表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕はお姉ちゃん以外の女性を愛せない、たとえ卒業式に同級生から告白されても

作者: 霧切舞

「岬くんのこと、ずっと好きだった」


 と同級生の真奈美に告白された。放課後の美術室は二人の他に誰もいない。夕日がカーテンをぼんやり照らしている。


(初めて女の子に好きなんて言われた…)


 大学受験が終わり、ようやく長い勉強生活から解放された高校三年生の二人は、違う大学に行く。


「岬くんとは違う大学に行くけど、もしよかったら大学生になっても一緒に遊ぼうよ」


 二人はこれまで長い時間を共にしてきた。


「う、うん。大学生になっても遊ぼう」


 と言うと、真奈美はすかさず続けた。


「ずっと好きだったの! ほとんど友だちがいなかった私にすごく優しくしてくれたから…」

「僕もぜんぜん友だちいなかったから、真奈美さんがいてくれて、本当に助かったよ。ありがとう」


 少し肌寒い季節で、二人はコートを着ていた。

 真奈美は岬に近づいた。岬は胸のドキドキが止まらなかった。部屋には二人しかいない。


(なんか、頭がとろけそうだ)


 体がほてって、コートを脱ぎたくなった。


(ちょっと暑いな…)


「岬くん。お願い、私と一緒になって」

「えっと、あの」

「もう我慢できないの」


 真奈美はセミロングの髪を揺らして岬の胸もとに飛びこみ、両手を岬の背中に回した。


「ちょっと真奈美さん」

「大学に行ってもこうしてくれるよね?」


 真奈美はとてもかわいい女の子だった。同級生の女の子たちから少しいじめられていた彼女に、岬は積極的に声をかけて助けた。図書室で一緒に勉強したり、放課後はこの美術室で絵を書いて過ごしたりした。

 しかし、岬は真奈美を恋人にできなかった。

 真奈美よりずっと長い時間を過ごしてきた想い人がいたからだ。


(今ここで恋人になってしまったら、僕はあの人を裏切ることに…)


「真奈美さん」

「はい」

「よく聞いてほしいんだけど」

「うん」

「僕には好きな人がいるんだ」


 真奈美は返事をしなかった。

 少しの間、静寂が二人を包んだ。


「誰、ですか?」


 と真奈美はたずね、岬を抱いていた腕の力を緩めた。


「僕のお姉さん」


 真奈美は慌てて体を離し、信じられないものを見るように岬の目を見た。


「お姉さんって! さっき岬くんと歩いていた、あのお姉さん!?」

「血はつながってない。だけど、小さい頃からずっと僕を支えてきた、大切な人で」

「でも! 結婚できないんだよ!? いくら好きでも」

「うん。それでもいい。ただ、ずっと一緒にいたいんだ。十年以上ずっと好きだった」

「そんな…」


 真奈美の目から涙が細く流れた。


「嘘だって…言って…」


 ………


「ただいま」


 両親のいない二人だけの家に帰ると、大学生の姉が玄関の前で待っていた。灰色のスーツ姿で、長い髪をツインテールに結んで垂らしていた。


「おかえりなさい」


 姉の千絵は優しい笑みを見せて、卒業式を終えた岬を迎えた。


「卒業おめでとう。さっきも言ったけどね」


 本当は二人で帰る予定だったが、真奈美に呼ばれたことで、卒業式に来ていた千絵を先に帰らせていた。


「真奈美さんとは恋人になれたの?」


 顔は笑っているが、声は不安げで焦りがあった。


(卒業式に女の子から呼ばれたって言ったら、そう考えてもおかしくないか…)


「ううん。恋人にならなかった」

「え? 告白したんじゃないの?」

「告白された。真奈美さんから」


 千絵はキョトンとした顔でたずねた。


「もしかして、断ったの?」

「うん」

「どうして!? 恋人ができるチャンスだったのに」


 岬は鞄を床に置いて、一度唇を噛みしめた。そして勢いよく言った。


「僕はお姉ちゃんが好きだから」


(言ってしまった)


 後戻りはできない。

 それでよかった。

 真奈美に告白されたせいか、勇気と覚悟は学校をあとにするときにできていた。真奈美の思いを砕いた以上、自分も『姉にふられて、しかも困らせてしまう』リスクを負う必要があると思った。

 いつかは告白する。だとしたら、それは今日だ。


「それは…」


 千絵はしどろもどろに言った。


「えっと、それは…私をお姉ちゃんとして、でしょ?」

「違う。一人の女性として、愛してるんだ。お姉ちゃんだって、僕を愛してるはずだ」


 千絵はうつむいて、しばらく黙った。


「もしお姉ちゃんが他の人を恋人にしたいなら、そう言っていい。諦める。もう二度とこんなこと言わない。変に思ったかもしれないけど、僕は本気だよ。変に思ったら、僕を怒っていい」


 その言葉に千絵は少し笑い、顔を上げて、不安げに緊張している弟に近づいた。


「怒らないよ。変にも思わない。それどころか、すごくうれしい」


 と言葉を漏らして岬を抱きしめた。


「うれしくて涙が出そうだよ」

「お姉ちゃん…」

「私は…姉としての立場があるから、この気持ちはずっとおさえていた」


(やっぱりお姉ちゃんも…)


「今日は卒業式で、もうすぐ春が来るせいかな。なんだか今日は素直になれる気がする」


 千絵の言葉はかすかに震えていた。千絵は岬の頭に手のひらをあてて、髪をゆっくりなでた。


「私もやっと自分を許せるかな。ずるいお姉ちゃんだね。あなたのほうから言われたら、お姉ちゃん失格って思われずにすむから…」


 抱きしめる力が強くなり、二人の頬が触れた。岬は千絵の頬から暖かい温度と流れてくる涙を感じとった。

 岬は涙を我慢してポツリと言った。


「僕はずっと好きだった。おかしいと思われるの嫌だったから、ずっと言えなかった…」

「ありがとう。私もあなたをずっと好きだったよ」

「本当に?」

「うん。ずっとずっと好きだった。でも、あなたに嫌われるのが怖くて言えなかった。私はお姉ちゃんで、あなたを教育する立場だったから」


 それを聞いて、岬も千絵を抱きしめた。


「それじゃあ…お姉ちゃんを愛してもいいの?」

「うん。私もあなたを愛してるよ。私は他の人を好きになったこともないし、これからもない」


 十年以上もこの日を待っていた岬は感動と解放感に涙を流した。


「僕は友だちも恋人もいらない。お姉ちゃんさえいたら」

「私もだよ、岬。これからも私と一緒にいようね」


 岬はその言葉を聞いて、心の底から安心した。千絵は顔をほんの少し横にずらして、唇を弟の唇にそっと重ねた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