだよ」


 口元に僅かな笑みが浮かぶ。


 先生とカナタの間で、静かに火花のようなものが散っているように感じた。


 私は二人の会話を追いかけようとするけど、専門用語の多さに、すぐに頭が混乱してしまう。


 魔力の波長だとか、感知速度だとか、ロックの干渉域だとか——話はどんどん専門的になっていく。


 それでもカナタは迷いのない口調で、理屈を積み重ねていった。まるで、自分の中に明確な図面を持っているみたいに。


(……すごいなぁ、カナタ)


 喉の奥で小さく息を呑む。


 普段は無表情だけど、今は真剣な眼差しで剛先生と意見を交換している。


 カナタの思考が、そのまま光みたいに伝わっている気がした。


「その案、一旦貰ってもいいか? 次の会議で出してみるわ」


 剛先生の声に、私はハッと我に返る。


 どうやら話が一段落ついたらしい。


『どうぞ』


 カナタは淡々と頷きながら答えた。


 その声に、達成感というよりは、ただ冷静な納得の響きがあった。


 横顔を見ていると、ふっと胸の奥が疼く。


 私は何もできないけど、カナタはもう、ちゃんと“誰かに必要とされる”場所に立っている。


「……カナタ、すごいね」


 気付いたら、口から声が漏れていた。


 沈黙を破るような私の言葉に、カナタは小さく瞬きをしてこちらを見る。


『すごい?』


 少しだけ首を傾げて問い返す仕草が、いつも通り穏やかで、だからこそ胸が熱くなった。


 さっきまで難しい話をしていたのに、急に年相応の顔に戻るそのギャップに、心がくすぐったくなる。


「うんっ。何だろう……大人の会話というか、研究者みたいだった! 私、全然ついていけなかったもんっ」


 勢いのまま言ってしまって、思わず自分でも照れくさくなった。手を胸の前で組みながら、熱を隠すように小さく笑う。


 カナタはそんな私を見つめて、目元をほんの少しだけ和らげた。


 その優しい視線に、心臓がひとつ跳ねる。


「先生もカナタが中一だっつーこと忘れて議論してたわ」


 剛先生が、照れ隠しみたいに笑いながら言った。


 豪快でフランクだけど、生徒を褒める時だけ少し不器用になる人なんだと分かる。


 言葉の端々に、カナタの成長を嬉しがっている気配があった。


「いやー、でもカナタがこんなに話せるやつとはなっ! 普段とキャラ違いすぎだろ」


 冗談めかして笑う剛先生の声に、会議室の空気が少しだけ柔らかくなる。


 でも私は、その「普段と違う」という言葉に、ほんの少しひっかかった。


「普段と……違いますか?」


 無意識のうちに、そう聞き返していた。自分でも、少し食い気味だったと思う。


 剛先生は「ん?」と首を傾げて、記憶を手繰るように腕を組みながら宙を見上げる。


「普段つっても部活の時しか知らないけど、部活中はただ教えを聞いて黙々と鍛練してーって、そんな感じだろ? あーでも、利玖とだと少しは喋るか?」


 その言葉で、剛先生はカナタの部活の顧問だということが分かった。


 黙々と練習している姿——目に浮かぶようなその光景に、胸が少しだけ温かくなった。


 だけど同時に、胸の奥に小さな棘のような痛みが刺さる。


 私の知らないカナタが、そこにいる。


 “普段とは違う”と言われたことが、どうしてだか少しだけ寂しかった。


 それでも、知れてよかったと思う。


 自分の知らないところで、カナタが真っ直ぐ努力していることが嬉しくて——


 その気持ちと、チクリとした寂しさが、胸の中でそっと混ざり合っていった。


 目を伏せると、視界に映るのは、自分の膝の上で重ねられた両手だった。


 気付けば、その指先に力が込もっている。


 ——ギリッ


 義手の関節が、微かに軋む音を立てた。


 それはまるで、自分の胸の奥の音みたいに聞こえた。


 すると、その時。


 沈黙の隙間を縫うように、カナタが静かに言葉を紡いだ。


『……剛先生。部活の時は、必要なこと以外、喋らないだけです』


「ほう? じゃあ、いつ喋るんだ?」


『……状況によります』


 いつも通りの淡々とした返し。でもその声の調子が、ほんの少し低くなったように感じた。


(状況、によります……?)


