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01

——プロローグ——


 いつからだろう。


 あなたの眼差しが、こんなにも遠くなってしまったのは。


 鋼鉄のマスクが、淡い光を冷たく反射する。


 すれ違う瞬間、ほんの一刹那——視線が触れた。


 だけど、そこにあったのはあの優しい光ではなくて、まるで心を切り裂くような、鋭く冷たい刃のような輝きだった。


 以前は違った。


 あの眼差しは、柔らかくて、温かくて。


 見つめられるだけで、心が静かに温まった。


 その眼差しが好きだった。


 今は、私を拒むためにだけ存在しているみたい。


「……ねぇねぇ——」


『——話したくない』


 あなたの機械混じりの声は、空気に溶けて消えた。


 そして私の声だけが、虚空に取り残された。


 廊下をすれ違う度、あなたは視線を逸らした。


 学生が皆まとっている漆黒の羽織の袖が、触れそうな距離を掠めても——


 それでも、あなたは私を見なかった。


 声をかけても、返事はない。


 まるで、最初から私なんて存在しなかったみたいに。


 あなたの背中が遠ざかる度、世界から音と色が抜け落ちていった。


 いつもなら立ち止まってくれたのに。


 小さな声でも、ちゃんと聞いてくれたのに。


 そのうち、呼び止めようとしても、喉が震えるだけで声にならなくなった——


 どうして。


 どうして——カナタ。


 どうして、そんな目で私を見るの。



 ◆ ◆ ◆



 ここは初等部の六年生の教室。大きな窓から差し込む午後の陽光が、広々とした室内を温かく照らしている。


 木の机と椅子が整然と並び、教室の前方には巨大なスクリーンが設置されていた。


 先生はその端に立ち、生徒たちの視線を集める。


「——それでは次に、私たちの生活に欠かせない“魔械義肢(マギアぎし)”と“魔械歯車(マギアギア)”について勉強しましょう」


 先生の声が教室に響く。


「私たちはみんな、生まれた時から、片方の腕か、もしくは膝から下の脚がない状態で生まれてきます。それはなぜか、覚えている人―?」


「「はーい!」」


 教室のあちこちから、勢いよく手が挙がる。呆気に取られているうちに、先生はその中のひとりを指名した。


「大昔の人たちが()()魔法に頼りすぎたせいで、体が弱くなったからです!」


「そうですね。治癒魔法に過剰に頼った結果、人間が本来持っていた免疫機能——自分で病気やケガを治す力が弱ってしまったのです。では、どうしてそれが腕や脚を失うことに繋がったのでしょうか?」


 今度は誰も手を挙げない。「うーん」とうなる子や、隣の子と小声で相談しあう姿があちこちで見られる。


 少しざわついてきた教室を、先生の声が再び静けさに戻す。


「じゃあ、今日は何日だったかな……はい、それでは莉愛(りあ)さん、お願いします」


 莉愛(りあ)。私の名前だ。


 問題の答えは知っている。でも、今日という日付が、少しだけ恨めしい。


「はい、えっと……魔法使いが免疫機能を治したけど、その代わりに腕や脚を維持する力がなくなってしまいました」


「はい、その通りです。人々の体がどんどん弱くなり、それに伴って人口も減ってしまいました。そこで、大昔の偉大な魔法使いたちが見つけてくださった解決策が、今の私たちの姿です。魔械義肢(マギアぎし)は、失った腕や脚を補うためのパーツであり、魔法を使うための重要な魔械機器(マギアきき)なのです。」


 私たちの“今の姿”。私の場合は、生まれた時から左腕がなかった。だから、私の左腕は魔械義肢(マギアぎし)だ。


 確か三歳くらいの時、右手での生活が安定したタイミングで装着された。魔法で眠っている間に施されて、目を覚ました時、初めて自分の義肢を見た。


 その時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。


魔械義肢(マギアぎし)は、脳からの信号を“人工魔法石”の魔力と、“天然魔法石”の地脈力を、魔械歯車(マギアギア)によって調和させることで、安定的かつ効率的に動いています」


 先生の説明を聞きながら、生徒たちは自分の義肢を動かしてみる。教室には、微かな金属の音が響いた。


「細かい作動の仕組みは中等部や高等部で学びますが、魔械車(マギアカー)魔械飛空挺(マギアシップ)など、他の魔械機器(マギアきき)も同じ原理で動いています。備え付けられた魔法石と魔械歯車(マギアギア)を、私たちの魔力を通して起動させているんですね」


