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第7話「人間族との遭遇」

「お兄ちゃん、どこ行ってるんだっけ?」

「ダークエルフの王国」


 三度目に訊いてくるアリシアに、俺は少し張り切って答えてみる。

 ダークエルフ族は魔族の中でも、魔法のスペシャリストと言われるほど魔法に関してはずば抜けた実力を有している。

 魔法に関する圧倒的な知識を持っているもう一つの種族・・・エルフ族も選択肢に入ってたが、彼らは亜人族だから外すことにした。

 なにせよ、今の俺達は魔族。

 魔族は基本的に全種族から敵視されている。

 少し前の過去に来たからって、その事実がそう簡単に変わるとは思わなかったからだ。


 そんなダークエルフ族なら、アリシアの魔力の奥に秘められているもう一つの魔力源の正体を分析できるかもしれない。

 ひいては、それを完璧に制御し、その凄まじい威力の魔法を自由自在に使いこなせるようになってほしい。

 残念ながら、俺ではその異質な魔力を扱える方法が思い浮かばなかったのだ。


 エルフの悲しき森をこのまま通り抜けて、川を渡ればダークエルフ族の領地が出る。

 今のところ、アリシアも機嫌よさげに口笛のメロディーに乗ってるし・・とても順調、


 ドカーン!!


 森の奥側から聞こえる衝撃音。

 少しだけ地面の揺れが伝わり、アリシアは足を止めて揺れの発生源の方向に首を向ける。


「どうした? ダークエルフの領地はこのまま真っ直ぐだぞ」

「大きい音・・・ちょっと行ってみていい?」


 止めても行くと分かった俺は、いっそ最初から一緒に行ってみることにした。

 面倒なことに巻き込まれなければいいけど。

 と思った場合、大体面倒なことに巻き込まれる。

 そして今回も例外ではなかった。


「早く逃げなさい・・・!」

「嫌だ・・・! 母さんを置いてなんていけない・・・!」


 上位モンスターの一種であるブルーオーガに襲われる母親らしき女性と息子と思われる少年がいた。

 母親らしき女性は昔冒険者をやってたのか、落ち着いた様子で慎重に一発一発の矢をブルーオーガの急所である顔面中央の目玉めがけて撃っている。

 しかし、ブルーオーガが冒険者の間で厄介な存在として知られているのは、その硬質な外皮のみならず、防御魔法で自らの急所を守れるからだ。

 狙いすました矢は、見事にブルーオーガの顔面中央の目玉に向かって高速に飛んでいく。


 パキーン!


 ブルーオーガが展開した透明な物理バリア。

 それにあっさりと弾かれ、地面に落ちるや。

 刺激された筋骨隆々たるブルーオーガは、手にしている巨大な岩の棒を叩きつけ始めた。

 何度も突き放された子供は、何度も大声を叫びながら母親らしき女性を引っ張っている。


「アリシア、そろそろ行こう」


 ダークエルフの領地までは結構距離がある。

 この周辺にオーガが出現するなら、あまり安全なキャンプサイトではない。

 ここから離れる時間まで考えると、今のうちに出発した方がいい。


「このままだとあの人たち、死ぬかもしれない」

「でも赤の他人だ」


 ソワソワしているアリシアに、俺は平坦に言い放つ。

 エリカの時とは違う。

 彼女とは、依頼主と依頼先という明確な利害関係があった。

 でもあの人たちとは全く関わりを持っていない。

 赤の他人に構う義理も、メリットもないのだ。


「じゃあアリシア一人で行く・・・!」


「待て!」と止める間もなく、アリシアは以前の可愛いポーズさえ省略して「トランスフォーム」と呟きながら駆け出していった。

 全身が魔力に包まれ、やがて黒の角が取れたアリシアが足を止めることなく母子の所に向かう。

 ツヤっとした白銀の髪を揺らしながら走るアリシアは、もう普通の人間の子どもにしか見えなかった。


「あぁ・・・」


 木々の間を通り抜けて遠ざかっていくアリシアの背後を見ながら、ため息交じりの声を漏らす。

 アリシアの場合、トランスフォームしたからっていい訳ではない。


「火炎柱・・・!」


 気合の入ったアリシアの声が鳴り響き、ブルーオーガが踏んでいる地面が強烈な光を放っている。

 杖を召喚する余裕もなく、とりあえず素手で魔法を使ったようだ。

 トランスフォームの影響でいつもの魔力が著しく低下している。

 それでも、距離が離れているこっちまで伝わるほどの強力な魔力だ。

 その禍々しい異様な魔力を感じ取った時点で、普通の人間だと捉えるのは無理な話だ。

 しかし、いつぞやのように魔法は発動せず、音もなく消え失せた。


 バゴーン!!!