 カナタのその言葉が、やけにゆっくりと耳に残った。


 機械混じりの声なのに、どこか柔らかくて、微かな熱を帯びていた。


 どうしてだろう。たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が不思議とざわつく。


 私は思わず小さく首を傾げ、頭の中でその言葉を反芻(はんすう)した。


 “状況による”。それはつまり——普段の私といる時や、今この状況が、特別だということ。


 そんなふうに考えた瞬間、心臓が跳ねた。頬の内側からじんわりと熱が広がっていき、慌てて視線を逸らす。


 すると、剛先生がふっと意味深な笑みを浮かべた。


「カナタみたいなタイプは、“正確さ”ばっかり追って、周りの意見を聞かないのに……その子の言葉は、ちゃんと拾うんだな」


「えっ」


 不意に自分の名前を出されたようで、思わず背筋がピンと伸びた。


 そんなつもりは全然なかったのに。横を見ると、カナタの視線がほんの僅かに私と重なる。


 その動作一つで、胸の奥がくすぐったく跳ねた。


『……別に、拾ってるつもりはありません』


 カナタはいつも通り淡々と返したけど、その声の端には、ほんの少しだけ気恥ずかしさが混じっていた。


 その微妙な違いを、先生も見逃さない。まるで“図星だな”と言いたげに、ニヤリと笑った。


「まぁいいや。カナタ、お前、高等部に上がったら生徒会に来ないか?」


『……僕が、ですか』


 唐突な提案に、さすがのカナタも小さく目を見開いた。


「そう。お前みたいなの、なかなかいないからな。頭の回転も早いし、何より、話の筋が通ってる」


 剛先生の声には冗談めいた響きがなくて、本気で言っているのが分かった。


 でもカナタは、ほんの僅かに眉を動かしただけで、すぐに視線を落とす。


 チョーカーから吐き出された息が、僅かに曇る。


『……遠慮しておきます。僕は、そういうのに向いてません』


 短い言葉だった。だけどその響きはきっぱりしていて、拒絶というよりもどこか“近付いてはいけない”という線を引くような強さがあった。


 私は、少しだけ驚いてしまった。


 カナタなら、どんな場でも淡々とこなせると思っていたのに——自分から距離を置くなんて。


「そうかぁ。まぁ、そう言うと思ったけどな」


 剛先生は腕を組んで、少し意味深な笑みを浮かべながら椅子の背にもたれかかった。


 そして次の瞬間、視線を私に向ける。


「じゃあ……君はどうだ?」


「……へっ?」


 思わず、変な声が出た。


 頭の中が真っ白になって、ただポカンと先生を見上げる。


「君の方こそ、生徒会に向いてる気がするぞ。空気を読むのが上手い。それに、素直に真っ直ぐ考える」


 真っ直ぐな瞳に見つめられて、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 褒められたのが嬉しい。でも、同時にどう返せばいいか分からなくて、焦るような気持ちもあった。


「えっと、でも……私なんかじゃ力不足ですよ。さっきの話とか、全然分かりませんでしたし……」


 苦笑いを浮かべながら答えると、先生はすぐに首を振る。


「そういうのは、そういうのが得意な奴がやりゃいいんだ。……例えば、カナタとかな」


 そう言って、剛先生はカナタをチラリと見る。


(でも、カナタはやらないって言ってたし……)


 そんなことを思っていたら、カナタが低い声で口を開いた。


『先生、こんなことで莉愛を巻き込むのはやめてください』


 その声は、いつもよりも冷たく、硬かった。


 怒っている——そう感じるほどの強い響き。


「巻き込むなんてとんでもない。二人の相性がいいから、二人一緒に来てくれないかって言う話だろ?」


『っ——!』


 カナタの肩が僅かに揺れた。


 チョーカー越しに、言葉を詰まらせたような息の音が聞こえる。


 すると剛先生は、ふっと笑いながら肩をすくめた。

どこか優しさの滲む笑い方だった。


「まっ、時間はまだあるからな。ゆっくりたっぷり、考えてくれ。カナタと……莉愛だっけか?」


「あっ、はい……」


 自分の名前が出ただけなのに、少し胸が高鳴った。慌てて返事をすると、先生は手元の書類と魔械板(マギアパッド)をまとめ、机の上を整える。


 その一つ一つの動作が、一区切りを示すように見えた。


「今回の件で決まったことは、大体話したつもりだが……まだ何か聞きたいことはあるか?」


 軽く息を抜くような調子で言いながら、剛先生は私たちに目をやった。その目だけは、ちゃんとこちらの反応を見逃さない。


 視線を受けて、私はカナタと目を合わせる。カナタの瞳は静かで、それでもどこか疲れが滲んでいた。


 二人で小さく首を横に振る。


 それを見た先生は、満足そうに頷き、椅子を押し引いて立ち上がった。


 背筋を伸ばした姿は、どこか頼もしく見える。


「それじゃ、貴重な昼休みにすまなかったな。今後は、自分だけで抱え込もうとせずに、先生たちに相談してくれ。……カナタ、もう少し俺たちを信じてくれないか? 利玖、結構頑張ってくれてんだぞ」


 その言葉に、私はハッとした。


 剛先生が言っているのは、あの魔械(マギア)創駆の破壊事件のこと。


 カナタは、先生たちの中だけで解決されると思って、真耶と司に独自で調査を頼んでいた。


 そのせいで生徒会が動くのが遅れ、利玖が奔走しているらしい。


 でも剛先生はそれを責めることなく、ちゃんと話をする時間をこうして作ってくれた。


 きっと、カナタのことを“信じたい”と思ってくれたから。


 少しの沈黙の後、カナタが小さく息を吐いた。


 その瞳の奥で何かが溶けるように、そしてチョーカーから声が落ち着いて響く。


『……分かりました』


 その言葉は短いけど、確かな意志を感じた。


 それを聞いた剛先生は、ゆっくりと頷き、口元に穏やかな笑みを浮かべる。


「よし。それでいい」


 そう言い残して、隣の職員室へと向かっていった。


 ドアが静かに閉まる音が響くと、部屋の中に小さな余韻だけが残る。


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