一章その5
運悪く大砲の煙が来る所に居た様で辺りが煙に包まれ、クラーケンがどうなったのか分からなかった。しかし音はきこえてきたのでそこから推測するに放たれた砲弾250発の内32発ほどがクラーケンに当たったようだ。距離を考えれば妥当だが、クラーケンを倒すには少ない様に思った。
煙が晴れると案の定クラーケンは居た。しかも触手が数本無くなっただけで瀕死とかには見えない。
「第一波突撃!!」
その掛け声が聞こえると同時に第一波の歩兵達は水上を駆けクラーケンに接近し砲撃により傷ついた場所に攻撃を始めた。厳しい訓練で磨かれた連携によりクラーケンの触手や大波をかわしながらしっかりとクラーケンの傷口に攻撃を加えた。しかし、彼らは運が悪かった。それまで攻撃に対し水中に潜るなどして反撃をしてきていたクラーケンが突如空に舞い上がったのだ。そして落下を始めた。それが落ちると言うのは隕石が落下するのとほぼ同義である。第一波の兵士達もそれに気づき退避しようとしたが無駄だった。クラーケンが起こした津波は第一波の兵士達を飲み込み港を飲み込み砲撃陣地を飲み込み、そして俺たちを飲み込んだ。
昔ニュースで津波を見た時、自分は泳ぎが得意だから余裕だと思ったがそんなことはなかった。
水に飲まれる瞬間、防御魔法を貼ったのに車に跳ねられた様な力を感じ体が潰される様な感覚を感じながら流された。当然水の中には木なども流されていて、それらに防御魔法を突破されぐちゃぐちゃになった仲間を何人も見た。俺は運が良くそういったものに当たらずに何とか立つ事ができた。多分4km程流されたのだろうか。辺りは流木などで悲惨な事になっていた。しかし、強い魔法を長い間使っていたわりに何か忘れた気がしない。忘れた事に気づくことの難しさを感じて苦笑いしながらもどうでもいいとする。しかし、装備を全て失ってしまった事と全身が痛む事はダメだ。
仲間が一人でもいるのか分からない。たどり着いた所でどうにか出来るのかも分からない。それでも俺はクラーケンの所へ歩き出した。せめてクラーケンを倒さなければこの世界で俺を助けてくれた彼女への恩を返す事は出来ないだろう。最もその彼女がまだ生きているのかも分からないのだが。
そして俺が港にまたたどり着いた時既に日は暮れ始めていたがまだ奴はいた。
さらに運がいいことに豪華な装飾がされているもののつかえそうな剣が転がっていた。
俺はそれを拾い上げ鞘から刀身を出す。
「いくぞ!クラーケーン!!!」
剣を構え水上歩行魔法を使いクラーケンに近づく。そこを目掛けて全ての触手が襲って来るがそんなものは当たらない。守りのないクラーケンに向け、更に加速し、そしてありったけの力を込め剣を振るった。しかしその刃はクラーケンに届かず、俺は弾き飛ばされた。奴は一本触手を隠していたのだ。俺の体は宙を舞い目には夕焼けの空が映った。そして俺は結局何も出来なかったと悟った。恩返しも軍人としての仕事も自分の人生も!まだ何も満足に出来ていない。
まだ死ねるか?
死ぬのか?
俺は、俺は、
「まだだ、まだだ、まだだよ!まだ死ねるかぁぁぁぁあアアアア!!!!!!」
体を反転させクラーケンを捉える。
こうなったらヤケだ。何でもやってみるしかない。たとえそれが夢の中で教えてもらったものだとしても。
『???:君がこの先、生きるには強力な技が必要だろう。そこで魔法を使った強力な技を教えようと思う。』
剣を構え直し魔力を込める。
『???:この技は魔力によって最大限まで武器と君の耐久力を上げ、魔法で加速しながら高高度から斬りつけるというものだ。高高度まで上がる方法はいずれ知るだろうし今はいいや。』
高度は十分な筈だ。
『???:最後にこの技で最も大切なこと。それは恐れないこと。多分これを一通りやるくらいの魔力なら後遺症ものこらないしね。』
加速を始め突撃していく。そう俺は弾丸だ。
クラーケンも何かを察したのか触手で迎撃しようとしているが無駄だ。全て叩き切る!