 アリシアは魔法が失敗することを予想したかのように、慌てず次の攻撃である蹴りを強打させる。

 強力な蹴りを左足に喰らったブルーオーガは一瞬身体の重心が崩れたが、なんとか倒れずに立ち直る。


「くあああああーーー!」


 ブルーオーガはその僅かなタイミングで左足にバリアを張り、ダメージを受けたものの、戦闘は続行できる状態のようだった。

 さすがに下位モンスター30体分の戦力を有していると評される上位モンスターだ。


「トランスフォーム」


 全身が魔力の輝きを湛え、頭が少し軽くなるのを感じる。

 木々の間を通り過ぎて奥の方に向かうと目が合うブルーオーガ。

 敵の数が増えたことに不利だと判断したのか、ずる賢いモンスターは足を引きずって森の奥に姿を消していった。

 モンスターは退治した。

 でもあの冒険者たちはあの魔力を見てどう反応するか・・・。

 この間、人間族の街に行こうとした俺を必死に止めていたアリシアの反応から考えると、魔族って俺が思ってる以上に、NPCから警戒されているかもしれない。


「あ、ありがとうございます・・・!」


 母親らしき女性は何度もアリシアに深くお辞儀をしていた。

 まだ魔族だとバレていないのか、それとも他の種族と勘違いしているのか、あるいは、魔族だとわかっていても命の恩人として敵視しないのか。


「お兄ちゃん・・・! ふふん」


 森の中に進むと鼻が高くなったアリシアは浮かれ気味で俺を呼んでいた。

 記憶が封印されてから、あそこまで誰かに感謝されるのは初めてだろう。


「こちらがお兄さん・・・助けて頂いてありがとうございました」

「ありがとう!!」


 薄茶色の巻き髪を持つ女性は、穏やかな雰囲気を湛えた褐色の丸い瞳をしていた。

 凛とした体型と引き締まった腰回りは、彼女が母親になってもトレーニングを怠ってない証拠だと主張しているようだった。

 背中に重そうな金属製の矢を何十本も入れたえびらを背負い、片手には大きな木製の弓を、もう片手には息子の手を握っている。

 母親譲りなのか、同じく薄茶色の短髪をしている少年はぐっと母親の手を握りながら元気よく感謝の言葉を述べていた。

 少年の片手に手頃なサイズの刀が握られている事から、恐らく母親が息子にモンスターの狩りなどを教えているようだった。

 ややぷくっとした顔つきがアリシアに似てる気がした。


挿絵(By みてみん)


「いえ・・・特に何もしてないので」


 明るい母子の笑みから目を背け、感謝の言葉を否定してみる。


「お姉さん、とてもカッコよかった・・・!」


 薄茶髪の少年は目をギラッと輝かせながらアリシアに顔を近づける。


「す、凄いでしょ?」


 お姉さんって呼ばれるのが嬉しかったのか、もしくはカッコよかったの褒め言葉に照れたのか。

 とりあえず、頬を少し赤く染めたアリシアは意気揚々と答える。

 短い会話を終えて別れようとした所を、「どこまで行かれますか?」という母親らしき女性の質問に阻止され、途中まで一緒に行動する事になった。

 どうやら俺達を腕のいい冒険者だと思い込んでいるようだ。

 魔力感知ができない冒険者で助かった。


 晴天の下、木漏れ日を浴びながら順調に悲しきエルフの森を通り抜けている。

 この母親は冒険者が夢である息子のために、昔冒険者をやってた経験を活かして、基礎的なスキルやモンスターの狩り方について教えていたらしい。

 そんな中、この森にはあまり出現することのない上位モンスターであるブルーオーガに遭遇し、命がけで息子だけは逃げさせようとした所をアリシアが助けてくれたそうだ。

 自分の話をしてるのが聞こえたのか、振り向いて首を傾げるアリシアに、優しく微笑んで手を振ってくれる女性の冒険者だった。

 ブルーオーガとの遭遇以来、これといった魔獣やモンスターには出くわさなかった。

 いつの間にか少年とアリシアはしっかり仲良くなって、アリシアはちゃっかりお姉さんとして振る舞っていた。

 もしかしてアリシアってコミュニケーション能力が高いのか・・・?


