第8話「森の襲撃者」
次の日もアリシアと少年は、あれこれと話をしながら道を進んでいった。
話題は尽きることなく、二人の口は足を動かし続ける体と同様、止まる気配がなかった。
「アリシア姉さんだから・・・アリシチョ兄さんでしょ!?」
「ブブー! あ、わかった!」
「え・・・?」
やや瞳孔を揺らしている少年はごくりと唾を飲み込む。
「リラリパチョとか!?」
「全然違う!」
不正解の名前を口にしたアリシアを見て、少年はやっと安心してふぅと息を吐く。
なぜか「チョ」にこだわりがあるようだ。
アリシアと少年は名前当てる勝負を結構真剣にやっていた。
そういう二人を見たリディアさんは、笑みを浮かべて時々自分の国について色々話してくれた。
「ヴァルテリオンには魔道士が滅多にないから、不思議な感じです・・・!」
少し弾んだ声色でこっちを突き抜ける勢いで見つめてくるリディアさんに「あはは・・・」と言葉を濁す。
俺とアリシアは適当にアストレリア王国出身だと言い繕っていた。
アストレリア王国。
徹底的に魔道士を中心とした社会構造を持ち、ヴァルテリオン王国とは対極的なな特徴を有している。
記憶が正しければ、個人が持つ魔法の才能によって身分までも決定されるシステムだったはずだ。
特定の才能だけで人生が決められるなんて・・・理不尽すぎる身分制度だ。
三つの王国を統一し、一つの帝国を築き上げた「ゼノン」は、一体どうやって、あれほど異なる三つの国々を巧みにまとめ上げることができたのだろうか。
ゲームのNPCとはいえ、そのカリスマとリーダーシップは学んでおきたいくらいだ。
二日目の夜も焚き火を中心に座って、昨日のシカの肉のあまりを食べる事になった。
昨夜、全部食べると言い張ったアリシアを止めて正解だった。
今日はやたらと動物が見当たらず、狩りに失敗したからだ。
正確には、リディアさんが撃ち放った矢がウサギに命中したものの、あまりにも小さい子兎だったので放してあげることにしたのだ。
「「だって、可哀想だから・・・!!」」
そこだけはピッタリと息が合うアリシアと少年だった。
おかげで、今日は二人当たりに一つの塊肉しか食べれない。
フォークも、ナイフもないここでどう切ればいいか・・・。
「よかったら切りましょうか?」
塊肉を手にしてぼうっとしていると、話をかけてくれたのは気の利くリディアさんだった。
リディアさんが持っていた塊肉は、少年の手頃な刀によって既にキレイに食べやすいサイズとなっていた。
アストレリア出身の俺達が剣術スキルを持ってないかもしれないと思っての気遣いだろう。
この身体にも剣術に関係したスキルはあったが・・・。
どれほどの威力か知らない以上、この人たちの前では下手に使用できない。
さっきからお腹が鳴ってる。
昼ご飯をお腹が空いてそうなアリシアに、そのまま譲るんじゃなかった。
最後の肉。
まだ未確認の剣術スキルなどで無駄にしてはいけない。
ここは素直にリディアさんに甘えよう。
「では、お願いしま・・・」
「アリシアが切ってあげる!」
リディアさんに無事に渡されつつあった塊肉は、横から入ってきた白くて小さい手によって横取りされた。
意気揚々とした表情のアリシアは、「アリシア姉さんすごい!」と連発している少年の視線を意識したかのように、軽く咳払いをして片手に少量の魔力を貯める。
どうやら不安に満ちてる俺の視線までは気付いてないようだ。
「アリシアちゃん、手刀もできるの!?」
今度はリディアさんまで褐色の瞳をキラキラとさせて高らかな声音で訊く。
いや、多分アリシアは手刀の意味すら知らない。
ただ魔力を込めれば何とかなると思っただけで・・・。
右手に少量の魔力を纏ったアリシアは深呼吸をしてから、
「はっ!」
と気合のこもった声と同時に手刀のつもりで繰り出した右手を塊肉に直撃させる。
魔力を思った以上に纏ってしまったのか、それともただアリシアの身体構造が異様なのか、肉はドン!と爆発音のような轟音とともに粉々に地面に撒き散らされた。
「「「・・・・・」」」
リディアさんと少年と俺は、ともに言葉を失って地面にバラバラに落ちてるかつて肉だった破片を見つめている。
あまりにも予想外の結果に、リディアさんはどう慰めの言葉を伝えればいいかで、少年はどうやったのかで自分なり工夫をしているように見えた。
そして俺は、どうこの空腹を乗り越えればいいのかで絶句している。
「この肉、腐ってる」
静寂を砕いたアリシアの口から、まさかの肉が問題だったの発言が出てしまった。
チラッと俺の方を見ているアリシアは同意の頷きを求めてくる。
いや、今回はビシッと言ってあげないと。
「肉は問題な・・」
「お肉が問題だったね・・・!」
言葉を遮ったリディアさんは、俺の代わりにアリシアの意見に同意してくれた。
結局、最後に残されたリディアさんたちの塊肉を四人で分けて食べることになった。
一人当たり二切れくらい。
少食は健康にいいと言うし・・・ポジティブに捉えよう。
「まぁまぁ、代わりに取っておきのソースをかけてあげるから」
リディアさんは腰に帯びている巾着バックから、やや赤みの出ている液体を出す。
上手く焼かれた塊肉にトロリと赤いソースをかける。
パチパチとソースが肉の表面に絡みついてコーティングする。
「はい、アリシアちゃん。食べてみて」
