合同訓練開始
「セーーーーーーフ!!」
カブラスが立ち去ったあと、その地点から約500mほどの距離では145小隊のクラウス隊員が口元を手で覆い冷や汗を流していた。
-この距離離れてて察知されるって化け物かよ
エリスからは散々に注意をされた。
曰く、どんなに潜伏に優れていようとも10km離れていようとも欲が出れば察知される。と。
生物というのは自身に向けられた視線には敏感になる様にてきているらしい。
小隊が発足してから第3大隊への諜報を命じられ、開戦後は場の混乱に乗じて距離を詰めていたのだがどうやら気が抜けていたらしい。
こんな事がエリスにバレれば3時間のお仕置きコースは硬い。だが、報告しないわけにもいかない。
-あーあ。嫌にもなるけどオレのミスだしなあ…
憂鬱な気持ちを抱えながら、重い足取りで定時報告に向かうクラウスの姿は月明かりの元の闇へと紛れていった。
「そうですか。では引き続き対応をお願いしますね」
念話の魔道具を利用し各地隊員からの定時報告を受けるエリス。
あいも変わらず大きく動かない表情と硬い言葉遣いが冷ややかな印象を与えてしまう。
「え?それだけですか?」
念話口の相手でもあるクラウスから間の抜けた声が聞こえてくる。
「それ以外に何かありますか?」
報告を受けた感じは特に予想外な事は無かったはずだが、何かを聞き落としていたのかも知れないとコチラから尋ねてみることにする。
「いや、あの。てっきり詰められるかと…」
「詰める?何かミスでもしたのですか?」
全くわからないと言う風にエリスが再度尋ねると言いにくそうにクラウスが語りだす。
「対象に察知されたかも知れないという話です」
「それは想定内です。あなた方は私から見ればまだまだ新人。その新人が逆によく今まで察知すらされずに来たものだと感心している程に良くやってくれています」
自身のミスが想定内と言われ、若干甘く見られている事にムッとしてしまったが、どうやらそういう意図ではないらしい。
この小隊様は冷たい物言いだが、誰よりも現実的に予測を立てていただけだ。
むしろその現実的な予想よりも、良い動きをしていたと褒められては甘く見られたなんて感じた事も忘れ喜びの気持ちが込み上げてくる。
「では先程も言った通り、引き続き対応をお願いしますね」
嬉しそうにハッキリとした返事を聞くと念話を遮断する。
「何故そんなにクロウ君はニヤニヤしてるのかしら?」
念話での定時報告を横で聞きながら、エリスが妙に優しいと感じ、その心は人心掌握的な技術に違いないと結論付けた後、クラウスの真っ直ぐな返事を聞くと面白くて仕方なかったのだ。
「いや、エリス先輩も随分と優しく手懐けていくものだな、と」
素直な感想を少し捻くれた伝え方をすると、
「相変わらず失礼ですね。下心なく5小隊の隊員は優秀なので褒めただけですよ」
下心が無いと言われ若干面食らってしまう。
あの、エリスが。
冒険者時代には各国とパイプを作り一部では物価の操作までしていたと噂されていたあのエリスが、素直に褒めた。
失礼な事を失礼な顔で考えているとエリスに肩を小突かれる。
「すみません。勘違いでしたね」
「えぇ。勘違いですよ」
他愛も無いやり取りを交わしていると、前方部隊での指揮を任せていたスバルが戻ってくる。
「スバル14中隊副隊長戻りました」
「お疲れ様。どうだった?」
「そうですね」
前方部隊と言っても、ジンとサリアの部隊もいるしスバルの補助もお願いしているのでそこまで危険はない。
危険が無いと言えば、そもそもこの戦。と言うか、14中隊の戦場自体に危険が少ない。
「正直、本当に上手くいくのか不安だったんですけど、なんていうか、合同訓練って感じですね」
腕を組みながら思案顔で絞り出した言葉が合同訓練と聞き、自然と笑ってしまう。
「いやだって、本当にそうなるなんて思わないじゃないですか?」
スバルがムキになり突っ掛かって来るのでとりあえず謝っておく。
「ごめんごめん。でも実際そうなったら大分楽なもんでしょ?」
今回やった事はなんてことない。
戦場でマッチポンプを成立させただけだ。
とは言っても学生時代の伝手を使ったのだが、今回は裏工作が大変だった。
エリスの隊には相当な負担を掛けたし、何かお詫びをしなければならないだろう。
「でもよく相手も動いてくれましたね」
スバルがさも疑問と言ったふうに聞いてくるが、今回の裏工作は関わる人数を極端に絞ったので副隊長でも知っているのはアンくらいなものだ。
「まぁ、向こうにとってのメリットも大きいだろうしね」
もうこの戦場は暫く合同訓練になる。
時間もあるだろうし良い機会だから話しておくか。
拙い文章でしたが、ココまでお読みいただきありがとうございます。誤字脱字等があればご指摘を、また、応援ブックマーク等の評価も是非お願い致します。




