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ゲームセンター[鞍馬、彬]

 軽快な音楽と共に、ぽふん、と一抱えもある大きなぬいぐるみがクレーンゲームの筐体の取り出し口に落ちた。すぐに取り出し口を開けて中からそのぬいぐるみを引っ張り出す。

 それを見て隣に立っていた先生が目を丸くして俺を見上げた。

「わあ、取れました! 鞍馬さんすごい! 上手ですねぇ……」

 感心したようにそんなことを言う先生の表情に少し照れくささを感じながら、俺は手にしていたぬいぐるみを彼女の腕に押しつけた。


 ここは駅前のショッピングモールに併設されたゲームセンターだ。

 元々俺は画材の購入のため、先生は資料になりそうな本を見繕うためにこのショッピングモールへ来ていた。それぞれの目的を達した後、帰る前に少しモール内を見ていこうかという流れになった時に目にとまったのがこのゲームセンターだったのだ。

 最初は雰囲気だけ楽しめればいいかと思っていた。だが流し見をしながらゲーム機の筐体の間を縫って歩いているうちに、とあるクレーンゲーム機の前で先生が立ち止まった。先生はクレーンゲームの景品に視線を釘付けにされている。

「先生?」

 俺が先生の視線の先を覗き込むように見ればその景品は巨大な茄子に人間の目鼻がついたような微妙なデザインの大きなぬいぐるみだった。顔立ちは少女漫画の登場人物のように整っていて神秘的と言えなくもないがどことなく胡散臭さを感じさせる。美しい少年少女を贄に要求するエセ神さま、といった風貌だ。

 最初はデザインのあまりの微妙さに見入っているのかと思った。だが先生はおもむろにその筐体に近付くと財布から百円玉を取り出して投入する。

 軽快な音楽と共にクレーンが動き出し二本のアームがぬいぐるみをがっしりと掴んだ……かのように見えたが、クレーンが引き上げられた瞬間ぬいぐるみはずるりとアームからずり落ちてしまう。

「あっ……」

 先生があからさまな落胆の声を上げたのを聞いて俺はおののく。俺には全くもって魅力が解らないのだが、おそらく先生はこの微妙なデザインのぬいぐるみを本気で欲しがっているのだ。

 その証拠に先生はその後も次々と百円玉を投入しては獲得に失敗していた。

 俺はしばらく動向を見守っていたが、チャレンジ回数が十回を超えたあたりで一度ストップをかける。

「先生、あんまりむきになるなよ?」

「わ、わかってます……」

 そう言いながらも後ろ髪を引かれるような顔でぬいぐるみを見つめる先生。なんとか未練を断ち切ろうとしたのだろうか。そっと目を閉じる。

 俺はその彼女の表情を見て後頭部に手を遣り、思わずため息をついた。それから先生の背後に立って手を伸ばし、ちゃりん、と音をたてて筐体に百円玉を投入する。

「あ、れ? 鞍馬さん?」

「俺、百円玉四枚しか持ってないから、それまでに取るぞ」

 驚きに目を白黒させている先生をよそに俺は集中してクレーンゲームに向き合った。全く無茶なことを始めてしまったものだ。

 学生の頃は付き合いでゲームセンターに行ったこともあった。この様々な色の溢れるゲームセンターという場所は絵を描く人間からすればとても興味深くはあったが、特に上手くなるほどゲームにのめり込んだ訳ではない。はっきりいって自信は無い。

 わかってる。ただの格好付けだ。だが宣言してしまった以上失敗は許されなかった。

 一回、二回とクレーンを動かして慎重にぬいぐるみの位置をずらしてやる。ぬいぐるみは比較的素直に獲得口の近くへと誘導されてくれた。あとは上手くバランスを崩してやれば……。

 アームの爪で巨大な頭のてっぺん辺りを押してやるとぬいぐるみは獲得口のへりに引っかかるように倒れ込んだ。重い頭は半分獲得口に突っ込まれていてもう少しで落ちそうだ。

 先生が息を呑んだのがわかった。

 その期待に応えるために俺も手に汗を握りながら最後の百円玉を投入した。


「本当に、貰ってしまっていいんですか?」

 そう言って先生は手にしたお茶のペットボトルを指先でぽこんとへこませた。

 俺たちは近くにあった自販機で飲み物を買って、休憩用に置かれていたベンチへと移動していた。俺が獲得したぬいぐるみを片手で抱きかかえた先生はベンチに座ってお茶を一口飲むなりそんなことを言い出したのだ。その視線は抱えたぬいぐるみに向かっている。

 俺は特に深く考えることもせずに、甘くて刺激的な炭酸飲料を一口嚥下してからその声に応えた。

「いいんじゃないか?」

「でも、取ったのは鞍馬さんなのに」

 どうしたのかと思えばそんなことを気にしていたらしい。俺は小さく苦笑して先生を見た。その視線に気付いたのか彼女も俺の方を見る。

「別に俺はそのぬいぐるみが欲しかったわけじゃないからなぁ」

「えっ? じゃあ、どうして取ったんですか?」

 不意に問われて俺はどきりとする。

 どうして、だって? そんなの決まってる。

 だけど俺は努めて平静な顔を取り繕って先生のちんまりした鼻の頭をぎゅむと摘まんでやった。

「ふぎゃ!」

 色気のない声を上げた先生を見て、俺はわざと意地悪そうにニヤリと唇の端を上げる。

「あの時の先生があんまりにも泣きそうな情けない顔してたからだよ」

「えっ、そんな顔してませんよ!?」

 ぱっと赤くなって反論する先生。その様子を見て俺は小さく吹き出してからケラケラと笑ってその場を誤魔化そうとした。

 そうだ。どうしてかなんて決まり切っている。先生の笑った顔が見たかったからだ。このぬいぐるみを取れば先生が笑ってくれる。そう思ったから。それなのにどうして俺は先生を怒らせるようなことを言ってしまったのだろう。

 先生はしばらく憤慨したようにむくれていた。笑いながら俺は罪悪感に苛まれる。

 だけどすぐに先生は考え込むように目を瞑った。そして我慢ができなくなったようにこう言ったのだ。

「でも嬉しいです。ありがとうございます」

 ふわりと先生が笑った。綺麗に、というには少し俗っぽい。ともすれば苦笑いのようなその笑顔。

 それでも俺は目を見張る。頬が熱くなる。顔面に起きているだろう変化を隠すために俺はベンチから立ち上がって顎を上げて天井を見た。

「……おう」

 そしてぼんやり思うのだ。

(先生の笑顔も見れたし、いい仕事したよなぁ、俺……)

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