まずは奴を仕留めるそうしなきゃ何も始まらない!
『???:そうだこれも伝えないとこの技の名は...』
『「秘技、メテオストライクスラァァアシュゥゥゥウウ!!!!!!!」』
ズドォォォオオオ!!!
高濃度の魔力の光を纏った一閃はクラーケンの触手を頭を胴体をすべてみ木っ端微塵に吹き飛ばした。そしてその後には一人だけが立っていた。
「ふっ、やったか。」
ふと自分の体を見てみると一応五体満足なものの服はボロボロでほぼ裸に近く、化け物を倒したとは思えないほど酷い姿だった。それでも夕焼けに照らされた姿は少しは風格がある様に見える。それが少しおかしくて笑った。そしたら緊張の糸が切れた様で
俺も気を失った。
目が覚めると基地の中の病室に居た。
俺が目が覚めたのを見るなり軍人達がやってきて無理矢理引っ張って連れて行かれた。包帯ぐるぐる巻きでそこら中痛むのに。それでも周りのベッドの呻き声を上げることしか出来ない奴等からしたら羨ましいだろうが。
そしてつれつれていかれた先には『第七十五号作戦』に参加していた軍人達が待っていた。ほぼ全員がボロボロだった。
「先の作戦では参加した兵の8割が死亡、1割が魔法の使い過ぎにより廃人化するなど多大な犠牲を出す事となった。しかし、いや、だからこそこれからも生き残った我々はこの国を守っていかなければならない。本作戦指揮官のリベル・エレクトリッシュ・ウォルトからも一言あるそうだ。」
そうレオンが言うと、杖をつきながらリベルが出てきた。包帯が体中を覆っているがそれはリベルだ。
「本作戦では目標を果たす事が出来たものの大きな犠牲を出し、そして生き残った皆さんも大きな傷を負い治療も追いつかないという結果になってしまいました。この責任は指揮官である私にあります。申し訳ございませんでした。」
そう言うと彼女は深く頭を下げた。
俺が思っているのと同じで王族が頭を下げるのは珍しい様でその場にいる誰もが驚いていた。
「もう、いいだろう。頭を上げて。」
「はい。それでは皆さん作戦は終了です。」
こうして俺の初の実戦は終わった。
最も俺がクラーケンを倒したとは誰も信じてくるなかったので誰にも讃えられる事はなかったが。
いや、一人だけ信じてくれた人がいた。
「やっぱり、お兄さんが倒してくれたんだね。なんとなくそんな気がしてたよ。」
そう言う彼女の体もやはりボロボロだ。近くで見るとよく分かる。
「あぁ、だけど俺一人じゃない。俺はあいつを倒すのにたまたま落ちていた剣を使ったんだ。.....気を失う直前に気づいたんだけど刀身に文字が彫ってあって『ウォルト』って書いてあったんだ。」
「えっ?」
「これがその剣だ。」
俺はリベルに装飾が施された剣を渡した。その刀身には確かにウォルトと彫られている。
「これは、、お兄様の、、、、」
「そうだったか。」
「・・・ハジメさん、すみません。この剣折ります。」
そう言うとハンマーなどを使いリベルは兄の剣を折った。
「16の誕生日に私が贈ったお兄様の大切にしていた剣なんです。まだ、見守ってたんですね。さよならお兄様。」
こうして少女は家族に別れを告げた。青年はまだ流されることしかできなかった。それでも自分の意思で戦い抜いたその経験はとても大切なことだった。
この話で一章はおわりです。試作型異世界転生には無かった展開もありましたが、二章以降は更にそれが増えていくので楽しみにしててください!