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第6話「旅立ち」

 イレクシア・オンラインには、大きく分けて二つの戦闘スタイルが存在する。

 魔元素を必要としないスキルを主に使う戦闘スタイルか、魔元素を積極的に用いる魔法を主にとする戦闘スタイルか。

 もちろん、スキルも魔法も無数ともいえるほど多種多様で、その組み合わせ次第では、さらに無限の戦術が生み出される。

 だが、あくまでも戦術の根本はスキルと魔法の内、どこに重点を置くのかである。


 念のため、アリシアに魔法以外のものも試してみた。

 魔力を用いないスキルを中心とした武闘家スタイルの戦術などを。

 思ったより動きは悪くなかったが、やはりアリシアの才能が最も輝くのは、圧倒的な魔力を基盤とした魔法戦だ。

 それを単純に「可愛くないから」などの理由で使わないのは宝の持ち腐れだ。


「はっ!」


 魔力を使わない戦術が気に入ったのか、アリシアは宙に握りこぶしを繰り出している。

 どうアリシアを説得すればいいのか。


「アリシア」

「嫌だ」 

「まだ何も言ってないけど」

「お兄ちゃんはわかってない」


 ムスッとしたアリシアはそっぽを向いた。

 子どもを説得する方法・・・。


「アリシアが魔法でこの前の巨大なイノシシを倒したら、とっておきのプレゼントをあげる」


 両手を前後に繰り出していたアリシアがピタッと止まる。


「ほんと・・・?」


 食いついた。

 アリシアがあのモンスターを倒したら『記憶の操作及び再整列』を使ってあげよう。

 記憶を取り戻したアリシアがどのような判断をするかは、アリシアの自由だ。

 偽物だとアリシアから罵声を浴びるかもしれない。

 それでも俺には、記憶を取り戻させる責任がある。


「アリシアが一番欲しがるものをあげる」

「じゃあ・・やってみる」


 こくりと頷いたアリシアは真摯な眼差しになっていた。

 この数日間、俺にできる限りのことはすべてやり尽くした。

 教えられる魔力の知識も全部伝えたのだ。

 今度こそ、できる気がする。



 ――――



 馴染みのある灰色の硬質な外皮を纏った巨大なイノシシが、その鋭い目線を俺とアリシアに固定していた。

 そびえる二本の赤い角は、アリシアの額に刻まれた傷痕を思い起こさせる。

 先程まで張り切っていたアリシアだが、今は召喚した杖を両手でぐっと握って黙り込んでいる。

 致命傷ではなかったとしても、一応自分に怪我を負わせた相手だ。

 緊張しない方がおかしい。


「スキルも魔法も、使用者の意志が強く反映されると俺は思っている。魔法を撃ち放つ最後の最後まで、魔力を感じ取ることに気を抜くな」

「・・・わかった」


 しんみりしているアリシアは淡々とした声色で答え、目前のモンスターを見つめる。

 俺が関与すると分かってしまうとモンスターに逃げ出される恐れがある。

「俺は手出ししないから」の意志表現として数歩くらい後ずさりする。

 後ろに離れた俺を確認したモンスターは、


 ドーンッ!


 と威勢よく地面を蹴ってアリシアめがけて猪突猛進していく。

 大量の魔力が、不気味ささえ感じさせるその魔力が杖の先端に集まっていく。


「カノンちゃん、アリシアの魔力の流れを分析してくれ」


 〘対象者の体内魔元素の流れを分析します〙


 ここまでは順調だ。

 魔力を溜めるとこまでは余裕だが、問題はその先だ。

 アリシアの魔力を警戒するかのように、どんどんスピードを上げて詰め寄る巨大なイノシシ。


「そっと押し出す・・・!!」


 溜められた凄まじい量の魔力がそのまま、


 ドカーンッ!!


