花と月
「マリーさん久しぶり。ちょっとマリーさんにお願いがあってね」
外から戻ってきたばかりの小さな少女へ出し抜けにそう伝えると、目を丸くし、わかりやすく驚きが見える。
「私…ですか?」
てっきりブランタークへの用件だと思っていた彼女は、突然の事に豊かな赤髪と体を小さく揺らしながらそう聞いてくる。
公爵家とはいえ帝国の者が他国の貴族の、しかもあまり表舞台に出ない次女娘の情報を知っているなんてそうそうにない事だ。
帝国でも上位の貴族であれば政のために知っていなければおかしいが、俺のような末席も末席である男爵家の三男ともすれば知らなくて当然だろう。
「そうそう。お願いと言うのも少し大変そうな事なんだけどね」
と伝えるとマリーの表情が少し固くなる。
正直なところ実家との関係性がどうなっているかも知らないので頼んでみてダメでしたのパターンも勿論存在している。
俺としては上手く行けばラッキーくらいのお話だ。
「私に可能な事かはわかりませんので、一旦お話を聞いてみるだけでもよろしいですか?」
そりゃそうだろう。
内容もわからないのに出来ます何ていうやつは大抵失敗するもんだ。
アレクなんて話を大した聞かないままいつも『わかったよ〜』なんて返事をしてくるが、話を聞いてないので大概わかってない。
マリーからすれば、今回は仕える主人の友人。
となればあまり粗相は出来ないだろうし、貴族の人間が言う少しってのはめちゃくちゃという意味だ。
今回のお願いもマリーと実家の関係が悪くなければ簡単な話だろうが、そうでなければ相当大変かも知れないな。
「率直に言うと、マリーさんの実家の力が借りたい」
「実家。というと?」
実家と聞き、マリーの顔が強張る。
初対面の時にハイビスカスを名乗っているのだから秘匿している訳でも無いのだろう。が、わざわざ自ら情報をひけらかして積極的に協力するつもりもないらしい。
「ハイビスカス公爵家の力が借りたい」
答え合わせとしてそう告げると、
「ハイビスカス家の力ですか」
顔が曇る。あまり関係性は良好ではないのだろうか?
「失礼だけど、ハイビスカス家とはあまり関係が良好では?」
「無いですね」
小さく、しかしハッキリとした声で告げるマリー。
本人の嫌がる事を無理にさせる事もないし別の方向からいくとするか。
あまりヴァルコック家の力を頼ると、また顔を見せろだのなんだの始まるから気乗りはしないが仕方がない。仲間達の命を失うよりはマシだろう。
「ですが」
さてどうするかと考えていると今度はマリーから声がかかる。
「私自身にも出来る事があるかも知れません。一応お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
うーん。公爵家とはいえ次女の彼女には出来る事は少ないと思う。なので初めからハイビスカス家としての権力を借りようと思っていたのだが、確かに可能性は0では無いだろう。ならとりあえずやってみるべきか。
「確かにそうだね。具体的な内容としてはエルミナス教国の次期聖女、ルナ・ブライトへの取次を頼みたい」
マリーの顔が驚きの表情に変わる。
帝国の人間が王国の人間に教国の人間への取次を頼んでいるんだ。驚きもするだろう。
そもそも大半の貴族はプライドが空よりも高い。
自国の貴族にですら頼る時は恥辱を覚悟して頼む場合が殆どであり、貸しと借りでは圧倒的に借りを作った側が多く返さない限り暫くの間主導権を握られてしまう。
そんなプライドの無い男爵家の三男坊の申し出に対し、
「ルナ…ですか」
とまたもや目を丸くする公爵家ご令嬢様。
-ん?ルナ?
他国の貴族を名前で呼び捨てとはおかしな話だ。
プライドと体裁のある貴族以外でもあまり親しくない者を呼び捨てで、しかも名前で等あまりない事だろう。
それなりに縁があるか、常識が無いか。
関係が良好ではないにしてもマリーは公爵家のお嬢様だしそこらへんの常識が欠けているとも思えない。
「ルナであれば私でもなんとかなります」
少し失礼な事を考えているとマリーから力強い言葉を聞かされる。
そうか。まだ運がついているようだ。
拙い文章でしたが、ココまでお読みいただきありがとうございます。誤字脱字等があればご指摘を、また、応援ブックマーク等の評価も是非お願い致します。




