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09

 私たちは真耶と司に、昨日の体育の時間から——そして、さっきカナタの鞄から私の菊理が出てきたところまでを一気に説明した。


 途中で何度か言葉に詰まる私に、司は「うんうん」と頷きながら優しい笑顔を向け、真耶は腕を組んだまま静かに聞き入っていた。


 話し終えると、真耶が小さく息を吐いて口を開く。


「それで、なぜかカナタの鞄のポケットから見つかったと……ふ〜ん……」


 色白の顔に、思考の影がかかる。


 真耶は腕を組んだまま、顎に指を当てて考え込むように目を伏せた。ショートヘアーの白髪の前髪が、顔に薄らとかかる。


 その横で司は、目を光らせながら教室を見回している。まるで、そこに答えが落ちているかのように。


「カナタの持ち物に無いって証明されているのに、カナタの持ち物から出てくるなんて、犯人は焦ってたのかな?」


 その言葉は軽やかに響くのに、どこか冷たさを帯びていた。背後でざわついていたクラスの空気が、ふっと止まった気がする。


 すると、カナタを疑う男子が声を荒げた。


「いや、それがこいつの思惑だろっ! 自分が犯人じゃ無いって思わせるための!」


 さっきまでの余裕な笑みは消え、顔を強張らせ、焦燥感に駆られているのが見て取れる。指先が微かに震えて、声の端が強くなる。その様子に、思わず周囲の視線が集まった。


 真耶はそんな男子の挙動に一切動揺せず、淡々と答える。


「そうだね、そう言う考えも否定しないよ。でも、今回に限っては——」


 そして、真耶と司の声が同時に響く。


「「絶対にあり得ないね」」


 男子は目を見開き、口を僅かに開けてたじろぐ。体が少し後ろに引かれ、頭の中で理屈を整理しようとしているのが伝わってくる。


「な、何でそんなこと分かるんだよ……」


 司はニコニコとした笑顔のまま、ゆったりと答えた。


「僕たち三人、養護施設で三歳からの仲なんだぁ。だからね、もうほぼ家族みたいなもんなの」


 言葉の一つ一つが、軽やかだけど確かな信頼を含んでいる。耳に届くその声に、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じ、つい小さく微笑んでしまった。