真っ先にアリシアの前に出される、ソースの赤みを含んだ肉の一切れ。
アリシアは希望に満ちた瞳でそれを見つめ、パクッと口に運んでみる。
「おいしい―――!!!」
口からほかほかな湯気を吐き出してるアリシアは幸せそうなほほ笑みを浮かべる。
「アストレリアにはないの?」
「ない・・・!」
「へぇ、これってヴァルテリオンにしかなかったんだ・・・」
リディアさんは半分以上残ってる赤いソースが入ってる小瓶を見て呟いた。
「そういえば、アリシアちゃんのお母さんってどんな方? アリシアちゃん、こんなに可愛いし、お兄さんもしっかりしてるし、つい自慢したくなりそう・・・!」
残りの肉を分けていたリディアさんが、最後の一切れの肉を見やるアリシアに質問する。
「お母さんは今探してる」
最後の一切れの肉を口の中に入れながら、アリシアは淡々答える。
リディアさんは引きつった表情でアリシアと俺の顔を交互に見た。
次の言葉が見つからないかのように、口が開いたり閉じたりを繰り返す。
そして息をのみ、
「どこかで離れてるとか・・・?」
と控えめの小声で立て続けに質問する。
それにはすぐ答えられず、揺らめく焚火の炎をただじっと眺めているアリシアだった。
すると、ソロリと俺の方に視線を向けてくるリディアさん。
だが、俺にもこの質問は答えられない。
「ご・・・ごめんね。突っ込みすぎたね」
「訊いていい?」
今度はアリシアからリディアさんに質問があるようだ。
焚き火を眺めてたアリシアは、琥珀色の瞳を真っ直ぐにリディアさんに向けていた。
「リディアさんにとって、一番大切なものはなに?」
その真摯な眼差しを受け取ったリディアさんも、すぐ回答できずしばらく考え込む。
人はそれぞれ、異なる考え方と価値観を持っている。
故に個々によって大切なものも変わってくる。
その人が一番大切にしているものを知ることで、その人の価値観を少しだけ把握することができる。
リディアさんの場合は、いつも手放さないあの大きな木製の弓なのか?
それか、いつも丁寧に手入れしてるえびらの中の矢なのか?
話を聞いてると、少しばかり気になり始めた。
「真剣に考えたけど、やはり考えるまでもなかったね」
口を開きだしたリディアさんは、少年の薄茶色の頭を優しく撫でていた。
「アリシアちゃんとの勝負で名前は伏せておくけど、私は息子が世界で一番大切かな・・・!」
ブレない瞳でアリシアを見るリディアさんの顔には確信がみなぎっていた。
そして頬が赤く染まった少年は、その手振りに抵抗し始めた。
「・・・分かった」
リディアさんの答えは満足のいく答えだったのだろうか。
それとも予想を大きく外れた答えだったのだろうか。
その夜、アリシアはそれ以上はしゃぐ事なく、眠りについた。
そういえば、封印から目が覚めた日、アリシアから「お母さんてなに?」と質問されていたな。
結局それにはおぼろげにしか答えられなかったが、リディアさんこそ世間で言う良いお母さんの標本だと思う。
アリシアのお母さんはどういう人なんだろう・・・俺もふと気になり始めた。
――――
夜は明けたが、どんよりした雲が厚く空にかかっているせいか、いつもより遅く目が覚めてしまった。
このまま進んで抜け道を下れば、ヴァルテリオン王国に繋がる道が出るらしいので、リディアさんとの同行も今夜が最後となった。
それを聞いて落ち込むだろうと思ったアリシアは、意外と無表情でこくりと頷いた。
昨日と変わらない様子で構ってくる少年に、アリシアは少しだけ素っ気なく接する。
最初は気づけなかった少年も昨日までと明らかに違うアリシアの態度に、今やリディアさんの手を握って先導して歩いている。
今日の名前当てる勝負は一旦中止のようだ。
一見見ただけで、仲の良い母子だと伝わってくる。
何かをずっと喋ってる少年を見下ろしながら、優しい笑みを浮かべて頷くリディアさん。
そん事を考えながら歩いてると、右の太もも辺りがチクチクして右下を見下ろしてみる。
アリシアは人差し指で俺の右ももを刺していた。
目が合うと、アリシアは左手を差し伸べてくる。
何かくれるのかと思い、開いた手のひらを覗いてみたが、何もなかった。
なんだ・・・暇でイタズラしたのかと思って視線を前方へと戻す。
すると、さっきより強めの指刺しアタックが入ってくる。
目が合うと、再び差し伸べてくるアリシアの左手。
またイタズラなんだろうなと思いながら、手のひらを見てみると予想通りの手ぶらだった。
アリシアのイタズラを寛大に許して目線をもう一度前へとしようとすると、むくれ顔のアリシアが俺の手を引っ掴んだ。
しばらくの間、手を繋いだまま旅路を進んでいく。
そして前には、リディアさんと手を繋いでいる薄茶髪の少年が歩いている。
アリシアは昨日の質問を気にしているようだった。
昼の休憩を挟んで立て続けに到着地点に向かって歩いていく。
リディアさんは小さい頃からこの森でよく狩りをしていたらしく、森に詳しいリディアさんが午前と同じく先導して行ってもらうことにした。
なにか楽しい話をしてるのか、二人は笑い合いながらリディアさんが少年のぷくっとした頬を掴んで少しだけ伸ばしていた。
またチクチクと指で刺してくるアリシア。
今度はアリシアの期待に添えるように、迷わずアリシアの丸っとした頬を掴んで伸ばしてみる。
おぉ?
