歪んだ家族
「今回は本当に助かりましたよ、なんてお礼を言っていいか…」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。」
薄暗いビルの一室、壁に無造作に貼られた古びたポスターがその場の異様さを際立たせている。スーツ姿の男は、相手の言葉に冷たく微笑みながら手元の書類を整えた。その男—ハイネは、感情を読み取らせない薄氷のような笑顔で相手を見つめている。肌は白磁のように滑らかで、鋭い青い瞳が印象的だった。彼は、どこか人形のような冷たい美しさを持つ男だった。
「か—、貴方と関係を持っていて良かったよ。ハイネさん!」
マンホールファミリーのキングと呼ばれるその男は、丸刈りの頭に派手な刺青を首筋まで入れた強面だったが、ハイネの前ではへつらうような態度を見せる。
「ちょうど私も貴方にお願いがあったところだったんです。」
ハイネは相手の言葉を受け流すように返し、手元のペンを軽く回す。
「そりゃあ、もう何でも私たちにできることなら。」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただいて…」
ハイネの声には確かな余裕があった。背後に控える影—細身で無表情な部下たちが、一言も発せずに場を睨んでいる。その場には緊張感が漂い、キングは汗をぬぐった。
「おっ、おかえり。タダシ君。」
木目調の家具が並ぶ温かみのあるラボで、オザキが微笑みながらタダシに声をかける。中年のオザキは、白衣を少しはだけて着る癖があり、親しみやすい人柄を感じさせる。額には少しシワが刻まれているが、その目は穏やかで優しい光をたたえていた。
「すみません、かくかくしかじかで…」
タダシは汗をぬぐいながら、軽く息を整えて説明を始めた。彼は20代前半で、痩せた体躯に少し猫背が目立つ。短髪の黒髪は少し乱れており、垂れ気味の目がどこか頼りなさを感じさせる。
「えっ!?あのニュースになってた、ダメじゃないかそんな危ないことをしちゃ!!!」
オザキは手を腰に当てて大げさに言うが、その声には心配が滲んでいる。
「えっ、は、はい…その、ごめんなさい。」
タダシはうつむきながら小さな声で返事をした。その瞬間、目尻からぽろりと涙が落ちる。
「えっ、ちょ…タダシ君!?」
「あ、あれ…おかしいな…」
タダシは、自分が泣いていることに気づき、慌てて袖で拭った。
「は、恥ずかしいな…この歳で泣くなんて。」
「いや、タダシ君。涙を流すことは恥ずべきことじゃないよ。」
オザキは優しくタダシの肩に手を置いた。
"君の話から察するに、君の家族は…あまりこんなこと言いたくないんだが、愛情というものを与えてくれなかったのかもしれない。これからは僕のことを父…いや兄とでも思ってくれたまえよ。"
オザキは軽く胸を張り、にやりと笑って見せる。その仕草にタダシはくすりと笑った。
「ハハハ、ありがとうございます。正直そうかもしれません。僕は、あの家では全く必要とされていなかった。心配していただいて嬉しかったです。今ではここが僕の居場所だと思っていますから…今日遅れた分、しっかりと働きますよ!!って…これどうしたんですか?」
タダシは話題を変えるために、目の前に山積みになったカラフルなサプリメントを指差した。
「よろしく頼むよ…あれ、話していなかったっけ?」
「話って何がですか?」
「ハイネだよ。彼、来年の総選挙に出るんだ。そのための世間へのアピールだよ。僕たちは健康サプリを作っていて、皆の健康をサポートします—みたいな。まずは若者たちに配って知名度を上げるところから始めるんだ。」
「えっ、ハ、ハイネが総選挙に!?聞いてないですよ。でも確かに、あの人なら…」
「まぁ、僕たちはサプリを大量に作ることに専念しよう。配るのは他の部署がやってくれるから。」
「りょ、了解です!!」
タダシは無邪気な笑顔で答えたが、その裏で何か胸騒ぎのような感覚を覚えていた。しかし、その理由を理解するにはまだ時間が必要だった。
彼は知らなかった。
喜んで作らされていた"サプリ"と呼ばれていたものが、実際には覚醒剤だったということを。そして、この団体—マザーハウスが、その裏でどれほど恐ろしい顔を持つのかも知らなかった。