第4話「現状確認」
澄んだ青空には無糖質の綿あめのような雲がいくつか流れている。
温もりを感じさせる日差しが照らされ、眼の前に広がる壮大な森の光景にぼんやりしてしまう。
数歩離れた所で横向きになって熟睡しているアリシア。
心地よく吹いているそよ風が、開いているアリシアの口の中に大量に入ってるが、未だ起きる気配なし。
封印から目が覚めて一週間経った。
アリシアも少し心を開いてくれたのか、最初よりは大分距離が縮まった気がする。
なんと「お兄ちゃん」と呼んでくれるようになったからだ・・・!
そろそろ次の目的地を決めないといけないが、気にかかることがある。
それはアリシアの親の生死が不明であること。
封印前、竜神は戦争中だと言っていた。
その戦争からアリシアの親は生き残ったのだろうか。
今の俺には到底知る由もない。
考えても仕方ないことを悩んでどうする。
とりあえず次の目的地を決めて旅に出るんだ。
「でもな・・・」
どこに向かえばいいのか困惑してしまう。
イレクシア・オンラインには広大な二つの大陸が存在する。
そして今いる所が・・・アルカディア大陸の中部に位置している「悲しきエルフの森」のはずだ。
ここには主に下位モンスターが出現し、レア・アイテムが手に入るクエストなども存在しないため、プレイヤーたちの間ではあまり人気のないスポットだった。
とはいえ、そびえ立った木々が印象的な広大な森。
きらめく月光が差し込む、静寂に包まれた人けの少ない湖。
ここは当時、物書きをしていた俺にとって、最適な場所だった。
次の目的地も問題だが、もう一つ悩みがある。
それは「アリシアが魔法を全然使おうとしない」ことだ。
この一週間、魔法を使えば簡単なはずな事も力づくで解決してきた。
料理をする時、寝床を作る時、そして狩りをする時など。
おかげでこの一週間、俺はアリシアの召使のようにほぼ全ての面倒を見ている。
別に苦ではないからいいが、これからの旅では何が起きるか分からない。
戦闘せざるを得ない場合も十分あり得る。
その時にも魔法を使わないままだと困る。
「アリシア、そろそろ起きるぞ」
太陽が既に真上にある事を確認した俺はアリシアを呼んでみるが、微動だにしなかった。
昨夜に美味しいと連発していた肉の料理を夢の中でまた食べているのか、口だけもぐもぐと動いている。
「可愛い女の子はこんなに遅くまで寝てないって聞いたけどな―」
「寝てないよ!」
素早い反応速度とともに身体を起こしたアリシアは、未だ眠そうに片方が細目になっている。
でもこんなに早く起きれたのは、本当の意味で寝ていなかったかもしれないな。
とにかく、今日は情報収集と魔法の練習だ。
「今日は何する?」
「今日は情報を集める」
「情報・・・?」
俺がプレイしていた時点はイレクシア歴1250年だった。
そして俺が飛ばされてきたのはアシュタロスが魔神になる前、つまり過去のイレクシアになる。
慌てて訊けなかったが、竜神に正確な年度を確認しておけばよかった・・・。
それから封印までされ、今がプレイしてた時より過去の時点なのか、未来の時点なのかさえもあやふやだ。
「とりあえず街に行ってみようか」
「街って、人間族がいっぱいいるとこ?」
「うん」
言葉を発した瞬間、アリシアは腕の裾を進行方向の反対側に強く引っ張る。
思ったより強めに止めてるその力に、つい身体の重心が崩れそうになる。
「ダメ・・・! 人間族は魔族の敵だよ・・・!」
アリシアは真剣な顔でピシャリと言い放った。
人間族・・・?
そっか、今の俺は魔族なんだ。
「絶対、戦いになっちゃうよ・・・!」
アリシアは一歩も引かず、俺の手を離してくれなかった。
魔族は人間の敵。
優しい魔族など死んだ魔族のみ。
これはゲームのストーリークエストや人間のNPCからの依頼をやりこなしながら散々聞いた言葉だ。
魔族はプレイヤーとNPCからすれば、単に狩るべき害悪の存在に過ぎない。
この姿で町や都市にでも赴いたら即狩られるだろう。
将来魔神になる肉体だし、そう簡単に狩られるとは思わないが、あいにく俺はまだ魔神にはなっていない。
ましてや自分の戦力さえ客観的に掴められてない今は言語道断だ。
「そうだな・・・確かに考え直した方が」
バゴン!