「だから分かんの。カナタはこんなくだらないことで、うちらを困らせないって。…………特に、莉愛にはね」


 真耶の口角がゆっくりと上がる。最後の言葉は、私とカナタにしか届かない微かな囁きのようで、胸の奥がキュッと締め付けられた。思わず息を止める。


 カナタは腕を組みながら肩をすくめるだけで、無言のまま『当然でしょ』と言っているかのように、静かに真耶の話を聞いていた。


 真耶は口元の笑みをそのままに、視線をスッと教室に横切らせる。


 黒曜石のような瞳が、どこまでも澄んで、どこまでも冷静で。まるで、今この場に“犯人”が潜んでいることを、真耶が確信しているかのようだった。


 見られた誰もが、思わず息を止めるような、そんな沈黙が落ちた。


「莉愛の菊理に連絡するってなった時、すごい焦っただろうね〜」


 そんな重い空気を変えるかのように、司が軽い調子で続ける。


「その時、誰か教室を出て行かなかった?」


 教室にいた全員が一瞬だけ顔を見合わせる。だけど、誰も心当たりはないようで、ほとんど同時に首を横に振った。


「ロッカーから教科書を取りに行く人とかで、結構出入りしてたから……」


 私がそう答えると、司は「あ〜そっかぁ」と小さく唸って、シュンと肩を落とした。


 その動作のお陰で、教室の雰囲気が少しだけ和らいだ気がした。


 でも、私は胸の奥に残るざらつきを抑えきれなかった。


 “焦っていた犯人”——その言葉が、私の心の中で何度も反響する。


 もし本当に、誰かが意図的にやったのだとしたら……どうして、そんなことを——


 真耶は腕を組み、ジッと私の目を見つめた。


 色素の薄い肌と髪と睫毛。その儚げな外見に場違いな真っ黒な目は真っ直ぐで、探るようでもあり、優しく背中を押すようでもある。


「莉愛。どんなことでもいい。関係なさそうでも構わない。何か、思い当たることはない?」


 中性的で落ち着いた声。その響きに、私は小さく息を呑んだ。


 教室のざわめきが遠くなる。頭の中を掻き回すように、必死で思い出そうとする。


「えっと……いつもはこんなことないのにな〜って思ってて。何かずっと……頭の隅がモヤモヤしてたんだ」


「モヤモヤ?」


 真耶が眉を寄せて聞き返す。その瞬間、真耶の隣で司がピンと何かを閃いたように声を上げた。


「あっ、じゃあそれのせいかも!」


 司が勢いよく私の鞄を指差した。


「莉愛、鞄のポケットに入ってるやつ、見せてぇ!」


「えっ……?」


 一瞬、心臓が跳ねた。


 鞄のポケット。そんなところ、何も入れていないはず——


 でも、司の真っ直ぐな瞳に押されるように、私は恐る恐る手を伸ばす。


 指先が何か固いものに触れた瞬間、背筋に電流が走った。


「っ!!」


 思わず息を呑む。手の中から取り出したそれは、小さな輝きを孕んだ石——握りしめれば隠れてしまうほどの、歪な形の小さな石。


「これは……?」


 玲央くんが身を乗り出して覗き込む。その顔に驚きと緊張が混ざる。


「……人工魔法石、だね。あ、見て。何か文字みたいなの、彫られてる」


 司は石を一瞥すると、その隣からおずおずと声が上がる。


「え、えっと、司くん……何で、それがポケットにあるって分かったの?」


 詩乃ちゃんだった。


 驚きと好奇心とが混ざったような声色で、でもどこか遠慮がちに尋ねる。


 ——そう。


 私はずっと鞄を手放していないし、誰にも中を見せていない。


 それでも、司はまるで当然のように言い当てた。


 すると、優ちゃんがポツリと呟いた。


「これが、“第六感魔法”ってやつね」


「そーみた〜い」


 司がのんびりとした声で返す。その無邪気さが、逆に不思議な迫力を帯びて聞こえる。


 司は小さい頃から、真耶と一緒に“探偵ごっこ”をしていた。でも正直に言うと、推理力だけなら私とそんなに大差ない。


 それでも真耶と肩を並べて遊べたのは、誰よりも鋭い“探索力”と“観察力”があったから。


 司の目にかかれば、隠されたものなんて一瞬で見つかるし、誰かの小さな嘘だって、顔色で簡単に見抜いてしまう。


 その秘密が、最近の授業で習いようやく分かった。


 ——司の力は、“第六感魔法”。


 魔械(マギア)義肢を媒介にしない、極めて特殊な感覚魔法。


 五感以外の“もうひとつの感覚”が研ぎ澄まされている人だけが扱える魔法。


 私が“勘”で誤魔化している、その人の過去の映像が見えるのも、その類だと思う。


 聞こえないはずの気配を“感じ取り”、見えないはずのものを“視る”。


 さっきもきっと、私の鞄の中の人工魔法石が——司には、見えていたんだと思う。


「……あぁ、なるほど〜……」


 詩乃ちゃんが感嘆の息を漏らす。驚きと、ほんの少しの憧れを滲ませた声。


 真耶はパチンッと指を鳴らして、カナタへと声をかけた。その声には、僅かに警戒と——確信が混ざっていた。


「……カナタ、読める?」


 呼ばれたカナタは、静かに立ち上がる。


 歩み寄ってくるその足音が、教室のざわめきを遠くへ押しやるように感じた。


 私の前に来ると、カナタは無言のまま手の中を覗き込む。


 私の手の平の上に置かれた小さな人工魔法石へ、カナタの影がそっと落ちた。


 ほのかに光る魔法石が、カナタの魔械面(マギアマスク)を淡く照らし出す。


『……すごく歪だけど、“忘却魔法”が彫られているね』


「歪なの?」


 思わず問い返すと、カナタは顔を上げて私を見つめ——ゆっくりと頷いた。


『原理を理解しないで、お手本をそのまま書き写したんだと思う。だから中途半端に魔法が発動して、莉愛の頭に違和感が残ってたんじゃないかな』


「そっか……」


 私は自分の手の平を見つめた。


 青白い光を放つ魔法石の表面には、微かに傷のような文字の跡が刻まれている。


 ——これが、私を混乱させていた原因。


 すると、目の前に手が差し出された。


 長く細い指。目で辿っていくと、それはカナタのものだった。


『はい。人の手に渡れば魔法は切れる。……だから、それ、僕にちょうだい』


 カナタは、まるでそれが当然のことのように穏やかに言う。


 でも——


「えっ! でも、それって……カナタが何か忘れちゃうんじゃないの?」


 私の声が震えた。怖かった。カナタが、何か大切な記憶を失ってしまう気がして。


『大丈夫だから』


 短く、それでも確かな響きで返す、機械混じりの声。


「でも……!」


 言葉を重ねようとしたその時、真耶の強い声が割り込む。


「莉愛。今は緊急事態だから、カナタの言う通りにして。カナタなら、きっと大丈夫だから」


 真耶の目は真っ直ぐで、嘘ひとつない光を宿していた。その表情に押されて、私はもう一度カナタの顔を見る。


 カナタは——いつものように優しい目元をして微笑んでいた。


 まるで「信じて」と、言葉を使わずに伝えるみたいに。


 私はゆっくりと頷き、震える指先で人工魔法石をカナタの手の平にそっと置いた。


 次の瞬間——


 ふっと、何かが解けた。


 頭の中にずっと絡みついていたモヤモヤが、清らかな風が吹き抜けて、スッと軽くなるようだった。


 じりじりと重い暑さを帯びた教室の空気を、一気に払うような夏の涼風に攫われて消えていくような感覚。


 私は、息を呑んで思った。


 ——ああ、これが、“魔法”なんだ。


『莉愛』


 初めて自分の身体で感じた魔法に感動していると、カナタの声が耳にそっと届く。


 機械混じりなのに優しくて、でもどこか核心を突くような響き。


『どう? 何か思い出すことはない?』


 カナタの優しさを溶かしたような視線が、ジッと私に注がれた。


 ——思い出さなきゃ。


 少しずつ少しずつ、過去からのパズルのピースがはまっていくような感覚。


 でも、まだ何かが欠けている。唇を噛み、瞼を閉じて、必死に考える。胸の奥がギュッと締め付けられて、心臓が跳ねる。


 ——その瞬間、パチンとピースがはまった。


「…………あっ!!」


 頭の中で、断片だった記憶が点になり、線になり、光のように一気に繋がる。


 胸の高鳴りが耳まで届きそうで、世界が一瞬、明るく広がったように感じた。


 思わず目を見開き、心の中で小さく叫ぶ。


 ——思い出した。やっと、思い出せたっ!

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