副隊長
日も落ちかけ夕方になり、14中隊の訓練時間は終わりが近くなる。
やがて隊舎のこの会議室へ小隊長の先輩固めるとするかがやってくるが、今日は副隊長を決めたい。
−昨日の会議のときにも伝えたけどちゃんと選定してくれてるかな?
戦場において指揮系統を決めておく事は、混乱を防ぐ事に繋がる。また、小隊長が会議で不在の時に代わりに指示をする副隊長が居れば先輩達も少しは気を休められるだろう。
「クロウくん。早いね。」
一番乗りで来たのはジン
「思ったより薬術組合での用事が早く片付きました」
「そう。それは良かったね!」
「あら?早いわね!」
「サリア先輩お疲れ様です」
「どけ熊女」
「ユーグリット先輩も」
入口で噛みつき合う2人を眺めていると、不意に横から
「戻りましたわ。クロウ君。」
「びっくりした!エレナさん突然現れるのやめてくださいよ!」
−心臓に悪い。影魔術使って入って来やがったなこの人。
「ただいまー」
最後にアレクが入ってきて全員が揃った。
「じゃあ、副隊長の選定を始めましょうか」
「じゃあ先ずは僕からだね!」
トップバッターのジンは資料を回しながら話す。攻撃の要を担う部隊なだけに副隊長にも重責が掛かる。
「僕が推薦するのはサリーちゃんだ」
平民出身の16歳サリーちゃんは、毒魔術が3等級と風魔法が2等級。希少な毒魔術を有していること以外は特に平凡な獣人。得意武器は短剣らしい。
「少なくとも資料上は毒魔術以外特筆すべき所が無さそうだが?副隊長の責が務まるとは正直思えないですね。」
正直な感想をジンに伝えるが、自信があるのか笑みを崩さずに続ける
「この子さ、副隊長やりたいって伝えてきた後に、それ以外の立候補者6人を全員伸ばしたんだよね!」
「実力があるのか…」
「しかも、クロウくんの大ファン!」
「…は?」
「副隊長にしてくれなかったら僕にセクハラされたって言い触らすんだってさ!」
「…ジン先輩。それは脅しに屈しただけですか?」
−実力はともかくやり方が少しマイナスだな。少なくともジン先輩がセクハラ魔だと言い触らされても、俺は困らない。
「それが違うんだよね」
顔を曇らせ俯きながら話を始めるので不安が過る。
「それ以外に何が?」
「部隊の改善点から各隊員の特徴のまとめ上げ。更にはダメ押しで毒魔術を風魔法に乗せた広範囲術式まで提案されてさぁ!」
−完璧だ。少なくとも民間兵の初期の動きとしては300点位の出来だ。
「まぁ」
エレナからも感嘆の声が漏れる
「少しやり方が気になるけど、それ以外は文句ないですね。わかりました」
「じゃあサリーちゃんでお願いね!」
これはまた初っ端から大物が出てきたものだ。
「次は僕だね」
アレクの用意した人物は興味がある。
アレクはあまり人に関心が無いのでキチンと部下に意見を言える者が来てくれればうれしいのだが。
「イーグを推すよ」
−イーグ?イーグ・フロイドか?フロイド商会の?
イーグ・フロイドは帝都に本店を構えるフロイド商会の3男で、水魔術2等級と風魔法2等級を扱う獣人だ。
「アレク先輩。理由を聞いてもいいですか?」
特段気に入る理由があったのだろうか?
「僕に刃向かえる。あと慕われてる。」
言葉数の少ないアレクにもう少し聞いてみると、アレクが提案した案へ自分の言葉で意見が言え、隊員からの信頼も得ており、アレクの言葉をわかりやすく伝えてくれたらしい。
−おいおいまた完璧か?もしかして先輩方がおかしいから神様がまともな人材を寄越してくれたのかな?