どっしりと地面を踏み鳴らす音。
振り向いた先には、森の奥から大木を簡単に踏みつぶしながら近寄る巨大なイノシシ。
灰色の硬質な外皮で覆われたイノシシは、鋭く尖った二本の赤の角を俺とアリシアに向けていた。
安易に魔法を使いすぎた。
恐らく強い魔力にひかれたモンスター。
でも、この辺に出現するのは比較的に低位クラスのモンスターが多い。
今日の夕飯にでもするか。
「待って! アリシアがやる!」
アリシアは自信ありげな顔でそう述べると、俺の前に立った。
魔力を頭につけているピンクのヘアピンに集中させる。
やっとアリシアの魔法が見れるのか・・・!
アリシアのピンクのヘアピンがほのかに光を放つと、それに同調するように手元が輝き始め、魔道士の杖のようなものがゆっくりと召喚されていく。
長い柄を持つ杖の先端は京紫の輝きをまとい、アリシアの瞳もかすかにその色に染まっていく。
先端は真ん中を基準に独特に分かれていて、一見するとテレビで見た、なんと半世紀前くらいに流行った人気のアニメシリーズ『何世紀ゲリオン』のロンギヌスの槍みたいだ。
「アリシアいつも頼ってばっかりだから・・お兄ちゃんに負担かけちゃう・・・」
正面のイノシシに視線を釘付けにしたまま、アリシアはぽつりと言葉を零す。
杖をぎゅっと握りしめて両目を瞑る。
とんでもない量の魔力が杖の先に集まっていく。
単なる魔力とは違う、異質な感覚。
禍々しいと言っていいほどの、不気味ささえ感じさせる魔力が杖の先に恐縮されていく。
巨大なイノシシも脅威を感じ取ったのか、狼狽えた様子で前足を前後に動かしながら足踏みを繰り返していた。
しばらくの戸惑いを経て結論付けたイノシシは、アリシアめがけて猪突猛進していく。
これほどの圧倒的な魔力の量なら、あれくらいの下位モンスターは楽勝なはずだ。
むしろ俺まで巻き込まれてしまいそうだ。
少し距離を取っておこう。
足を後ろに3散歩踏み出して後ずさりすると、
「あれ・・・? お兄ちゃん多分また失敗・・・
ドカーーンッ!!!
巨大なイノシシの角がアリシアの頭に直撃し、勢いよく跳ね返られる。
空中で何回か回転させられたその身体は、ズドン!と地面に落ちて更に追加で回転させられる。
地面に転んだ途端、立ち上がるアリシアは
「ア、アリシア全然平気だから・・・!」
と俺を安心させるべくなのか、こっちを見てにやりと笑みを見せる。
アリシアの額が裂け、血が流れ落ちて右目を閉じさせていた。
「あのバカ・・・!」
何が全然平気だ。
血垂れてるじゃないか。
俺に笑顔見せる暇あるくらいなら、目の前のモンスターから狩れってことだ。
ゲームをプレイしてた時のように、身体の中に流れている魔力に意識を集中してみる。
この身体は自分のキャラクターではないため、どれほどの魔力と魔力総量を持っているかは未知数だ。
それでも、あれくらいのモンスターは簡単に狩れるだろう。
体内に流れてくる大量の魔元素。
更に意識を集中して奥深い所に溜まっている魔力を感知してみる。
すると、水平線の果てが見えない大海原に身体が安らかに浮いているような感覚を覚える。
どこまでも拡張されているその風景に心地よささえ感じてしまう。
これほどの魔力総量・・・俺はこんな化け物と戦ってたのか?
ほんの一部の魔力を指先に流してみる。
魔力が形となって生成されていく。
アリシアを睨みつけている巨大なイノシシに狙いを定める。
威嚇を察知したようなあれは、向き直ってこっちに赤い角を向ける。
一直線上になったそのイノシシに人差し指を指し伸ばす。
指先に集めておいた魔力をそっと押すように力を入れてみる。
ビシューッ!!
夏祭りの夜空に打ち上げられるレーザー式の花火のように、あっという間に巨大なモンスターの頭蓋骨めがけて飛んでいく。
ド――ン!!