「お姉さん、この花の名前知ってる?」

「うーん・・・」


 少年の質問に片眉が上がって困った顔をしているアリシアは、チラリとこっちを見てくる。

 残念ながら俺もイレクシア内の花の名称まではマスターできてない。

 だからこっちを見るな。

 ヒョイと視線を宙に逸らすと、


「ハ、ハイリスカスビリアシウム」

「ハ、ハイリス・・ムズすぎる!!」


 そんなハイリスクみたいな物騒な花なんて、ある訳ないだろ。

 宙に向けてた目線をアリシアに方向修正してみると、今度はアリシアが視線を宙に逸らして二度目の口笛を吹き始めた。

 絶対嘘だ。


 ――――――


 はたから見れば、母親と仲の良い三兄妹に見えるかもしれない。

 その場合、父親が派手な白銀の髪という設定になるのか。

 少し離れて歩く俺にまで時々振り向いて安全確認をしてくれる気遣いは、なぜかほっこりな気持ちにさせてくれた。

 そうこうしているうちに、野営地として打って付けの場所を見つけた俺たちはここで夜を過ごす事となった。

 かすかな月明かりも木の葉に遮られ、いつもより暗闇に溶けた森。

 ゆらゆらと揺らめく焚火の炎が周りを温もりの光で包ませ、それを中心に皆が車座になる。

 昼間に狩ったシカの肉は、程よく肉汁を含んで焼かれていく。


「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はリディアと申します。息子は・・・」

「ダメ・・・!!」


 パッと立ち上がってリディアさんの口を手で塞いでる少年はあたふたしていた。


「ぼくの名前を当てるのが、アリシア姉さんのミッションなんだから!」


 もうお互い自己紹介は済んでるのか。

 って人の名前だけ聞いといて、自分の名前は言わないなんて失礼だと思うけどな。


「それ、いいね!」

「分かった! アリシアが当ててみる!」


 思いの外、この案に賛成してきたリディアさんとやる気に満ちているアリシアは楽しそうに笑い合

 っていた。


「名前・・・訊いてもいいですか?」


 リディアさんが控えめに尋ねてきた。

 名前・・・氷室 亮。

 でも、それは以前の名前。

 今は角までついた立派な魔族の姿をしている。

 魔神アシュタロス。

 将来、このゲームのラスボスになる存在でありながら、それが今の俺の名前。

 俺は・・・


「お、お兄ちゃんの名前も当ててみて・・・! あんたとアリシアの勝負よ・・・!」


 アリシアは短髪の少年を指で指しながら張り切って提案する。


「いいよ! 絶対、ぼくが勝つし・・・!」


 少年は自信ありげな表情でアリシアの挑発に受けて立つ。

 アリシアの奴、もしかして気を使ってくれたのか。

 いや・・・まさか。

 多分ゲームをしたかっただけだ。



 ―――――――



 リディさんによると、今はイレクシア歴1200年だそうだ。

 この身体に入ってくる前に、ゲームをプレイしてた時点がイレクシア歴1250年だった。

 つまり、俺は50年前のイレクシア世界に来ているのだ。

 驚きポイントはそれだけではなかった。


 この時代には、ゲーム内で統一された人間の帝国『アストラル』がまだ存在していない。

 人間の国々はヴァルテリオン王国、アストレリア王国、ペルディア王国の三つに分かれているままだった。

 ストーリークエストなどで時折触れられていた過去の国々の名前が出てきて不思議な気分だった。


 そしてリディアさん達はヴァルテリオン王国出身だと言ってくれた。

 ヴァルテリオン王国は、剣術や武闘を重視する戦士中心の国だったと聞いた覚えがある。

 魔元素のコントロールや魔力増大といった魔法の訓練よりも、徹底的に「武」を軸にしたスキルを重んじるらしい。

 なんと実力さえあれば出身など関係なく、騎士団に入ることができて、騎士になると貴族と同等の地位を得る事ができるようだ。

 設定に凝ってるなと思いながら、興味津々にクエストをクリアしていたあの頃の自分がうっすらと思い出される。


「魔法はあまり得意じゃなくて・・・」


 苦笑いをするリディアさんがへこんでる様子を見せると、


「母さんの弓術は世界一なんだから!」

「世界一は大げさよ、ロッ・・・はっ!」


 即母親をフォローする立派な少年の気合の入った声が割り込んできた。

 それについ息子の名前を言い出そうとしたリディアさんはハッとして唇を手で隠す。


「お兄ちゃんは魔法も、弓術も全部世界一なんだから!」


 薄茶髪の少年の声より大声で恥ずかしい自慢を並べるアリシア。

 それに向かって、更にアリシアを上回る大声のボリュームで言い返す少年。

 両側で叫ばれる中、黙々と食事を続ける。

 じきに終わると思った大声大会は一頻り続き、元の趣旨から変わっていく。


「アリシアは甘いもの好きじゃないし!」

「僕は甘いもの好きだし!」


 もはや内容関係ないじゃないか。

 久々に賑やかな夜を、いや、うるさい夜を過ごした。

名前当てる勝負・・・個人的にアリシアちゃんを応援します!

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