思ったより触り心地がいい。
柔らかいし、もっちりとしている。
もう少しだけ伸ばしてみよう。
更に伸びる!?
まだ連載中のあの伝説的な漫画に出てくる「天使の実」でも食ったのか?
「いたっ・・・!」
調子に乗って思わず許容量以上に伸ばしてしまった。
赤くなったアリシアの頬を見て素直に「ごめん」と謝る。
どんよりした雲り空がただの杞憂に過ぎない事を願ったが、それは外れた。
夜の大雨の中、俺達は火を焚ける場所を模索したが、そんな都合のいい場所はなかなか見つからなかった。
一つ案を思い出した俺は、広々とした平地の草原に皆を座らせる。
そして草原の空全体を覆うように、魔法のバリアを張ってみる。
雨滴はバリアの上で弾かれ、頭上に落ちてくることはなかった。
これ程の大きいバリア・・・やはり魔神の身体は便利だ。
「お兄さん、すごい・・・!」
生成されたバリアによって、弾かれる雫を見て浮かれた少年が憧れの視線を送ってくる。
バケツをひっくり返したような大雨は、時間が経つにつれ更に激しさを増していた。
焚き火をしても体感温度はあまり上がらず。
いっそのこと、洞窟みたいに中に入れる室内の場所を見つけるべきだったかもしれない。
それも都合よくすぐ見つかるとは思えないが・・・。
砂漠の昼夜の気温差のように、土砂降りの雨が降りしきる夜の森は、寒気がするほど冷え込んでいた。
リディアさんはブルブルと震えている少年に羽織っていたローブのようなものを纏ってあげる。
それを見た俺も寒いかもしれないアリシアに羽織っていた布地を覆ってあげる。
今日はお腹があまり空いてないのか、満足げな微笑みを浮かべながら眠りにつくアリシアだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
ズドーン!!
轟音とともに目が覚める。
ぼうっと目を開けてみると、デカい岩が空中に張っといたバリアと衝突して衝撃音を生み出していた。
切れ目のない雲によって、濃い暗闇に溶けている森の奥から徐々に大きいシルエットが近づいてきた。
地面の揺れがここまで伝わってくる。
目を凝らして見てみると、焚き火からのほの明るい光に照らされて正体が見えてくる。
青の硬質な外皮に、顔面の中央に位置している大きい目玉。
紛れもなくブルーオーガだだった。
奴は止まってるが、地面の揺れは未だ続く。
森の真っ暗闇からもう一体のブルーオーガが出てくる。
それでも地面の揺れは止まらず。
一頻り続く地面の揺れによって、地上には木の葉が落ちてくる。
やがて舞ってた砂埃も落ち着き、目の前の状況を確認する。
合計五体の巨大なブルーオーガが一列に並び、その威圧的な体で後ろの森の風景を覆い尽くしていた。
「リディアさん・・・!」
困惑しながらリディアさんを見ると、彼女は既にローブのような布地で少年を背中に巻き付け、しっかりと固定していた。
さっきまで手入れしていた矢も既に弓の弦に掛けられ、戦闘の準備はもう済ましたようだ。
「君はアリシアちゃんのことだけを考えて。こう見えても昔、ベテランの中級冒険者だったんだから」
そう言ったリディアさんは反対側に離れていく。
恐らく注意と戦力を分散させるためだろう。
しかし、ブルーオーガは上級冒険者向きのモンスター。
しかも5体が一気に…。
早くアリシアを起こそう。
毎回のエピソードにイラストがある訳ではないので、もし期待して入ってきた方には申し訳ないです・・・。基本的に役割のある新キャラクターが出る際は、なるべくあげるつもりです!
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