しかし、まだこの身体に慣れていないせいか、せっかくの花火は狙い撃ちにしていたイノシシをギリギリに外し、森の奥側で派手な爆発音と一緒に満開してしまった。
奴の節穴みたいに小さかった目がやや大きくなった。
拡張された瞳孔をキョロキョロと泳がせながら、足がすくんだように地面にくっついているモンスターに、
「失せろ」
と魔力を放出しながら言い放つ。
ギクッとなった奴は振り向きもせず、急速に通ってきた道を走り出して遠ざかっていく。
「すごい・・・」
血は止まったが、丸っとしたほっぺのとこまで赤黒く滲んだアリシアは感心の声を漏らす。
とりあえず、服の裾でアリシアの顔を拭いてみる。
「全然痛くないからね」
再び続く痛くないアピール。
右目の上、額の部分に裂けた傷口が見えた。
傷口周辺の血を軽く拭くと、
「ほら、いたっ・・! くないし!」
言動一致のできないアリシアは、一瞬ひそめた眉を隠すべくかのように余計に大声を張り上げる。
傷は浅い。
簡単な治療系の魔法で治せそう。
「ヒール・・・!」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
繰り出した手がぎこちなくなる静けさが訪れる。
魔神ともなろう者が基礎的な治癒魔法も持ってないとは。
確か街に行けば回復ポーションがあるが、今の姿じゃ無理だ。
「だからもう平気・・・!」
アリシアが重ねて「大丈夫」宣言をしてきたので、それ以上傷に関して触れるのはやめた。
肉が逃げてしまった故に昼ごはんは木の実となった。
少し疲れてしまったのか、それともお腹が満たされて眠気に襲われたのか、アリシアは俺の横で幸せそうに昼寝をしていた。
――――――――
これからの旅に備えて、まずは己の客観的なスペックを知る必要があると判断した。
さっきの戦闘ともいい、ヒールの件もいい、俺はこの身体について無知すぎる。
さっきは下位モンスターで簡単にしりぞけられたが、もしやあれが最高位クラスのモンスターだったら状況がどうなっていたかは保証できない。
手持ちのスキルと魔法を綿密に把握しておかないと効率的かつ有利な戦闘は行えない。
このままじゃ約束は守れないと、痕になりかけの額の傷口を見て思ってしまう。
「カノンちゃん・・・いるのか?」
自ら作り出した強力なサポート系列の固有スキル『ヘルパー・カノンちゃん』。
封印前はこの身体に入ってきてもよく作動していたが、今は封印の影響でどうなっているのか・・・。
プレイヤーの時代から最も信頼して使ってきたスキルだ。
無くしてはとても困る。
〘用件を述べてください〙
来た・・・!!
無愛想な機械音のような声が耳元に届いて俺は安堵の息を吐いた。
「今この身体が保有しているスキルと魔法を教えてほしい」
〘現在の身体が保有するスキル及び魔法の情報を、脳内へ直接転送します〙
思ってたより持っているスキルと魔法の数が少ない・・・。
いや、むしろ多い方かもしれない。
ただ俺のケースが特殊だっただけで。
徹底的にソロプレイを追求してきたせいで、他のプレイヤーの事情にはあまり詳しくない。
それでも、「イレクシア・オンライン攻略集」サイトに書かれている情報だけでも、このゲームでスキルと魔法を覚えるのにどれほど手間がかかるかが分かる。
しかし、俺は固有スキル『概念の具現化』のおかげで、新しいスキルや魔法を比較的簡単に獲得することができた。
実際、『概念の具現化』で生み出したこの『ヘルパーカノンちゃん』もしっかり役に立っているし。
どうやら固有スキルだけは、この身体に入った時に一緒に持ち込まれたようだ。
とはいえ、他に獲得した無数のスキルと魔法は全部無くなってしまったけど・・・。
「カノンちゃん、スキルチェック。『概念の具現化』」
〘固有スキル『概念の具現化』:絶え間ない空想とシミュレーションの連続で、特定の概念を具体化及び具現化する。
現在スキルの熟練度が0になっています。
概念の具体化及び具現化には相応の時間が必要とされます〙
熟練度が0・・・?
ってことは新しいスキルや魔法を獲得するのにかかる時間がいつも以上になるのか・・・。
頭の中で空想し続けるのがどれだけ精神的に疲れる作業なのか、このゲームの開発者もぜひやってみてほしい。
これからあれ程のスキルと魔法を再獲得するのに、どれくらいの時間がかかるのだろうか。
この身体に入ってきて損ばかりしている気はするが、その代わりに魔神が持っていたスキルと魔法が使えるようになった。
中でも特に気に入ったのは、
『戦闘直感:悪魔族専用スキル。
戦闘中、最も効率的な攻撃手段及び攻略方法が直感的に理解するようになる。
魔王クラスに到達すると、スキルの進化が可能となる』
これは魔神との決戦で概念の具現化を通して使用してたスキルだ。
まさか魔神も持っていたとは・・・。
『苦痛抑制:悪魔族専用スキル。
戦闘中の苦痛を制御し、戦闘における精神的ダメージを最小限にする。
魔王クラスに到達すると、スキルの進化が可能となる』
これも同じく魔神との決戦で一時的に獲得していたスキルだ。
苦痛抑制のおかげで悲鳴を上げてた身体が治まり、魔神との戦闘を続行できたのだ。
今振り返ってもどう勝てたのか・・・未だその時の戦慄が鮮明に身体に残っている。
『紫影燼火:悪魔族固有魔法
紫黒の炎を召喚し、対象に絡みつくように燃焼させる。炎はいかなる物理的防御を無視し、対象に継続ダメージを与え、魔力と精神を徐々に削り取る効果を持つ。
この効果は、使用者に一定以上のダメージを与えることでのみ解除できる。
魔王クラス以上使用可能』
物理的防御を無視する上に相手の魔力と精神に直接ダメージを与えられるとは・・・かなり強力な攻撃手段だ。
しかし、魔王クラス・・・。
今の俺の魔王クラスなのか?
