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導かれる者たち

真の会に入会してから、僕の人生は一変した。

真夜中の闇が、明け方の空に溶けるような変化だった。大学ではアヤ先輩という親しい存在ができ、かつてのいじめの記憶も薄れていく。孤独で灰色だった日々が、彩りを取り戻していった。真の会では僕を必要としてくれる人々がいて、教えの中で何かを掴みつつあると感じていた。


それでも胸の奥に重く沈む悩みが一つだけあった。



ある日のこと、下宿先から教団の集会へと向かう途中、いつも温和な笑みを浮かべるオザキさんが声をかけてきた。

「どうしたんだい? タダシ君、今日は元気がないね」

その問いに、僕は少しためらいながらも心の内を打ち明けた。


「それが…お金のことで悩んでいて。せっかく真の会に入会したのに、僕の家はあまり裕福なほうではなくて……」


オザキさんはしばらく考え込み、穏やかな笑みを浮かべた。

「そうか。それなら僕が会計係に相談しておくよ。困ったことがあれば遠慮なく言うといい。僕はここでは顔が利くからね」


彼の言葉に、僕の心は少し軽くなった。オザキさんの経歴は輝かしいものだった。大学では理学部のトップの成績を誇り、いくつもの研究を成功に導いた人物だ。同じ学部を学んでいることもあり、僕にとって彼はまるで道しるべのような存在だった。



夜、下宿先に戻ると僕は真の会の購入したばかりのCDを再生した。

穏やかな音楽が流れる中、低く滑らかな声が語り始める。


「ご購入ありがとうございます。ハイネです。あなたがこのCDを手にしたということは、真の会に入会されたということ。それは、私たちの家族の一員となったも同然です。これからもよろしくお願いします。そして、あなたが目指す『真の世界』を思い描いてください」


僕は食器を洗いながら、その声に耳を傾ける。


「僕の求める真の世界……それはもう手に入った気がする」



数日後、真の会の大規模な集会が開かれた。ここでは通常のセミナーでは滅多に顔を見せないハイネ代表が直接言葉を伝えてくれるという。


「それでは、本日の集会は以上です」


終わりの挨拶が響く中、僕は思わず手を挙げてしまった。

会場がざわつく。隣に座っていたアヤ先輩が驚いたように僕を見る。


「どうぞ」


ハイネ代表の声が響き、会場のざわめきが止んだ。

「あ、あの……僕の望んでいた『真の世界』はもう実現してしまったのですが、次はどうすればいいのでしょうか?」


ハイネは少し笑みを浮かべ、穏やかな声で答えた。

「とても良い質問だね。それなら次は、自分ではなく他者にその世界を向けることだ。他者を救うことこそが、さらなる『真の世界』への道となる」


その言葉に会場中の視線が僕に向けられる。拍手が起こり、僕の胸は熱く満たされた。



だが、その幸福感は長くは続かなかった。

「お金が底をつきそうだ」

僕は再びオザキさんに相談をした。


「それなら、僕の研究を手伝ってくれないか?そうすれば教団がお金を肩代わりしてくれるから」


オザキさんの頼みで始まったのは、教団の商品を包装する簡単な作業だった。週に数度のアルバイトのような作業で、生活費の一部を補えるのはありがたかったが、次第に彼の提案は重くなっていく。


そんなある日、オザキさんから声をかけられた。


「タダシ君、最近どうだい?生活に困ってることはないか?」


彼は穏やかな口調で、まるで父親のような温かさを持っていた。


「実は…まだ少し金銭的に」


「そうか、それなら出家のことを考えてみないか?」


「出家…ですか?」


「君のように、家庭で辛い思いをしてきた人は多いよ。出家すれば、真の会の一員として家族のような仲間と一緒に暮らせる。真の教えを学びながら、新しい自分を見つけられるんだ。」


オザキさんの提案は、驚くほど心に響いた。僕は家族との関係を断ち切りたいとずっと思っていた。それが叶うのなら、迷う理由などなかった。


出家を決めると、すぐに手続きが進んだ。必要な書類を書き、僕の財産—といっても大したものではなかったが—を会に献上することになった。


僕が「真の会」に出家してから数日が経った。

巨大な施設「マザーハウス」は、一見すると近未来的な寮のような清潔感のある建物だった。白い壁が何層にも重なり、内部はまるで迷路のように入り組んでいる。壁際には観葉植物が規則的に配置され、館内を歩く人々の顔にはどこか達観したような微笑みが浮かんでいた。その笑顔が、僕には不自然で息苦しかった。


「タダシ君、こっちだよー。」

柔らかい関西弁混じりの声に振り向くと、オザキさんが立っていた。彼は四十代半ばの細身の男で、黒縁眼鏡をかけ、白衣がやけに似合う。だが、その背中にまとわりつくような影の濃さが、どことなく不気味だった。


「は、はい!」


オザキさんは、真の会内でも特別な地位にある「研究所」の責任者だ。僕がここに来る前から噂で聞いていた。彼は健康サプリの研究開発をしており、会の財政を支える重要な人物らしい。


「君は僕の大事な部下だからね。特別に研究所の一角を君の生活空間にしてあげたよ。」

「ありがとうございます。本当に、何から何まで……。」

「イイってイイって~、家族だからね。」


彼は笑顔で肩を叩いてきた。その手の冷たさに、一瞬、背筋がぞくりとした。


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