「あ、ボク?ボクは絶対美少女、邪神ロアちゃんでーす」
「トッド、いま帰りか?」
呑気な声色でガイアスが俺に話しかけて来た。
昼間見た怒りの表情がまるで嘘のようだ。
「安心しろよ...お前の母親と妹なら"あの中"にはいないよ」
燃える我が家を指差し、ガイアスは無邪気に笑った。
「ほら、母親はあそこさ」
俺の視線の先に母さんがいた。
母さんは木の柱に縛り付けられ、血塗れになっていた。
「トッドかい...?」
搾り出すような声で母さんは呟く。
「お前が...〈洗脳〉なんて授かるから、こんな目にあったんだよ...お前なんか、お前なんか、おまえなんか、オマエナンカーーーーー産まなきゃ良かったよ」
その言葉を最後に母さんが口を開く事は無かった。
「あ、あ、あああああああああ母さん!!」
母さんが死んでしまった。
母さんが死んでしまった。
母さんが死んでしまった。
ーーー俺のせいで。
そうだ...ミィナは?
俺は辺りを見回す。
「ミィナならあそこだよ...ふふふ」
ルビーが笑顔で俺に言う...その笑顔が俺には悪魔に見えた。
俺は村の男達が群がるところに向かった。
そこにミィナの姿があった。
「あああああああああああ...ミィナ!!」
そこには、裸にされたミィナが地面に横たわっていた。
ミィナの白い肌には無数の痣があった。
顔は殴られたのか、血塗れになっていて...とても言葉では言い表せない。
ここで何があったかは...明白だ。
ミィナは男達に乱暴され、更には暴力を振るわれたのだ。
「ミィナ...ミィナ、ミィナ!」
俺はミィナを抱きしめる。
身体は冷え、震えているのが解った。
「お、おにい...ちゃん?」
「いい!なにもしゃべるな!」
「はは...ごめんね。私、お兄ちゃんに迷惑かけてばかりだったねーーーでもね、泣かないで、私ね...しあわせだったよ」
「おれもだよ!ミィナがいたから...いてくれたから!だから...」
ミィナが俺の言葉に反応する事は無かった。
その目は虚で、すでに命は宿っていなかった。
「うわあああああああああああああ!どうして!どうしてだ!」
俺はガイアスとルビーに向かって走った。
(殺してやる!)
しかし、村人達に阻まれ、俺は地面に押さえつけられる。
「お前が〈洗脳〉でルビーを襲ったのが先だろうが!」
村人の誰かが言った。
「俺はやってない!」
そうだ...俺は何もしていない。
「お前の言葉なんて誰が信じるか」
また誰かが言った。
ーーーじゃあ、俺はどうすれば良かった?
「なあ...トッド」
押さえ付けられた俺の耳元にガイアスが囁く。
「実はな...お前がルビーに手を出していない事は知っていたんだよ」
「ーーーなっ」
「これはな...アルバートからの贈り物だ。アイツはな、これまでの仕打ちを口外されたくないんだと...だから村を去ったアイツらに頼まれてオレが仕方なくやったんだよ。悪いな」
ガイアスの表情はまるで、軽く肩がぶつかった程度のような謝罪だった。
「まあ、でも...ミィナは最高だったよ。いつか嬲りたいと思っていたんだ。次が無いのが残念だよ、まったくやり過ぎに注意したんだが、アイツら歯止めが効かなくてな」
ガイアスは、ケタケタと笑う。
「許さない...俺は、お前らを絶対にーーー」
「はははははは、オレをどう許さないんだ?」
心が怒りと憎しみで黒く染まる。
アルバート、ガイアス、エリザベス、ルビー...お前らだけは絶対に殺す。
『どけーーーーーーーー!』
途端に俺を押さえ付けていた力が消える。
何故か分からないが、村の男達が俺から手を離していた。
「おい!お前ら何してる?!」
「い、いや...身体が勝手に」
どういうことだ...
いや、もしかして、これが〈洗脳〉の力?
俺は立ち上がり、逃げた。
ーーーどれくらい経っただろうか。
俺は村の外れにある森の中に身を潜めていた。
ガサ...
草が揺れる音がした。
(見つかったーーー?!)
俺が身体を強ばらせると、草むらからは一匹の小鬼、ゴブリンが姿を現す。
「ま、魔物...」
ゴブリンは俺を見つけると、棍棒を振り上げて襲って来た。
俺は棍棒を振るうゴブリンの腕を辛うじて掴む事が出来た。
『やめろ!』
すると、ゴブリンはあっさりと棍棒を離し、動きを止める。
「な、なんだ?」
「ウギャ...?!」
ゴブリンも困惑している様子だ。
まるで村人達と同じ.....もしかして.、これが〈洗脳〉の力なのか...?
「ーーーぱんぱかぱーん。おめでとう!」
場違いな声が俺の耳元に聴こえた。
「うわ!」
「はははー、いい反応するね!」
そこには見知らぬ少女が立っていた。
少女は、ふざけた道化師のような格好をしていたがーーーそれが気にならないくらいの...まさに、絶世の美女であった。
「だ、誰だ?」
「あ、ボク?ボクは絶対美少女、邪神ロアちゃんでーす」
「は?」
「今度は反応悪いなー。じゃ、し、ん!邪神だよー、神様だよー」
どうやら、この少女は心の病のようだ。
「おいおい、なんだいその目はー。ボクは正常だよー。いや...そうでも無いかな?あははは」
ロアと名乗る少女は『うーん』と唸り、腕を組んで考え事をしていた。
「あ、神様の証拠に...ほら後ろ」
「え...」
先程まで棒立ちしていたゴブリンが微動だにせず、静止していた。
更に、森の中は"異常"なまでの静けさになっていたのだ。
風の音も、動物の声も、木々が揺れる音もしない。
「そりゃあ、そうさ。ボクが時間を止めたからね」
「そんな馬鹿な...」
「試しに、そのゴブリンを触ってみなよ」
俺は恐る恐る、ゴブリンに手を伸ばす。
ゴブリンはまったく反応無く、また鉄の重りのように動かない。
「時間を止めてるから動かせないんだよ」
俺は信じられない気持ちで、近くの草を千切ろうとするが、びくともしなかった。
「これで信じてくれたかい?」
「貴女はいったい何者...」
「あはははー。だ、か、ら!神様!」
「は、はあ」
俺は気の抜けた声を出してしまう。
「ーーーそして、キミにその〈洗脳〉を授けた神様だよ」