一度も祈った事がないエーテル神へ今晩は祈りを捧げようかと考えていると
「クロちゃん。失礼なこと考えてない?」
とサリアから鋭い指摘が入る。
−勘が鋭い事で
「いいえ、素晴らしい人物だと思っていたところですよ。サリア先輩。」
「ハッ。熊女が余計な茶々入れるんじゃねぇよ。」
ユーグリットが突っかかるが構っている時間も勿体ないのでスルーする。
「アレク先輩。イーグで行きましょう」
「ん。アイツは面白い。鍛えがいがある」
−イーグごめん
「やっとアタシの番ね!」
サリアが待ってましたとばかりに席を立ち声を上げる。
「アタシが推すのはシアよ!」
「シア?」
サリアが自信満々で推す程の人材はいただろうか?サリアは強くなければ基本的に人を褒めることも持ち上げることもないのだが。
「シアはね!アタシに憧れて斧を武器にしてるんですって!」
−あー…そっちのタイプで絆されたか…
心の中が顔にも出てしまったらしくサリアから追撃が入る。
「シアは水魔法4等級が使える竜人ね!パワーもあるし、アタシと同じく纏化も使える」
ふむ、纏化を使えるなら戦力としても申し分ない。
顎を擦りながら思案するが、サリアと同じく伝達能力に欠けがあると困るな。
「あ゛ー。シアってあの女か」
ユーグリットが思い出したように口を開く
「ユーグリット先輩何かありましたか?」
「いや、今日熊女が組手の訓練をする前に俺の隊に『怪我人が出るから人員を貸してくれ』って言われたんだよなぁ」
転ばぬ先の杖を用意できるのか…これは普通に有りだな。
「伝達能力も申し分ない、と」
「そうよ!シアを副隊長にするわ!」
「まぁ、いっか。わかりました」
ふふんと勝ち誇ったような得意げな顔をしているサリアを横目に143小隊の副隊長をシアに決める。
「じゃあ俺だな」
ユーグリットの治癒支援部隊は特に問題もないだろう。この人は口が悪いだけで周りをちゃんと見ている。
「俺はスコルを推すぜ」
「あら、今日ウチに来てくれた男じゃない!」
先程サリアの部隊に人を送ったと言っていたが、その人物か。
「あぁ、どうせ副隊長に推薦しようと思ってたからなぁ。他の隊へも顔を見せたほうが後々楽だろ」
やはりユーグリットは考えているな。特に断る理由も無さそうだ。
「それに治癒魔術も5等級まで使える。年も18だし、まだ伸びしろはあるからな」
ユーグリットが続けるがこれはいよいよ断る理由もない。
「ユーグリット先輩。ありがとうございます」
最後はエレナ擁する145小隊だが、
「わたくしの所はアンとスバルを副隊長へ推薦しますわ」
キレイな瞳をコチラに向けながら話してくる。
「2人?」
「えぇ、アンはわたくしの直下で、スバルはクロウ君の元で活動させますわ。どちらも女性ですから諜報には向いてますわね」
「というと、他部隊への偽装も兼ねた配置ですか…」
「えぇ、アンはわたくしと同じく氷魔術も使えますし、何よりエルフなので身軽に動けるのが売りですわね」
エルフは身軽さと弓の扱いが上手いこと、そして精霊術式が使える事が特徴だ。隠密には向くだろうし、氷魔術が使えるならエレナも指導がしやすいだろう。
「もう1人のスバルという人物は?」
「そちらは火魔術2等級と土魔法3等級が使える人間ですが、伝達のギフトをお持ちなのでわたくし共との連絡手段として役立ちますわね」
ギフトは個人が生まれ持っている能力の事である。
効果も強さもまちまちだが、ココの小隊長以上は全員ギフト持ちだ。
「それに」
エレナが微笑みながら続ける
「クロウ君と同じく臆病なので、2人でわたくし共のブレーキ役になってくれますわ」
−素敵な笑顔で言ってくれるが、ブレーキが必要な事がわかってるなら止まって欲しいんだけどな
なにはともあれ、全副隊長が決まったので後は解散だ。
「みなさん。訓練終わりにありがとうございました。恐らくみなさんの推薦をそのまま通すことになりますが、また何かあったら連絡ください」
会議を締め自室に戻ると直ぐに睡魔に襲われる。
−随分と動きのある数日だったなぁ…
体を仰向けに起こし、目を覆うとそのまま深い眠りに落ちる。
拙い文章でしたが、ココまでお読みいただきありがとうございます。
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