「つまり——魔械義肢(マギアぎし)を使いこなすためには、私たちが“魔法使い”であることが必要不可欠なのです」


先生は一呼吸置き、続ける。


「私たちは、生まれた時から魔法が使えたわけではありません。実は、お父さんやお母さんが赤ちゃんに魔法が使えるように“魔法”をかけてくれているのです」


「昔は、魔法使いになるかどうかは家族や師匠の判断に任されていました。でも今は、生きるためにも魔法を使えなければなりません。だから、みんな魔法使いとして育つのです」


 大昔は、棒のような道具を使って魔法を操っていた時代があったらしい。治癒はもちろん、炎や水、雷を操り、日常や仕事、戦争にも魔法が使われていたみたい。


「過去の教訓を生かして、今の魔械義肢(マギアぎし)には“治癒魔法”や“自然魔法”は使えないように制限されています。現在私たちが使えるのは、『視覚』『聴覚』『触覚』『嗅覚』『味覚』の五感を基にした魔法だけです」


 すると突然、ある男子生徒が勢いよく手を上げた。


「はいはいはーい!」


 先生が指すよりも先に、男の子は勝手に話し出す。


「五感魔法の全部を使えない人っているんですかー? 例えばぁ、鼻とか口が無かったら“三感魔法”とかになっちゃうの?」


 男の子といつもつるんでいる連中が、クスクスと笑い出す。嫌な笑いだ。腹の底がざわつくような、苛立たしい音。


 先生はやや困った顔を浮かべながらも、真っ直ぐその男子生徒を見た。


「まず拓斗(たくと)くん、質問をする時は先生が指してからにしましょう」


 拓斗(たくと)はふてくされた表情を見せるが、先生は静かに続ける。


「それから、この答えはあくまで先生個人の見解になりますが……恐らく、拓斗(たくと)くんが言うような状態では、確かに“三感魔法”になるのだと思います」


 再びクスクスと笑い声が上がる。


「しかし——」


 先生の声に、ピンと教室の空気が張り詰めた。


「人間の脳は、失われた感覚を補うように、他の感覚を鋭くする力を持っています」


「例えば目の見えない人は、『聴覚』や『触覚』がとても敏感になり、魔法を使わずとも、音で空間の広さを測ったり、背後にいる人の気配を感じ取ったりできるようになるそうです」


 生徒たちが目を輝かせながら、先生の言葉に耳を傾けている。


 先生がスクリーンを映すための魔械機器(マギアきき)を操作する。大型スクリーンには、五感魔法のレーダーチャートが映し出されていた。五角形のグラフは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の力を均等に示している。


「もし、五感のうちの一部が使えなければ、その分の魔力が他の感覚に“再配分”されているのかもしれませんね」


 先生の言葉にあわせて、グラフの形が変化する。嗅覚と味覚の部分が凹み、視覚や聴覚の数値が伸びて、グラフがいびつな形になる。


 それを見た生徒たちから、「おぉーっ」と感嘆の声が漏れた。


「そんな人はきっと、近いうちに『高度魔法』を使いこなす日が来るのかもしれませんね!」


《キーン、コーン、カーン、コーン———》


 授業終了を告げるチャイムが鳴った。先生は魔械機器(マギアきき)を操作し、スクリーンを消す。


「では今日はここまでです。先生は教材を片付けてきますので、みなさんは帰りの準備をしてください」


 教科書と魔械機器(マギアきき)を抱え、先生は教室を後にした。私も鞄を取りに、教室の後ろのロッカーへ向かう。


『——莉愛(りあ)


 名前を呼ばれて、私は足を止めた。ゆっくりと振り返る。機械混じりのその声は、私の耳に真っ直ぐ届いた。


 そこに立っていたのは、一人の男の子だった。


 淡い陽光の下、その顔は、鋼鉄でできたマスクに覆われていた。鼻から顎へ、そして耳の手前にかけて、なめらかに繋がるその表面には、魔力を通すための細やかな蔓模様が、静かに光を反射している。


 目元だけがはっきりと見えていて、そこには迷いも戸惑いもなく、ただ真っ直ぐに、私を見つめる視線があった。


「何? ——カナタ」


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
生まれた時から五体不満足、それを補う魔械義肢。世界観がとても繊密に構築されているなと感じました。この小説ならではの独自性がしっかりとしているのでもっと人気になってもおかしくないなと感じました。頑張って…
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