 と杖の先端から撃ち放たれず轟音とともに爆散してしまう。

 自分の魔力でダメージを受けたアリシアと予想外の魔力の暴走に動揺したモンスターが、互いにその場で立ち止まり、視線を交わしていた。

 魔力の爆発にむせて咳払いをするアリシア。

 我に返ったイノシシは再度、足で地面を鳴らして勢いよくアリシアに突進していく。


 ちっ・・・失敗か。

 あともう少しだった気がするのに。

 こうなったら俺が。


「アリシアがやるから」


 自分にかかってくるモンスターから目を離さないアリシアはぽつりと言葉を発した。

 巨大な体当たりを受けそうになった瞬間。

 ザラザラとした外皮が触れそうなほどの至近距離。

 アリシアはそっと身体を捻り、容易く回避する。

 あれはスキルの修練ではやってない動きだ。

 もしかすると、アリシアもスキル『戦闘直感』を持っているのか。


「ふん・・・! パンチ・・・!」


 気合の入った声を出したアリシアは、今朝練習していたスキル『パンチ』を巨大なイノシシの顔面に直撃させる。


 地面に倒れたあれは微動だにしなかった。

 アリシアのパンチを喰らった箇所は歪み 、もはや顔の原型すら留めていなかったのだ。

 痛そう。

 いや、痛みを感じる間もなかったか。

 軽やかにステップを踏みながら、さっと身体をこっちに振り向けるアリシア。

 同時に片手ではピースサインを、もう片手ではピースサインから人差し指だけ下げたNGサインを作り、ひっくり返して突き出す。


「どうよ、お兄ちゃん・・・!」


 得意げな表情をしたアリシアは張り切った声を上げていた。

 ピースサインはいいとして・・・なんでいきなりファ〇クサイン・・・?


「どうだった!?」

「いいパンチだったよ」


 重ねて訊いてくるアリシアに見事に的中させたパンチを素直に褒める。


「それじゃなくて! アリシアの勝利のセレモニーだよ!」


 これは勝利のセレモニーだったのか。

 この間、夜中にこっそりやってたのもまさかこれの・・?


「魔法が可愛くないなら、ポーズでカバーするもん!」


 なぜそこまで可愛さにこだわるのか。

 ついでに、小さい頃に結衣と一緒に夢中で見ていた魔法少女シリーズの記憶が勝手に蘇る。

 でも流石にこのポーズは違う。

 こんなファ〇クを顔面に突き出す魔法少女がいるもんか。


「ピースはともかく、なぜファ〇クなんだ・・・?」

「ファ〇ク?」


 アリシアは小首を傾げ、不器用にその単語を口にしてみる。


「やっぱ、どっちも下げた方がいい?」


挿絵(By みてみん)