「紫影燼火・・・!」
ワクワクする気持ちで手を開いて繰り出してみたが、また俺の声は寂しく空回るだけだった。
もしかすると・・・。
〘『紫影燼火』は魔王クラス以上の悪魔族のみが使用できる固有魔法です。現在、魔王クラスに達していない為、該当魔法は使用できません〙
薄々気づいてはいたけど、そんなはっきりと言われたくなかった・・・!
カノンちゃん、今日厳しすぎじゃないか? 久々の再会だから?
〘・・・・・・〙
よし、答えは聞かなくても分かるから次の専用魔法を見てみよう。
『永劫燼滅:魔神固有魔法
????????????????????????
?????????????????』
なんだ。
魔法の説明が全く見えない。
〘該当魔法は魔神のみがアクセス可能です。魔神への神化条件を検索しますか?〙
まぁ・・・気になるし、念のため。
〘魔神への神化を達成するには、二つの条件を満たす必要があります。
魔族の全種族内で頂点に立つ者。
最も大切な者の死、または犠牲。
現在、どちらの条件も満たされていません〙
これはまた凄い条件だ。
まだ魔王クラスにすら達してない俺にとっては、遠い未来の話にしか聞こえない。
俺はこのまま確定した事実として魔神に神化するのか。
もしくは俺がこの身体に入ってきたせいで、未来に変化が起きて他の誰かが魔神になるのか。
「カノンちゃん、頭が複雑だ。助けてくれ」
ダメ元で冗談半分で言ってみる。
〘過度な脳内活動を感知しました。使用者の脳に電撃魔法によるショックを与え、一時的に機能を停止させます〙
「待て、カノンちゃん・・・! 冗談だ! 取り消し!!」
今までの経験が教えてくれている。
カノンちゃんなら普通に俺を気絶させると。
「お兄ちゃん、カノンちゃんって誰?」
俺の叫びに起きたのか、アリシアはちゃっかり横に来てやや不満げな低い声色で言葉を発する。
寝起きの子供は不機嫌になるというあれか。
「俺の固有スキル・・・!」
意気揚々とした表情で自慢するように話してみる。
今まで色々な苦境を一緒に乗り越えてきたカノンちゃんだ。
自慢のスキルに他ならない。
「嘘だ。そんな可愛い名前のスキル聞いたことない」
聞いたことあるはずがない。
なぜなら、カノンちゃんは俺が偶然コンビニで見かけた写真集に出るアイドルの名前だから。
よっぽど目に焼き付けられたのか、『概念の具現化』でスキルを生成する際に無意識的に考えてしまい、ついスキルの名称にまで入ってしまったのだ。
「本当だ。忘れられないスキルだ」
「じゃあカノンちゃんてどういうスキル?」
「何でも教えてくれる先生みたいな感じかな」
「何でも・・・」
スキルの説明を聞いたアリシアは少し考えると、
「アリシアも話してみる・・・!」
と昂った様子で顔を合わせてきた。
「カノンちゃん!!」
琥珀色の瞳をキラキラと輝かせながら、浮かれた声でカノンちゃんを呼んでるアリシアだったが、カノンちゃんが反応することはなかった。
例え応じたとしても、カノンちゃんの回答は俺の脳内に直接送り込まれるため、その内容がアリシアにまで届くことはない。
「実はカノンちゃんは俺としか話せないんだ。聞きたいことがあれば、俺が代わりに聞いてやるよ」
「お兄ちゃんが言ってた『お母さん』ってなんなのか知りたかった」
「・・・・・・」
お母さんってなんなのか。
せめて俺からは正確な説明ができない。
俺が感じてきて思っている母親の意味は恐らく普通とは違うから。
〘固有スキル『記憶の操作及び再整列(1回)』を感知しました。
本スキルの使用回数は1回限りであるため、一度使用するとスキルは消滅します。
スキルを使用しますか?〙
これはあの依頼の報酬でもらっていた固有スキル・・・!
このスキルを使用すれば、封印された記憶でも取り戻せるかもしれない。
今これをアリシアに使えば・・・。
もう記憶の封印、解いちゃう!?
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