トッド・クレインの日常
「汝に祝福をーーーおぉ...!貴方に授けられたのは〈聖剣〉のスキルであります」
〈祝福〉を与える司祭は驚きの声を漏らした。
この聖堂に集まり〈祝福〉を見守る人々からも拍手喝采が起きた。
「司祭殿...では彼が?」
「左様...彼こそが、"勇者"です」
司祭は王国の役人達に告げる。
役人のひとりが一振りの剣を手に、"勇者"と呼ばれた青年の前に立つ。
「予言通り、この地に現れし勇者よ...この"聖剣"は其方のモノだ。そして、どうか世界を救ってくれ」
「それが僕の運命ならば...」
聖剣を受け取る姿は、美しい光景であり、きっと後の世に絵画などで残されるかもしれない...とオレは思った。
「いやいや...すまない。気が早まってしまって、名前も聞いていなかったな。勇者殿...君の名は何であろう?」
「僕の名は...アルバート・アレクセイです」
そう、勇者に選ばれたのは"あの"アルバートだった。
ーーー昨日の光景が僕の脳裏に甦る。
「おい!ブサイク。誰の許可を得て俺の前を歩いてんだよ!」
「ひっ...!」
村一番の喧嘩自慢、ガイアスがいつものように因縁をつけて俺を殴ってきた。
俺の名はトッド・クレイン。歳は今年で16歳となる。
見た目は自他共に認める醜い男だ。
顔は醜く、貧しいのに何故か肥った身体...おまけに皮膚も持病で爛れていた。
その姿を揶揄して、村の人間達から俺は”カエル”と呼ばれ、疎まれていた。
「キャハハハ!『ひっ...!』だって」
ガイアスの横にいる女、ルビーが蔑んだ眼で俺を見る。
ルビーは露出の多い扇状的な服装を纏い、ガイアスの腕に抱きつく。
どうやら、ふたりは男女の関係らしい。
「どこ見てんのよ...カエル男!ホント気持ち悪い」
「テメェェェ!俺の女だぞ!」
ガイアスは更に容赦無く俺を殴る。
俺の顔は腫れ上がり、鼻血が出る。
「その辺にしときないよ、ガイアス。誰かに見られたら面倒よ...と言っても誰も助けないだろうけどね」
「でもよエリザベス。こいつルビーをエロい目で見たんだぜ...許せねーんだよオレは!」
「そうよ、エリザベス!きっと家に帰って私のカラダを想像しながら...うぇ」
ガイアスはこの村の領主の娘、エリザベスに静止されると俺を雑に地面に放る。
先日の雨で地面はぬかるんでいて、俺が倒れた拍子に泥がエリザベスの靴に飛び散った。
「...アンタ、この靴がいくらか知ってる?」
エリザベスの冷たい言葉が上から降ってくる。
「わ...わかりません」
「これはね...とある貴族からの贈り物なの。王都の令嬢たちの間で今とっても人気で中々手に入らない代物なのよ」
「は...はい?」
「10万ゴールドするんですって」
10万ゴールド...大金だ。
慎ましく生活すれば俺の家は三ヶ月は生活出来る金額だ。
「舐めなさい」
「へ...?」
「この泥を舐めて拭き取りなさい」
エリザベスの氷のように冷たい視線が俺を差す。
「エリザベス...それ傑作だよ!おいカエル野郎!早く舐めろよ!」
ガイアスは俺の髪を掴み、エリザベスの足下に俺の顔を押し付ける。
「や、やめてくれ。頼むから...」
「ウケるー!舐めろ!舐めろ!舐めろ!」
ルビーが悪魔のような笑顔で扇動する。
「この靴の泥を拭き取れないのであれば...アンタの仕事を取り上げても良いのよ?」
俺の身体はびくっと震える。
俺の家は父親がおらず、母親と妹と暮らしていた。
家計は母親と俺の仕事で賄っていたので、俺の仕事が無くなると生きていけなくなる。
そして俺の仕事は村の領主が経営する農園の手伝いだ...エリザベスの一言で簡単に俺は仕事を失う。
「わかりました...どうか、許して下さい」
俺は意を決めて、エリザベスの靴に顔を近づけ...泥を舐める。
「マジかよ!こいつ...ホントにやりやがった!」
「やばーい!この絵面!ちょーウケるんですけど!!」
ガイアスとルビーは俺の姿を嘲笑う。
俺だってこんな事したい訳がない...でも、仕方ないじゃないか。
「気持ち悪い...アンタが舐めた靴なんて二度と履けないじゃない。アンタの給金から、きっちりと10万ゴールド引いとくわね」
「そんな...!話がちがーーー」
俺の言葉が最後まで出る前に、エリザベスの爪先が俺の顔面を捉える。
「うがッ」
エリザベスの蹴りで、俺の顔は激痛に歪む。
「誰にッ!口答えをッ!してんのよッ!このクソがッ!」
「ず...ずびまぜん...だから...やめ」
俺の懇願が聞き入られる事は無く、暫くの間エリザベスは俺の顔を蹴り続けた。
ーーーこれが俺の日常だ。
ただこの見た目というだけで、ここまで虐げられなければいけないのだろうか?
何故?どうして?
(俺はただ平穏に暮らしていたいだけなのに...)
俺がいったい何をしたって言うんだーーー!!
「ーーーやめないか、お前ら」
静かだが、力強い声が辺りを支配する。
「アルバート...違うのよ!これは...」
声の主はアルバート・アレクセイだった。
気づけば、ガイアスとルビーも怯えた様に黙り込む。
只この光景だけで、彼らの力関係が解る。
「良いんだよエリザベス。きっと君に非は無いのだろう?」
アルバートが俺に近寄り様子を伺う。
「大丈夫かい?ドッド...痛かっただろうに」
アルバートはポケットから布を取り出すと、俺の血塗れの顔を拭ってくれた。
「ガイアス...やり過ぎは良くないよ。ルビーも...笑ってないで止めないと」
「わ、悪かったよ」
「ごめんねアルバート」
さっきまで威勢の良かった二人はまるで親に叱られる子供のようだった。
「明日は大事な〈祝福〉の日だ。皆んなにどんな"スキル"が授けられるか楽しみだね」
アルバートは子供のような笑顔で言った。
「どうやら噂では、この地に"勇者"が現れる予言があったらしいよ...もしかしたら僕らの中から現れるかもしれない」
アルバートは笑顔を崩さず、俺の手首を優しく掴んだ。
途端に手に熱い感覚がしたーーー。
「もしお前が勇者だったら殺すからな」
俺の掌にアルバートが一本のナイフが突き立てていた。
「がぁ...あ、あ...い、痛い!痛い!」
「暴れるなよ。これはエリザベスの靴を汚した分だ。まだ僕を苛立たせた分が残ってるよ」
アルバートは立て続けに容赦無くナイフを俺の掌に刺す。
痛い!やめてくれ!痛い!許してくれ!お願いだ!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い.......
ーーー目を覚ますとアルバートとエリザベスの口づけが視界に入る。
美男美女のその姿は、正に画になっていた。
「目が覚めたようだね...」
アルバートは俺に気づくと、こちらに近づいてきた。
「さっきはすまなかったね...明日の事を考えると興奮して取り乱してしまった。許してくれ」
「ぐあーーーッ?!」
優しい言葉とは裏腹に俺の滅多刺しにされた手をアルバートは容赦無く踏みつける。
俺が痛みで這い回る姿をアルバート、エリザベス、ガイアス、ルビーの四人は笑ってみていた。
ーーーこれが俺、トッド・クレインの日常だった。