運命を決定づけた一日
冬の風がほんのり冷たく、街路樹がイルミネーションで飾られた商店街はどこか夢のような雰囲気だった。その日は、アヤ先輩と二人で映画を観に行く約束をしていた。アヤはタダシにとって憧れの存在。彼女は優しく、明るく、どんな時も誰かを気遣う姿が魅力的だった。それに、真の会の話をする時、いつも目を輝かせていた。
「タダシ君、待った?」
商店街の入口で振り向いたアヤ先輩は、ふんわりとしたベージュのコートにスカート、足元はショートブーツ。淡いピンクのマフラーが彼女の柔らかい雰囲気を引き立てている。髪は軽く巻かれ、頬にかかった前髪が微かに揺れていた。
「い、いえ!僕も今着いたところです!」
タダシは思わず背筋を伸ばし、ぎこちなく答えた。心の中では何度もガッツポーズを取っている。アヤ先輩とデートなんて夢のようだ。
観た映画は、学生たちが青春を謳歌する感動的な作品だった。ラストシーンで主人公が友人のために自己犠牲を選ぶ姿に涙ぐむアヤを見て、タダシの胸は締め付けられるように高鳴った。
「やっぱり、人のために何かをするって素敵よね」
映画館を出るとアヤはそう呟いた。
「そうですね……でも、なかなかそんなこと、僕にはできませんけど」
タダシは苦笑しながら答えたが、アヤの言葉にどこか釘付けにされた。
「そんなことないわ。タダシ君も、ちゃんと人の役に立てる。真の会の教えを知れば、もっと自分に自信が持てると思うの」
そう言ってアヤは微笑んだ。その笑顔は映画の中のヒロインのように神々しく、タダシは思わず見惚れてしまった。
次に向かったのは、商店街の奥にある小さなカフェだった。木製のテーブルとアンティーク調のインテリアが落ち着いた空間を演出している。二人は窓際の席に座り、温かいカフェラテを飲みながら会話を弾ませた。
「タダシ君、最近学校はどう?」
「まぁ、普通です。授業は少し難しくてついていくのが大変ですけど……。」
「そっか。でも、真の会で学ぶと、そういう悩みも自然と解決していくのよ」
アヤはさらりと「真の会」の名前を出した。タダシは少し驚いたが、すぐにその言葉に安心感を覚えた。最近、真の会のセミナーに通うたび、彼女のような明るい人たちと交流することが増え、孤独だった自分が変わり始めている気がしていたのだ。
「例えば、今の自分に足りないものを見つけて、それを補う方法を教えてくれるの。私も、真の会に出会う前は自信がなくてね……」
「アヤ先輩が、ですか?信じられません」
「うふふ。でも本当なの。ハイネ代表の教えに触れてから、世界が違って見えるようになったの」
アヤの瞳が一瞬、鋭い輝きを放ったように感じた。彼女の言葉には説得力があったが、それ以上にタダシの心に残ったのは、アヤ自身が心からその言葉を信じていることだった。
夕方になり、商店街を歩いていると、タダシはふと自分が変わり始めたきっかけが「真の会」だったことに気づいた。アヤとこうして話せるようになったのも、セミナーで自分を見つめ直す時間を得たからだ。
「タダシ君、真の会に入会してみない?」
アヤが立ち止まり、彼に向き直った。
「え……僕なんかが入っても大丈夫ですか?」
「もちろんよ。タダシ君は優しいし、きっと皆に好かれると思う」
アヤの言葉に、タダシの胸の奥で何かが弾けたような気がした。この人のようになりたい。この人と同じ世界を見てみたい。その思いが彼を突き動かした。
「わかりました。僕も真の会に入ります」
その夜、タダシは真の会への入会を決意し、申込書に記入した。彼がアヤと過ごした穏やかな一日、それは彼にとって新しい人生の幕開けのように感じられた。しかし、その決断がどれほど深い闇へと続くものなのか、彼はまだ知らなかった。
ハイネ代表のカリスマ性、アヤの信念、そして真の会の暖かさ。その全てが、タダシの心を徐々に蝕んでいく。その夜、タダシの心にはハイネの教えが響いていた。
「求める真の世界を見つけたなら、次はその世界を他者と分かち合いなさい」
その言葉が、新たな洗脳の始まりだった。