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真の扉を叩く

真の会のセミナーは、大学の講義室のような硬さはなく、不思議な温もりに包まれていた。木目調のテーブルとふかふかの椅子が並ぶ広い部屋。壁には「新たな世界の扉を開け」という会のスローガンが描かれている。


「ようこそ、真の会へ」

壇上に立つ一人の男性の声が、参加者たちの心を掴んだ。男性は「オザキ」と名乗り、真の会の幹部だという。整ったスーツ姿に柔らかい物腰、どこか懐かしさを感じさせる落ち着いた笑み。彼の声は穏やかでありながら、不思議な熱を帯びていた。


「人間が本当に求めているものは何だと思いますか?」

オザキさんの問いかけに、参加者たちは無言で耳を傾ける。

「それは『真実』です。そして、真実に触れたとき、人は初めて自由になれるのです」


その言葉に、僕は心がざわめくのを感じた。真実──僕はそれを手にしていない気がしていたからだ。


セミナーが終わると、参加者たちは自由に質問や感想を述べる時間が与えられた。僕が遠巻きに見ていると、近くにいた一人の女性が声をかけてきた。


「初めての参加?」

柔らかな笑みを浮かべた彼女は、先ほどセミナー中に発言していたので、少し気になっていた人物だ。


「え、いえ、二度目です……K大学一年のタダシです」

僕がたどたどしく名乗ると、彼女は目を丸くして笑った。


「え、私も同じ大学!二学年のアヤっていうの学友会にも顔を出してるから、何かあったら相談してね」


その親しみやすい態度に少し安心し、自然と会話が弾んだ。

すると、アヤ先輩が僕の背後を指差しながら言った。


「ほら、あの人。オザキさん、真の会の幹部なんだよ。話してみる?」


「えっ、そんな偉い人と……」


僕が戸惑っていると、アヤ先輩が笑いながらオザキさんを呼んだ。


「オザキさん、こちらタダシ君二度目の参加だって」


オザキさんはすぐに近づいてきて、僕に名刺を渡しながら握手を求めた。


「初めまして、タダシ君。今日は来てくれてありがとう。どうだった? 少しでも興味を持ってくれたなら嬉しいな」


その穏やかな声と目線には、何か抗えない吸引力があった。


「はい……すごく興味深かったです」


「そうか。それなら、ぜひまた顔を出してくれると嬉しいよ。次のセミナーでは、もっと深い話をする予定だから」


アヤ先輩が笑顔で促してくれたおかげで、僕は彼と連絡先を交換した。それは何となく、次の世界への扉を開ける鍵を手に入れたような気がした。


初めて「真の会」のセミナーに参加したのは、好奇心半分、焦燥感半分だった。周りに取り残されているような気がして、何かにすがりたかったのだ。それ以来、僕は何度も足を運んだが、入会の決断には至らなかった。心のどこかで、これ以上深入りすることをためらっていたのだ。けれど、その迷いを振り切るような事件が起ころうとしていた。


初夏の蒸し暑い午後、眠気を誘う大学の講義室で、僕はスマホをいじっていた。最近追加された連絡先──「アヤ先輩」と「オザキさん」を眺めて、思わず顔がほころぶ。僕の連絡帳にこんな風に新しい名前が増えることなんて、今まで一度もなかったからだ。ずっと、僕をいじめていたツトムとその取り巻きの名前ばかりが並んでいたのだから。


「はぁ、入会したいけどお金がないな……バイトでもするか」とぼんやり考えていた矢先、チャイムが鳴った。


その瞬間、後ろからガツンと肩をつかまれた。


「おい、タダシ、最近授業終わったらすぐ逃げるよな? なんかあったのか?」

ツトムだった。馴れ馴れしく肩を組んでくる。


「い、いや、何もないよ」


「ふーん。まあ、いいけどさ。今日財布忘れて金ないんだよな~。学食、奢れよ。いい先輩、紹介してやるからさ」


「そ、そうなんだ……あ、でもこのあと用事が──」


「はぁ? 俺が紹介してやるって言ってんのに、断るのか?」


「わ、わかったよ」


ツトムの腕は重く、香水の匂いがきつい。早くこの場を逃れたいと思いながらも、食堂の券売機の前に連れて行かれた。そして結局、唐揚げ弁当をツトムに奢り、ついでに自分の分も買わされる羽目になった。


食べ終わる間もなく、ツトムが「紹介したい」と言っていた先輩──ロン毛で無精ひげの男、橘ミノルが現れた。彼は連れてきた取り巻きたちとともに、僕たちの席を囲む。


「お前がタダシ君か。俺は橘ミノル。よろしくな」


彼は初対面の僕に愛想よく微笑んだが、その目には冷たい光が宿っていた。そしてその笑顔は、人が消えるとともに一変した。僕は次の瞬間、腹に拳を叩き込まれ、食べたばかりの唐揚げ弁当を戻してしまった。


「おいおい、勿体ねぇなぁ。今日からお前を教育してやるよ」


ミノルの声が、耳に嫌な響きで残った。彼と取り巻きたちは、散らばった弁当を踏みにじりながら嘲笑い、僕の財布から金を奪った。さらに、僕の体を容赦なく蹴りつける。苦痛と恐怖で声も出ない僕の頭上で、彼らは札束を数えながら「もっと稼がせなきゃな」と笑っていた。


そのとき──「ちょっと、何やってるの!」と鋭い女性の声が響いた。ミノルたちの動きがピタリと止まる。


振り向くと、そこにはスマホを構えたアヤ先輩が立っていた。彼女の冷静な目とフラッシュの閃光に、ミノルたちは一瞬怯んだ。


「げっ、バレた!? 逃げるぞ!」

「何で逃げなきゃいけねぇんだよ!」


ミノルはそう言いながらも動揺を隠せない様子で、アヤ先輩に言い訳を始めた。だが、彼女は容赦なく追及しようと一歩踏み出した。その瞬間、僕はとっさに彼女の手を取り、止めた。


「先輩、その必要はありません。僕がただケンカをしただけです」

僕は自分の安全と、これ以上の波風を避けるために嘘をついた。


アヤ先輩は僕を保健室まで連れて行ってくれた。横腹の痛みと緊張でぼんやりしながらも、彼女の優しさと存在感に救われた気がした。


その後、彼女への感謝を伝えると、予想外の返信が返ってきた。


「じゃあ今度、お礼に私が行きたかったカフェでデートしてね」


その言葉に僕の心に小さな光が差し込むのを感じた。それは「真の会」で得られなかった本当のつながりだったのかもしれない。


しかし、その裏で僕の知らない大きな陰謀が動き出そうとしていた。


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