 今度はダブルファ〇クを俺の顔面に近寄らせるアリシアは、無邪気な笑みを浮かべていた。

 なるほど。

 ここではこれが悪口ではないのか。

 でもファ〇クとして認識している俺からすれば変な気分だ。


「俺は人差し指を両方上げた方が好きかな」

「はい、どうぞ!」


 今度はひっくり返した二つのピースサインを目の前に届けてくれた。

 うん、こっちの方がまだいい。


 〘対象者の魔力使用の分析が終わりました〙


 カノンちゃんの報告によれば、アリシアは攻撃用に魔力を溜める際、全魔力を杖に集中させるらしい。

 体内に流れる魔元素の全てを攻撃に転用し、その反動で攻撃中は身体が完全に無防備な状態になってしまう。

 これなら、あれ程の魔力を持ちながら、たかが下位モンスターの攻撃に負傷した理由も納得できる。


 〘追加として、魔力の奥にもう一つの魔力源を感知しました〙


 しかし、あのカノンちゃんでさえ、それの正体までは分析しきれなかった。

 結局、俺が持つ知識を総動員して試みたが、アリシアの魔力制御には失敗してしまった。

 魔法を発動するためには、それ相応の魔力が必要。

 その不変の大前提は守っているはずだが・・・。


 魔法を使えないままだと、これからの旅が不安すぎる。

 アリシアに魔法を教えられるような師匠を探してみよう。

 魔法について、より高度な知識を持つ存在を。


「お兄ちゃん、プレゼント!」

「でもアリシア、魔法で倒してないぞ」

「あれ魔法だったの・・・!」


 むくれ顔のアリシアは慌て気味で追加の説明をする。


「魔法で腕を風に乗せてドカーン!ってやったの!」


 アリシアはさっきのパンチの動作をもう一度披露しつつ、口では風の効果音を出していた。

 元々記憶は取り戻させるつもりだったし、いいか。

 少し緊張する。

 『記憶の操作及び再整列』。

 これを使うことで、恐らくアリシアの封印された記憶を解除できる。

 その結果次第で、これから一緒にいられないかもしれないが、それもまたアリシアの選択だ。

 アリシアが知りたいと言っていた「お母さん」の意味、これでわかるようになるだろう。


「うん・・・?」


 アリシアの頭上にそっと手を置く。


「カノンちゃん」


 〘固有スキル『記憶の操作及び再整列(1回)』を使用しますか?

 このスキルは使用回数が1回となっている為、一度使用するとスキルが消滅します〙


「使用する」


 頭に乗せていた手がうっすらと青く光っている。

 思ったよりも早く、記憶の封印を解けるようになった気がする。

 短い間にアリシアとも仲良くなって。

 最後になるかもしれないと思うと、不思議な気分になってきた。


 〘スキルの使用に失敗しました。

 スキルを使用する為に必要な天使族の魔力に対する情報が不足しています〙


「え・・・?」

「どうしたの?」


 こんな条件があるなら最初から言ってくれ。

 天使族の魔力に対する情報・・・随分厄介な条件だ。

 この条件ってどう満たせるんだ?


「お兄ちゃんなんか変だよ」


 心配そうな表情を浮かべたアリシアは手を掴んできた。


「魔力の乱れはないけど・・・」

「ごめん、アリシア。用意したプレゼントがあげられなくなった・・」

「・・・・」


 それを聞いたアリシアは俯き、しばらく何も言ってこなかった。

 これはガッカリされても仕方ない。


「願い事・・・!」


 パッと顔を上げたアリシアは答えを見つけ出したように目をキラキラさせていた。

 アリシアの願い事。

 不安だ。

 何を言ってくるのだろう。


「お兄ちゃんがプレゼント用意するの忘れたから、その代わりにアリシアの願い事をちゃんと聞いてくれないとダメ!」


 いつの間にかそういうルールができたみたいだ。

 アリシアは右手を引っ張り、森の奥の方に進んでいく。

 草原の坂道を登りきると、目の前にはこの悲しきエルフの森を一望できる崖が広がっていた。

 一点の雲すら見当たらない澄み切った青空。

 見晴るかすのはその青空に向かって美しく屹立している無数の木々。

 頬を優しく撫でるそよ風は、心を洗うような爽快感を与えてくれる。

 悲しきエルフの森でこんなスポットがあったとは・・・絶景だ。


「願い事は・・・手を握って、この景色を一緒に見ること」


 目線を合わせて「ほら、きれいでしょ?」と意気揚々とした表情をするアリシアは、少しばかり切なさのこもった声を漏らす。

 ぐっと握られる手。

 アリシアはどうやってこの場所を知っていたのか。

 封印された記憶の潜在意識に刻まれている風景なのか。

 でも、そんなことは。

 もうどうでもいい。

 アリシアもアリシアなりに複雑な思いを抱えているに違いない。

 少し力を入れて小さい手を握り返す。

 もう片手ではアリシアの頭を撫でてみる。


「お兄ちゃん・・・?」

「明日はいよいよ、この森を離れて旅立つんだ」

「お母さんとお父さんに会う! そして記憶を取り戻してお兄ちゃんのことも思い出す!」


 俺は出来上がった偽りの存在。

 この子の本当の家族にはなれない。

 それでも約束だけは必ず守る。

 まずは、アリシアに魔法を教える術を見つけに行こう。

 魔族の中でも高度な魔法の知識を誇るダークエルフの王国へ。


ポーズでカーバ・・・なるほど。

そういう手もあったんですね!

次回はいよいよ、人間族と遭遇します・・!

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